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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第2章 おつぱいと粗品
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パジャマパーティー

 食事のあと、舞奈たちは順番に風呂を借りた。

 その後、園香の部屋に4人分の布団をひいてパジャマパーティーが始まった。


「ありがとう、真神さん。いいお湯だったわ」

 明日香は黒のネグリジェを着こんで、右の二の腕には同色のリストバンド。

 付き合いの長い舞奈ですら目のやりどころに困るシースルーだ。

 園香は赤面、チャビーは妙なテンションで大はしゃぎしていた。


「……もうちょっと格好を考えろよ。小学校のお泊まり会だぞ」

「人のこと言ってるあなたはどうなのよ?」

「何か変か?」

 もしゃもしゃの髪を肩までのばした舞奈は、首を傾げた。

 舞奈は大人用Tシャツ一丁というラフな格好だ。

 シャツの胸に描かれているのは【紳士】の文字。

 そして、シルクハットを被って腰を突き出した男性のシルエット。

 紳士だから何もしない。紳士だから大丈夫。


「えへへ、可愛いパジャマでしょー?」

 ウェービーヘアを背中までのばしたチャビーは、ハート柄のパジャマだ。

 幼児用ではなかろうかと思われる真っ赤な可愛らしいパジャマである。

 だが、彼女にはよく似合っていた。


「えっと、みんなにパジャマ見られるのって、なんか恥ずかしいよね……」

「恥ずかしがることなんてないさ、可愛いよ」

 園香のパジャマは可愛らしいデザインのハムスター柄だ。

 長身巨乳にコンプレックスがある彼女は、小さくなりたいという願いをこめて小動物柄の寝間着や下着を愛用している。

 だが、そんなことで背丈が変わったりはしないだろうと舞奈は思う。

 でなければ、常日頃からクマのパンツを穿いている舞奈が黒レースに背でも胸でも負けている理由が分からない。


 そして4人で布団に寝そべって、


「ねね、マイや安倍さんは好きな人とかいるの?」

 チャビーが言った。こういう集まりでは定番ともいえる恋バナを、


「いないな」

「特に心当たる人はいないわね」

 2人して真顔で粉砕する。いないものは仕方がない。

 だがそれでは話が終わってしまうのも事実だ。

 なので、「えー」とか言ってる色ボケに、


「じゃ、おまえははどうなんだ?」

 逆に問い返す。

 問われたチャビーは「えへへ」とニヤけた笑みを浮かべ、

「実はね、ちょっと気になる人がいるんだー」

「知ってたわ」

 告白を、眼鏡がバッサリ斬り捨てた。


 実のところ、チャビーは普段から惚れた腫れたの話が大好きだ。

 『気になる人』の話をしたことも、1度や2度ではない。

 それも毎回、別の男だ。

 だが、恋多き乙女は明日香の言葉など気にもしない。


「大通りの脇に、日本庭園みたいなお屋敷があるでしょ?」

 チャビーはキャッキャとはしゃぎながら、待ってましたと語り始める。

「あそこに、ちょーかっこいいお兄さんがいるの! スマートで、優しそうで、着流しがすっごく似合うの~」

 その台詞に、舞奈はある人物を思い出した。

 というか、この界隈に和風の屋敷など1軒しかない。


(今回は、サト兄か……)

 まあ、三剣悟の容姿は悪くはない。

 物腰もやわらかく、基本的に誰に対しても柔和だ。

 チャビーの反応は、女子としてごく自然なことなのだろうと舞奈は思う。だが、


「わたしも知ってる。その家、クセ毛の男の子がいるよね?」

 意外にも、奥手そうな園香が話にのってきた。

 それにしても『男の子』である。

 高校生の三剣刀也は決してチビではないはずだ。

 だが、長身の園香からはそう見えるのだろう。


「いっしょにいるの見たことあるー。ゾマはあの子のことが気になるのね!」

(いや、おまえから見たら『子』じゃないだろ)

 舞奈は内心つっこむ。


(園香の方は、よりによってトウ坊かよ……)

 悟はともかく、舞奈から見た刀也は見るべきところのない人物である。

 察せず、考えず、目先の感情だけに従ってはしゃぎまわる、年上の子供だ。

 だが、気立てもいい園香からは違ったふうに見えるのだろうか?

 あるいは、単に園香がダメ男に引っかかって苦労するタイプなのだろうか?

 思わずクラスメートの身を案じてしまう。そんな舞奈に、


「マイ、ひょっとして知り合い?」

 チャビーがするどく指摘した。

「さぁな」

 説明するのも面倒なのでと舞奈はとぼける。だが、


「あの子、ちょっとマイちゃんに似てるよね」

「似てないよ!! あんな粗品と!」

 園香の言葉に思わず叫んだ。


 ……その結果、チャビーに寝落ちるまで質問攻めにされてしまった。


 そうやって少女たちは楽しげに語らう。

 その様を、チェック模様のカーテンの隙間から覗く三日月が優しく照らしていた。


 その夜半。


 舞奈は窓のサッシに腰かけたまま、右手に握った拳銃(ジェリコ941)を眺める。

 友人たちが眠る寝室を抜け出し、リビングでひとりそうしていた。

 開け放たれた窓から、針金のような細い月が薄暗いリビングを覗きこむ。


(ミカ……)

 こんな静かな、月が冷たく輝く夜には、幼い頃を思い出す。


 かつては舞奈にも、共に過ごし、笑いあう家族がいた。

 新開発区の一角にあるアパートの一室には、3人の少女が住んでいた。

 玄関には3つの表札がかかっていた。


 『萌木美佳』

 『果心一樹』

 『志門舞奈』


 こんな静かな、月が冷たく輝く夜には、あの暖かな日々を思い出す。


 舞奈がピクシオンだった、懐かしい日々。


 仲間であり家族でもある少女たちが側にいた、優しい日々。


 その幸せな毎日がずっと続くと信じていられた、幼い日々。


 そして、今は額縁の中でだけ微笑む、セピア色の日々。


 ひとりになって、ずっと、誰かの温度を渇望していた。

 手を取りあい、笑いあって過ごしていたいと思っていた。

 今しがた並べた布団の上で友人たちとしていた戯れのように。


 だが、同じくらいそれが恐ろしい。

 大事に握りしめた宝物が失われる絶望を、舞奈は知っているから。

 それが消えてしまうかもしれない恐怖。

 どうせ消えてしまうのだろうという諦観。

 それらが、ずっと欲しがっていた温もりを手にした舞奈の心に突き刺さる。

 変わらないものなどない。友情も、愛も。

 あるいは目の前にあるすべては幼い自分が見ている夢で、本物の自分はかつての仲間に見守られながら眠り続けているのだろうか?

 どちらが真実なのか、どちらであれと望んでいるのか、舞奈には分からない。


 だから、友人たちが眠る暖かい居場所を抜け出した。

 そして、夜風に吹かれながら、そっと愛銃を撫ぜた。

 かすかな硝煙の匂いと、冷たい鉄の感触だけは本物だと確かめるように。


「眠れないの?」

 不意に声がかけられた。

 見やると、黒いシースルーのネグリジェが側に立っていた。


「眠『ら』ないんだ。昼間の不審者がまた来るかもしれないだろ?」

「ここから見えるの?」

「臭いで分かるさ」

「あ、そう」

 つじつまだけは合っている舞奈の答えに、明日香は興味なさげに返事を返す。

 そして無言で月を見つめる。


 しばらく、2人でそうしていた。


「なあ、明日香」

 つぶやくように、問いかける。


「おまえとサト兄って、似てるのかな?」

「そんなの本人に聞くことじゃないでしょ」

 明日香はぶつくさ文句を言ってから、


「昔いた……組織にいたわ。ああいう線の細い人」

 言いつつ無意識に、二の腕のリストバンドに触れる。

 その下にあるのは銃創だと、以前に聞いたことがある。

「そっか」

 ひとりごちる。


 明日香が組織に属していたとは初耳だ。

 だが、意外とは思わない。

 彼女の的確な判断と正確な射撃は、適切な戦闘訓練を受けた者のそれだ。


 不意に友人の過去が気になって、その整った横顔を盗み見る。

 かつての彼女は何者で、組織とは何なのか。

 彼女の昔の友人は、今は何をしているのか。


 だが、すぐに目をそらして月を見やった。

 彼女が【掃除屋】としてここにいる事実が、その答えだと思えた。だから、


「仲よくしてたか? そいつと」

 舞奈はひとつだけ尋ねた。


「兄妹と間違われるくらいにはね」

「そりゃよかった」

 口元に笑みを浮かべ、ひとりごちる。

 そして再び沈黙が訪れた。


(似てるのかもな、こいつとあたしは)

 少なくとも、同じ方向を向いて傷を舐め合えるくらいには近しいと思う。

 実のところ、舞奈と悟の関係について、舞奈は明日香に何も話していない。

 そして詮索されてもいない。


 月を見るのも飽きたので、再び友人の横顔を見やる。

 切りそろえられた黒髪を夜風が揺らす。

 今宵の月は、それほど冷たくはなかった。


 やがて月を見飽きた舞奈は、明日香とともに友人たちの待つ寝室へ戻った。


 そして、夢を見た。

 3年前の、満ち足りていたあの日の夢を――


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