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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第10章 亡霊
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晩餐2

「――から、わたしはもう大丈夫だよ!」

 応接間のソファーに腰かけて、チャビーはニコニコ笑顔で電話する。


「病院で検査してもらったんだけど、なんともなかったんだ。……エヘヘ。テックもわたしのこと探してくれたんだよね。ありがとう! うん! テックもおやすみ!」

 言って笑顔で携帯を置いて、周囲を見渡す。


 キッチンで夕食の準備をしていた母親、園香、奈良坂、皆が気づいて笑いかけた。

 チャビーもつられて笑う。

 机の上のネコポチが主人を見上げて「にゃぁ~」と鳴いて、明日香も笑う。

 そんな皆を見やって舞奈も笑う。


 ――桂木姉妹がキムを倒し、舞奈と明日香が滓田の一味を完全に消し去った少し後。


 チャビーは桂木姉妹に保護され、無事に帰宅した。

 今回も真相を話すわけにはいかないので、チャビーは下校途中に貧血で倒れていたところを姉妹に発見されたことになった。


 そしてご両親の判断により市民病院に運びこまれ、検査を受けた。

 とっくに診療時間は終わっているはずだが、何処から手が回ったのやら検査は思いのほかスムーズに終わった。


 検査の結果、チャビーは怪我ひとつしていなかった。

 移動途中に楓がこっそり魔術で検査したが、そちらも異常なし。

 皆は胸をなでおろした。


 張が約束した通り【組合(C∴S∴C∴)】と【機関】は力を合わせ、桂木姉妹の力も借りてチャビーを無事に救出したのだ。


 その後、帰宅したチャビーは自分を探してくれた皆と晩御飯を食べたいと言った。


 舞奈はようやく理解した。

 チャビーは1年前のあのの日が再現されることを恐れていたわけではなかった。

 喪失の後の、誰もいない時間が嫌だったのだ。


 だから舞奈は、チャビーと面識のある面子を片っ端から呼び出した。

 チャビーのために命をかけてくれた皆は、二つ返事で駆けつけてくれた。

 皆、硝煙と怪異の飛沫で汚れていたので、捜索に夢中になって泥んこになったからという体で日比野邸と九杖邸にわかれて風呂を借りた。

 舞奈と明日香も張特製の消臭剤でヤニと血煙の匂いを消し、サチのお古に着替えた。


 そして再び皆は日比野邸に集った。

 2日目の晩餐は、先日にも増して大盛況となった――


「あ! 楓さんと紅葉さんだ! いらっしゃい! 来てくれてありがとう!」

 広い自宅に次々と友人が集まる様を見て、チャビーは満面の笑みを浮かべる。

 チャイムが鳴るたびに玄関に走って行って出迎えるはしゃぎようだ。


「じゃーん。『大賢飯店』の杏仁豆腐です」

「わーい!」

 楓たちは着替えるついでに土産を持ってきたらしい。


「それにしても張の奴、こんな夜中によく作ってくれたな」

「ふふ、夜間料金を『ちょっと』上乗せしたら、大急ぎで作ってくれましたよ」

「……札束で張の頬をなぐりやがったな」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


 だが張は嬉々として時間外の注文を引き受けたのだろうと思う。


 今回の件、【組合(C∴S∴C∴)】が滓田妖一を滅ぼすためにチャビーをダシにしなかったかと言えば、答えはノーだろう。

 魔道士(メイジ)を主体とした組織に、チャビーの安全だけを第一に考えるメリットはない。

 そもそも、それを要求するのは身勝手なことだ。

 舞奈が、チャビーを好いてくれていた仲間たちが奮戦していなければ、結果は違うものとなっていた。今後、同じようなことが起きたとしても、それは変わらない。


 それでも、舞奈は張の人となりを知っている。

 彼は底なしのお人好しだ。

 知人の少女に危険が迫れば気をもむし、無事に救出されれば嬉しい。

 思わず人数分のデザート振舞いたくなる程度には。


 だから、舞奈も笑った。


「ほらバースト、着いたよ」

「ナァー」

 応接間で紅葉が開けたキャリーバッグから、斑点模様の若い猫が跳び出した。


 以前は抱いて外出していたが、最近はバッグを使っている。

 バーストが『ネコポチが使ってる外出用の人力車』を所望したらしい。

 日に日に横柄になる元野良猫である。


「あっ! バーストちゃんだ! ネコポチ、バーストちゃんだよ!」

「にゃぁ~」 

 チャビーが呼ぶと、たちまち子猫もやって来た。

 2匹は霊的なコミュニティでの友人らしく、すぐに打ち解けた。

 そして互いの尻尾を追いかけて遊び始めた。


 それは良いのだが、人数が増えれば食べる料理も多くなる。

 なのでチャビー母も心配疲れしたろうし、夕食は集まった面子で作り、材料は後日に桂木姉妹が補てんすることになった。


 さすがに後者はやんわりと断られそうになった。

 だが楓は「当然のことですよ」みたいな顔で押し切った。

 金があり余っているオーラがここぞとばかりに出ていた。


「初等部のときに家庭科でやったことあるから、まかせて」

 小夜子が頼もしいことを言ってくれたので、メインの肉をまかせることにした。

 キッチンだけじゃ場所が足りないので、2部屋に分けて分業だ。


「えっ食事って自分で作れるんですか?」

 そんな寝言を言い始めた金持ち2人も、そっちの手伝いをお願いした。

 ……彼女らも同じ初等部にいたはずなのだが。


「陽介君ね、昔から料理が得意で……」

「実は瑞葉に母の味というものを食べさせてあげたくて、わたしも一度……」

「うっ、あのときは……」

 しんみりと思い出話に花を咲かせる彼女らを、少しだけそっとしておこうと思った。


 だから舞奈はキッチンで園香たちを手伝うことにした。

 当然ながら、家事は園香の独壇場だ。

 テキパキと皆に指示を出し、自身も驚くような手際で具材を刻み、火にかける。


 なので舞奈は作業場を回って食材を運ぶ連絡役だ。

 そして再び隣の部屋を通りがかると、


「分厚いステーキ肉は筋にそって切ると切りやすいわよ」

「うん、肉はそのほうが斬りやすいね」

「基本ですね」

「血管と神経の位置を把握しておくのがポイントね」

 おかしな会話が小耳に入った。

 舞奈はあわてて部屋に跳びこんだ。


 ……まな板の上のステーキ肉めがけて、小夜子が包丁を逆手に構えていた。

 楓と紅葉も止めようともせずに、尊敬の眼差しで小夜子を見ていた。


 舞奈は慌てて小夜子を止めた。

 料理が得意なのはあくまで陽介で、彼女ではなかったらしい。


 攻撃魔法(エヴォケーション)が飛び交う戦場では文字通り一騎当千の魔道士(メイジ)たち。

 彼女らがキッチンに集うとこれほどボンクラになるなんて、誰が予想できただろう?


 ちなみに、いつの間にか明日香も部屋にいた。

 見てたんなら止めてくれよとも思ったが、彼女も自炊する必要のない立場の人間だ。

 執事さんからも『普通の』料理は教わらなかったらしい。


 ……ここはチャビー母にヘルプを頼むべきだろうか?


 本気で頭を抱えた舞奈たちの、救世主となったのは意外にも奈良坂だった。

 聞けばアパートで独り暮らししてて、朝晩はきちんと自炊するらしい。


 ほっとしながらキッチンに戻ると、チャビーも手伝ってくれていた。

 こちらも普段は親御さんや園香の手伝いをしているという。

 素直に感心だ。


 正直なところ、救出されたばかりのチャビーには休んでいてほしかった。

 だが、彼女自身が皆と語らいながら手を動かすことを望んでいた。


 チャビー母も、サラダの野菜を切る娘が手を切らないように気をつけて見ていた。

 普通に家事をするより疲れそうな気がしたが、ただ座っているより楽しそうだ。


 ……それに、わりと洒落にならないくらい人手が足りないのも事実だ。なぜなら、


「へえ、魚を切ると切り身になるんだ」

「芸術的ですね」

 楓や紅葉なんて、園香の手元を見やってそんなことを言っているのだ。

 役に立たないからという理由で舞奈の手伝いをさせて正解だ。


「……そういえばサチさん見ないが、どこ行ったんだ?」

 ふと気づき、

「ジャガイモをふかしてもらってるはずなんだけど……」

「いや、コンロも電子レンジもこの部屋だろう」

 園香の返事に訝しんでいると、


「――コンロはこの部屋だよ。電子レンジもあるから使ってね。使い方は園香ちゃんか千佳に聞けばわかるから」

 チャビー父がサチを連れてやってきた。


「ありがとうございます。あのね、千佳ちゃん」

「サチさんだ! なあに?」

 ジャガイモの詰まったボウルを手にしたまま、サチはチャビーと話しこむ。


「その……ユニークな子だね、彼女」

「……何があったんすか?」

「さっきまで玄関にいたんだ。どうやら、かまどを探していたらしくて……」

「……」

 舞奈は苦笑した。


 それでも、どうにか皆の力をあわせ、豪勢な夕食ができあがった。


 分厚いロース肉をバターで炒めた、やわらかくてボリュームたっぷりポークソテー。

 やさしいクリーム味の、鮭とジャガイモのグラタン。

 それにチャビーと明日香(こっちの手伝いに回された)が頑張って切った、キュウリやニンジンが鮮やかに並んだサラダスティック。


 大きな日比野家のテーブルとはいえ、11人(チャビーと家族、園香と舞奈と明日香に奈良坂、サチと小夜子、桂木姉妹)で囲むとぎゅうぎゅう詰めだ。

 なので載せきれないグラタンや、サラダの追加分はキッチンテーブルの上だ。

 近くにいる人が逐次、運ぶことになる。


「そろそろグラタンを持ってきていただけますか?」

「あ、はい」

「ああっ!? 園香さんすいません。……そんなつもりで言ったわけでは」

「……じゃあ、どんなつもりで言ったんだ?」

 さては普段はメジェドにやらせてるな、と苦笑する。

 園香は気にせず鍋つかみをはめてグラタンを運び、


「小夜子さんにもグラタン持ってくるね!」

 言ってチャビーも席を立つ。


「えっと、わたしはもうちょっと後で……」

「はい! 小夜子さん!」

「……ありがとう千佳ちゃん」

 言いつつ小夜子はグラタンをすくって口に運び、笑う。

 食の細い彼女が、それでもこってりとしたグラタンを笑顔で頬張る。


「小夜子ちゃん、半分ちょうだい」

 反対側からサチがスプーンを突っこんだ。


 ネコポチとバーストはテーブルの足元で、張特製の猫用中華を食べていた。

 流石のネコポチも皿がぎっしり並んでいるテーブルには跳び乗れないらしい。

 だが2匹でにゃあにゃあと楽しそうにしながら、ご馳走を頬張っていた。


 そんなこんなで食事を皆で平らげた後、園香とチャビー母は片づけを始めた。

 チャビー父は自室に戻った。


 舞奈たちにはデザートの杏仁豆腐がふるまわれた。

 ……台所の広さには限りがあるからだ。素人がしゃしゃり出る余裕はない。


 だから、応接間でニコニコと杏仁豆腐を頬張るチャビーの側に座り、


「……キムの奴、遠くに引っ越すんだってさ。お前によろしくって言ってた」

 ひとりごちるような口調で、語る。

 彼女を傷つけないために。

 それでも嘘をつくことの罪悪感を抱きながら。


 ――やめろ! 本当にボクを消すつもりなのか?

 ――いいのかい? ボクに二度と会えないって知ったら、彼女はきっと悲しむよ?


 数刻前、残る三尸を片づけたときのキムの言葉を思い出す。


 滓田妖一の息子たちが自らの生き方を悔いていたのに対し、彼だけはギラギラと生への執着を漲らせていた。自身の存在が怪異に益し、人々を害したことを誇っていた。


 ――ボクには人間を恨む理由がある! だってボクは――


 それがキムの最後の言葉だった。


 流石に三尸を5匹潰した後だ。正直、舞奈もうんざりしていた。

 よほど一年間の独房暮らしが堪えたらしく、皆が舞奈を見た途端に自分語りを始めたのだ。まあ最後だし反省してるなら辞世の句ぐらいとは思って聞いた。

 だが命乞いや恨み言まで馬鹿正直に聞いてやる筋合いはない。

 彼が世間を恨む理由も心の底からどうでもいい。


 それでもチャビーが傷つくという彼の言葉は本当だと思った。

 あるいは、それは、口ぶりからして自分以外の人間すべてに悪意を抱いていたらしい彼の最後っ屁なのだろうか? だが、


「ううん、それはもういいの」

 チャビーはニッコリ笑って言った。


「おう、そりゃ切り替えが早くてなによりだ……」

 舞奈は目を丸くした。


「それよりね!」

 チャビーはニコニコ笑顔で語る。


「わたしが倒れてるときね、すっごくカッコイイ男の人が抱き上げてくれたの!」

 その表情は、夢見る少女のそれだった。


 幼女みたいな容姿の彼女は、惚れた腫れたの話が大好きだ。

 気になる人とやらの話をしたことも1度や2度ではきかない。

 それも毎回、別の男だ。

 兄の代わりを、まだ見ぬ誰かに求めているからなのだろう。


 チャビーはこれでも彼女なりに、過去の呪縛から逃れて前へ進もうとしている。

 だから、


「……千佳ちゃん、その人は女の人だよ」

 小夜子がジトッとした目つきで、それでも普段よりやわらかい声色で言った。

 つられるようにサチが笑う。

 そんな様子を見やって、チャビーはますますご機嫌になる。


 舞奈も笑う。

 そしてふらりと立ち上がり、近くで杏仁豆腐を頬張っていた奈良坂の側に座った。


「ありがとう。その……チャビーのこと、守ってくれて」

「エヘヘ、いいんですよ~」

 労いの言葉に、奈良坂は照れくさそうな笑みを浮かべてみせる。

 そんな彼女の尻を、そっとなでる。


 今の奈良坂の身体の数割は、式神による代用器官だ。

 高等魔術【治癒の言葉(ヒーリング・ワード)】による治療中なのだ。

 代用器官が代謝を利用して通常の肉体に置き換わるまで、およそ1カ月ほどかかる。


 それは彼女がひとり、チャビーを守って滓田妖一の一味と戦っていてくれたからだ。

 彼女が奴らに勝てる訳などなかった。

 けど彼女は救援が駆けつけるまで必死に足掻いて、戦って、前のめりに倒れた。

 それによって、キムの儀式が遅れた。


 だから今まさに少女を手にかけようとしていた奴を、楓たちが止めることができた。


「それにしても、どうしてチャビーがさらわれたって、わかったんだ?」

「いえ、そういうわけではなくてですね……」

 奈良坂は普段と変わらぬ緊張感のない表情で、要領を得ぬ語り口で経緯を説明した。


 そして、


「桜の奴……本当に遊びに来るつもりだったのか」

 正確にはチャビーの家にお邪魔している舞奈を訪ねるつもりだったらしい。

 泊まるのは昨晩だけだと言ったはずだが、聞いていないあたりが彼女らしい。


「けど、桜ちゃんに、わたしがいきなりいなくなってビックリしたでしょうねー」

「そりゃそうだろうな……」

 苦笑しながら、ふと思う。


 桜がそんなことを思い立った理由は、前日に舞奈が言った言葉だろう。

 自分と比べれば、おまえもチャビーも街の子だろうと。


 そんな舞奈が桜の家に行ったのは、ある意味で奈良坂がいたからだ。

 舞奈がひとりでスミスの店を訪れたときに、リコから一緒に出かけようと誘われたことはない。舞奈は仕事で忙しいが、奈良坂はそうじゃないと思っているのだ。


 そして奈良坂が舞奈と一緒にいた理由は、奈良坂が舞奈のアパートを訪ねたからだ。

 中川ソォナムから指示を受けて。


 ――そしてそれ以上、舞奈は考えるのを止めた。

 仮に占術士(ディビナー)の彼女が占術を駆使し、チャビーの危機を持って回った手段で救うべく奈良坂を遣わしたのだとしても、代償に彼女が望んでいるのは詮索ではないだろう。

 だから――


「――んぐっ!?」

 奈良坂の口に、いきなり何か飛びこんだ。だが、


「エヘヘ、得しちゃいましたね」

 すぐに幸せそうに咀嚼する。

 それは杏仁豆腐の桃だった。


「……」

 少し離れた場所で、楓がスプーンと杏仁豆腐の茶碗を持って硬直していた。


「姉さん、わたしの桃、半分あげるから」

 妹の紅葉が慰める。


 何で2回も同じように飛ばせるんだと舞奈は思った。

 むしろ普通に食べるより難しいだろうに。


「……食い物で遊ぶな」

 言いつつ舞奈は、構えていた携帯を確認する。


「へへっ、こいつはいんすた映えするゆーちゅーばーが撮れたぜ」

 驚異的な動体視力により、今のを動画に撮っていたのだ。


 たしか中川ソォナムは、楽しそうな他人を見るだけで幸せになれるステキ思考の持ち主だと聞いた。なので、


「サチさん、ソォナムちゃんのメールアドレスって知ってるか?」

「メー……ル? もちろん知ってるわよ! 手紙ね! ……でも今は制服だわ」

 ドレスも関係ない。

 舞奈はやれやれと苦笑する。


「えっと、小夜子さん……」

「舞奈ちゃんって、本当に出会った女の子みんなに手を出すよね」

「……」

 見ていた明日香が、無言で肩をすくめてみせた。

 白い視線が、自業自得、と言っていた。

 舞奈はじろりと睨み返す。


「あら、ネコポチちゃん。傷心のわたしを慰めてくれるんですか?」

 楓は笑顔で両手を広げて呼びかける。

 近くでバーストとじゃれていたネコポチと目が合ったらしい。

 ネコポチは可愛らしく「にゃぁ~」と鳴いて走りだし、


「……あ」

 楓の右脇を駆け抜けた。


「わーい! ネコポチー!」

 走ってきたネコポチをチャビーが抱える。

 子猫は楽しげに「にゃ~」と鳴く。

 隣で明日香がニコニコ見やる。


「バーストー」

 楓は遊び相手がいなくなって暇そうにしてたバーストに呼びかける。

 斑点模様の若い猫は「ナァー」と鳴いて走り出し、


「……あ」

 両手を広げた楓の左側を迂回して、


「よーしよしバースト。……最近、重くなってきてないか?」

 側の紅葉が抱き上げた。

 バーストは横柄に「ナァー」と鳴く。

 重いとか言われたのが気に入らなかったのかもしれない。


 楓は拗ねてどこかに行ってしまった。


 メールを送り終えた舞奈の側に、園香が座った。

 片づけが終わったらしい。


「おつかれさま。……なんていうか、本当にありがとう」

 舞奈は園香に笑いかける。


「おまえがいてくれなかったら、夕食がどうなったかなんて想像もできないよ」

「ううん」

 園香も控えめに笑みを返し、でも遠くを見やる。


「みんながチャビーちゃんを探してくれてたとき、わたしだけ何もできなかった」

「そんなことはないさ」

 舞奈は笑う。

 今度は安心させるように。


「おまえはここで、待っててくれた。待っててくれたから……帰ってこられた」

 ささやくように言って、舞奈は園香を抱き寄せた。


 少し離れた場所で、明日香はチャビーと一緒にネコポチを見ていた。


 一方、楓は裏庭で、チャビーの両親と並んで夜空を見ていた。

 いじけて廊下を徘徊していたところで母親と出くわしたのだ。


「桂木さん、本当に、本当にありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでですよ」

 チャビー母の感謝の言葉に、笑みを返す。


 事件の真相を家族に知らせるわけにはいかないため、チャビーは通学路で倒れていたところを桂木姉妹に発見されたことになっていた。


「陽介がいなくなって、今度は千佳にまで何かがあったらって考えたら……」

「母さん」

 身も世もなく楓にすがりつく母を、父がたしなめる。だが、


「いえ、お構いなく」

 楓は2人に微笑みかけた。


 桂木姉妹にだって、もちろん父も母もいる。

 だが楓にとって、両親は自分たちに愛情を示すことなく将来を決めつけ、弟の死に抗うことすらしなかった冷血漢だった。


 だから自分たち以外の親子が、互いをどう思い合っているのかが知りたかった。


「陽介さんは1年前の事け……事故で?」

「はい……」

 問うた楓に、父は言葉少なく事実を語った。


 そして母は心境を吐露した。

 息子を守ることができなかった悔恨、罪悪感、そして今も変わらぬ愛情。


 そういえば両親は、チャビーの前では息子のことを話していなかった。

 兄を失った娘に、悲しい記憶を呼び出させないようにとの配慮だろう。


 それでも息子のことを忘れることはできない。

 たぶん、一生。


 楓はふと思う。

 自分の両親はどうなのだろうか?


 無論、楓と両親との間には長年のわだかまりがある。

 彼らの口から瑞葉の死に対する後悔を聞いたことはない。

 それを目の前の家族と同じように誠実であると信じこめるほど、楓は素直ではない。


 だが冷血漢だと決めつけられるほど、楓は両親のことを知らない。

 その事実に、今、気づいた。だから――


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