戦闘3-1 ~銃技&戦闘魔術vs完全体
新開発区の奥まった場所にある、とある廃ビル。
その屋上でおきた大爆発は、ビルの最上階にある一室をも揺るがせた。
「父上が屋上に張り巡らせた爆炎の罠に、奴らはまんまとかかったようですな」
「ハハハ、あの程度は造作もないよ」
倒されたはずの巨漢の世辞に、こちらも倒されたはずの滓田妖一が答えた。
その背後には日本刀を手にした着流し。
槍を携えた甲冑。
派手な色の背広を着たヤクザめいた男。
そして流麗な少年――キム。
合同攻撃部隊と【メメント・モリ】が葬ったはずの男たちが勢ぞろいしていた。
「奪い返されたウィツロポチトリの心臓は、また奪えばいい。恐らく今度の転生で、私たち全員が完全体へと進化する資格を得た」
滓田妖一は笑う。
「そして他の連中ではなく我らこそが、大いなる太陽の力を手に入れ――」
――その瞬間、窓から3発のロケット弾が飛びこんできた。
否、魔術による火球だ。
3発の火球はコンクリートの床に着弾して爆発する。
天井のそれに匹敵する爆炎と轟音が、部屋を炎の色に塗りつぶす。
そして爆炎がおさまった直後、窓から2人の少女が飛びこんできた。
マントをなびかせた小さなツインテールがニヤリと笑う。
そしてクロークをまとい、三角帽子をかぶった黒髪。
舞奈と明日香だ。
足元が爆発する直前、2人は躊躇なく屋上から跳んだ。
舞奈はワイヤーショットを放ってビル壁を走るパイプのひとつに絡ませ、辛くも落下を免れた。明日香は【力鎖】の魔術で同じように落下を防いだ。
そして明かりのついていた窓に魔術のグレネードをぶち込み、直後に突入した。
場馴れした2人にとって、その程度は造作もない。
舞奈は身をかがめて部屋の中央に着地する。
朽ちたビルの一室は嵐の後のようにぐちゃぐちゃにかき回され、焼け焦げていた。
ひとつひとつが手榴弾の爆発に匹敵する【火嵐・弐式】は、動かない目標や逃げ場のない屋内のすべてを、少ないドッグタグで効率的に焼き払う。
ワイヤーの切り離されたワイヤーショットを一瞥する。
スミスの好意で早速、命拾いした。
だが悠長に感謝している暇はない。
隣の明日香も斥力場を器用に操って着地し、そのまま伏せる。
魔力と斥力を司る荼枳尼天の咒は術者を疲労させる。
その御力を使った戦闘時の身体制御は、いわば生きる権利の前借りだ。
だから舞奈は明日香をかばい、身を低くしたままアサルトライフルを乱射する。
耳元の轟音に顔をしかめる。
機関部が銃の後の銃床と一体化したプルバップ式のライフルは、省スペースによる全長のコンパクトさが特徴だ。小柄な舞奈にはうってつけだと判断したのだろう。
だがライフルを伏せ撃ちすると、銃床は耳の真横に来る。
そこから凄まじい作動音がするのだからたまらない。
その間に回復した明日香は「防御」と唱え、宙に浮かぶ4つの氷盾を作成する。
即ち【氷盾】。
盾の材料となる大自在天の咒は無詠唱。
慣れた魔道士は簡単な術に詠唱は不要だ。
明日香は氷盾を四方に配して全周囲からの攻撃に備える。
ひとまず体勢を整え終え、敵の様子を探ろうとして――
「――何!?」
4枚の氷盾が複数の攻撃魔法を受け止めた。
うち2つが破壊され、氷の欠片になって消える。
「糞ったれ! 6発撃って来やがった!!」
身を低くして素早く弾倉を交換しつつ、悪態をつく。
飛んで来たのは木の杭、鉄の刃、水の刃、岩石の刃、火球が2つ。
滓田妖一の一味が6人なのは把握済み。
つまり最初の【火嵐・弐式】では誰も倒せなかったということだ。
もとより、あの程度で全滅させられるとは思っていない。
1匹でも2匹でも数が減ればいいと思っていた。
だが実際はこの様だ。
爆発程度じゃ倒せない。舞奈たちも、滓田たちも。
だから1匹づつ確実に倒す他はない。
攻撃魔法の射点からして、どうやら囲まれているらしい。
舞奈は空気の流れを読み取る鋭敏な感覚を使って素早く位置関係を把握する。
一番近くにいるのは木の杭を放った木行――日本刀を構えた着流し。
そう把握した途端、
「守護」
明日香の魔術語とともに、キンという澄んだ音と冷気。
2人の背後に凍てつく氷の壁がそそり立った。
即ち【氷壁・弐式】。
分厚く冷たい巨大な壁を、明日香は部屋を横断するように建てたらしい。
ちょうど舞奈たち2人と着流しを、他の5匹と分断する位置。
魔力を感知できる明日香も舞奈と同じ結論に達したのだ。
「敵の魔術です!」
「解除できんのかね!?」
流麗な少年、そして滓田妖一の焦った声。
前者がおそらくキムだろう。
部屋にいきなり立った壁に、敵は怯んでいるようだ。
その隙を逃さず、舞奈は着流しに肉薄する。
背後の5人が壁に対処する僅かな間、こちらは2人、相手は着流しひとり。
「ヒーッヒッヒ! 刀の錆にしてくれるでゴザル!」
腹を決めたか、あるいは有利不利がわからぬか、着流しは日本刀を構える。
反った刀に紫電が宿る。
舞奈は口元を歪める。
道術は術者の身に宿る異能力を術と成す。
着流しの道術の源は、執行人の少年から奪った【雷霊武器】だろう。
「死ぬでゴザルゥゥゥゥ!!」
着流しは日本刀を振り上げる。
それが振り下ろされる前にアサルトライフルの銃口を顔面に突きつける。
撃つ。三点射撃。
吐き出された3発の小口径ライフル弾が、避ける間もなく頭を吹き飛ばす。
着流しの胴に風穴を開け、右腕を肩ごと引き千切る。
彼らは1年前のように大屍虫の力を得ていた訳ではないらしい。
異能力で強化されていない素の身体能力は脂虫の、あるいは泥人間のそれだ。
そして【雷霊武器】に身体強化の効用はない。
かといって防御魔法で防御している気配もない。
付与魔法すら使っていない。
だから銃弾を防ぐことなど、できようもない。
手始めにひとり。
それ以外に表現しようもない状況だった。
だが次の瞬間、引き裂かれた男の中から魔法の光があふれ出た。
光は残骸と化した身体を弾き飛ばしながら膨らみ、一瞬にして人の形へと変化する。
そして光がおさまった後、そこには人間の形をした異形が佇んでいた。
金属の色に輝く、逞しい男性の身体。
首まで覆うヘルメットのような、釣鐘のような、眼鼻も口も耳もない異様な頭。
楓と紅葉を驚愕させた異形。
「張の言ってた完全体って奴か」
だが舞奈は冷ややかに一瞥するのみ。
「ええ。おそらく全員が、一度殺すとこの姿になるわ」
「……ったく、面倒くせぇったらねぇな!」
舌打ちしつつフルオート。
連なる銃声。発火炎
残る弾倉に残った27発全部を金属質な肉体めがけてぶちまける。だが、
「ヒーッヒッヒ! 無駄無駄無駄でゴザルゥゥゥ!」
ひしゃげた小口径ライフル弾が、乾いた音を立てて床を転がる。
対して完全体の銀色の身体は無傷。
かすり傷ひとつすらついていない。
式神の身体は傷を自動的に修復するが、それ以前の問題だ。
「無傷だな」
「そう聞いてたでしょ」
だが軽口を叩きつつ、舞奈は素早く跳び退く。
銃撃は目くらましだ。
本命の攻撃魔法を至近距離から放つべく、明日香は帝釈天の咒を唱え終えていた。
そして「魔弾」と締める。
かざした掌から放電する稲妻の砲弾が放たれる。
即ち【雷弾・弐式】。
明日香が修めた戦闘魔術のうち最も初歩的な、故に強力な攻撃魔法。
まばゆく輝く稲妻は、雷鳴とともに完全体の胴に炸裂する。
小口径ライフル弾を弾いた銀色の胸が、ひび割れる。
……だが、それだけ。
「効いてない!?」
驚く舞奈の目前で、胸のひびが癒え始める。
「一旦、離れろ!」
体勢を立て直すべく部屋の端へ走ろうとする。
ビルの外壁を背にし、舞奈が6匹を牽制しながら、さらに強力な攻撃魔法を準備すれば勝算はある。
だが明日香は完全体に掌を突きつけたまま。
動かぬ明日香めがけて、完全体は刀を振り上げ走りだそうとする。
「今度こそ八つ裂きにしてやるでゴザルゥゥゥゥ!!」
「糞ったれ!」
全弾を撃ち尽くしたアサルトライフルを諦め、拳銃を抜いて撃つ。
だが小口径弾は銀色の肉体に弾かれ、牽制にもならない。
「ええい! 目障りでゴザル! 貴様から始末するでゴザルゥ!!」
それでも完全体は舞奈に向き直る。
身体の一部を符と化し、周囲にばら撒く。
そして叫びとともに、符のそれぞれは鋭利な木の葉と化す。
即ち【木行・多叶矢】。
無数の葉刃が舞奈めがけて飛来する。
舞奈は床を転がり、何かの残骸であろうコンクリート片の陰に跳びこんで避ける。
空気の流れを読んで回避する舞奈に、この程度の物理攻撃は無意味だ。
だがその鋭敏な感覚が、葉刃の雨とは別の、異様な風の流れを感じた。
「……!?」
途端、工事現場のような異音。
「な……に……?」
見やると完全体の胸は大きくえぐれ、肩から腹にかけて無数のひびが入っていた。
一方、掌をかざした明日香の顔には疲労。
魔力と斥力場を司る荼枳尼天の咒は、強力かつ無詠唱化が容易な代わりに術者を過度に疲労させる。そんな諸刃の力を借りた攻撃を、明日香は普段、専用の銃で行使する。
だがそれを、攻撃魔法として放つ手段もあると聞いていた。
即ち【力砲】。
斥力場を鋭い砲弾と化して放つ魔術。
舞奈が敵を引きつけている間に、明日香は本命のさらに奥の手を行使したのだ。
「ヒヒッ……この程度……俺様の至高の肉体の前には……」
無敵のはずの肉体を傷つけたそれに慄きながら、完全体は後ずさる。
明日香は疲労に強張った表情のまま、クロークから数枚のドッグタグを取り出す。
そして、ばら撒く。
疲労すらねじ伏せる。凄惨な笑み。
顔もなく表情もわからない完全体が、恐怖に怯んだ。
「災厄!」
魔術語と同時にドッグタグが砕ける。
そして、ひび割れた完全体の胸を見えざる何かが連続で穿った。
即ち【砲嵐】。
先ほどと同じ斥力場の砲弾を、ドッグタグを使って連続で放ったのだ。
かつてマンティコアが放った【尖弾の雨】。
そのひとつひとつの威力を魔術師による砲撃レベルにまで押し上げた、暴虐の嵐。
斥力場の砲弾が激突する度に胸の孔は広がり、ひび割れは全身に広がっていく。
そして最後の一発が胸に風穴を開けると、男の身体は粉砕された。
「無茶しやがって」
ニヤリと笑う舞奈の視界の端で、かつて着流しで、そして完全体だった欠片は塵になって消えた。
「このくらいしなきゃ……倒せないじゃない……」
明日香は術後の疲労によろめきながら笑う。
1発でも隙になる荼枳尼天の咒を連続で行使したのだ。
その負担は如何ほどか。
舞奈は拳銃を仕舞い、肩紐で肩にかけたアサルトライフルを手に取り弾倉交換する。
その直後、氷の壁が溶けて消えた。
予測より速い。
明日香が他の術に集中している間に消去されたのだろう。
向かってくるのは巨漢と甲冑。
滓田妖一とキムは下がる。
ひとり姿は見えないが、居場所はわかる。
隠れて隙を伺っているつもりなら、そうさせておけばいい。
一方、滓田とキムは符を投じて火球を放つ。【火行・炸球】だ。
舞奈は疲労で動けない明日香を抱いて跳ぶ。
その残像を2発の火球が通り過ぎ、床に落ちて爆ぜた。
舞奈の背中を爆風があぶる。
味方の後から撃ってるからか、広範囲にばら撒く術でなかったのは幸いだ。
そのまま床を転がってから、素早く体勢を整える。
明日香をかばいつつ身を低くして撃ち、巨漢と甲冑を牽制する。
「こっちは大丈夫」
敵の前衛が怯むうちに、明日香は自分の足で立ち上がる。
「無理するなよ」
言いつつ舞奈は巨漢と甲冑の前に躍り出る。
「そっちこそ」
軽口を背に、アサルトライフルの残弾をすべて叩きこむ。
だが巨漢は符をかざし、【土行・岩盾】で岩盾を創って銃弾を防ぐ。
甲冑は【装甲硬化】に守られ効果はない。
舌打ちする。
アサルトライフルの弾倉はもうない。
「さっきのCz75を使って!」
「9パラだぞ?」
言い返しつつアサルトライフルを捨て、再び拳銃を抜く。
どちらにせよ弾がないのだから持っていても無駄だ。
それに奴らを1度倒した後の完全体に、小口径弾が効かないことくらい明日香は百も承知のはずだ。何か考えがあるのだろう。
そう思い、もう1丁の拳銃を手にした途端、
――汝に力を貸し与えよう。
「……魔道具か」
正確には銃ではなく、レールに設置されたメノラーがそうなのだろう。
だが、どちらでも使い方は変わらない。
「奴を殺りたい。力を貸してくれ」
声による導きに答え、意思を示す。
かつてピクシオンだった頃と同じように、マンティコアと雌雄を決するべく再び魔法少女となったあの時と同じように。
――良いだろう。我が正面に敵を捉えよ。
メノラーにとっての正面が何処かなんてわからない。
なので銃口を巨漢に向け、メノラーの支持架についた引鉄を引く。
途端、メノラーからレーザー光線が放たれた。
目もくらむような光と、射手すらあぶる高温。
「ぐぅ!?」
「カバラの【硫黄の火】!?」
背後で明日香が驚く。
カバラはウアブ魔術から派生した魔神創造の流派であり、祓魔術の源となる魔王デミウルゴスを創造した魔術でもある。
いわば魔神の中のSランクともいえる魔王を創造せしめた大いなる御業。
そして呪術の中でも強力な光の攻撃魔法を誇る祓魔術の、さらに源流たる魔術。
その使い手が操るは、敵対者すべてを思うままに断罪する圧倒的な光。
その力の片鱗が、今や舞奈の手の中にある。
咄嗟で手元が狂ったものの、圧倒的な光条は岩盾を溶かし、右の肩をえぐっていた。
巨漢の肩口は大きくえぐられ、焼き潰されて血も出ない。さらに、
「――投与」
続けざまに明日香の手にした大頭から光線が放たれ、巨漢の左腕に突き刺さる。
これも【組合】からの支給品だ。
大頭は本来、仏術に用いる使いきりの魔道具だ。
高位の仏術士が【組合】にもいるのだろう。
「な……何だと!?」
巨漢の顔が恐怖に歪む。
大頭の強大な魔力を使った冷凍光線に射貫かれた巨漢は、撃たれた腕からゆっくりと凍り始める。
対象を冷却する【冷波】に強大な魔力を加えると、凍結させる術になる。
表面を凍らせて動きを封じるのではなく、身体の芯まで完全に凍るのだ。
「ひいっ!? こ、これは!?」
冷気の余波は隣にいた甲冑の動きを鈍らせ、怯ませる。
それは1年前に【装甲硬化】の甲冑を一撃で仕留めた致死の魔術でもある。
だが巨漢は身体を強化する【虎爪気功】で術の進行を抑えている。
それでも大魔法にこめられた魔力は異能力とは桁違いだ。
全身が凍りつくのも時間の問題だろう。
「拳一様、下がってください!」
「……承知した!」
半身を焼かれ、冷凍にされた巨漢はキムの命で跳び退る。
術を解く手立てでもあるのだろうか?
奴の名前を聞いたのは初めてだ。
だが今はどうでもいい。それより、
「逃がすかよ!」
舞奈は追う。
――と見せかけて後ろに撃つ。右手の小口径弾。
「!?」
空気からにじみ出るように背広があらわれる。
振り上げた手には長ドス。
額には銃痕。
姿を消す【偏光隠蔽】に身体を強化する効用はない。
こちらも防御魔法や付与魔法を使っている様子はない。
ひょっとしたら刀剣を持つ者に共通した油断の型があるのかもしれない。
それでも彼は、仲間が倒された今が、敵が最も油断する瞬間だと思ったのだろう。
仕掛ける絶好のチャンスだと。
良い判断だ。
相手が舞奈でなければ。
「だから、見えなくなってるつもりなんだろ? なんで後ろに回りこむんだ?」
軽口を叩く舞奈の前で、脳天を撃ち抜かれた背広は果てる。
そして光とともに、先ほどの着流しと同じ銀色をした完全体へと転化する。
だが舞奈は完全体が異能で姿をくらます隙を与えない。
マントを外して投げつける。
古びたマントは釣鐘型をした顔の前で広がる。
視界をふさがれた完全体は、あわててマントをつかんで引き裂く。
その隙に舞奈は至近距離まで接敵していた。
「……ってことは、そこに物を見る器官があるのか?」
右の銃口で脳天を、左の銃口で心臓のやや上を捉え、メノラーの引鉄を引く。
メノラーから2条のレーザー光線が放たれる。
光はマントを一瞬で蒸発させ、その向こうの完全体を穿つ。
だが彼らが至高と自負する銀色の肉体は、光線すらはじき返す。
「もっとだ!」
2丁の銃口を揃えて完全体の胴に向け、機関銃のフルオート射撃のように引鉄を引きっぱなしにしながら叫ぶ。
――良いだろう。
メノラーがまばゆく輝き、先ほどに数倍する激しい光が放たれた。
「【硫黄と火の杖】!?」
それはレーザーを発射するのではなく、照射する魔術だった。
舞奈たちが知らぬ戦場で用いられたルーン魔術の【光線】。
あるいは高等魔術の【断罪光】、ウアブの【光条の杖】。
いずれも魔術師が行使した必殺の術。
それと同等の攻撃魔法を、両の銃からひとつずつ。
銀色の胸板と釣鐘状の頭部は、2条の光線が織りなす爆光すら防ぐ。
だが光条は途切れることなく完全体の急所を焼く。
完全体は射線から逃れようと、あるいは両腕をクロスさせて防御しようともがく。
だが、その前に勝負は決まった。
凄まじい光条は放射熱で術者を炙りつつ、至高の肉体を数秒で貫き、焼き砕いた。
瞬く間の攻防だった。
その様を見やり、舞奈に肉薄しようとしていた甲冑が動揺する。
その隙を見計らって、明日香はドッグタグをベルトごと頭上に放る。
そして真言を唱える。
奉ずる仏は帝釈天。稲妻の雨を降らせる算段だ。だが、
「5秒待て!」
片手の拳銃をホルスターに収めつつ舞奈は叫ぶ。
その隙に甲冑は【金行・鉄刃】の妖術を行使する。
符を刃に変え、舞奈めがけて投げつける。
大きく鋭いギロチン刃が、回転しながら舞奈めがけて襲いかかる。だが、
「気が利くねぇ!」
舞奈はギロチン刃を足場に跳躍し、明日香のベルトをわしづかみにする。
刃は反動で床に激突して符に戻る。
明日香が目を見開いて驚くが、以前にマンティコアの斥力刃で同じことをした。
実体がある足場なら楽勝だ。そして、
「アロハー!」
そのまま甲冑の首にベルトをかけつつ着地する。
身をかがめて笑った瞬間、明日香の真言が完成した。
次いで「災厄!」と魔術語で締める。
途端、ベルトに提げられたドッグタグのそれぞれが雷球と化した。
本来は敵の頭上に稲妻の雨を降らせる【雷嵐】。
だが今は、ドッグタグを吊ったベルトは目標の首に提げられている。
つまり甲冑は、ひとつひとつが【雷弾・弐式】と同等の雷撃を、至近距離から無数に喰らったのだ。
自爆テロ、などという生易しい代物ではない。
明日香が急ぎ行使した【氷壁・弐式】の氷壁に舞奈が滑りこんだ直後、数十の雷弾の爆発が部屋を光の色に染めあげた。
半透明の氷壁ごしですら暴力的に眩しい光の奔流の中、甲冑のシルエットは一瞬で消し去られ、転化したとおぼしき釣鐘頭のシルエットも次の瞬間、潰れて消えた。
そして光が止んだ後、爆心地には何もなかった。
「なに無茶苦茶してるのよ」
「このくらいしないと、倒せないだろ?」
役目を果たした氷壁が消えるのを見やりながら、軽口を叩き合う。
そして舞奈たちと同じように光の奔流を凌いだ敵を見やる。
残る敵は3匹。
1年前と同じように下品な腕時計をはめた中年男、滓田妖一。
火傷と凍結の跡を癒された巨漢。
その後ろには巨漢を治療したのであろう流麗な少年、キム。
キムは集中し、何らかの大規模な術を行使しようとしていた!