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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第10章 亡霊
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戦闘2-2 ~ウアブ魔術&呪術vs完全体

 泥人間が駆逐され、結界化の解かれた賃貸ビルの一室。

 そこから転移したキムとチャビーを追うべくニュットが魔道具(アーティファクト)を修理している。

 他の魔道士(メイジ)執行人(エージェント)もそれを補佐する。

 そんな喧騒の中、中川ソォナムはひとり物思いにふけっていた。


 キムがチャビーをさらって逃げることは予測できていた。

 防ぐこともできた。


 だが大量の怪異と大規模な攻撃魔法(エヴォケーション)の応酬に、彼女は高確率で巻きこまれる。

 でなければ、逃亡するための人質となる。

 あるいは、自棄になった彼らのうち誰かに襲われる。

 そのすべてから幼い少女を守れる者がいるとすれば、それは志門舞奈だけだ。


 だが舞奈には滓田妖一を完全にこの世界から放逐するべく別の役割がある。

 こちらも彼女以外に完遂できる者はいない。

 そして滓田妖一の完全排除に失敗すれば、彼らは新たな災厄を引き起こす。

 結果、数多くの犠牲者のうちのひとりとして、少女は世界から失われることになる。


 あるいは最初にチャビーが誘拐される前に対処する手もあった。

 だが、それも誤りだ。

 下手人の4人が倒されれば、滓田妖一とキムは姿をくらます。

 そして事件が忘れ去られたころに4人は更なる力を得て転生し、災厄の元凶となる。


 つまり少女をギリギリで守りながら、同時に滓田妖一の本体を叩かねばならない。

 ひとりしかいない舞奈を2カ所で要する、一見して対処不可能な状況だ。


 その不可能を可能とすべく、ソォナムは策を弄した。


 それはキムにあえてチャビーを連れ去らせ、ひとりで儀式を執り行う直前に暗殺するという方法だった。


 楓と紅葉は、その刺客に適任だった。


 彼女らはチャビーと面識がある。

 紅葉は子猫からメッセージを受け取ることができる。

 有能ながらも志門舞奈や【機関】【組合(C∴S∴C∴)】の面子に比べて戦績に乏しく、敵の占術によって警戒されにくい。


 そして、なにより、弟の仇であるキムを今でも憎んでいる。


 だがキムが転生によって更なる力を得られるかどうかは五分の賭けだった。

 そうなった場合、経験の浅い彼女らが倒せるかどうかも賭けだった。


 だからソォナムは祈った。

 術を行使するためのイメージではなく、ただ祈った。


 他者の痛みを防ぐために戦う者すべてに、幸あらんことを。

 他者のために傷つく彼女らの痛みが少しでも浅く済むことを。


 支部で最も占術に秀でた占術士(ディビナー)が、そんな無駄なことをと笑うなかれ。

 自身に手出しのできない事柄に対し、藁にもすがりたいと思うのは自然なことだ。


 一方、楓と紅葉が突入した別のビルでは、


「この無敵の身体で、おまえたちを殺してやる! そしてボクが『太陽』の力を手に入れるんだ!」

 かつてキムだったそれが叫んだ。


 金属の色に輝く、逞しい男性の身体。

 首まで覆うヘルメットのような、釣鐘のような、眼鼻も口も耳もない異様な頭。


 完全体と、それは名乗った。


「させないよ!」

 紅葉は素早く呪文を唱える。

 崩れた床から、壁から、矢継ぎ早に石つぶてが飛ぶ。

 即ち【地の矢(アハ・ター)】。

 紅葉の気迫に答えるように、キムに向かって全周囲から投石される。


 だがキムの輝く身体はつぶてをはじき返す。

 防御魔法(アブジュレーション)すら使わずに。


 続いて楓の渾身の呪文が完成した。

 その目前に、巨大な水の塊――【大水球(アハ・ムゥ・シェム)】が並ぶ。

 巨大な水塊はそのまま鋭い刃と化し、キムに向かって飛ぶ。それが3つ。


 キムは岩石の盾――【土行・岩盾テウシン・イアンデウン】を創りだして防ぐ。

 土剋水。最初の刃は盾に魔力を吸われて消える。

 それでも膨大な質量と勢いによって、相打ちに盾を破壊する。


 続く2枚がキムの身体を打ち据える。

 だが一撃で盾を砕いた重い刃を、金属の身体は苦もなくはじき返した。


「直撃したはずなのに……!?」

 楓は驚愕する。


「ハハハハハ! 無駄だよ!」

 キムは笑う。


「ボクたちはね、こうして転生を繰り返すほどに魔力を得ることができるのさ!」

 眼鼻も口もない顔で、聞こえる声だけが少年のそれだ。

 どこから響くとも知れぬ哄笑が、廃ビルの一室に響き渡る。そのとき、


「やあぁぁぁ!」

 キムの背後に、にじみ出るように紅葉があらわれた。

 楓が水の刃を放つ間に【秘せられしヴェール(ヘペス・ハプ)】で透明化して忍び寄っていたのだ。

 紅葉は水刃の残滓を【水の斬撃(シャド・ムゥ)】によって新たな刃に変え、斬りかかる。だが、


「無駄だよ」

「く……硬い!」

 身体強化した筋力に体重を乗せた斬撃を、キムは片手で受け止める。

 そして軽く払いのけただけで、紅葉は吹き飛ばされた。


「紅葉ちゃん!?」

 紅葉は楓の側の壁に激突する。

 だが、よろめきながらも立ち上がる。


「ボクの代じゃまだ駄目だと思ってた! ずっと転生を続けた後の代でしか成し得ないと思っていた! でもボクは戦いの中で、こうして完全体になることができた!」

 キムは愉快げに笑う。


「これでボクは……もう傷つかなくていいんだ。あんなこと……もう……もう……!!」

 狂ったように笑う。

 だが楓も、紅葉も成す術がない。

 銀色に輝く完全体は、どんな攻撃にも傷ひとつつかないのだ。


 さらに楓は、腕の中にネコポチがいないことに気づいた。

 チャビーと一緒に抱いていたはずなのに。


 だが探している余裕はない。

 重力を操る大能力の残滓を残した子猫が、自衛してくれると祈るしかない。


「あれ? そうすると、君たちにお礼を言わなきゃいけないかな?」

 歯噛みする2人をあざ笑うように、キムはとぼけた口調で言いつつ掌をかざす。

 その周囲に、いくつもの魔力の光があふれ出す。

 光は無数の符を形作る。


「……いけない!」

 それが意味することに、楓は気づいた。


「紅葉ちゃん手伝って!」

「――なら、お礼にボクのこの力で、君たちを最初に殺してあげるよ!」

 楓の悲鳴をかき消すように、キムが叫ぶ。

 無数の符は鋭い木の葉と化して楓たちを襲う。


 即ち【木行・多叶矢ムシン・ドゥオイェジイアン】。

 だが、その大きさと量は通常の葉矢の術とは桁違い。


 それでも僅差で、楓と紅葉の呪文が完成した。

 2人の前に、楓が操る4枚の岩盾が集まる。

 楓が創った岩盾と、紅葉が操る大地の魔力がひとつになる。

 そして巨大な石の壁と成す。

 即ち【石の壁(イネブ・アネル)】。


 岩壁は凄まじい勢いで降り注ぐ刃に耐える。


 だが降り注ぐ葉刃の群は、火砲の斉射の如く岩壁を削る。

 そして、堅牢な石の壁をも砕いた。


 それでも2人は次なる呪文を完成させていた。

 そして生まれた水の壁――【水の壁(イネブ・ムゥ)】が、残る木の葉を防ぎきる。


 明日香が多用していた2段構えの防壁。

 それを咄嗟に再現したのだ。だが、


「ハハハ、必死の抵抗だね」

 キムは2人をあざ笑うかのように、眼鼻のない顔で嗤う。


「ああ、思い出したよ。桂木瑞葉とかいう【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】は君たちの弟なんだっけ」

 その言葉に楓の、紅葉の表情が豹変する。


「あ、怒った? やっぱりそうだったんだ!」

 キムは笑う。


 2人は睨む。

 それ以外に、完全体に抗う手段がない。


「1年前のあのときに、君たちのことを言っていたよ。姉さんたちのところに帰るんだってさ。でも叶わなかった。ボクが殺したからね」

「貴……様……」

 唇をかみしめる紅葉に、キムは眼鼻のない顔を向ける。


「けどこれで、君たちも弟に会えるね! そこのガキもお兄ちゃんに会える! よかったじゃないか!」

 楓を見やり、楓が抱いたチャビーを見やり、そして両の手に炎の剣を創造する。

 即ち【火行・作炎(ホシン・ゾアン)】。

 攻撃魔法(エヴォケーション)の雨を凌いだ楓たちに、接近戦を挑むつもりか。


 釣鐘の頭をした金属の巨躯が、燃える2本の大剣を振り上げて襲いかかる。


「やらせないよ! 貴様にはこれ以上!」

「紅葉ちゃん! ダメ!」

 紅葉は【水の守護(メケト・ムゥ)】で水壁の残滓を盾にする。

 そして楓とチャビーをかばうように立ちふさがる。

 だが小さな水の盾で、巨大な炎剣を防げるはずもない。


 そんな紅葉の前に、メジェドの背中が出現する。

 紅葉をかばうように割りこんだメジェドは、両目からレーザーを照射する。

 即ち【力ある光の矢(アハ・ウベン・シェム)】。


 だが完全体の銀色の肉体はレーザー光線すら防ぐ。


「効かない!?」

「アハハハハッ! そうさ! ボクはもう傷つかない! ボクは無敵なんだ!!」

 笑いながら、キムはメジェドを両断する。

 そして勢いのまま紅葉を盾ごと吹き飛ばす。

 悲鳴。


「紅葉ちゃん!?」

 水の盾は瞬時に蒸発し、紅葉は外壁に叩きつけられた。


 楓はキムを睨みつける。

 メジェドが身代わりにならなければ、紅葉が炎の剣の直撃を受けていた。

 だが、そのメジェドはもういない。

 紅葉も倒れ伏しながら自己回復するのがやっと。


 楓は魔術の盾を創れるように、ウアス杖を構える。

 だが気休め。


「ハハハッ! 君で最後だね」

 最後に残った楓を、キムは眼鼻も口もない顔で見やる。

 楓の腕の中にはチャビーがいるが、もはやキムは気にする様子もない。


 再び掌をかざす。

 そして無数の符を生成する。


 先ほどと同じ攻撃魔法(エヴォケーション)の雨を放つつもりだ。

 そして楓ひとりで、それを防ぐ手段はない。

 せめてチャビーを守ろうと、かばうように半身に構えてキムに杖を突きつける。


「君たちを全員殺したら、君の友だちもみんな殺してあげるよ!」

 完全体は叫びながら、楓のあがきを愉快そうに眺める。


「そしてボクは蘇ったあの方たちと共に大いなる力を――」

 ――途端、その銀色の身体がのけ反った。

 周囲の符は魔力に還元されて消える。


「な……に……!?」

 驚愕するキムの背に、漆黒の球体が埋まっていた。


「……え?」

 楓も驚く。


 そして気づいた。

 少し離れた瓦礫の陰に、茶トラの子猫がいることに。


「ナァァァァァ!!」

 子猫は憤怒で全身の毛を逆立て、大能力によって周囲の瓦礫を吹きあげていた。


 そして楓は、完全体の動きを止めた黒球の正体を悟った。

 かつて魔法少女になった舞奈に向けてマンティコアが放った【小崩弾の雨ディスラプター・レイン】――重力弾の雨。そのうちの1発。即ち【小崩弾(ディスラプター)】。


 その漆黒の弾丸が、防護なしで直撃すれば重力場に掌握される。

 つまり空間そのものに握りしめられ、対象の耐久力によっては握りつぶされる。


 ネコポチは子猫とはいえ、かつてマンティコアだった存在だ。

 その魔力によって生み出された重力弾は、完全体となったキムの動きを封じることすら可能だったらしい。


 ――否、それだけではないだろう。

 子猫は自らの内なる魔力を想いで賦活し、増強したのだ。


 魔力が人の意思を、強い願いを凝固したものだと魔術師(ウィザード)の楓は知っている。

 小さな子猫が、その事実を楓に思い出させてくれた。


 それは、飼い主を守りたいという強い想い。

 強い、強い願い。だから、


「紅葉ちゃん、彼女をお願い」

 よろよろと立ち上がった紅葉に、楓はチャビーを託す。

 微笑みを浮かべながら。


 ウアス杖を構える。

 毅然としたその顔に浮かぶ、確信。

 如何なる攻撃も跳ね返す屈強な銀色の肉体に、打ち勝ってみせるという確たる意思。


 楓は歓喜を思い出す。


 姉妹が復讐者ではなくなったあの日、楓は美しいものを見た。


 あの黒髪の少女が呼び起こした、それは夜空を切り裂く幾筋もの雷光。

 それを何時か自身の手で再現したいと思った。


 あるいは悪の巣窟を焼き尽くす紅蓮の炎。


 あるいは、あの母親のような、童女のような美しい少女。

 彼女の美を脳裏に焼きつけ、魔力の源と成すイメージとすることにより、楓は少女を魔法少女へと変身させる秘術を完全なものとした。


 楓は笑っていた。

 絶対なる力と硬度を持った完全体を目前にして、それでも。


 恐怖の代わりに渇望する。

 自身の知る美しいものすべてから美の精髄を凝縮し、さらなる高みへと到達したい。

 もっと美しいものを創りだしたい。


 もっと美を!

 もっと魔力を!

 もっともっと、もっと!


 さらなる甘美な、強力な、真なる魔術をこの世界に顕現させたい!

 世界という無限のキャンパスに、魔術という絵筆を持って挑みたい!

 自身の内なる美のすべてを表現したい!


 それが魔術師(ウィザード)の――芸術家の――楓という人間の本質だ!

 強い願いであり、世界の理すら覆す欲望だ!


 キムの完全体の身体は、魔力によって形作られている。

 それはキムの魔法だ。


 そして解けない魔法はない。

 強い願いさえあれば、魔法に不可能はない。

 キムにとっても、そして楓にとっても。


 だからキムが狂っているように、楓も欲望を解放する。


 呪文を唱える。

 奉ずる神はラー・ホルアクティ。

 陽光を司る魔神。


 魔力の源となるその姿を、楓が知る美しいものすべてに置き換える。

 その魔力をもって、世界に楓の美を強制する。


 美しい太陽の化身が、夜空を切り裂く美しい光をつかみとって束にして、手にした杖の先端から美しい火炎放射のように放つ。

 その姿を自分自身に重ね合わせる。


「やぁめぇろぉぉぉ!」

 重力弾に囚われながら、完全体は口なき顔で絶叫する。


「邪魔をするな! ボクはもう十分に苦しんだんだ! 今度はおまえたちの番だ! そうだろう!?」

 だがキムの身体は動かない。

 狂ったキムの言葉に耳を傾ける者もいない。


 そして楓の唇が、呪文の最後の一句を紡いだ。


 途端、杖の先端から目もくらむような光が放たれる。

 光線は身動きのとれぬキムの胴を穿つ。

 即ち【光条の杖(カー・ヘト・ウベン)】。


 銀色に輝く肉体は光をも拒む。

 だが暴走する美のイメージから形作られた魔術のレーザー光線も、衰えることなくキムを焼き続ける。


 光と熱が一点を炙る。

 焼く者と焼かれる者の双方にとって、それは永遠に等しい時間だった。

 楓にとっては無限の至福。

 キムにとっては果てることのない責め苦。


 先ほどとは真逆に楓は笑う。

 キムは苦悶にうめく。そして、


「たすけて……姉……さん……」

 完全体の顔が、端正な少年のそれを形作った。


「瑞葉……!?」

 紅葉が目を見開く。


 楓の闘志を削がんと、幻影をまとったのだろう。

 それはちょうど、光を操ることで透明化する【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】――瑞葉の異能力と同じ原理を真逆の方向に進化させた技術だ。


 1年経てなお愛おしい弟の顔が、楓の熱光によって苦痛に歪む。


 だが魔力で形作られた弟が、本物ではないことを楓は知っている。

 あのふてぶてしい技術担当官(マイスター)ニュットが弟を束の間の間、蘇らせたから。

 楓たちを窮地から救うために。

 けど偽りの弟の姿は、姉妹の心に痛みしか残さなかった。だから、


「貴方は瑞葉を……私の弟を2度、愚弄しましたね!!」

 楓は熱光の魔術に、憤怒の魔力を追加する。


 1年前、奴は下らない欲望のために弟を手にかけた。

 そして今、浅はかな命乞いのために弟の姿を偽った。


 どちらも許されることではない。


 奴をこの世から消し去ることこそが絶対の正義だ。

 楓にとっての美だ。


 だから完全体の至高の肉体と、灼熱の光線との均衡は不意に崩れた。

 至高のはずのキムの肉体が熱と光に耐えきれず崩壊したのだ。


「いや……だ……!?」

 光条に耐えかねたように、銀色の胴に焼け焦げた孔が開く。

 そして光が貫通する。


 至高の肉体も、崩れ始めた後は一瞬だ。

 貫かれた孔の周囲がひび割れ、ひびは身体中に広がり、そして粉々に砕けた。

 砕けた破片は塵となって消える。

 その最後だけは泥人間と少し似ていた。だが、


「これで……終わったなんて思わないことだね……」

 釣鐘状の頭だけは、砕けずコンクリートの床にゴロリと転がる。

 まるで呪いのように。


「ボクは何度でも……蘇る……」

 壊れたスピーカーのように、顔のない銀色の頭が呪詛の言葉を振りまく。


「そしてお前たちの大事なものを……すべて……」

「――傷つけさせはしませんよ」

 その頭を、歩み寄った楓が踏みにじる。


「ええ、何度でも好きに蘇るといいでしょう」

 言い放ち、そして一瞬だけ紅葉とその腕に抱かれたチャビーを見やる。

 足元の子猫を見やる。


「その度にこうして殺して差しあげますよ。貴方は何も成し得ることはない」

 宣言する。

 紅葉を巻きこんで脂虫を殺し続けた連続殺害犯の冷酷さで。

 舞奈と明日香との邂逅によって、復讐の手段を守る力に変えた仕事人(トラブルシューター)の強さで。


 そして力をこめる。

 途端、銀色の頭は軽石のように、あっけなく砕けて消えた。


「やった……の?」

 紅葉が我に返ったように、チャビーを抱えたままひとりごちる。


「……ええ」

 ウアス杖の石突をそっと床に下ろしながら、楓は答える。

 その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。


「やり遂げたのですよ。ねーネコポチちゃん」

 相好を崩して笑いかけた先で、ネコポチは楓を無視して紅葉の元に走って行った。


 楓は凹む。

 ネコポチは紅葉を駆け上がる。

 そして紅葉に両手で抱えられたチャビーに頬ずりして、


「みゃ~」

 まるで戦場など知らぬ子猫のように鳴いた。


 ネコポチには3人の母がいる。


 あの無人のビルの一角でネコポチを産み育てた母猫は、珍走団にはねられた。

 ネコポチが魔力で創った巨大な母猫は、我が子とひとつになろうとして、消えた。

 そして3人目の母親、飼い主である人間の少女は、皆の力で救われた。

 その力の一端を担えたことが嬉しかった。


 ネコポチは、かつて強者と会いまみえた。

 母猫とひとつになった巨大な自分に、怯むことなく立ち向かった小さな少女。

 勇敢で、そして最強な少女。

 彼女もまた仲間の力を借り、強大だった自分を打ち倒した。


 そして小さな子猫に戻ったネコポチの前に、彼女は飼い主の友人としてあらわれた。

 幼い母と並んだ大きな彼女は、まるで戦場など知らぬただの子供のように笑った。


 だからネコポチも、平和な世界でただの猫として生きようと思う。

 大能力という必殺の牙を研ぎ澄ませながら。

 もう2度と愛する者を、愛してくれる者を失わないために。

 ネコポチが憧れる最強の彼女のように。


 そんなネコポチを見やり、楓と紅葉は顔を見合わせて笑った。


 次の瞬間、崩れたドアを両断して小夜子が部屋に跳びこんできた。

 後ろにサチが続く。

 そして他の面子も続く。

 壊れていた魔道具(アーティファクト)を修復し、転移してきたらしい。


「千佳ちゃんは……!?」

「ええ、無事ですよ」

 紅葉が抱えた幼い少女と子猫を見やり、小夜子の表情が安堵にゆるむ。


 楓は不意に、その至福に満ちた表情が美しいと思った。


 そして同じ頃。

 新開発区の奥まった地区。


 雨上がりの夕日が廃墟を血のような紅色に染める。

 その一角の廃ビルの屋上に、筋斗雲が舞い降りた。


 人間の道士が使う【潜在魔力との同調】によって召喚される魔法の乗り物は、下から見ると雲に見えるが、乗って上や横から見ると金色に輝く龍に見える。

 なので地上から見つかりにくい。

 さらに一見すると中途半端な施術に見えるため、魔法感知されにくいらしい。


 乗っているのは舞奈と明日香。

 張が用意した足というのがこれだ。


「日比野さんが無事に保護されたそうよ」

「そうか、よかった」

 携帯を手にした明日香の言葉に、舞奈は安堵の笑みを浮かべる。


 張の不思議な乗り物に乗って舞奈たちが訪れたのは新開発区だった。

 おそらく張の指示で自動的に舞奈たちを運ぶそれは、廃墟の街の一角にある廃ビルの上で停止した。


 眼下ではビルを囲むように、泥人間がひしめいている。

 こんなにたくさんの泥人間を一度に見るの初めてだ。

 気味悪く、また不可解に思いながらも、2人は気にせずビルの屋上に跳び下りる。

 すると龍は空気に溶けるように消えた。


 ――否、本当に溶けて消えた。

 まるで片道切符みたいだと、嫌な想像を誤魔化すように、


「滓田妖一を倒したってのが本当なら、奴らが復活するってのも本当らしいな」

 口をへの字に曲げながら言う。


 そんな彼らを完全に滅ぼすのが舞奈たちの仕事だ。

 報酬はきっちり前払いされた。

 今度は舞奈が役目を果たす番だ。


「見えたの?」

「ああ。このビルの一番上の、明かりがついてた部屋だ。滓田本人と息子が4人、あと知らない奴が1人いた」

 龍が飛来する一瞬でそれを見極めた動体視力に、明日香は今さら驚かない。

 代わりに、


「そっちは大丈夫?」

「使い物にはなりそうだ」

 問いに舞奈は何食わぬ顔で答える。


 明日香はクロークに三角帽子をかぶった、いつもの戦闘用のいでたちだ。

 彼女は【工廠(アルゼナル)】の魔術で装備品を呼び出せるからだ。


 だが舞奈は常備している拳銃(ジェリコ941)と手榴弾以外は【組合(C∴S∴C∴)】からの支給品だ。


 左手にはバッグに仕舞ってあったタクティカルグローブ――ワイヤーショット。

 右手にはプルバップ式のアサルトライフル(タボールAR21)


 コート代わりにまとったマントの下のベルトには、自前の拳銃(ジェリコ941)と手榴弾の他、サイドアームのつもりだろう短機関銃(Vz61スコーピオン)


 そして2丁の拳銃(Cz75)

 どちらも銃身(バレル)の下側にマウントレールを装備したSP-01仕様だ。

 レールにはアーチ状の支持架によって7枝の燭台が設置されている。

 明日香曰く、メノラーというものらしい。


 急場に揃えて寄越したにしては、無難でそつのない装備だとは思う。だが、


「……まったく、阿修羅じゃないんだ」

 言ってやれやれと苦笑する。


「拳銃ばっかり2丁も3丁もあっても――」

 ――その瞬間、ビルの屋上が――舞奈たちの足元が爆発した。


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