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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第10章 亡霊
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戦闘1-3 ~合同攻撃部隊vs道術

 あらわれたのは執行人(エージェント)エリコだった。

 そして彼女に従う、2匹の空飛ぶ子ブタの天使。

 物質を穢れと見なすカタリ派の彼女が操る天使は、アイオスが使っていた肉感的な天使に比べて霊に近く、半透明でケルトの妖精のように燐光を放っている。


 そんな天使を伴い、結界に【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】で穴を開けて突入したのだ。

 勇敢な少女を、だが男たちは、居並ぶ泥人間どもは一斉に睨みつける。

 幼い彼女ひとりが駆けつけたところで状況は変わらない。

 そう威圧するように。


 それでもエリコは笑う。

 あの不敵な仕事人(トラブルシューター)のように。


 そして術者の命により、天使たちは手にした何かを投下する。

 手足を焼き斬られた脂虫だ。

 エリコはキムに操られ移動中だった脂虫の集団から、数匹ほど『拝借』していた。

 そのうち1匹を使って結界に穴を開けたのだ。


 そして手元の無線機に向かって叫ぶ。


『こちらエリコ! 滓田妖一とその一味を発見したわ!』

 その言葉に答えるように、2匹の脂虫が爆ぜて腐肉の門と化した。

 ナワリの【供物の門ネヨコリクィアウアトル】である。


「あのガキ! 仲間を呼びやがった!!」

 背広が長ドスを構えて襲いかかる。


 だが、それより速く、門から怒り狂ったナワリ呪術師が跳び出した。

 小夜子は雄叫びをあげながら、輝く【霊の鉤爪(パパロイツティトル)】で斬りかかる。

 惜しくも急所は逃したものの肩を袈裟斬り。

 背広は悲鳴をあげて跳び退る。


 その姿が滲むように消えていく。

 透明化する【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】の異能。


 小夜子は逃すまいと神の名を叫び【捕食する火(トレトルクゥア)】を放つ。

 呪術が背広のいた周囲の空気を火に変え、爆発させ、周囲の泥人間を焼き払う。


 だが肝心の背広は素早く符をかざして口訣を唱え、水のマントで炎を防ぐ。

 水行の道術のひとつ【水行・防衣(シュイシン・ファンイ)】。


「ちいっ……! 道士の技を!」

 小夜子は歯噛みする。


 そんな小夜子に仕返しとばかり、横から滓田妖一が符を放つ。

 口訣により符は燃え上がって火の玉と化す。

 こちらは火行の道術のひとつ【火行・炸球(ホシン・ジャチユ)】。


 術を放ったばかりの小夜子に、灼熱の火球が襲いかかる。

 だが火球は小夜子の目前で四散し、爆炎は小夜子に達しない。

 不可視の障壁が阻んだのだ。


 小夜子の手首に巻かれた注連縄が揺れる。

 新たに門からあらわれたサチの【護身神法(ごしんしんぽう)】である。


 それだけではない。

 門から戦闘(タクティカル)学ランに身を包んだ執行人(エージェント)たちが跳び出した。

 諜報部の異能力者だ。


 ある者は【雷霊武器(サンダーサムライ)】【火霊武器(ファイヤーサムライ)】で得物を放電させ、炎をまとわせる。

 またある者は【氷霊武器(アイスサムライ)】の白い冷気で包む。

 別の何人かは筋肉を膨張させ、うち何割かの服が破裂する。

 身体を強化する【狼牙気功(ビーストブレード)】【虎爪気功(ビーストクロー)】だ。


 にじみ出るように出現した大柄な【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】が、新たな脂虫を放り投げる。

 小夜子は拳銃(オブレゴン・ピストル)を抜き、神の名を叫びつつ脂虫を射貫く。

 脂虫は断末魔とともに解体され、心臓だけは黒いもやとなり、魔力と化し、小夜子自身と執行人(エージェント)たちの身体に飲みこまれる。

 恐るべき【ジャガーの戦士(オセロメー)】の呪術。

 それを贄で強化し、猫耳カチューシャをつけた執行人(エージェント)たち全員を強化したのだ。


 門からはポークも出現する。

 でっぷりと太った彼は、元は駐車場だった結界内部の高い天井すれすれを飛ぶ。

 そして両手で構えた軽機関銃(Ultimax100)を斉射して泥人間を薙ぎ払う。さらに、


太陽ソウイル!」

 魔術語(ガルドル)とともに、一条の光が泥人間の群を裂いた。

 レーザー光線を照射するルーン魔術【光線ラーザー・シュトラール】。


 そうやって執行人(エージェント)たちは泥人間を蹴散らし、道を切り開く。

 そして鷹乃とハニエル、奈良坂のいる場所までたどり着いた。


「奈良坂さん、無事?」

 サチは異能力者たちの【護身神法(ごしんしんぽう)】を維持しつつ奈良坂に駆け寄る。

 小夜子も続く。

 チャビーの無事を確認したかったからだ。だが、


「わ、わたしは無事なんですが……」

 奈良坂は小夜子を見やり、少年が去っていった方向を見やった。

 小夜子は顔面蒼白になって、奈良坂を、そして奈良坂が見た方向を睨みつけ、


「――一刻も早く奴らを片づけ、チャビーちんを取り戻すのだよ」

 糸目のニュットが小夜子を諭す。


 ルーン魔術師であり技術担当官(マイスター)でもあるニュットは、普段ならば生存率100%の作戦以外には参加できない。

 雑務を一手に担う彼女に万が一があった場合、巣黒(すぐろ)支部の存続が危うくなるからだ。


 だが【組合(C∴S∴C∴)】からの要請を受けた今は別だ。

 滓田妖一に誘拐された少女の奪取を【組合(C∴S∴C∴)】は【機関】に要求した。

 しかも、作戦には【組合(C∴S∴C∴)】の魔道士(メイジ)まで参加している。

 それは【組合(C∴S∴C∴)】が本気だということだ。

 なのに戦力を出し惜しみして保護対象に万が一があった場合、【組合(C∴S∴C∴)】はそれを裏切りと判断する可能性がある。支部あっての存続だ。


「そちらは無事かね?」

「……恥ずかしいところを見せてしまったけどね」

 格好のことではないのだよな?

 と思わずにはいられない全裸に水のローブのハニエルがニュットの側に立つ。


杜撰(ずさん)ナ魔法射撃ダ。(わらわ)ニ当テル気カ」

「文句が言えるなら大丈夫なのだよ」

 反対側に立った鷹乃は片腕を失っていたが、ニュットは構わず笑う。


 門からは黒ずくめの女も跳び出す。

 回術士(スーフィー)のハットリである。


 回術士(スーフィー)とは修練によってデミウルゴスの魔力をその身に蓄える妖術師(ソーサラー)だ。

 仏術士と同様に二段重ねの身体強化を得手とする。

 だがカタリ派以上に偶像崇拝を忌み嫌う回術士(スーフィー)は天使の肉体を創らない。

 代わりに、その身にまとうのは光だ。


 即ち【合神(ファナー)】。

 神光に包まれて宙を舞い、触れた敵を焼き尽くす妖術。

 生ける鉄鎚と化した彼女は泥人間の群に文字通り飛びこみ、焼き尽くして粉砕する。


「服部さん! 使ってください!」

 奈良坂は手にしたアサルトライフル(AK47)を投げる。

 召喚魔法(コンジュアレーション)で召喚された銃が消える前に、光の軌跡を描いてハットリが受け取る。


 Bランクの彼女は実銃を持つことはできない。

 だが、その制限に含まれない召喚された銃は彼女の新たな力となる。


 だからハットリは光でできた攻撃機のように、急降下と突撃を繰り返しながら銃を乱射し、体当たりして、次々に泥人間を薙ぎ払う。

 そして戦う力を失った泥人間の側に降り立ち、偃月刀で斬首する。


 次いで門から、警備員の制服を着こんだクレアとベティもあらわれた。


「これはまた、とんでもない量を集めたものですね!」

 クレアは銃剣つきのアサルトライフル(L85A2)を撃ちまくって泥人間どもをなぎ倒す。

 掃射を逃れて肉薄する敵を銃剣で的確に刺し貫き、零距離フルオートで粉砕する。


「暴れがいがあっていいっすよ!」

 ベティも負けじと、身体強化とハイチで鍛えた素の身体能力を組み合わせた圧倒的な力でなぎ倒す。そして【刃の術(クー・アーティンゼモ)】のかまいたちで斬り裂く。

 さらに咥えたささみスティックを贄にし、【雷の術(クー・ヘボソ)】で雷を落として粉砕する。


 その上さらに、門から屈強な尼僧が、半裸のロシア美女が、こちらは文字通り銃弾のように放たれた。


「先輩!」

「……戦地がどんどん淫らになっていくのだよ」

 任期の長い奈良坂とニュットが反応する。

 かつて巣黒支部最強の一角を担っていたグルゴーガン、そしてプロートニクだ。


見つけた(ナシェル)デース!」

 プロートニクが転移し、前後左右の全周囲にドリル刃を放出する。

 泥人間が放射状になぎ倒された中心には、宙に浮かぶプロートニク。

 その前には【装甲硬化(ナイトガード)】でドリル刃を防いだ甲冑。


「なるほど、わかりやすい目印だね」

 ハニエルも片眼鏡をキラリと光らせ笑みを浮かべ、甲冑の目前に転移する。


 半裸と半裸。2人の美女を前にして、鎧兜をかぶった甲冑の表情は見えない。

 だが挙動の端々に焦りが滲む。


 周囲に逃げこめるような泥人間の群はない。

 プロートニクが一掃してしまったからだ。

 そのプロートニクはドリル刃の束を握りしめ、いつでも放てるように身構えている。


 だが目前の甲冑に手出しする様子はない。

 代わりにハニエルに目を配らせる。


「恩に着る」

 ハニエルは瞬間移動により、甲冑との距離を一瞬で詰める。

 同時にまとうは、氷の盾を全身にまとう【極寒の装甲(シヴァー・アーマー)】。


「てめぇなんざに! 負けるかよぉぉ!!」

 甲冑は無くした得物の代わりに符を槍に変える。

 即ち【金行・作鉄(ジンシン・ゾティエ)】。

 長く鋭い得物を構え、甲冑は雄叫びをあげながら襲いかかる。


 対してハニエルは、ネックレスからペンタクルのひとつを外す。

 太陽の第1の護符。


 それを甲冑めがけて放り投げる。

 鎧兜の目前で、まばゆい光とともにペンタクルが爆ぜる。

 魔力をこめた媒体を中心に小規模な反応爆発を起こす【聖撃(ホーリー・ストライク)】。

 だが高等魔術師にとっては、それすら牽制。


 敵が反応爆発によるショックと目くらましから回復する間も与えず、ハニエルは大天使ミカエルを奉ずる呪文を唱える。

 すると甲冑の周囲を、燃え盛る炎の壁が取り囲む。

 即ち【炎の檻(フレイム・ケージ)】。


 甲冑は自身を取り囲む炎に怯む。

 熱と炎は、鎧の隙間から身体を炙り焼くからだ。

 無敵の鎧に守られた敵は――鎧に守られ安穏としていた臆病者は、炎の檻を突っ切って逃れることはできない。


 そして火剋金。

 不正な手段で得た金行の道術では、全裸で研鑽を積んだ高等魔術師の炎は破れない。


 ハニエルはさらに太陽の第5の護符をかざし、炎の檻の内側から幾つもの炎の鎖をのばし、甲冑を完全に拘束する。

 即ち【火の束縛(ファイア・バインド)】。

 甲冑は、炎がもたらす熱と恐怖に絶叫する。


 さらにハニエルは次元の狭間から長杖を取り出す。

 陰陽術のそれと同じく【エレメントの創造と召喚】による重力操作を応用した空間湾曲技術だ。


 そして呪文を唱える。

 奉ずるはメタトロン。

 ウアブのラー・ホルアクティに相当する断罪の大天使。神の代理人。

 その強大なパワーを秘めた御名を聞き、プロートニクの顔が青くなる。


危険(アパースノスチ)! 半裸の前を退くデース!」

 警告の叫びに答え、執行人(エージェント)たちがあわてて退避する。

 2人の半裸の周囲には、炎の檻に囚われた甲冑と数匹の泥人間だけが取り残された。


 そして高等魔術師が突きつけた杖の先から、凄まじい光条が放たれる。

 離れていてすら目もくらむような、熱と光。

 即ち【断罪光(パニッシャー・レイ)】。


 断罪の烈光は泥人間どもを一瞬で灰に変えて消し去る。

 そして甲冑を飲みこむ。


 槍を一瞬で溶かし、防具を無敵にする【装甲硬化(ナイトガード)】の影響下にあるはずの甲冑すら無理やりに破壊する。

 中から出てきたのは、滓田の息子たちと似た顔立ちをした男だった。


 それでも光の洗礼を凌いだ男は、手にした符を目前にかざす。

 符は小さな鉄の盾と化す。

 即ち【金行・鉄盾ジンシン・ティエデウン】。

 男の精いっぱいの抵抗だ。


 だがハニエルはそんな男の目前に瞬間移動し、手にした杖で盾を突く。

 無情にも、杖は金属の盾をバターのように溶かす。

 杖の先端に灼熱の炎が宿っていたのだ。


 杖は盾を貫き、男の胴を激しく突く。

 その先端が爆発する。

 即ち【火炎爆砕(ファイア・バースト)】。

 凄まじい炎の奔流は術者を避け、念動力で防御したプロートニクを避け、周囲に集まってきていた泥人間を焼き尽くす。


 爆発が止んだ後、爆心地にいた男の上半身はなくなっていた。

 下半身は半ば炭と化していた。

 そしてすぐに汚泥になって消えた。


「おのれ!? 息子たちを!」

「見ツケタ! ……少シ預カッテイテクレ!」

「了解! ……おおっと」

 鷹乃は頭上のポークに向かって錫杖を投げる。


 そして予備の短機関銃(9ミリ機関拳銃)を抜きつつ変形する。

 着流しがはだけ、腰の位置にあった機首が前を向く。

 ひざの関節が鳥のように逆向きに曲がる。

 背にたたまれていた両翼がのびる。


 手足を生やした飛行機となった鷹乃は、地面を滑るように地を駆ける。

 手にした短機関銃(9ミリ機関拳銃)の、銃身に刻まれた北斗七星が鈍く光る。

 本来は人間用の術である【護身剣法(ごしんけんのほう)】はガウォーク状態では不完全な効果しか得られないが、掃射で泥人間どもを薙ぎ払いつつ滓田妖一の目前に躍り出る程度は容易い。


「くっ!」

 滓田は鷹乃に背を向け、数を減らした泥人間の群の中に逃げこもうとする。だが、


「逃げてばっかりだな親父さんよ! そんなじゃ息子が泣くぜ」

 群を薙ぎ払ってあらわれた巨大な尼僧が押し戻す。


「恩ニ着ル!」

 鷹乃は滓田の背中めがけて短機関銃(9ミリ機関拳銃)を掃射する。

 滓田は炎の衣で小口径弾(9ミリパラベラム)を防ぎ、振り向きざまに火球を投げる。


 だが鷹乃は短機関銃(9ミリ機関拳銃)を仕舞う。

 そして指の先から幾重もの照明用のレーザーを照射し、虚空に格子状の印を描く。

 仏術の九字と同等の魔法消去の効果を持つ【ドーマン】である。


 火球は光で描かれた格子に当たって消える。

 滓田は驚愕する。


 その頭上を勢いのまま飛び越えながら、鷹乃は再び人の姿に変形しつつ口訣。

 木行の魔術で作った着流しが解け、無数の火矢と化して巨漢を撃つ。

 即ち【朱雀・火矢雨法すざく・ひやのあめのほう】。


 そして五行相生、火生土。無数の火矢を無数の石刃に変えようとして――


 ――思い止まる。


 代わりに次なる口訣で、地に落ちた矢のひとつだけが岩石の刃と化す。

 即ち【大裳・磐刃法たいも・いはのやいばのほう】。

 巨大な岩刃は滓田を跳ね上げながら、その左腕をもぎとる。

 滓田は叫ぶ。


 さらに口訣。土生金。

 岩石の刃が砕け、中から鋭利なギロチン刃があらわれる。

 即ち【大陰・鉄刃法だいおん・くろがねのやいばのほう】。

 重く鋭い刃が滓田の右腕を肩から断ち切る。

 右手にかつて異能力者から奪った炎を宿したまま滓田の腕は床を転がり、そして汚泥と化して消える。


 そして金生水。

 次なる口訣で金属は溶けて水となり、水刃となって胴に突き刺さる。

 即ち【天后・水刃法てんこう・みづのやいばのほう】。


 揺れ動く水の刃は滓田の身体を引き裂きながら、まとっていた炎の衣を消し去る。

 水剋火。

 滓田は新たな炎衣を創り出そうとするが、水刃がそれを許さない。


 だから鷹乃が着地しながら新たな着流しを創ってまとうと同時に、滓田は汚泥と化して溶け落ちた。


 そして同じ頃、


(てめぇさえ来なければ、俺たちは……!)

 乱戦の中、エリコの背後に異能力で透明化した背広が忍び寄っていた。


「てめぇだけは!!」

 男は少女の頭上に長ドスを振り上げ――


 ――胸を撃ち抜かれた。


(……何者だ!? ……透明になった俺が見えるのか!?)

 心臓と一緒に気道を潰され声も出ない激痛の中で、振り返る。

 誰の姿も見えない。


 だが再び、音もなく脇腹を撃ち抜かれる。


(……糞っ! 糞っ! 糞っ! ……せめて……せめてこのガキ……だけでも!!)

 見えざる狂気を少女の後ろ頭に向けて、倒れこむ。

 だが刃は見えざる何かに阻まれて狙いをそれ、男は成す術もなく床に倒れ落ちた。


 物質を穢れとみなすカタリ派の術者が用いる天使の力はリアルで肉感的な造形には不向きな反面、透明な力場のように扱うことができる。

 エリコはそれを、ドーム状の障壁にして周囲に張り巡らせていたのだ。

 そうした天使の力の用法は【完徳者の盾ブクリエ・ドゥ・パルフェ】と呼ばれる。


 エリコはそれを、突入後にブタの天使が脂虫を下ろしたらすぐ使うよう、中川ソォナムから厳命されていた。


(なんだ……と……?)

 狙いを外した長ドスが床を打つ音は、喧騒にかき消されてエリコの耳には届かない。

 その刃を、不可視の少女が履いた草履が踏み折った。

 中川ソォナムである。


「(わたしも射撃訓練を受けたほうが良いみたいですね)」

 ソォナムは倒れ伏した男に銃口を向ける。

 両手で構えているのは、格子状の木製ストックが印象的な消音ライフル(ヴィントレス)


(そ……そこに誰かいるのか!? たすけ――)

 音もなく放たれた亜音速徹甲弾(9×39ミリ SP6)が男の頭を砕いた。

 次いで駄目押しの2発が胴を粉砕する。

 不可視の男は誰にも気づかれぬまま、汚泥と化して消えた。


 引鉄(トリガー)にかかったソォナムの指は、冷徹に死を宣告した。

 額にペイントを施した褐色色の顔に、普段と変わらぬ笑みを浮かべたまま。


 ソォナムも奈良坂と同じ仏術士だ。

 だからステルス能力も奈良坂と同じ【摩利支天九字護身法(マリーチナ・ラクシャ)】しかない。

 魔術師(ウィザード)のような認識阻害はできず、人の多い場所では音や気配でばれてしまう。


 だが高度な仏術を使いこなすソォナムは、虚空蔵菩薩(アーカーシャ・ガルバ)の咒により時空そのものから情報を得るだけでなく、普賢菩薩(サマンタ・バドラ)文殊菩薩(マンジュシュリー)の咒により情報を分析することができる。

 つまり周囲のあらゆる情報と、超高度AIのサポートを得ているに等しい。

 この場にいる全員の死角を計算し、実質的に認識阻害を再現することも可能だ。


 そんな彼女が祖国であるチベット王国で会得した秘術は、全世界の不幸を最小限に抑え、皆の笑顔を守るためにある。それは世界中の人々が敬愛する法王の意思でもある。


 だからソォナムは復活した滓田妖一による災厄が誰の命も奪わず終息されるよう敵の策略の裏をかき、あらゆる展開を想定して備え、状況をコントロールした。

 おおよそ戦闘向きでない自身が前線に出ることによる暗殺も、その一環だ。


 攻撃部隊の誰かを害し得る不確定要素となり得るのは、姿を消せる彼だ。

 そして最も狙われる可能性が高いのは、最初に突入した幼いエリコだ。

 力量的には異能力者たちも危険だが、こちらはサチの【護身神法(ごしんしんぽう)】に守られている。


 だが逃げたキムが占術による警告を残していた場合でも、今の状況から過去の敵が得られる警告は『背広が姿なき何者かに消音ライフル(ヴィントレス)で暗殺される』程度。

 その情報を元に的確に警戒をしつつエリコを害するのは不可能だ。


 ロシアはチベット王国や東トルキスタン共和国と軍事同盟を結んでいる。

 特定アジアから湧き出る怪異へ対処するためだ。

 なので数多くの術者がロシア製の消音ライフル(ヴィントレス)を使う可能性がある。

 ロシア人のプロートニクに回術士(スーフィー)のハットリ、仏術士の奈良坂も警戒対象だ。


 だから本来なら非戦闘員の自分が動けば、確実にエリコを守ることができる。

 そして実際にそうなった。


 だから彼女は表情ひとつ変えぬまま、隠形を維持したままその場を立ち去った。

 エリコが自身の背後まで忍び寄った危機に気づくことはなかった。


 そして道士を失った泥人間の群は烏合の衆だ。

 居並ぶ魔道士(メイジ)たちの前に、ただ作業のように狩られて消えた。


 すると結界も解除され、薄暗い空間は元のコンクリートの駐車場に戻った。


「奥に続く扉があります!」

 執行人(エージェント)のひとりが声をあげた。


「扉の向こうから、微弱ながら魔力を感じるのだ」

「……そうだ! あの向うに男の子の道士が!」

「男の子? ……キムが!?」

 小夜子が光のカギ爪をふるい、扉を引き裂く。


 ニュットが見つけた魔力の残滓を辿り、小夜子たちは廊下を走る。

 そして扉を引き裂き、奥の部屋になだれこんだ。だが、


「キムがいない!? 千佳ちゃんも!」

 小夜子が叫ぶ。

 途中の廊下は一本道だった。他にキムの逃げ場はないはずだ。


「部屋の奥に何かあります!」

「転送用の魔道具(アーティファクト)のようだね」

 執行人(エージェント)が暗い色のクリスタルを指さし、半裸のハニエルが素早く見抜く。

 技術担当官(マイスター)ニュットも同じ結論に達し、


「……だが機能していない。おそらく転送先から機能を停止されたのだ」

 言って舌打ちした。


 一同の間に衝撃が走る。


 合同攻撃部隊が泥人間と滓田妖一を討つ間に、キムはチャビーを連れて逃げていた。

 乱入者以外に無人の大広間に、小夜子の悲鳴が響き渡った。


 同じ頃。

 園香は自室で窓の外を眺め、祈っていた。


 チャビーの帰りが遅いと、彼女の家から電話があった。

 園香の両親も方々に連絡をしたり、警察とやり取りをしたりと慌ただしくしていた。

 園香がひとり部屋でこうしているのは、彼女にできることがないからだ。


 だから、せめて何かしたくて祈った。

 街はずれの教会のシスターがそうしているように。


 ――神さま。

 ――もしいらっしゃるなら、これ以上チャビーちゃんを苦しめないであげて下さい。

 ――これ以上、マイちゃんから何かを奪わないであげて下さい。


 戦う力を持たぬ園香が神にもすがりたいと思うのは自然なことだ。

 だから祈った。


 けれど園香は神へと意思を強制する術など持たない。

 そんな彼女に答えるように、ただ夜空を飾る星のひとつが瞬いた。


 そして同じ星を、無人のビルの最上階にある一室からキムが見ていた。


 そこは旧市街地の外れの倉庫街にある廃ビル。

 1年前、彼が5人の執行人(エージェント)を贄にして儀式を行った場所だった。


 キムは星から目を戻す。


 キムの前には石造りの祭壇が設えてあった。

 その上には、あどけない寝息を立てる幼い少女――チャビーが横たえられていた。

 少女は上着もシャツもはだけていて、白く平たい胸があらわになっている。

 ……1年前に逝った、彼女の兄と同じように。


「……ようやく手に入れるんだ。ボクが……『太陽』を」

 キムは流麗な口元に歪んだ笑みを浮かべる。


「可愛い千佳ちゃん。一度は力を奪ったのに、取り返されてしまった陽介君の妹。そのせいで、ボクもあの方も、すべてを失った」

 手にしたナイフを、ゆっくりと振り上げる。

 その双眸に、暗い光が宿る。


 だが夢見るような寝顔を浮かべるチャビーは、狂った言葉を聞いていない。


「今度はボクがその力を貰うよ。あの方に代わって!」

 凶刃は少女の心臓めがけて振り下ろされ――


 ――砕けた。


「……え?」

 キムは目を見開く。


「へえ、君はそうやって瑞葉を――」

 背後から声。

 キムの瞳に宿っていた光と同じくらい、暗く低い声。


「――弟を、その手にかけたのですね」

 狂気を押し隠した声。

 キムは振り返る。


 ナイフの刃を砕いたのは、ドアを突き破って長く長くのびた流水の刃だった。


 その刃を手にしたポニーテールの少女。

 その側に立つ、ウェーブのかかった黒髪の少女。

 少女が抱いた茶トラの子猫。


 2人の少女の口元にはキムと同じ歪んだ笑みが浮かんでいた。

 その双眸にも、キムと同じ暗い光が宿っていた。


 そこにいたのは仕事人(トラブルシューター)【メメント・モリ】――


 ――否、脂虫連続殺害犯【メメント・モリ】だった。


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