戦闘1-2 ~陰陽術&高等魔術vs道術
鷹乃は占術とテックの誘導により、ライトバンが逃げこんだ賃貸ビルを特定した。
その判断が正しいと証明するように、ビルの駐車場は結界化していた。
そして片眼鏡の全裸コートが結界に押し入ろうとしていた。
彼女は【組合】の高等魔術師だという。
だから鷹乃は彼女と協力して結界に穴を開け、突入した。
道術のひとつ【大尸来臨郷】により創造された結界の内部は、外側からは比べ物にならぬほど広かった。術者の施術能力は相当なものだ。
そして、鷹乃たちが飛び出した先は結界の端だ。
鷹乃は素早く探知魔法を行使し、連れ去られた少女の居場所を探る。
そして結界の中央に横たわる眼鏡の少女――奈良坂を発見した。
全身から血を流し動けぬ彼女を囲むは4人の男。
巨漢、中年男、甲冑、背広。
そのうちのひとり甲冑が手にした槍が、今まさに少女の臓腑をえぐろうとしていた。
鷹乃が動くより速く、全裸コートが手にしたペンタクルから何かが飛んだ。
虚空を切り裂く不可視の何か。
先の討伐戦で、魔獣マンティコアの牙となり猛威を振るった斥力場の弾丸。
即ち【尖弾】。
鋭い力場は狙い違わず槍の柄を両断し、甲冑を怯ませた。
その隙に、鷹乃は屍虫の群を飛び越えながら変形する。
人間サイズの戦闘機の、エアインテークと胴体後部燃料タンクを内包する機体下部の外側が剥がれて脚になり、下部内側が腕になる。
手足を生やした飛行機という体になった鷹乃は地面を滑るように移動しながら、奈良坂を囲む4人めがけて手にした短機関銃を掃射する。
男たちは射線を避けて飛び退る。
入れ替わるように鷹乃は奈良坂の前に立ち塞がる。
そして機首を下にして足がのび、腕が広がり、機体後部に位置するエンジンと主翼、尾翼が器用に折りたたまれて背になる。
代わりに機体の下に埋まっていた頭部が胴の上に収まる。
魔法とは、魔力を用いて現実を改変する技術だ。
術者の望む結果と現実との差異に比例して必要な魔力も増える。
だから機械装置を完全に再現し、物理法則に沿った形で運用すれば消費する魔力は最小限で済む。つまり同じ魔力でより速く、より強くなれる。
その最終形が、変形する式神だ。
航空機型ドローン形態では高速で宙を駆ける。
人間形態では正確な施術と、人間を対象する【護身剣法】での強化が可能になる。
完全に人型になった鷹乃は口訣を唱え、虚空から布を取り出し身体に巻く。
するとそれは一着の着流しとなる。
即ち【六合・衣法】。
ここまで僅か数秒。
そんな鷹乃の側に、全裸コートが出現した。
テレポートの魔術【小転移】だ。
高等魔術師に距離は関係ない。
「何者だ!? てめぇら!」
得物を砕かれた甲冑は乱入者めがけて身構えつつ、柄だけになった槍を捨てる。
「まあいい! てめぇらから先に死ね!」
叫びながら符の束を取り出し、まき散らす。
口訣。
数多の符は大量の鉄針になって2人めがけて飛ぶ。
即ち【金行・多鉄矢】。
同時に四方から数多の火矢が、鋭利な水の矢が、石つぶてが飛来する。
それぞれ【火行・多炎矢】【水行・多矢】【土行・多石矢】。
甲冑にタイミングをあわせて3人の男も符を放ったのだ。
機関銃の斉射に等しい無数の矢で、乱入者を蜂の巣にするつもりだ。だが、
「温イワ!」
鷹乃は符をかざして火球の盾を形作る。
即ち【騰蛇・焔楯法】。
火球は最初の鉄針が当たると同時に爆発し、続く鉄針の群を吹き飛ばす。
左右や後ろから放たれた数多の矢は、着流しに阻まれて消える。
木行の陰陽術によって創造された衣装は布それ自体が魔法的な防御力を持つ。
一方、攻撃魔法の洗礼は全裸コート――ハニエルをも襲った。
無数の矢がコートをズタズタに斬り裂き、焼き払う。
だが、その下の裸体は無傷。
なぜならコートを飲みこむように炎が湧きあがり、群れなす矢を飲みこんだからだ。
即ち【火弾の装甲】。
魔道士の命綱である防御魔法のうち、盾は硬いが守れる範囲が限られ、衣は全身をくまなく覆うが盾と比べて柔い。
だが高等魔術は数多の魔術の集大成だ。
そんな魔術の使い手は、魔術の盾に高度なアレンジを加えて全身にまとう。
常時におけるハニエルの全裸は、こうした魔術の訓練も兼ねている。
さらにハニエルが首にかけたネックレスには、数多のペンタクルが数珠のように連なっている。そのひとつ、太陽の第1の護符が輝いた。
すると魔術の鎧はその名の如く、攻撃者めがけて数多の火矢で反撃する。
何処かにいるはずのチャビーへの被害を懸念し、飛距離はショットガン程度。
高等魔術は数多の魔術の集大成だ。
その中核はウアブ魔術とルーン魔術。故に、両者の特徴の強い【エレメントの創造と召喚】【高度な魔力付与】【魔力と精神の支配】を得手とする。
その中の【高度な魔力付与】は、魔力を収束する魔道具を創造することにより呪術を擬似的に再現する技術でもある。
高等魔術師のメダリオンは魔神から魔力を受信する擬似的なウアブ呪術師だ。
それを使いこなすことにより、魔術師本来の強力な魔術に加え、繊細な呪術師の御業をも使いこなすことができる。
そんな火矢を避けるように、男たちは泥人間の群の中に逃げこむ。
火矢は怪異を焼き払うが、数匹は炎を防いで生き残る。
魔力を察知する魔術師の感覚が、敵妖術師の数が減っていないと告げる。
「泥人間たちの中に【装甲硬化】がいたようだね」
防具を無敵化する異能力。
男たちは咄嗟に、防御の異能を持った手下を盾にしたのだ。
「弱者ニ相応シイ振ル舞イデアルナ」
機械音で鷹乃は笑う。途端、
「弱者かどうか試してみるか!?」
鷹乃の前に巨漢が跳び出し、着流しの裾を掴んだ。
長身な鷹乃を上回る背丈が普通に見えるほどに肥大化した筋肉。
「ホウ、貴様ハ【狼牙気功】……否、【虎気功】ヲ用イテオルナ」
「魔法使いは近づかれれば弱いなんてのは常識だ! こうして捕えてしまえば距離も取れまい! さあ、どうする!?」
巨漢は笑う。
その様子はまるで、細い人形を踏みつぶさんとする筋肉の戦車であった。
「ナルホド。貴様ハ只ノ弱者デハナイヨウダ」
だが機械の口元を歪めて鷹乃も笑う。
次の瞬間、機械の顔が左右に開く。
その下には1枚の符。
巨漢の顔が驚愕に歪む。
だが巨漢が手を離す隙も無く、符は刃と化す。
即ち【大陰・鉄刃法】。
「……愚カナ弱者ダ」
刃は狙い違わず射出され、巨漢の太い首を斬り飛ばした。
筋肉に【虎気功】を重ねた巨躯も、至近距離から放たれた攻撃魔法には無力。
彼以上に肉体を鍛え上げた志門舞奈が当然のように理解しているその事実に、彼は目を向けることができなかった。
だから目を見開いたまま宙を舞う頭部と、首のない巨躯は汚泥と化して溶け落ちた。
「左道デ術ヲ得タダケノ泥人間ガ、不遜デアル」
魔力の気配は3つに減った。
「……妾ガ志門舞奈ホド銃技ニ長ケテオレバ、近ヅク間モナク討テタガナ」
鷹乃は顔を閉じて笑う。
そして次の得物を探す。
だが奴らは乱入者の力量に圧倒され、泥人間の群の中に紛れて手下をけしかける戦法に切り替えたようだ。
鷹乃は追う代わりに背後で倒れ伏す奈良坂を見やる。そして、
「妾ハ【安倍総合警備保障】特務警備部、土御門鷹乃。陰陽師デアル」
ハニエルに背を預けつつ名乗る。
「【クロノス賢人組合】中央聖堂所属、5=6 小達人、山崎ハニエルだ」
半裸も笑みを浮かべて名乗る。
片眼鏡がキラリと光る。
「……其奴ヲ頼ム。今ノ妾ハ回復魔法ヲ使エヌ」
「ああ、了解した」
ハニエルは大天使ガブリエルの御名を唱えて流れる水のローブに衣装替えしつつ、奈良坂を治療すべく側にひざまずいて施術を始める。
そんな半裸を背に、鷹乃は短機関銃を構える。
陰陽術は道術、神術、仏術の集大成だ。
そして陰陽師もまた【高度な魔力付与】の技術を得手とする。
だから布留御魂大神の御名を借りて因果律を操り負傷や疾病をなかったことにする神術も、薬師如来の御名により身体強化を応用して対象を治療する仏術も再現できる。
だが魔術師の限界を超える上記の術は非常に高度な大魔法だ。
いかに鷹乃とて、式神を通して行使できる代物ではない。
だから代わりに、短機関銃の掃射で泥人間どもを牽制しつつ符を放る。
口訣。
符は無数の岩石の矢と化す。
鋭い石矢の雨は泥人間の群に降り注ぎ、何匹かを斬り刻む。
即ち【勾陣・石雨法】。
だが雨は牽制。
鷹乃は更なる口訣を唱える。
すると泥人間に刺さった、あるいは地を穿った矢が一斉に金属と化して膨張する。
それは以前に大屍虫に使って失態を招いた五行相生の技。
だが今度の金属塊は金属の柱と化して、そびえ立つ。
金属柱は寄り集まり、鷹乃たち3人を円形に囲む壁となった。
即ち【大陰・白虎・郭法】。
強固で高い金属の壁が、殺到する泥人間を阻む。
だが柱が寄り集まってできた壁だから、少しばかりの隙間がある。
中でも大きめの隙間から、泥人間どもが無理やりに通り抜けようとしてきた。
「……小癪ナ」
鷹乃はさらに次元の狭間から錫杖を取り出す。
陰陽術における空間操作は【五行のエレメントの変換】による重力操作の応用だ。
そんな技術によって目前に出現させた得物を、銃を持つとは逆の手で握る。
手近な数匹に錫杖の先端を向ける。
そして真言。奉ずる仏は大自在天。
先端から氷塊の混じった吹雪が吹きだす。
即ち【自在天・鉢特摩地獄法】。
凄まじい冷気の奔流は泥人間を凍りつかせて動きを止める。
さらに五行相生、金生水。【自在天・鉢特摩地獄法】の冷気で壁の表面が結露する。 極寒により壁をよじ登ろうとしていた数匹の皮膚は裂け、身体は折れ曲がり、そのままみぞれ交じりの泥と化して溶け落ちる。
一方、ハニエルは奈良坂の側にひざまずく。
粗忽な仏術士は、それでも必死に付与魔法を維持して自身の命を繋ぎ止めていた。
「もう大丈夫だよ」
ハニエルは微笑みかける。
そして呪文を唱える。
奉ずるは大天使ラファエル。ウアブにおける大気の神シュウ、知識と医療の神トートを合一させ、高等魔術用にカスタマイズした象徴だ。
そんな神の名の元に発現した魔術により、奈良坂の傷が一瞬だけ輝く。
そして次の瞬間には元の白い肌を取り戻した。
即ち【治癒の言葉】。
ウアブ魔術の【治癒の言葉】と同様に、式神による擬似器官を創りだして傷を癒す。
「あ……」
「気がついたようだね」
不意に痛みが消え、活力を取り戻した奈良坂は跳び起きた。
「チャビーちゃん!? チャビーちゃんは……!?」
「見つけたのは君だけだ」
「あの! 男の子の道士が連れて行ったんです!」
「男の子だって?」
ハニエルは思わず問い返す。
彼女らがこの場所に来たとき、道士は4人――泥人間だから4匹いた。
石つぶてを放ち、鷹乃に倒された巨漢。
鉄の針を放った甲冑。
水の矢を放った背広。
そして炎の矢を放った中年男――滓田妖一。1年前の、そして今回の事件の元凶。
だが少年などいなかった。
少年の姿をした道士が、先ほどまではいたのだろう。
そもそも彼らの実力では、これほど広大な結界を創造することは不可能だ。
「大丈夫。君の友人は無事だよ」
さらわれた少女も彼と共にいると考えるのが妥当だ。何故なら、
「……奴らにとっても、彼女は大事なものなのだから」
言ってから、口を滑らせたかと鷹乃を見やる。
だが機械の女は術に集中している様子だ。
安堵するハニエルの頭上に、壁の上から1匹の泥人間が落ちてきた。
壁を乗り越えるのに成功したらしい。
「へえ、意外に骨のある泥人間もいるね」
言いつつハニエルは、首から提げたペンタクルのひとつをかざす。
土星の第7の護符。
そして短い呪文。
途端、壁の結露が無数の氷の矢となり、泥人間めがけて飛ぶ。
即ち【氷の連弾】。
だが泥人間が全身くまなくまとったボロ布が矢を弾く。
「また【装甲硬化】か。……それなら」
ハニエルは呪文を唱える。
奉ずるは大天使ミカエル。ウアブのセクメト神とアメン・ラーを習合させた、高等魔術における炎と光の象徴。
ハニエルの掌から、激しく輝く稲妻がほとばしる。
即ち【電光撃】。
その圧倒的なエネルギーにより【装甲硬化】の中身は一瞬で炭化し、焦げたボロ布だけが落ちてきた。
「油断したね」
ハニエルは鷹乃を見やる。
「童ノ行方ヲ探ッテオッタ。コノ近辺ニハ居ラヌ」
「確かなのかい?」
「一度、会ッタコトガアル。見逃スコトハナイ」
「ということは、既に別の場所に移送されたのか……」
道士が【大尸来臨郷】で創造する結界は、一種の怪異のようなものだ。
鷹乃の式神のように、ある程度なら術者から離れても維持できる。
「そんな……!?」
奈良坂は青ざめる。
「心配はいらないよ」
だが片眼鏡の下のハニエルの瞳は、剣呑に光る。
「近くに彼女がいないということは、気を遣わずに敵を殲滅できるということだ」
「道理ダナ」
ハニエルの側に立った鷹乃がうなずく。
奈良坂も、少しばかりよろめきながら側に立つ。
「10秒後ニ壁ヲ消ス。ソウシタラ皆デ奴ラヲ殲滅セヨ」
「君は無理しないで。援護を頼む」
「は、はひっ!」
うわずった返事を返しつつ、奈良坂は符を取り出して真言を唱える。
すると、その手にアサルトライフルがあらわれる。
ハニエルも大天使ミカエルを奉ずる呪文を詠唱する。
そして鷹乃の口訣に応じ、壁を形成する金属の柱が一斉に溶けて水の巨刃と化した。
即ち【天后・玄武・刃嵐法】。
流れる水のギロチン刃は泥人間どもを次々と両断する。
同時にハニエルの呪文も完成し、その頭上に数多の火球が出現した。
火球は一斉に放たれ、着弾と同時に爆発する。
即ち【火球の雨】。
幾重もの爆発が、水刃の洗礼をまぬがれた泥人間を焼き払う。
轟く爆音。
爆炎。
熱風。
「ひゃっ」
奈良坂は音に驚く。
爆炎と、炎が水刃を炙った水蒸気で周囲が見えない。
「エエイ、加減センカ」
鷹乃は機械の口元を器用に歪めて苦笑する。
だが次の瞬間、爆炎を裂いて中年男が跳び出した。
炎の衣をまとった奴は、滓田妖一。
「……!?」
「息子たちを手にかけた罪を償ってもらう!」
急な事態に対応できない奈良坂に、滓田は嗜虐の笑みを浮かべて殴りかかる。
「オノレ! 弱キ者ヲ狙ウカ!」
鷹乃は滑るように奈良坂の前に立ちふさがりつ右腕で受ける。
機械の腕は、妖術で強化された滓田の拳を苦もなく受け止める。
だが口訣。
鷹乃ではない。
同時に引いた滓田の掌の先に、巨大な火球があらわれた。
即ち【火行・炸球】。
拳に符を握りこんでいたのだろう。
「何ト!?」
細い機械の腕は火球をも受け止める。
だが榴弾のような爆発には耐えきれず、ひしゃげて吹き飛んだ。
焼け焦げた鉄塊となった腕は、無数の符へと戻って燃え尽きる。
持っていた短機関銃が地を転がる。
魔術によって因果律を歪めて『そこに存在したことに』されている式神の身体は、損傷をたちどころに修復する。修復に用いた魔力は自己循環によって再生成される。
だが損傷に修復が間に合わない場合、修復の限界を超えた致命打により破壊される。
至近距離からの砲撃に等しい火球の直撃は後者に相当する。
それでも腕を失った鷹乃の本体が無事なのは、この変形する戦闘機の式神が、式神で形作られた複数の部品を合体させた、いわば群体ともいうべき代物だからだ。
「味ナ真似ヲ!」
鷹乃は逆の手に持った錫杖を滓田に向け、氷の矢を連射する。
即ち【自在天・氷矢法】。
「こ、この!」
奈良坂はアサルトライフルを掃射する。
だが滓田は炎の衣をひるがえし、氷の矢と大口径ライフル弾を弾く。
そして新たに湧き出た泥人間の群の仲へと逃げ去った。
ハニエルも同様に、背広と甲冑の奇襲に対処していた。
「……不覚。壁ヲ解クベキデハナカッタカ」
舌打ちする。
どこから呼び寄せたものか、敵の数は膨大だ。
先ほどの水刃と火球の猛攻すら、思ったほど数を減らせていない。
それでも目前の泥人間に対処すべく、片手の錫杖で身構える。
不可解なのは、どのようにして、これほど大量の泥人間がこの場所に出現したか。
そして3匹の――元は4匹だった泥人間の道士の正体。
奴らのうちひとりは、舞奈と明日香に生死を占ってくれと依頼された滓田妖一だ。
他の道士は滓田妖一の息子たちだ。
鎧兜で顔の見えない甲冑もそうなのだろう。
だが滓田妖一は1年前に死んだはずだ。
そして彼も、彼の息子たちも屍虫――かつて人間だった存在のはずだ。
人間の悪党は喫煙を続けて体内に罪穢れを溜めることにより屍虫へと変異する。
だが泥人間は淀んだ魔力から生まれた怪異だ。
人が泥人間になることはない。そのはずだ……。
「妖術への順応が予想より速い……?」
ちらりと見やると、ハニエルは身構えながら訝しんでいた。
「……フィードバックされたら厄介だ」
鷹乃の視線に気づかず、ひとりごちる。
「ソナタ、奴等ノ何ヲ知ッテオル?」
魔術の衣を身にまとった【組合】の高等魔術師と、へっぴり腰でアサルトライフルを構えた【機関】の仏術士に背中を預けつつ、鷹乃はボソリと問いかける。
「――否、何ヲ隠シテオル?」
「いえ、わたしは何も……」
「其方ニハ尋ネテオラヌ」
本人は大真面目であろう奈良坂の返事に苦笑する。
だがハニエルからの答えはない。
そして問いただす暇もない。
「……戯言ダ。其ヨリ現状ヲ打開セネバナラヌ」
杖の先から吹雪を吹きつつ、鷹乃は泥人間の群を睨む。
ハニエルも同等の術を使って泥人間の侵攻を抑えているが、それだけだ。
戦況は思わしくない。
鷹乃もハニエルも強力な魔術師だ。
敵と真正面からぶつかれば完全な勝利以外の結果はありえない。
だが実戦経験には乏しい。
奈良坂のように粗忽なわけではないが、場数が足りないのは事実だ。
短機関銃に焼きつけられていた【護身剣法】は術者の戦闘技術を増強する。
だが一対一か、良くて数匹との戦闘を想定しているので、今のような状況には十分に対応できない。だから先ほど腕ごと失った。
敵は質では敵わない彼女らを、量で圧倒していた。
魔力を察知できる鷹乃たちの隙を見て、道士たちが奇襲する。
数の優位を最大限に生かし、実力差のある2人の魔術師を翻弄する。
「――大丈夫。問題はないよ」
それでもハニエルは笑う。
「少なくとも我々は、我々の役目を十分に果たえたようだ」
「何ダト?」
不可解な言葉に振り返る。
その先に――鷹乃たちがあらわれた結界の端に、今度は小さな人影があられた。