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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第10章 亡霊
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誘拐

 時は少しさかのぼり、舞奈が屍虫と戦っている頃、


「桜がいきなり遊びに行ったら、マイも日比野さんもびっくりするかしら」

「そりゃまあ、そうでしょうね~」

 桜と奈良坂は讃原(さんばら)町の路地をのんびり歩いていた。


「お城みたいな建物がいっぱいあるのー。ここが桜の次のステージになるのね」

 言いつつ桜は周囲を見回す。


 同じ旧市街地でも小奇麗な讃原は、彼女の家のある伊或(いある)とは正反対だ。

 この界隈にはめったに来ない桜から見ると、讃原の街並みは珍しいのだろう。


「そうだ! 町の子の家に遊びに行くんなら、何かお土産を持って行かなきゃ」

 どんなイメージを持っているのか桜はそんなことを思いつき、


「あそこで何か買ってくるのー」

 近くのコンビニに向かって走り出した。

 先日に舞奈たちが駄菓子を買ってきたのが気に入ったのだろう。


 だが桜はお金なんか持ってない。

 なので誰がお金を払うのかは、流石の奈良坂でもわかる。


 まあ、奈良坂は執行人(エージェント)として給料をもらってるので、その程度の出費は痛くない。

 なので特に何も考えずに桜の後を追おうとして――


 ――車に引かれた。


 曲がり角から、白いライトバンが物凄い勢いで飛び出してきたのだ。

 奈良坂は跳ね飛ばされてアスファルトの路地を転がる。


 だがライトバンも、見えない柱にぶつかったかのように不自然に止まった。

 奈良坂が無意識に二段重ねの身体強化で身を守ったからだ。

 特に【持国天法ドゥリタラーシュトレナ・ダルマ】は筋量を増大させる術だ。

 副作用で質量も増える。

 言うなれば電柱にぶつかったようなものだ。


「糞ったれ! こんな時に! ……死んだか?」

「当然でゴザル! あの速度で轢いたんでゴザルからな!」

 ライトバンから2人、出てきた。

 下品な色のスーツを着たヤクザめいた男と、着流し。


 黒いスモークを張った車内にも2人。

 運転席には巨漢。

 助手席に座っているのは、なんと甲冑だ。


 もし今の状況を舞奈が見ていたなら、彼らを滓田妖一の息子だと見抜いただろう。


「その女も載せていけ」

 仕方なくといった体で運転席の窓が開き、巨漢が顔を覗かせる。


「なんだって!?」

「死体を残していけば、警察や、キムが足止めした『彼女たち』に気づかれるやもしれん。危険は避けて向こうで始末すべきだ」

「しょうがねぇ!」

 そんな話をしながら、男たちはライトバンに奈良坂を放りこむ。

 ぐったりした奈良坂が不自然に無傷なことに首をかしげるが、気にしなかった。


 そして2人は車内に戻り、ライトバンは走り出した。


 その荷台で奈良坂はゆっくりと意識を取り戻す。

 目前には、幼い少女がぐったりと横たわっていた。

 チャビーだった。


 その後にコンビニから出てきた桜が仰天した。


 その一方で、


『チャビーが……たぶん誘拐された……』

「なん……だって……?」

 携帯ごしのテックの言葉に、舞奈は呻くように返事を返す。

 電話の声が聞こえたか、明日香と鷹乃も寄ってくる。


 舞奈たちの態度の変化に周囲のガードマンたちが困惑する。

 だが、そちらに構う余裕はない。


『怪しいのは白いライトバン』

「乗ってる奴の顔はわかるか?」

『顔は見えないけど……。たぶん、滓田妖一の関係者』

「どういうことだ?」

『チャビーが言ってたの。下校途中で会ってる男の子。キム君って』

「……そういうことかよ!」

 携帯を地面に叩きつけそうになる衝動を堪える。


 キムとは、滓田とともに異能力者たちを罠にはめて殺した道士の名だ。

 そして異能力者から異能を奪う儀式を執り行った張本人でもある。

 チャビーの口から聞いたその名を不審に思ったテックは、GPSの反応を追ってくれたのだろう。


 それなら話してくれればいいのに、と思う。

 だが舞奈だって滓田妖一の件について小夜子には話さなかった。

 余計な心配をかけたくなかったからだ。

 テックも同じだろう。


 だが、どちらも裏目に出てしまった。


「けど、なんだってチャビーなんだ?」

「彼女は異能なんて持ってない只の小学生なのよ?」

「……ヒトツ、思イ当タル節ガアル」

 動揺を隠しきれない舞奈と明日香に、鷹乃が声をかけた。

 機械音から感情は読み取れない。


「なんだ?」

「『ウィツロポチトリの心臓』トイウ言葉ヲ知ッテイルカ?」

 苛立ち紛れに問いかけた舞奈に、鷹乃は機械音で問いを返す。

 思わぬ答えに瞬間的な激情が鎮静するのを感じながら、記憶を探る。


「魔法使いに大いなる魔力をもたらす完全なイメージ……だっけ?」

「……【組合(C∴S∴C∴)】ニ知人ガオルナ」

「違ってるのか?」

「間違ッテハオラヌガ、奴ラノ願望ト色眼鏡ガ入ッテオル。『太陽』ガ如何ナル代物カハ誰ニモワカラヌ。ソレガ術者ニ強大ナ魔力ヲモタラスコト以外ハナ」

 その言葉に明日香もうなずく。

 細部はともかく、魔法使いにとっては一般的な概念なのだろう。

 だが説明に割りこんでこないのは余裕の無さのあらわれか。

 舞奈の疑問をよそに、鷹乃は「ソシテ」と言葉を続ける。


「滓田妖一ト言ッタカ。奴ラハ【火霊武器(ファイヤーサムライ)】ヲ特別視シテイタト聞ク」

「まさか……!?」

 明日香が目を見開く。

 舞奈は舌打ちする。

 鷹乃はうなずく。


「ソノ妹ヲ同ジ儀式ノ贄ニスルツモリヤモシレヌ」

「兄ちゃんの妹だからって……!? それって、意味はあるのかよ!? あいつに異能なんてない! それに儀式に使う脂虫だって足りないって……!」

「……意味なんてないわ」

 明日香が憎々しげに答える。


「ダガ奴ラハ怪異ノ術ニ踊ラサレタ凡ヨ。道理ナド通ジヌ」

 鷹乃の機械音が後を継ぐ。


「糞ったれ!」

 そんな下らない理由でチャビーを!!

 舞奈は歯噛みする。


 あの時と……1年前と同じだ。

 狙われる理由などないと舞奈が油断しているうちに、舞奈には想像もつかない理由で陽介は罠にはめられ、殺された。

 彼と語らい、彼との日常がこれからも続くと無邪気に信じているうちに。


 それは3年前に美佳と一樹を失ったあの日の再来でもあった。


 そして今度はチャビーだ。

 最愛の兄を失い、それでも笑顔を失わず、新たな出会いに癒しを見出した彼女。

 舞奈は彼女を失おうとしている。


 何故もっと早く彼女に迫る危険に気づかなかったかと、悔やむ。

 滓田妖一の復活について警戒していたにも関わらず。


 否、滓田妖一がチャビーを害そうとしているのなら、警告を受けられたはずだ。

 復活を疑われた彼について、舞奈は複数の術者に占術を依頼していたのだ。だが、


「……占術の死角を突かれたわね」

 明日香が忌々しげにひとりごちる。

 その言葉で舞奈も気づいた。


 占術――人為的な預言とは、時空の歪みを読み取る技術だ。

 だから近い未来に大事件の予定があると、術者の意識はそちらに引き寄せられる。

 舞奈について調べた鷹乃は、舞奈が寝所を失うと言い当てた。


 ソォナムも同様に、酸性雨の情報を得た。

 ……そして、滓田妖一の恐ろしい計画から意識を逸らされた。おそらく張も。


 先程の大屍虫の襲撃も、足止めを兼ねた預言対策だろう。

 滓田妖一が怪異に舞奈を襲わせると同時に、チャビーを誘拐する。

 すると滓田妖一の動向を探る占術が後者を見逃す可能性が生まれ、現にそうなった。


 預言とは無関係な手段で警戒していたテックだけが彼らの凶行に気づいた。

 たぶん、これが最後のチャンスだ。


 舞奈は油断というミスを犯した。

 2度目は許されない。

 次の過ちで、舞奈はまた大事な誰かを失うことになる。

 これ以降、舞奈はチャビーを救出する結末へと続く最善手だけを選択し続けなければならない。迅速に。


 明日香に先ほどの式神を再度召喚してもらい、テックにライトバンの行き先を割り出してもらおう。そう思った矢先、


「Oh! My good!」

 ガードマンが叫び声をあげた。


「糞ったれ!」

 舞奈も思わず叫んだ。


「……ったく、この界隈の脂虫は減ってるんじゃなかったのか?」

 施設の入り口から、屍虫の集団がなだれこんできた。


「鷹乃ちゃん、すまんが――」

「――ミナマデ言ウナ。アト、鷹乃チャント呼ブナ」

 鷹乃は舞奈の言葉を制し、機械の口元を笑みの形に歪めて見せる。

 次いで時空の狭間を生み出し、錫杖と短機関銃(9ミリ機関拳銃)を放り入れる。


(わらわ)ハ別ノ式ヲ打ッテ奴ヲ追ウ」

「すまん、頼む」

 言い残すと女の身体から力が抜ける。


 そして次の瞬間、無数の符の塊になって消えた。

 錫杖と銃を仕舞ったのは、それらが式神じゃないからだろう。


 同じ頃。

 奈良坂とチャビーを乗せたライトバンが止まった。


 奈良坂は荷台に横たわったまま、左手でチャビーを抱える。

 そして右手に握った拳銃(トカレフ TT33)を意識する。


 仏術士が【梵天創杖法(ブラフマナ・ダンダ)】で銃を作るための特殊戦闘呪符を常備することはなく、作戦の際に支給されて余ったら返す。

 だが今回は、何故か諜報部の中川ソォナムから2枚の呪符を預かっていた。

 詳しい事情も聞いたはずなのだが、奈良坂だから忘れてしまった。


 だが銃はチャビーを連れて逃げるために有用だ。

 車内には焦げた糞尿のような煙草の臭が満ちている。彼ら全員が脂虫なのは明白だ。

 できれば撃ちたくないが、射殺しても問題はない。

 仏術士が得手とする【実在の召喚】の技術で作られた拳銃(トカレフ TT33)は、術者が握把(グリップ)を手放すまで現世に存在し続ける。


 奈良坂はさらに心の中で印を組み、真言を念ずる。

 すると奈良坂の姿が空気に滲むように消える。

 即ち【摩利支天九字護身法(マリーチナ・ラクシャ)】。

 対象を盲目にする【摩利支天神鞭法(マリーチナ・バンダ)】と同じ透明化のフィールドで自分自身を透明化する隠形術だ。


 抱いたチャビーも一緒に消える。

 フィールドは術者自身に加え、術者の体重までの重さの装備品にも作用する。

 幸いにも、お尻の大きな奈良坂は平均的な女子高生程度の体重がある。

 そして小5のチャビーは同年代の平均と比べて小さく軽い。


 そうやって荷台の少女たちが姿を消したとも知らず、


「俺は父上とキムに報告してくる」

 そう言ってリーダーらしい巨漢は車を降りた。


「お前たちは『ウィツロポチトリの心臓』を見張っていろ」

「へいへい」

「ああ、行って来やがれ」

「了解したでゴザル」

 残る3人の返事を背に、巨漢は何処かへと去っていった。


 逃げ出すチャンスだ。

 奈良坂がそう思い、でもどうやって逃げようか迷ううちに、


「途中で拾った小娘はどうするんだ?」

 悪趣味な色の背広を着たヤクザめいた男が言った。

 奈良坂は思わず息をのむ。


「ここでなら殺っちまっても構わねぇだろう?」

 コスプレのような甲冑の男が答える。

 奈良坂は恐怖と緊張に青ざめ、


「ヒーヒッヒ! 俺様が始末するでゴザル!」

 着流しが日本刀を抜きつつ荷台を見やった。そして――


「小娘どもがいないでゴザル!?」

「――!?」

 奈良坂は撃った。

 叫びに対する条件反射だ。

 勢いと、恐慌に駆られて全発。


 決して上手ではない射撃を、無理な体勢で、片手で、しかも乱射。

 それでも身体強化の術の影響下で、しかも目標は襟首をつかめるほどの至近距離だ。


 だから8発の小口径弾(7.62ミリTT)のうち5発は胸、1発は肩、1発は口腔を貫通し、1発は日本刀の刃に当たって砕きながら天井を撃ち抜いた。


 驚愕の表情を貼りつけたまま、男の顔面が溶けた。

 そして男は汚泥と化して溶け落ち、シートを汚す染みになった。


 滓田妖一の息子だったはずの男は、泥人間として死んで溶けた、

 その事実を不審に思う前提知識も心の余裕も、今の奈良坂にはなかった。


 撃った拍子に拳銃(トカレフ TT33)は奈良坂の手を離れ、符に戻って燃え尽きた。


「銃声だと!?」

「剣次が撃たれた!?」

「射手に待ち伏せされたか!? 探し出せ!」

 口々に叫びながら、残る2人は車外に飛び出した。


 奇襲によほど驚いたのだろう、ドアは開いたままだ。

 思ってもいない幸運!

 だから奈良坂も透明化と身体強化の妖術を維持し、チャビーを抱きかかえたまま、


「(し、失礼します……)」

 男たちに続いて降りた。


 そして周囲を見渡す。

 どこかのビルの地下にある駐車場のようだ。

 だが男たちが乗ってきたライトバン以外に止まっている車はない。


 奈良坂はとりあえず男たちから遠ざかろうとする。


 ヤニの匂いに顔をしかめて見やる。


「糞ったれ! どこ行きやがった!?」

 槍を構えた甲冑が、奈良坂に気づかず間近に迫っていた。

 あわてて避けようとして転びそうになり、チャビーをかばって尻餅をつく。


「……ん? 何か物音がしたか?」

「(し、してません!)」

 周囲を見回す甲冑の足元でうずくまって息を止める。


 奈良坂はおそるおそる様子をうかがう。

 術者を透明化する【摩利支天九字護身法(マリーチナ・ラクシャ)】は他の術と比べて維持が難しく、少しでも集中が切れると解除されてしまう。

 だが今のは大丈夫だったようだ。


「何か見つけたのか!?」

「なんでもねぇ!」

 そのまま歩き出そうとした甲冑に蹴られそうになって地面を転がる。

 相手が動きにくそうで音とか聞こえにくそうな甲冑でなければ、気づかれていた。


 甲冑が歩き去ったのを確認し、奈良坂はほうほうの体で立ち上がる。

 そして周囲を見渡すと、少し離れた壁際にドアがあった。


 今度は周囲に気をつけながら、足音を忍ばせてドアに向かって歩く。


 そして、どうにかドアの場所までたどり着いた。

 だが、その先が問題だ。

 ひとりでにドアが開いたら流石に男たちも気づくだろう。


 何か他に気をそらせそうなものはないか?

 あるいは意を決してドアを開け、ダッシュで逃げるか?


 奈良坂が考えるうちに、ドアの方が開いた。

 またまた思ってもいない幸運!


「何の騒ぎだ?」

 ドアの向こうにいたのは3人。


 先ほどの巨漢。

 下品な腕時計をつけた中年男。

 それに秀麗な少年。


「兄上! 父上! キム! 何者かの襲撃を受けました!」

「相手は銃を持っていやがる!」

「野郎、剣次兄さんを殺って『ウィツロポチトリの心臓』を連れて逃げやがった!」

 甲冑と長ドスが口々に叫ぶ。


「なんだと!? 剣次が!」

「おのれ!」

 巨漢と中年男は怒りに顔を歪ませる。

 その剣幕に、奈良坂は「ひっ」と首をすくめる。だが、


「まあまあ、落ち着いてください」

 少年が穏やかに一同をなだめる。

 奈良坂はほっと一息つく。


「『心臓』はすぐそこにいますよ」

 そう言って符を投げる。


「……ひゃっ」

 符は違わずに奈良坂に当たり、跳ね飛ばした。


 チャビーをかばいながらひっくり返った奈良坂は、あわてて顔を上げる。

 すると男たちは、一様に奈良坂を見下ろしていた。


 ……今のショックで透明化が解除されたのだ。


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