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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第10章 亡霊
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晩餐1

 舞奈はしばらく桜の家で遊んだ。

 そしてリコと奈良坂を残し、チャビーの家にやってきた。

 なんだかんだで約束の時間より少し遅れたが、気にするほどでもないだろう。


 ピンポーンとチャイムを鳴らすと、


「マイだ! ……あ、ネコポチ!」

 何やら慌ただしい声とともに、ダダダダダーっと階段を駆け下りる音がした。


「待ってマイ! 開けるの待ってー!!」

 だが舞奈は気にせず、


「よう」

 ガチャリとドアを開く。

 ただし隙間を空けるのみ。

 それなりの重量がある玄関の開き戸を、僅かな隙間だけ開けるのは結構な難事だ。

 だが鍛え抜かれた舞奈の筋力と身体感覚があれば造作もない。


 そんな指先も入らぬほどの隙間の向うで、茶トラの子猫が目を丸くしていた。

 舞奈を驚かせようとしたのだろう。


 目線の位置は舞奈と同じ。

 異能力で重力場を生成して浮いているのだ。


「おまえのそれ、ドア越しでもわかるぞ」

 舞奈は笑う。

 子猫は不満げに「にゃ~」と鳴く。


 重力は空間の歪みだ。

 異能による重力場は空間を歪ませ、空気を揺らせて舞奈に異変を知らせる。

 だから魔獣が生み出した斥力の斬刃も、子猫のいたずらも、舞奈には効かない。


「マイ! ネコポチが!」

 奥から聞こえるチャビーの声に、


「……飼い主に心配かけるなよ」

 苦笑しながら、


「ああ知ってる。ドアの前にいるよ」

 言いつつ目線で猫に着地をうながす。


「ありがとうマイ! ……ネコポチったら、いきなり走って行ったらダメでしょ」

 チャビーは子猫を抱き上げる。

 舞奈は素早くドアを開けて中に入る。


「あたしがチーかま持ってると思ったのかな。そいつ食い意地張ってるから」

「にゃー!」

 抗議の声をあげる子猫の頭をよしよしとなでる。


「マイちゃん、いらっしゃい」

「なに当たり前みたいに遅れて来てるのよ」

 園香と明日香は先に来ていて、待ってたようだ。


「いろいろあったんだよ、いろいろ」

 苦笑しながら、皆と一緒に2階に上がる。


 そして母親に呼ばれるまで、チャビーの部屋で他愛もない話をして過ごした。


 夕食の準備は例によって、園香とチャビー母の主導で行われた。

 チャビーが隙あらばつまみ食いしようとするので明日香は対応に追われていた。

 舞奈はここでも園香の尻を触るわけにもいかず、子猫と一緒に手持無沙汰していた。


 そんなこんなで夕食は完成し、テーブルには豪華な食事が並んだ。


 キャベツやジャガイモ、多種の野菜をトマトで煮込んだミネストローネ。

 デミグラスソースでじっくり煮込んだスペアリブ。

 ゆで卵を添えたサラダスティック。


 ご馳走を囲むのはチャビーを挟んでご両親。

 向かいには舞奈と園香と明日香。

 まるで1年前のあの日を再現するように、6人で食卓を囲んだ。


 小夜子はバイトがあるから来られないらしい。

 執行人(エージェント)は舞奈たちと違って多忙なのだ。


 そして、1年前にいて今はいない人物が、もうひとり。

 あの日の主役だった彼を想って、なんとなく皆が無口になる。

 そんな沈黙を破るように、


「みゃぁ~~」

 ネコポチがテーブルの上に跳び乗った。


「あ、ネコポチ。お客さんがいるんだからテーブルに乗ったらダメだよ」

 チャビーが子猫を抱きかかえる。

 子猫は飼い主を見上げて「みゃ~」と鳴く。

 皆で集まっていたから構って欲しかったのかもしれない。


「ネコポチったらね、いっつもテーブルに乗るんだよ。お兄ちゃんがいたところに乗るの。お気に入りの場所なのかな?」

 チャビーはそう言って笑う。


「食事中にごめんなさいね」

 チャビー母が詫びたのは、明日香が目を丸くして子猫を見やっていたからだ。


 だが明日香が驚いた理由はテーブルマナーではない。

 子猫が異能力を使ったからだ。

 家人に異能を見られないためか、跳躍の瞬間にだけ斥力場を発生させて跳躍力を増していた。でなければ子猫が大人用のテーブルに跳び上がれるわけはない。


「ま、パーティーは人数が多いほうが楽しいだろう」

 舞奈は一旦、席を立つ。


 ネコポチの餌入れを拾いあげて、テーブルの開いているところに置く。

 すると子猫は飼い主の手を逃れ、嬉しそうに餌を食べる。

 チラリと舞奈を見上げて「みゃ~」と鳴く。

 舞奈は笑う。

 明日香も、園香も、親御さんたちも笑う。だが、


「これ、ニンジンだよね……」

 チャビーはミネストローネの中のニンジンを睨んでいた。

 流石に親の前で、取り分けて明日香に押しつけるわけにもいかないからだ。けど、


「ほらチャビーちゃん、お花だよ。スープに入れる前にもたくさん煮たから、すっごくやわらかいし、苦くないよ」

 そう言って園香は笑う。


 チャビーは仕方なくニンジンをすくい、しばらくうーっと見つめてから食べる。

 そして咀嚼し、意外そうな顔をして、


「ほんとだ。やわらかい……!」

 笑う。

「よかった」

 園香も笑う。

「まあ、園香ちゃんの言った通りだわ」

 言って園香母も笑う。


「園香ちゃんがお嫁さんに来てくれたら、わたしも楽できるのにね」

 何気にこぼす。そして、ふと気づき、

「あ、ごめんなさい……」

 表情を曇らせる。


 1年前、彼女には息子がいた。チャビーには兄がいた。

 あの痛ましい事件さえなければ、今は高1のはずだ。


「ははは。母さん、真神さんが言ったこと全部を真に受けたりして」

 チャビー父が仕方ないなとフォローに回る。


「まさか園香ちゃんがそんな……」

 母は困惑しながら園香を見やり、何故か舞奈を見やる。

 園香父からどんな話を聞いたやら。


 明日香が(不健全な話を持ち込んだ責任をとりなさいよ)とばかりに睨んできた。

 割と理不尽だ……。


「パパったら考えがふるーい」

 チャビーも話に乗ってきた。


「えっ、そうなのかい?」

「じゃーわたしがゾマのお嫁さんになっちゃおっと」

「ええっ!?」

 チャビー父はおののく。

「お、おう……」

 舞奈は言って苦笑する。


「みゃぁ~~」

「あっネコポチ。そうだ! いっしょにゾマのお嫁さんになろう!」

「な、なんだって~」

「……もう何でもありだな」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 明日香は(どうするのよ?)みたいな表情で睨んできた。


 そんな一幕もあったものの皆が料理を平らげた後、デザートが振舞われた。

 卵とカスタードをたっぷり使ったコクのあるプリンを皆で堪能して、家族と友人たちの晩餐は終わった。


 明日香は迎えの車で帰っていった。

 舞奈はチャビー父と一緒に園香を家まで送った。


 そして、その晩。舞奈は踊っていた。

 ステージは広々とした空き部屋。

 かつて陽介の部屋だった場所だ。


 チャビーが母親と入浴している間、手持無沙汰にしてたらネコポチが鳴いた。

 ついて来て欲しい素振りだったので後を追ったら、ここに来た。


 そこは丁度いい広さの部屋だったので、日課の体操をすることにしたのだ。


 舞奈の引き締まった肢体を飾るはキュロットにブラウス。

 そして両手の拳銃(ジェリコ941)

 もちろん弾倉(マガジン)は抜いてあるので、家人に見られてもモデルガンだと言い張れる。


 そんな銃を握った両腕を、翼の如く左右に伸ばす。

 次の瞬間、両腕を交差させる。

 両手の拳銃(ジェリコ941)を前に向けて構える。

 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。

 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。


 少女の肌には玉の汗が浮かんでいる。

 だが口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息のあがった様子はない。

 子猫が見つめる静寂の中、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。


 陽介が使っていた部屋とは言うものの、男子の匂いはしない。

 彼がいた頃から、もう1年の月日が経っているのだ。


 部屋の掃除はきちんとされているものの、家具やベッドはそのままだ。

 代わりに使う者もいないし、無理に片づける必要もないからだ。

 舞奈の部屋のソファーやテーブルも、美佳と一樹がいたころからずっと使っている。


 忘れる必要がないのだから覚えていても構わない。

 そうするうちに、否が応でも時が傷跡を癒してくれる。

 人の心はそういう風にできている。

 舞奈が3年間で学んだことだ。


 そんなことを考えながら踊っていた舞奈は、不意に動作を止めた。

 拳銃(ジェリコ941)を素早くバッグに仕舞う。

 同時にガチャリとドアが開いた。


「マイー。お風呂あがったよ」

 ネグルジェに身を包んだチャビーがあらわれた。

 部屋の電気はついているし、ドアも閉めきっていたわけじゃない。


「やっぱり、ここにいたんだね」

 そう言ってチャビーは笑った。

 普段の馬鹿っぽい笑みとは少し違う、舞奈や親しい友人にしか見せない笑み。

 ここは彼女の兄の部屋だった場所だ。


「勝手に入ってすまん」

「ううん……」

 珍しく静かに、チャビーは子猫を抱きかかえる。


「ネコポチったらね、お兄ちゃんのお部屋が気に入ったみたい」

 言って微笑む。


 そう言えば、ここに来る前にもドアは半開きだった。

 ネコポチが自由に部屋に入れるようにだろう。

 静かで適度に家具のある部屋は、子猫にとって良い住処だ。


 よくよく見やると、部屋の隅には猫用トイレ。

 爪とぎ付きのついたキャットタワーも置いてある。


 この部屋の新たな主は、すでにいるのかもしれない。

 母猫を失った小さな同居人が、兄を失った妹の、息子を失った両親の傷を、時間より速く優しく癒している。

 それはシスターが皆に、園香が舞奈にかけているような癒しの魔法のように思えた。


 魔力を使わない魔法。

 ハニエルが言う『ウィツロポチトリの心臓』というものが、こういう代物だったらいいのにな。


 そんなことを考えながらチャビーと少し話した後、舞奈も風呂を借りた。

 昼間の泥人間との戦闘、ワイヤーショットの試し撃ち、リコや桜の妹たちと走り回ってかいた汗を、思いっきり流した。


 そして風呂上がりにお茶をもらって、チャビーと同じベッドで眠りについた。

 その後しばらくして、


「……マイ、起きてる?」

「ああ」

 チャビーが声をかけてきた。

 眠れないのだろう。


「マイ、あの時も同じようにいっしょに寝たよね」

「そうだな」

「あの時ね、マイ、夜にどっか行ってたよね?」

「……ああ」

 気づいてたのかと苦笑する。


 あのときチャビーが起きていたのなら、寝息がしないと気づきそうなものだ。

 ベッドから出るときに起こしたのだろうか?

 あるいは後に兄のこと、舞奈のことを考えた末の推論だろうか?

 そんなことをいくら考えても答えなどでないから、


「……兄ちゃんと話してた」

 正直に答えた。


「やっぱりそうだったんんだ」

 チャビーはそう言って笑う。

 部屋の電気が消えた薄暗がりの中、チャビーが何処を見ているかはわからない。


「何を話してたの?」

「たいした話じゃないさ。バイトのこととか……おまえのこと。兄ちゃん、おまえのこと心配してたんだ。病気のせいで凹んでないかってさ」

 嘘ではないが正直でもない答えを語る。


 あのとき、舞奈がもっと違った形で裏の世界での生き延び方を語っていたら、陽介は無謀な突入を思い止まってくれただろうか?

 それとも彼を鍛えていたら、生き延びてくれただろうか?

 そんな舞奈の心中など知らぬように、あるいは察したように、


「そっか、お兄ちゃんらしいよね……」

 そう言ってチャビーは笑った。

 普段はあんなに能天気なのに、本当に悲しいときにチャビーは笑う。だから、


「ああ、あいつらしいよ」

 答えて笑う。

 舞奈も誤魔化すことには慣れていた。


 だからそんな2人の間に、しばし沈黙が流れた。そして、


「ねえ、マイ」

 小さな声でチャビーは言った。


「……マイはいなくならないでね」

「あたりまえだ」

 側の少女を安心させようと笑う。

 今度は自信に満ちた笑み。約束の笑みだ。


「もう誰もいなくなったりしないさ」

「よかった……」

 ひとりごちるように言って、チャビーは舞奈の手を握る。

 舞奈もその手を握り返す。


 しばらくそうしているうちに、チャビーは寝息をたて始めた。

 舞奈の手を握って安心したのだろう。


 その安らかな寝息に舞奈も安堵し、今度は本当に眠りについた。


 彼女の安穏を二度と破らせないために、不穏な目は摘み取られなければならない。

 だから雨が上がった後、すぐにでも滓田妖一の調査を再開しよう。

 そう心に決めながら。


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