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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第10章 亡霊
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街の子

「しもんはすごいな。リコもしもんみたいになれるかな?」

「ま、がんばればな」

 舞奈はリコと奈良坂を連れて、伊或(いある)町の通りを歩く。

 リコが桜の妹たちと遊びたいと言ったからだ。

 桜の家のある伊或町は、昭和の香り漂う旧市街地でもひときわ古い下町だ。


「おお! なにをがんばればいいんだ!?」

「何を頑張ればいいんでしょう!?」

「何で奈良坂さんまで……。まあ、まず体を鍛えろ」

「身体強化ですか? まかせてください!」

「いや素の筋力をだぞ。あと奈良坂さんは他にもいろいろ……」

 言いつつ奈良坂の、隙だらけの尻を見やる。

 けどリコがいるので無暗に触るわけにもいかない。


「リコはスミスみたいじゃなくて、しもんみたいになりたいんだ」

「……いや、使う筋肉を重点的に鍛えるんだよ」

 まゆにしわを寄せるリコに答えながら苦笑する。


 舞奈は伊或町の片隅にある桜の家にリコと奈良坂を届けてから、讃原(さんばら)町にあるチャビーの家を訪れることになる。

 少しばかり大回りになるが、チャビーの家には夕方くらいに行く約束だ。

 時間的には問題ない。

 どうせ空いた時間で商店街をぶらぶらしようと思ってたのだ。


 ……そもそも、別に開いている時間にケーキ屋に行ったところで、高級な贈答用ケーキを買えるような金はない。


「そういえば、しもんはマミとマコのいえにとまるのか?」

「いんやー」

 今度はそんなことを尋ねてきたリコに、何の気なしに答える。

 マミとマコというのは、桜の2人の妹の名だ。


 そういえば桜の家に泊まるという選択もあったなあと、ふと思う。

 だが、すぐさまその考えを否定する。


 舞奈はトートバッグに非常用の拳銃(ジェリコ941)や手榴弾を忍ばせているからだ。

 付き合いの長いチャビーや園香は他人の荷物なんか絶対に漁らないと信頼できる。

 リコもスミスの店の子だから、そこら辺はきっちりしてる。

 だが桜の幼い妹たちに同じことを期待すべきではない。なので、


「チャビーんち……んと、讃原の友達のところだ」

「まちのこどものいえかー」

 何食わぬ顔で答えた舞奈に、リコも何気に相槌を打った。


 街の子供。

 以前は使わなかった言い回しだから、桜あたりの影響だろうか。

 なるほど伊或の住人からすれば、山の手の讃原はそういう印象なのだろう。


 人は生き延びるために敵と味方を区別する生き物だ。

 だから自分の知っているものを敵と味方に振り分ける。


 怪異や魔獣と日々戦う舞奈にとって、人間なんて皆が味方みたいなものだ。

 だが人だけがいる街で暮らす桜たちは、同じ感覚じゃないのかもしれない。


 けれど舞奈は、そういう考えが何となく気に入らなかったから、


「……あたしから見れば、おまえらだって街の子供だぞ」

 そんなことを言ってみた。


「まー新開発区には店も家もありませんもんね」

 奈良坂も調子を合わせ、そんな一言を付け加えて「あはは」と笑う。すると、


「おお! リコもまちのこどもか!」

 そう言ってリコも笑った。

 単純なものだ。

 そんなリコを見やって奈良坂も笑う。

 舞奈も笑う。

 そして、ふと気づき、


「……コンビニなんてできたのか」

 古びた街の片隅に建つ、場違いに真新しい建物を見やって立ち止まった。


 たしか以前は園芸用品店に偽装した違法薬物の販売所があった場所だ。

 だが【メメント・モリ】と対立し、和解した後、火事に偽装して焼き払った。

 泥人間と密約していた脂虫の店主は明日香が預かることになった。

 彼がその後どうなったのかを舞奈は知らない。


 まあ、臭い脂虫の家がなくなって、その跡地が便利なコンビニになったのだ。

 良いこと尽くしと言えるだろう。


「……にしちゃあ、菓子ばっかり並んでないか?」

「駄菓子屋のチェーン店なんだそうですよ」

「そんなものがあるのか……」

 桜の家は奈良坂の友人の家でもあるらしい。

 なので奈良坂は舞奈よりこの界隈の事情に詳しいのだろう。


 舞奈は近くの路地に面した駐車場を一瞥しつつ、


「なんか土産に持ってくか?」

 言ってなけなしの小銭を取り出し、リコに手渡す。


「おお! いいのか?」

「ま、まあ、このくらいはな」

 かなりピンチだが。


「すごい!! しもん、デブか?」

「……太っ腹って言いたいのか?」

 満面の笑みで見上げるリコをジト目で見やり、


「奈良坂さんもついててやってくれ」

「はーい」

 そう言って奈良坂の尻を押す。

 奈良坂は何の疑いもなくリコを連れて駄菓子屋へ向かった。


 舞奈はその背を見送ってから、先ほど見やった駐車場へと向かう。


 白線を無視して斜めに止まった2台の車の陰から、微かに聞こえる物騒な物音。

 いくつかの人影。

 そして焦げた糞尿のような煙草の臭い。


「よっ! ヤニ狩りご苦労さん」

「あ、舞奈ちゃん」

「こんな所で会うなんて奇遇ですな」

 声をかけると、野暮ったい学ラン姿の少年たちが振り返った。

 皆一様に、似合っていない金属バットやゴルフクラブを手にしている。

 やはり諜報部の執行人(エージェント)たちだ。


 足元には指に煙草を挟んだまま斬り飛ばされた人の……もとい脂虫の腕。


 臭くて醜い喫煙者は魔法的な見解では脂虫と呼ばれ、人ではなく怪異とみなされる。

 なので【機関】もそれに倣い、脂虫どもを人ではないと規定している。


 彼らは人の姿と身分こそ持っているものの、人間ではない。

 世に悪臭と犯罪をまき散らす害畜だ。

 だから他の害獣や害虫のように、殺すことに良心の呵責は必要ない。


 現に執行人(エージェント)は一般人への異能力の行使が厳しく制限されている。

 にもかかわらず、脂虫に対しては殺害すら容認される。


 ――否、最近は推奨されている。

 1年前のあの事件で、脂虫を贄とした危険で邪悪な儀式が執り行われたからだ。

 その事件で何人かの執行人(エージェント)たちが犠牲になった。


 だから、もう2度とこのような惨事が引き起こされぬよう、市内の脂虫の数を一定以下に抑えているらしい。

 なので執行部はヤニ狩りにボーナスが出るし、諜報部にはノルマがある。


 彼らは、そんなノルマをこなしている最中なのだろう。


 主のない手に挟まれたまま燃え続ける煙草を一瞥する。

 少年のひとりが視線に気づき、笑顔で指ごと踏み消す。

 舞奈も笑う。

 数か月前は素人だった彼らのヤニ狩りも、だいぶ様になってきたようだ。


 だが舞奈は腕をじっと見やる。


 訝しんだのは踏みつぶされた手首ではなく付け根のほうだ。

 根元を綺麗に断ち切られ、臭い体液がまき散らされないよう焼き潰されている。

 彼らの中に【火霊武器(ファイヤーサムライ)】がいるのだろうか?

 だがゴルフクラブじゃあこんなに綺麗に斬れないだろう。


 それとも何かコツでもあるのだろうか?

 そう思って通りの奥を見やる。


 ヤニで歪んだ団塊男の姿をした脂虫が、激痛と恐怖にうめきながら命乞いしている。

 手足を斬り飛ばされても口は良く回る。

 だが執行人(エージェント)たちは上辺の言葉に惑わされることなく数人がかりで害虫を持ち上げ、半透明のゴミ袋(市指定)に放り入れる。

 

 いつものヤニ狩りの風景だ。

 だが、その側に別の団塊男。

 今回は脂虫を2匹いっぺんに捕まえたようだ。そして、


「……あ、斬首しちゃダメだよ。手足だけ斬り飛ばして袋に詰めるんだ」

「ハイ」

 脂虫の側に黒づくめの女性がいた。

 知らない顔だ。

 偃月刀を持っている。

 脂虫の手足を斬り飛ばしたのは彼女だろう。


「あ、舞奈ちゃん。こちらは期待の新人さんだよ」

「ああ、どうも」

 側の少年に紹介されて会釈する。


「執行部のハットリです。よろしくお願いしマス」

 黒づくめも、やや片言で挨拶を返す。


「服部? ……ハーフか?」

「ハイ。東トルキスタンから来ましタ」

「……ああ、回術士(スーフィー)か?」

「ハイ」

 合点のいった舞奈に、女はにこやかに答える。


 中央アジアの一地域である東トルキスタンは、チベット同様、特定アジアから這い出る怪異に脅かされる魔法的な激戦区だ。

 故に多くの回術士(スーフィー)を擁する。

 回術士(スーフィー)とは修練によってデミウルゴスの魔力をその身に蓄える妖術師(ソーサラー)だ。

 そんな彼女は、修練と出稼ぎを兼ねて【機関】で働いているといったところか。


「……てことは、おまえら執行部と組むことにしたのか?」

「そうでござる」

 少年のひとりが、一仕事終えた良い笑顔で答える。


「そうすれば彼女らはボーナスが出るし、僕たちのノルマもはかどるしね」

「考えたもんだな」

 舞奈は感心しつつ、黒づくめと少年たちを順繰りに見やる。


 数多の術を使えるが希少な魔道士(メイジ)と、単一の能力しか持たないが数多い異能力者が協力することで互いの弱点を補えるのは事実だ。

 なのに大半の異能力者は武人のプライドのせいで魔道士(メイジ)と共闘できない。


 女や魔法使いに頼らず自分たちの武芸と異能で敵を倒したいと思う心意気は立派だ。

 だが、それは弱者が振りかざすべき理想ではない。

 その点、諜報部の少年たちの志の低さは、ある意味でプラスに働いていた。


「っていうか、支部の方針なんだ。閣下や紅葉さんとご一緒して上手くいったから、正規のメンバーでもやってみようってね」

「……なるほど」

 そう言われて腑に落ちた。


 少し前まで、彼らは楓と行動を共にしていた。

 楓が仕事人トラブルシューターになった理由が『弟のような犠牲を出さないため』だからだ。


 だが楓と紅葉は仕事人トラブルシューターだ。【機関】の正規隊員ではない。

 上層部なりフィクサーなりが、執行人(エージェント)の基幹業務をいつまでも外注に頼るのは問題だと判断したのだろう。

 組織も人も、いつまでも同じままではいられない。


「そういや、執行部にエリコちゃんっているだろ? あいつとは組まないのか?」

 ふと思い出して聞いてみた。

 あの祓魔師(エクソシスト)の幼女とそれほど何度も話したわけではないが、たしか以前に執行部の所属だと言っていたはずだ。だが、


「エリコちゃんか……」

 少年のひとりが遠い目をして言った。


「何度かご一緒したことはあるんですけど……」

 別の少年が跡を継いで、


「そのたびにお巡りさんを呼ばれて、共同でヤニ狩りするの禁止になったでござる」

 言って皆でうなだれた。


「そいつはご愁傷さま」

 舞奈はやれやれと苦笑する。

 野暮ったくて注視に値しない彼らの容姿の、意外な弱点だ。


 その点、こちらの黒ずくめ氏なら安全だ。

 幼女が不細工な高校生と一緒にいるからという理由で通報する程度の人間は、黒づくめであからさまにヤバそうな相手には関わろうとしない。


「……ま、おまえらもがんばれよ」

「舞奈ちゃんまたねー」

 挨拶も済ませたことだし、舞奈はそう言って彼らに背を向ける。

 彼らと一緒にいるところを見られて通報されても面倒だ。


「そうそう、人払いの術があったら使ってやってくれ。表に一般の人がいるんだ」

「ハイ、かけておきます」

 念のための一言に、ハットリがにこやかに答える。

 リコはまったくの部外者でもないし、奈良坂はそもそも執行人(エージェント)なのだが。


 まあ、それはともかく何食わぬ顔で表通りに戻る。すると、


「あ、まいなだ!」

「舞奈さん~、何処に行ってたんですか~?」

 リコと奈良坂が買い物を済ませて待っていた。


 リコの手には駄菓子が詰まったビニール袋。

 奈良坂もいくらか出してくれたらしい。

 決まった額の給料を貰える執行人(エージェント)は、舞奈と違って羽振りもいい。


「しもん、かってにどっかにいったらダメだ」

 リコが大人ぶって、そんなことを言ってきた。


「すまん、ちょっと人と会っててな」

「まいごになったんじゃないかって、しんぱいしてたんだぞ」

「……あたしはお前より年上だろ?」

 舞奈は言って苦笑する。


 だが、ふと奈良坂と目が合って気づく。

 舞奈も普段、奈良坂に対して似たようなことを言っている。


 なので、それ以上なにか言うこともなく、適当に世間話しながら桜の家へ向かった。


 郷田邸は、伊或町の片隅にひっそりとたたずむ古びた家だ。

 明かりがついているせいで辛うじて廃屋じゃないと分かる、といった様子が、家計を如実に表している。

 否。安普請のせいか、子どもたちの喧騒が漏れ聞こえる。


 勝手知ったる奈良坂が、手垢がシミになって黄ばんだチャイムを鳴らす。

 するとわかりやすい足音が走ってきて、玄関扉がガラリと開いた。


「あ! マイだ! 桜の歌を聞きに来たのね!」

「違うよ」

「それじゃあリクエストに応えて一曲……!!」

「いや、だから……」

 相変わらずの桜の調子に疲労する。


「リコだ!」

「リコがきた!」

「マミ! マコ! リコがきたぞ!」

「「「おー!!」」」

 すっかり友達になった子供たちは、家の中を元気に駆け回り始めた。

 奈良坂の友人だという桜の姉は、今はいないらしい。


「ミケちゃんは今日もいい子ですねー」

「ミャァー」

 奈良坂は三毛猫に挨拶していた。


 桜の猫は出入り自由の放し飼いだ。

 鈴のついた首輪だけが飼い猫の証である。

 桜の家ではチャビーや桂木姉妹みたいに部屋飼いできないからだ。

 だが動物と話せる呪術師(ウォーロック)が多いこの街では、猫が街を歩くのも比較的安全だ。


 そう言えば明日香がこいつもボブ呼ばわりしていたなあと思いだす。

 ジャパニーズボブテイルという猫種の名称を舞奈は忘れていたし、桜もリコも奈良坂もそんなことは気にしていない。

 ただ、どことなく情けない猫の表情は、奈良坂が描いた犬の絵に似ていた。


「ミケったら、フリスビーを投げてもちっとも取って来てくれないのよ」

 桜は猫を抱き上げて不満げに言う。

 猫は困った顔で「なー」と鳴く。


「……猫に芸をさせようとするな」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


「そういえば、マイは大荷物持ってお出かけなの?」

「ああ。チャビーんところに泊まりに行くんだ」

 桜の言葉に、何の気なしに答える。

 すると桜は少し不満げに、


「マイって、けっこう町の子と仲良いわよね」

 そんなことを言った。

 家は貧乏なはずなのにブルジョワの友人の多い舞奈に、思うところあるのだろうか。


「町の子って、その言い回しはここらじゃ普通なのか……?」

 舞奈が微妙な顔をしていると、


「しもんのいえにくらべたら、リコもマミもマコもサクラもまちの子なんだぞ!」

 リコがやってきて、訳知り顔でそう言った。

 先ほど聞いたばかりの知識を自慢したいのだ。


「そうなのか?」

「そうなのだ! しもんのまちは、いえも、みせもないんだ」

「ないのか!?」

「うん。それに、ケモノがでるから、りょうしがてっぽうをもってみはってるんだ」

「ケモノがいるのか!? クマか?」

「えっとな……」

「……こーんなでっかい猫のバケモノとかだ」

 舞奈が口を挟むと、桜の妹たちは目を丸くする。

 魔獣のことを何処まで話していいのかはわからないが、相手は子供だし、マンティコアという名前は出していないからと勝手に判断した。


 桜も聞いていたが、こっちは別の部分に食いついた。


「そうなの? じゃあ、桜も今日から都会派アイドルね!」

 そう言って歌いだした。

 アイドル志願を自称する桜の歌は、割と残念な部類に入る。

 だが町の子の仲間になった桜は楽しそうに笑っていた。だから、


「切り替え速いな……」

 言いつつ舞奈も笑みを浮かべた。


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