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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第9章 そこに『奴』がいた頃
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決戦前夜

「先日の屍虫掃討作戦の際に取り逃した排除対象について、情報がリークされた」

 打ちっぱなしコンクリートが物々しい会議室。

 フィクサーは執行人(エージェント)たちに新たな作戦を伝える。


「首謀者の名は滓田妖一。オフィス街にある賃貸ビルで再び儀式を執り行うらしい」

 だが今回、並べられた会議机についているのは、わずか4人。


「今度の情報は確かなのだろうな?」

 声を上げたのは黒ずくめの青年だ。

 銀色の髪をなびかせ、顔の左半分を赤い仮面で隠している。


 彼は【懲戒担当官(インクィジター)】郷田狼犬(フェンリル)

 執行部に属するAランクの魔道士(メイジ)で、規律に反した執行人(エージェント)を粛正する役割を持つ。


 そんな彼が会議の場にあらわれることは稀だ。Bランク以下の一般的な異能力者たちとは違い、Aランクは個人ないしごく少数で任務を遂行するからだ。


 だが、今、この場所にいる4人全員がAランクの魔道士(メイジ)だ。

 それは今回の作戦が、それほどまでに重要であることを意味していた。


「細けぇことはいいんだよ。ひよっ子どもの仇をとる、いい機会じぇねぇか」

 鷹揚に黒ずくめを制したのは、座っていてなおそびえ立つように逞しい女。

 その精悍な口元には猛獣のような笑みが浮かぶ。

 彼女は【尊師ゴーガン(グルゴーガン)】小泉可憐。これでも仏術を修めた尼僧である。


ダー(そうだ)! 今度こそ悪党どもを、ギッタンギッタンにウビーチ(排除)するデース!」

 大女に賛同したのは半裸のロシア美女。

 全身に巻いたベルトに吊られた無数のドリル刃だけが白い肌を隠している。

 彼女は【人体工作(プロートニク)】紅林ソーニャ。超精神工学(サイコトロニクス)を操るロシアの超能力者だ。


「心配せずとも、今度は信頼できる筋からの情報なのだよ」

 そう言ったのは糸目のニュット。


「それに、諜報部がちゃんと裏付けもとったのだ」

 彼女は執行部所属の他の面子と違い、技術部に属している。

 直接戦力こそ劣るものの多芸な彼女は、昔から様々な他部署の業務に携わっていた。

 そして彼女だけが、1年後も同じようにここにいる。


 そんな彼女らの側には、空席が2つ。


 支部の切り札であるSランク【炎術師(ティム)】椰子実つばめは存在そのものが最高機密だ。

 だから部外者の前に姿を現すことはない(術で見聞きはしているようだが)。


 そして【死体作成人(デスメーカー)】如月小夜子。

 彼女は幼馴染の少年を――戦う理由を失っていた。


 それでもフィクサーは、冷徹に言葉を続ける。


「そこで君たちには周辺の脂虫を監視し、有事の際には異能力者たちを指揮してそのすべてを排除してもらう」

「な……!?」

「そりゃまた、上層部も思い切ったな」

ダティチョー(なんてこったい)! 本気デスか?」

 フィクサーが伝える上層部からの指示に、一同は驚愕する。


 脂虫は自ら人であることを辞めた邪悪な怪異だと【機関】は規定する。

 だが表向きは人間としての身分を持ち、市民に紛れて生活している。

 それを支部の総力を持って、街から一掃せよと言うのだ。それに、


「……ならば誰が事件の元凶を討つのかね?」

 ニュットが問いつつ、糸目を歪めてフィクサーを見やる。


「敵は屍虫の大軍と、異能力を持った大屍虫だと聞いていたのだ。この中の2人ないし3人に滓田妖一本人への討伐指示を下すのが妥当だと思うのだが?」

 その言葉に一同はうなずく。


「……なあ、まさか、脂虫だけを始末して、滓田妖一を見逃すわけじゃないだろうな? 確か奴は企業グループの会長だったはずだ」

 グルゴーガンが剣呑な瞳を向ける。


「その心配はない。今回の作戦において、彼とその息子たち全員を排除する」

 フィクサーは冷徹な表情のまま答える。


 納得する一堂に「だが」と続け、


「任務に当たるのは君たちではない」

「なんだと……?」

 今度はフェンリルが険のある視線で問う。

 支部において最強とされるこの面子を差し置き、誰が事件の元凶を討つのかと。


 その答えが、立てつけの悪い鉄のドアを開けてあらわれた。


 それは2人の小学生だった。


 小さなツインテールの志門舞奈が不敵に笑う。

 長い黒髪の安倍明日香が一礼する。


「今回の作戦において、首謀者の排除は仕事人(トラブルシューター)【掃除屋】に委託する。なお、この判断は上層部の許可を得たものであり、決定事項だ」

 驚く一同に、フィクサーは何食わぬ顔で伝える。


「こんな子供がだと!?」

 フェンリルが憤慨する。


「へえ、あんたたちがね……」

 グルゴーガンは側のプロートニクに目配せする。

 そして椅子を蹴って立ち上がり、次の瞬間――


「――ッ!?」

 2人の姿が消えた。


 プロートニクは明日香の目前に瞬間移動していた。

 同時に放たれる数本のドリル刃。

 だが明日香は瞬時に展開した雷の盾で受け止める。


「……止めましたか。見事デス」

 ロシア美女は笑った。


 一方、グルゴーガンは舞奈に跳びかかっていた。

 こちらは術を使わぬ純粋な跳躍。

 2メートル近い巨躯から砲撃のような蹴りを繰り出す。

 だが舞奈は足首をつかんで投げる。


 グルゴーガンはその巨躯からは想像もつかぬしなやかさで着地する。

 間髪入れず、今度は身体強化を重ねた全力の拳を真正面からふるう。

 舞奈はそれを腕でいなす。


 術で強化された巨漢の筋肉と、しなやかに鍛え抜かれた少女の筋肉が交差する。


「……死ぬなよ」

 グルゴーガンはニヤリと笑う。


「ああ」

 舞奈も笑う。そして、


「……代わりに小夜子さんをお願いします」

 その言葉に、4人の執行人(エージェント)は力強く頷いた。


 そうやって執行人(エージェント)たちの信任を得た、翌日。


 舞奈はスミスの店を訪れていた。

 相変わらず『画廊・ケリー』の看板は、ネオンの『ケ』の字が切れかけている。


 そして微かに風に混じる、硝煙の匂い。

 店の裏には錆びたドラム缶がいくつも転がっている。

 そのうちいくつかは試し撃ちで穴だらけになっている。

 中でも最近に撃ち抜かれたひとつは、他のドラム缶に比べてひとまわり大きな弾痕がいくつも空けられ、千切れそうになっていた。


 一方、店の奥に設えてある作業室。

 そこで舞奈は作業台に拳銃(ジェリコ941)や手榴弾を並べ、点検をしていた。

 舞奈はトレンチコートを着こんだまま、いっそ不穏なほどに穏やかな表情をうかべて黙々と作業を続ける。


「45口径の調子はどう?」

「ああ、最高だ。38口径なんて目じゃねぇ」

 スミスの言葉に、静かに答える。

 射撃後のメンテナンスを終えたばかりの愛銃(ジェリコ941)を握りしめ、そっと撫ぜる。


 ジェリコ941は銃身(バレル)を交換することで弾丸を撃ち分けることができる。

 小口径弾(9ミリパラベラム)中口径弾(40S&W)、そして大口径弾(45ACP)だ。

 名称の由来にもなっている。


 そんな拳銃(ジェリコ941)の銃身を、舞奈は45口径に交換していた。

 協力無比な大口径弾(45ACP)を撃つために。

 中口径弾(40S&W)すらはじき返す敵を、貫くために。


「……それに、弾頭たまが大きくないと特殊弾が撃てないんだろ?」

 コートの裏のホルスターに拳銃(ジェリコ941)を収めながら、横目でスミスを見やる。

 店主のハゲマッチョは「ええ」と答え、


「今回はずいぶん気合入ってるのね」

 見返して笑う。


「まあな。ちょっとデカい仕事なんだ」

 舞奈も感情を覆い隠す笑みを浮かべて答えつつ、作業を続ける。

 パイナップル型手榴弾をコートの内側に収め、弾倉(マガジン)を手当たり次第に仕舞いこむ。


 そして立ちあがる。

 ポケットに手をつっこむ。


「ツケで良いわよ」

 スミスは手振りで制す。


「その代わり余った分は返してね。あのボロアパートに手榴弾なんてごろごろ転がされてたら、危なっかしくて外を歩けないもの」

「余らせたりしないさ」

 舞奈はニヤリと笑う。


「パーティーの花火ってのは、景気よくぶちかますから楽しいんだ」

 言いつつ強引に札束を差し出す。


 スミスは肩をすくめて受け取る。

 そして背後の棚に収められていた1丁の銃を手に取る。

 銃身(バレル)を短く切り詰めたカービン銃だ。


「なら、これも持っていきなさいな」

「お、出来上がってたのか」

大口径(7.62ミリ)アサルトライフル(ガリル・エース53)銃身(バレル)短機関銃(マイクロガリル)並に縮めて無理やり近接専用にカスタムした、言うなれば改造ライフル(マイクロガラッツ)

 言いつつ手渡す。

 舞奈は銃を手慣れた調子でチェックする。


「言われて作ってはみたけど、こんな酔狂なもの本当に使うの?」

 スミスは問う。


 大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)はスナイパーライフルに用いられる弾丸だ。

 普通のアサルトライフルに使う小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)より強力だが、反動も大きく中~近距離では使いづらいためだ。


 そして銃身(バレル)が長いほど弾丸は遠くに飛ぶが、近距離での取り回しは悪くなる。

 短ければ逆だ。

 短機関銃くらい短いと狙って当てるのは不可能だ。

 至近距離から弾丸をばら撒くような使い方しかできない。


 つまりこの銃は、暴れ馬のような強力な弾丸を、至近距離から斉射するための銃だ。

 まともな射手の得物ではない。だが、


「だからパーティなんだよ。知り合いをいっぱい呼んで、花火をあげて、クラッカー鳴らして派手に騒ぐのさ。楽しそうだろう?」

 舞奈は笑う。

 そして慣れた調子で改造ライフル(マイクロガラッツ)肩紐(スリング)で肩にかける。


 舞奈は以前、大屍虫との戦闘で危機に陥った。

 明日香が別の屍虫に襲われて連携できない状態で、中口径弾(40S&W)では傷もつかない相手とサシでやり合う羽目になったからだ。


 その後も陽介を守って幾度か屍虫と戦う中で、火力不足を痛感していた。


 だから更なる力を求めた。


 けれど手に入れた力を、彼を守るために使う機会はもうない。

 それでも彼のために使いたかった。

 彼の願いに繋がっていると信じられる何かのために。だから、


「あいつも楽しんでくれたら良いんだが」

 チラリと側のサイドテーブルを見やる。


 そこにはレモネードが注がれたグラスが2つ置かれている。

 そのひとつを飲み干し、口元に鮫のような笑みを浮かべる。

 寂しさを覆い隠す、獰猛な笑み。


「じゃあ、これも持っていかなきゃね」

 スミスは手つかずのままのレモネードの前に弾倉(マガジン)を置いた。


「そうそう。主役がいなけりゃ、始まらないよな」

 舞奈は弾倉を手に取る。

 そして口元に笑みを浮かべてみせる。


「こいつは楽しいパーティーになりそうだ」

 じっと弾倉を見やる。

 弾倉の底には、燃え盛る炎がペイントされていた。


 その晩。

 明日香は実家の地下にある施術室にいた。


 天井は神殿を思わせるが如くに高い。

 そこには太陽を意味する【総統(ソウイル)】のルーンが数多に彫りこまれている。

 角度をずらして幾重にも彫られたそれは、まるで風車のようにも見える。

 壁一面に経文が書かれ、床には胎蔵界曼荼羅が描かれている。


 そんな不気味で荘厳な広間の中央で、明日香は不敵に笑う。


「よくお似合いになりますよ、明日香様」

 明日香の肩には黒いクロークが掛けられている。

 華奢な肩にはやや厳つすぎる、かっちりしたデザインの肩掛けクロークだ。

 胸には留め金代わりに金属製の骸骨が取りつけられている。


 明日香は静かに目を閉じて荼枳尼天(ダーキニー)の咒を唱え、魔力の流れに身をまかせる。


「ありがとう。そちらの仕事は完璧よ」

「恐れ入ります」

 白衣を着こんだ小男が、うやうやしく首を垂れる。

 執事の夜壁である。


 明日香は以前、屍虫との戦闘で危機に陥った。

 魔力の制限により1体しか召喚できない式神に、陽介の護衛をさせていたからだ。


 そして彼は、頼りないながらも怪異と戦うことを決めた。

 誰かが彼を守らなければならないと思った。


 だから更なる力を求めた。


 けれど手に入れた力を、彼を守るために使う機会はもうない。

 それでも彼のために使いたかった。

 彼の願いに繋がっていると信じられる何かのために。だから、


「そして、こちらも出来上がっております」

 夜壁は次いで、人の頭を取り出す。


 シリコンで精緻に整形された、等身大の頭部である。

 それは、かつての大戦で超技術を駆使し、一説によると黒魔術を執り行ったとも噂される第三帝国総帥その人に似ていた。


「3Dプリンターを用いて寸分違わず再現した硬質プラスチックの頭蓋骨に、特別なシリコンで肉付けいたしました。必ずや明日香様のお役に立つことでしょう」

「ご苦労様です」

 人の頭に似すぎた不気味な大頭を、明日香は慣れた調子で受け取る。

 ずっと昔に死んだ誰かと同じ顔をしたそれを、じっと見やる。


 魔術師(ウィザード)はその身に魔力を蓄えることはない。

 だが明日香が修めた戦闘魔術(カンプフ・マギー)は【物品と機械装置の操作と魔力付与】技術によって特別な物品に魔力を焼きつけることができる。


 本来は仏術で用いられる大頭も、そのひとつだ。

 製造に並ならぬ手間と時間を用いる上に、使いきりで再利用はできない。

 だが、ルーンとは比べ物にならない魔力を保持することができる。


「そういえば」

 明日香は夜壁に問いかける。


「人が死んだら、魂はどこに行くのだと思いますか?」

「専門外のお話ですので、私には何とも……」

 小男はにべもなく答える。

 だが無言で先をうながす明日香を見やり、しばし思考を巡らせ、言葉を続ける。


「北欧神話においては、勇敢な魂はヴァルハラの野に降り立ち永久の戦いに身を捧げると言われております」

 その勇猛な結末を、温厚な彼が気に入るのかかどうかを考える。


「仏門においては、高潔な魂は涅槃に旅立ち平穏を得ると言われております」

 その安らかな結末を、生真面目な彼が受け入れられるのかを考える。


「そうですか……」

 無論、答えなど出ない。

 そもそも明日香は彼のことをよく知らないのだ。だから、


「クロークのテストがてら儀式を行います。大元帥明王(アータヴァカ)の経文を準備してください」

大元帥明王(アータヴァカ)……。結界の咒法を試されるおつもりですかな?」

「いえ。【情報(アンサズ)】のルーンと組み合わせて勇士を召集する儀とします」

 そう答え、天井に描かれたルーンを見上げる。


 死者の魂の行く先が、天空に存在する霊的な世界であると定める宗教は多い。

 ナワリ呪術が栄えたアステカも、そのうちのひとつだ。


「……念のための保険です。せっかくだから、貸した借りを返していただくわ」

 そう言って、口元に不敵な笑みを浮かべた。


 同じ頃。

 舞奈は自室で踊っていた。


 ステージは天井と壁と床しかない殺風景な自室。

 引き締まった肢体を飾るはキュロットにブラウス、その上に掛けられたショルダーホルスター。そして両手の拳銃(ジェリコ941)


 銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。

 次の瞬間、両腕を交差させる。

 両手の拳銃(ジェリコ941)を前に向けて構える。

 研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。

 ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。


 少女の肌には玉の汗が浮かんでいる。

 だが口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。

 静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。


 そんな舞奈を、タンスの上から額縁が見守る。

 収められた写真には、幼い舞奈とかつての仲間が写っている。


 もし当時、舞奈が強かったら2人を救えただろうか?

 もし今、舞奈がもっと強かったら、陽介はまだ皆と共に笑っていただろうか?


 その問いに答えは出ない。

 答えなどないのだから。


 だから舞奈は踊る。


 鍛え抜かれた銃技と身体で事件の元凶を討つために。

 世界から彼を奪った忌まわしい事件に、幕を引くために。


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