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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第2章 おつぱいと粗品
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呪術師

「で、スミスの奴、逆に金取ろうとしたんだ。酷い話だろ?」

 舞奈はちゃぶ台に頬杖をつきながら、昨日の様子を思い浮かべてむくれる。


 支部で報奨金を貰い損ね、スミスの店で剣と鏡を売り損ねた翌日。

 舞奈は明日香とともに、古神道をたしなむ知人の屋敷に訪れていた。

 藁にもすがる思いの売りこみである。

 無軌道な貧乏暮らしも楽じゃない。


 だが、そのわりに口調が穏やかなのは、カレーの味を反芻しているからだ。

 さらに、ちゃぶ台の上では皿に盛られた桜餅が香り、湯飲みからは湯気が立ち昇る。


「自業自得よ」

 隣の座布団に正座した明日香が白い視線を向ける。

 あぐらをかいた舞奈はますます腐る。


 開け放たれた障子の向こうで、ししおどしがタンと鳴った。


「気を落さないで。そういう時もあるよ」

 向かいに座った長髪の青年が、穏やかな口調で舞奈をなだめる。

 着流しをまとった彼の名は、三剣(みつるぎ)(さとる)。この屋敷の主だ。


「それより舞奈ちゃん、頬のところ……」

 悟に言われて、頬の傷に手をやる。

 先日の泥人間との戦闘でできた傷だ。


「ああ、これか。かすり傷だから大したことないよ」

「女の子が、そんなことを言ったらダメだよ。ちょっと待ってて」

 そう言って立ち上がり、悟は部屋の片隅にある箪笥から何かを取り出した。


 それは人の形をした紙切れだった。

 神道の施術に使う形代である。


「ったく過保護だなあ。呪術まで使って治す傷じゃないだろう」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


 呪術とは、魔術と同じく古の賢人が会得した秘術だ。

 異能力者がその身に蓄え、魔術師(ウィザード)が作り出す魔力は、実はこの世界を構成する火や水や風や大地、森羅万象あらゆる存在の中に隠れ潜む。

 分子と分子の間に潜む微弱な魔力を用いる奇跡は、呪術と呼ばれる。

 そして、魔力と同調し、かき集めて呪術と成す術者は、呪術師(ウォーロック)と呼ばれる。


 そして悟は、我欲を断ち切り修練を重ねることによって男であるというハンディキャップを克服し、古神道を母体とした呪術である古神術を修めた。

 古神術は、天地に満ちる魔力を八百万の神と奉じて調和することで術と成す。

 使える術は、魂と肉体の因果をずらすことによる【霊媒と心霊治療】。

 因果をずらす霊媒術を応用した【防護と浄化】。


 悟は涼やかに祝詞を唱える。

 舞奈の頬にうっすら残る刃の跡が、薄れて消える。

 その代わりに、形代の頭部がひとりでに裂けた。


 古神術による回復魔法(ネクロロジー)のひとつ、【形代祓(かたしろはらい)】。

 対象と形代の因果を入れ替えることにより、傷や病毒を形代に移し替える術だ。

 仕事柄まともな医者には見せられない怪我が多い舞奈は、たびたび悟の世話になっていた。


「すまない、サト兄」

「いいんだ。舞奈ちゃんはあんまり怪我とかしないから、こうでもしないと腕がにぶっちゃうからね」

「ならいいや。けど、こんなことに術なんかつかって、いろいろ大丈夫なのか?」

「それも心配ないさ……」

 そう言って切れ長の瞳を細め、


「術は舞奈ちゃんにしか使わないから、【機関】の連中に睨まれる心配はないよ」

 少し冷ややかな口調で言った。


 【機関】は怪異や異能、それにまつわる技術が市民の目に触れることを嫌う。

 そんな【機関】を、悟は快く思っていない――むしろ敵視している。

 悟をよく知っている舞奈は「そっか」と何でもない風を装い、


「それより、なぁ。サト兄もこいつを見てくれよ」

 返事も待たず、ちゃぶ台の上に包みを広げた。


「ちょっと、食べ物の隣で広げないでよ」

「新聞紙は酷いな……」

 明日香の文句と悟のつぶやきを、ガサガサと紙がかすれる音がかき消す。

 やがて漆黒の長剣があらわれた。

「ほう……」

 青年は感嘆の息をもらす。そして、


「へぇ、カッコイイ剣じゃないか」

 勝気そうな少年の声は、舞奈の頭上から聞こえた。


「なんだ、トウ坊。帰ってたのか」

 舞奈は面倒くさそうに上を見やる。

 そこには、クセ毛の少年が立っていた。

 舞奈と同じ蔵乃巣(くらのす)学園の高等部指定の学生服をラフに着こなし、肩には竹刀の袋を担いでいる。

 三剣(みつるぎ)刀也(とうや)。悟の弟だ。


「おかえり、刀也。部活は終わったのかい?」

「おじゃましてます」

 悟と明日香も挨拶する。

 だが刀也は答えず、漆黒の剣をひょいと持ち上げる。


「っぶないな! 落とすなよ」

「なあ! 兄貴! こんなスゴイ剣、どこで手に入れてきたんだよ?」

「おいバカ! 振り回すな」

「先日の……仕事で手に入れたんです」

 明日香が答える。


 珍しく歯切れが悪いのは、彼が舞奈や悟から聞きかじって怪異や異能力について多少は知っているから、そして【機関】の関係者ではないからだ。

 なので自分の発言が守秘義務に抵触しないかどうかが気になって仕方がない。


「怪異退治の景品かー。なあ、オレも混ぜてくれよ! 怪異退治!!」

 刀也は物欲しげに剣を見やって、はしゃぐ。

「おまえにゃ無理だ」

 うんざりした口調で答える。


 明日香と違って適当な性格の舞奈だが、危険と隣り合わせの仕事人(トラブルシューター)としての活動に、彼が遊び半分で首を突っ込んでくるのが気に入らない。


「なんでだよ!? おまえらみたいな子供だってやってるじゃないか!」

 ぞんざいな対応に、刀也は口をとがらせる。

 だが舞奈は気にも留めず、

「異能もないのにか? それに、おまえじゃ器携帯/発砲許可証シューティング・ライセンス取れないだろ」

「そんなもんなくったって、オレには剣の技がある!」

「アホか。死ぬぞ」

 にべもなく言った舞奈に、刀也は言葉を詰まらせる。


 実際、舞奈や明日香が身を投じている超常の戦いに、部活で習った剣道が通用するとは思ってもいないのだろう。


「僕もおすすめしないな。刀也、あの組織と関わるべきじゃない」

 冷たい声色で刀也を諭し、悟は眉間にしわを寄せる。

 舞奈は苦笑する。


 悟は刀也の兄だから、舞奈や明日香より弟に理解がある。

 神術をたしなむ彼は、怪異や異能力についても詳しい。

 その力を使って舞奈を手助けすることすらある。


 だが彼は【機関】を嫌っている。

 過去のとある事件から、【機関】に裏切られたと思っているのだ。

 そうやってそれぞれの思惑を抱く3人だが、刀也は自分の意見に反対されたことだけが気に入らないらしい。


「なんだよ兄貴まで! クソ! 今に見てろ!」

「おいバカ! こぼれるだろ!」

 手にした剣をちゃぶ台の上に放り投げ、奥の部屋に走り去った。


「……弟がいつも迷惑をかけて、すまない」

「お気になさらず」

 悟の言葉に、明日香は丁重に返す。悟は続けて、


「この剣、よかったら僕に買い取らせてくれないかな?」

「トウ坊のおもちゃにか?」

「そういうわけじゃないけど。ちょっと気になってね」

 言いつつ悟は剣をじっと見つめる。

 ちょっと気になる、という感じではなさそうだ。

 古神道ゆかりの特別な品だろうか?


 舞奈はしばし考えこんで……


「気に入ったんなら、サト兄にあげるよ」

「いいのかい?」

「サト兄にはいつも怪我とか治してもらってるし。やっぱり金は取れないよ」

「じゃ、何しにここにきたのよ?」

「うっさいな、気が変わったんだよ」

 明日香を一瞥し、舞奈は悟に笑いかける。


「その代わり、こっちの割れた鏡も処分しといてくれないか?」

「それは構わないけど。舞奈ちゃん、その、生活費とかは……?」

「それも心配ない。晩飯の分まで食わせてもらうからな」

 そう言って、抜く手も見せずに明日香の皿から桜餅を奪う。


「もう、どんだけ食べる気よ」

 明日香が肩をすくめた途端、舞奈は両手で腹を押さえて立ち上がった。

「……!?」

 そして、奥の部屋に走り去った。


「……いつもすいません」

 明日香はしばし、友人が去った方向を無言で見つめる。便所だ。

 食べすぎで腹を下したのだろう。

 高学年にもなって、みっともないことこの上ない。

 馬鹿がドタドタ廊下を走る音、乱暴にドアを開ける音がして、


「うわぁ!? 何しやがる! 変態クソガキ!」

「トウ坊!? おまえ、小便たれるなら鍵ぐらいしめろ!」

「オレの大事なとこ見やがって! 見やがって!」

「生えてもいない奴が偉そうに言うな!! 粗品! シメジ!」

「……いつもすまない」

 レベルの低い言い争いに、悟は気まずそうに目をそらした。


「男の人って、子供のうちは生えてないんですか」

 明日香は小首を傾げ、ぼそりとつぶやく。

「いや、毛のことだと思うけど」

 悟は苦笑した。


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