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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第9章 そこに『奴』がいた頃
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決意

「小夜子さん、心配かけちゃってごめんね。マイも安倍さんも……」

 チャビーは病院のベッドに横たわったまま、力なく笑う。


「気にすんなって。それより大事なくてよかったよ」

 舞奈は気づかうように答える。

 小夜子と明日香も笑いかける。けど、その表情は少し硬い。


 数刻前、倉庫ビルで少年たちの亡骸を発見した衝撃の中、小夜子はチャビーの異変を察して日比野邸へ急いだ。


 帰宅した舞奈たちは、玄関で倒れていたチャビーを発見した。


 そしてチャビーは市民病院に運びこまれ、今は形ばかりだが安定している。


「それじゃ、あたしらは帰るよ。すんません、チャビーをお願いします」

 側の小夜子に頭を下げ、舞奈は明日香とともに病室を出る。


「……あのお姉ちゃん、術でチャビーを守ってた」

 白い廊下を並んで歩きながら、ぼそりとつぶやく。


「そうみたいね。ナワリ呪術の回復魔法(ネクロロジー)は生贄の理論を逆転させるだけだから、術者の負担も大きいはずなのに」

「そっか。そりゃ大変だ」

 明日香の言葉に、内心を覆い隠すような軽口を返す。


 舞奈は小夜子が呪術師だったことを、つい先ほど知った。

 彼女が執行人(エージェント)だったことも。

 執行人(エージェント)たちに作戦の指示が出されていたことも。


 そんな小夜子は、チャビーが搬送される間、密かに術を使って幼い命を繋いでいた。


 彼女はこれまでも、同じようにチャビーの命を救ってきたのだろう。

 舞奈の知らないところで。


「日比野さんの付き添い、他の人に頼んだほうが良かったんじゃないの?」

「他に頼める奴なんかいないだろ? フィクサーに無理言って連絡してもらったのに、親御さんは出張先から戻るのに時間かかるっていうし」

 吐き捨てるように言う。


 彼女の両親がそんなでも、今までは何とかなってきたのだろう。

 兄である陽介が献身的にチャビーを守ってきたのだから。


「それに、あの姉ちゃんには、しばらく忙しくしててもらったほうがいいさ」

 口元に乾いた笑みを浮かべる。


 小夜子と陽介は幼馴染だったと聞いている。

 2人の間に流れていたであろう時間を、幼い自分が仲間とともに過ごした時間と比べて、やるせない気持ちになる。だから、


「貴女はこれからどうするの?」

「……雨もあがったし、一旦アパートに帰るよ」

 明日香の問いに一瞬だけ反応が遅れた。


「スマン、今日、学校休むわ」

「はいはい、日比野さんと一緒に欠席の届けを出しとくわ」

「おまえは真面目だな」

「貴方と違って、わたしは今日のウサギ当番なのよ」

 そう言って、明日香は肩をすくめて見せた。


 そして舞奈は明日香と別れ、アパートへ帰った。


 雨があがりの湿った風がジャケットを揺らす。

 すすり泣くような風音に口元を歪ませながら、無言で廃墟の街を歩く。

 そして崩れかけたアパートの前で足を止める。


 瓦礫が転がる音に、ふと側を見やる。

 痩せた野良猫が物欲しげにこちらを見やっていた。

 力なく笑いかけると、猫はひと鳴きして走り去った。


 階段の脇に急造された瓦礫の小屋の、屋根代わりになっている装甲板を引っぺがす。

 その下では色とりどりの百合が咲き乱れていた。


「元気そうで何よりだ」

 舞奈はしばし百合たちを見やった後、階段に向かう。途端、


「まだ毒が完全に乾いとらん! 3階に行くのは構わんが寝っ転がったりするなよ!」

 管理人の怒鳴り声とともに、何かが飛んできた。

 分厚い布の束だ。

「パラシュートの切れ端だ! そいつでも敷いてろ!」

「さんきゅ」

 管理人室の窓に向かって答え、その足で階段を上がる。

 ボロアパートの3階は半分ほど倒壊しているので、事実上の屋上だ。


 ふと舞奈は、崩れた壁の片隅に1輪の百合が咲いていることに気づいた。


「……なんでこんなとこに咲いてるんだ。タンポポかよ」

 ひとりごちた途端、花弁の先に小さな炎が灯った。【火霊武器(ファイヤーサムライ)】だ。

 口元に乾いた笑みが浮かぶ。


 探していると見つからないのに、用がなくなった途端に視界に飛びこんでくる。

 舞奈の人生では、何もかもがそうだ。


 それでも炎を灯す百合の隣にパラシュートの切れ端を広げ、腰かける。

 雲が残らず摘み取られてしまったような青空の向こうを見やる。


「……な、綺麗だろ?」

 何処へともなく、ひとりごちる。


 そこには7色の虹がかかっていた。


「ミカが言ったんだ、死んだ奴は虹を渡って空の向こうに行くってさ。でもって、そこには天国があって、みんなで面白おかしく暮らしてるって」

 乾いた風に吹かれて、小さなツインテールが揺れる。

 百合も揺れる。


「【機関】って、いっつもああなんだよ。新人をまともに教育しないし、適当に仕事させるし、だから、あんたの前にもいっぱい死んでるんだ。たぶんこれからもな」

 舞奈はじっと空を見やる。

 虹の向こうに何かを探すように。


「あんたがなんで、あんなことしたのかわからないよ」

 泣きもせず、怒りもせず、静かにひとりごちる。


「腕試しのつもりだったのか? それとも小学生に戦わせたくないなんてお節介のつもりだったのか?」

 乾いた風を感じながら、やわらかな笑みを浮かべる少年に想いを馳せる。


 そして不意に、立ち上がる。


「それじゃ、行くよ。やり残した……仕事を片付けなきゃならないからな」

 そう言い残して百合に背を向け、歩き出した。


 そして再び旧市街地。

 だが今度は繁華街だ。


 3人の天女が描かれた中華風の看板を、舞奈はちらりと見上げる。

 そして横開きのドアをガラリと開ける。

 張が商う中華料理屋は、相も変わらず閑古鳥を鳴かせていたらしい。


「アイヤー。舞奈ちゃん、久しぶりアルね。この前はお疲れ様アル」

 太鼓腹を長袍チャンパオに包んだ張が満面の笑みで出迎える。


「……なあ、張」

 平静を装うよう笑みを浮かべながら、ボソリと問いかける。


「奴のこと、詳しく教えてもらってもいいか?」

「いくら舞奈ちゃんの頼みでも、それは無理アルよ」

 尋ねた途端、張の両眉がへの字に歪む。

「依頼人の情報をペラペラ喋ったなんて知れたら、商売あがったりアルね」

 だが舞奈は構わず言葉を続ける。


「……昨日の晩、倉庫街の廃ビルで執行人(エージェント)が5人死んだ。事件の首謀者は異能力者を材料にして何かの儀式をしてた。そのうちひとりは、あの男だ」

 感情を押し殺した声で、事実を語る。


「遠からず【機関】は奴を怪人に指定するはずだ」

「それは無いアルよ」

「有るのか無いのか、どっちだよ」

 舞奈は苦笑しながら続きをうながす。


「あの男は政界や財界にコネクションがあるアル。【機関】の権力がいくら強大とは言え……いや強大だからこそ、手出しはできないアルね」

「札束じゃ銃弾タマは防げないよ」

「舞奈ちゃんが義理深いのも、強いのも知ってるアル」

 張はたしなめるように舞奈を見やる。


「でも今回は相手が悪いアルね。この世界で自分の力を過信した人間がどうなるか、舞奈ちゃんだって知ってるはずアル。違うアルか?」

 張は意地でも依頼人の個人情報を守るつもりらしい。

「……違わないな」

 舞奈は乾いた笑みを浮かべる。


 まあ仕方のないことだ。

 彼は商売で仲介人をやっているのだ。

 だから、舞奈は不意に、


「なあ、張」

 くんくんと鼻を鳴らしてみせる。


「いい臭い消し使ってるな」

「台湾秘伝の消臭薬に、少しばかり道術を使ったアルよ」

「そっか」

 得意満面に答える張に、舞奈も笑みを返す。

 あの横柄な男が吸い散らかしていたヤニの悪臭は、完全に消えていた。


「この店に入るとさ、いつもあんたの料理の匂いがするんだ」

 口元に笑みを浮かべ、語りはじめる。


「エビチリの匂い、天津飯のタレの匂い、担々麺のスープの匂い。そいつらが混ざり合って、別々の匂いが混ざってるのに、そういう料理があるみたいで腹が減る」

 笑みを浮かべて張を見やる。

 張も舞奈に笑みを返す。


「それにさ、料理の匂いに混じって香の匂いがするんだ。隠し味みたいにさ」

 その言葉に、張は意外そうに舞奈を見やる。

 舞奈は笑みを浮かべて言葉を続ける。


「花が香るみたいに甘くて、懐かしくて、その匂いを嗅ぎ分けようとして、さらに腹が減る。あんたは客にいい気持ちで飯を食わせるために、手間を惜しまなかった」

「舞奈ちゃんが、そんなことまで気がついてたなんて知らなかったアルよ」

 張は笑う。


「ツケがきくから食べに来てるとばっかり……」

「――ツケがきくから食べに来てるんだ」

 臆面もなく言ってのけた舞奈に、張はいつも通りのアレな視線を向ける。


「でも気づくさ。あたしが、いつからこの店に通ってると思ってるんだ?」

 そう言って笑う。


 明日香と出会って【掃除屋】を始める前から、舞奈はこの店に通っていた。

 かつて共に暮らしていた2人の仲間とともに。


 張は陽介に会ったことはないけれど、美佳と一樹のことを知っていた。

 2人が側にいたときの舞奈も、いなくなった後の舞奈も、張は見ていた。だから、


「……けどあいつは、そんなあんたの心意気をヤニ臭い土足で踏みにじった」

 言って舞奈は虚空を睨む。


 舞奈もまた、幼い自分たちを見守っていた張の義理堅さを知っている。だから、


「そういえば、この店はBGMが無いアルね」

 張は笑う。


「どっちだよ」

 舞奈も笑う。


「代わりに、わたしの美声を披露するアルね」

「美声だと?」

 やや明後日な方向の答えに困惑する舞奈をよそに、張は歌い始めた。


――あいつの名前は滓田妖一~♪

――企業グループの会長アルね~♪

――そして人権擁護団体の~代表者アルね~♪

――あいつは魔法や怪異のことを~海外で知り合った魔道士(メイジ)から知ったアル~♪

――けど件の団体には良くない噂が絶えないアル~♪

――それは密入国や密輸入を手助けしてるという噂アル~♪

――さらに~この業界では~こんな噂もあるアル~♪

――汚染地域の怪異に~偽の戸籍を与えて~人間社会に潜りこませているアル~♪


 気持ちよく歌い終わった張は、ドヤ顔で舞奈を見やった。


「……ひどい歌だ。BGMは諦めたほうがい」

 その言葉に張は凹む。

 ひょっとして本気で声色に自信があったのかもしれない。


 だが逆に舞奈はニヤリと笑う。


「今度、明日香と一緒に食べに来るよ。まとまった金が手に入るアテができたんでな」

「期待せずに待ってるアルよ」

 言葉とは裏腹な晴れ晴れとした笑みを浮かべた張に、舞奈も笑って背を向ける。

 そして店を後にした。


 その頃、学校では。


「チャビーちゃんが来られなくて残念だけど、2人でお掃除がんばろうね」

 掃除道具を手にした明日香と、段ボール箱を抱えた園香がウサギ小屋を見やる。

 日比野兄妹の身に降りかかった出来事を、園香にはまだ伏せてある。


 蔵乃巣(くらのす)学園のウサギ小屋は、四畳半くらいの広さがある金網で囲まれた空間だ。

 小屋というより屋敷と呼ぶほうが適切に思える。

 屋敷の奥にはすのこ張りの寝室やかじり木が設置され、中央には誰が寄贈したやらつば付き三角帽子にヒゲをなびかせ杖をついたマーリン像が鎮座している。


 像の端から跳び出した白毛とグレーの3匹のウサギが、2人を見やって顔を寄せる。

 目当ては段ボールの中の葉っぱだ。


 そんなウサギたちを、2人から少し離れた場所から低学年の少女が見ていた。

 彼女が昨晩、エリコと呼ばれていたのを知っているのは明日香だけだ。


 少女はちらりと明日香を見やる。

 明日香はうなずく。


「ごめんなさい、ウサギ小屋の鍵を借りてくるのを忘れたみたい」

「わっ、大変。取りに行ってくるから、明日香ちゃんは待ってて」

「頼むわ。ありがとう、真神さん」

 そして園香は走っていった。

 その背中が見えなくなったのを確認し、明日香は少女の隣に並ぶ。


「あいかわらず、人の使い方が上手ね」

「ご苦労様、エリコ」

 少女の言葉に構わず、顔も見ずに話しかける。


「……苦労はなかったわ。実質的に働いたのは技術担当官(マイスター)だもの」

 エリコは答え、隠すように何かを手渡す。

 メモリーカードだ。


「ただ持ってきただけで、中身は確認してないわ。面倒事は嫌いだから。けど――」

 言いつつ少女は明日香に背を向ける。


「けど、もしそのデータが、この前の作戦に関係するんだとしたら、あいつの無念を晴らしてほしい。アンジェ――【機関】にその名を轟かせたあんたに」

「わたしはもうアンジェじゃないわ。安倍明日香よ」

 何も知らないウサギを見ながら、少女の背中に言い放つ。


執行人(エージェント)アンジェのままじゃ筋も通せないもの」

 そう言って、口元に不敵な笑みを浮かべてみせる。


 だから、かつて明日香は執行人(エージェント)ではなくなった。

 そして仕事人(トラブルシューター)になった。

 組織という枠組みに守られた、本当に倒すべき敵に鉄鎚を下すために。


 執行人(エージェント)エリコも笑みを浮かべる。

 明日香が浮かべた、友人に似た不敵な笑みが見えていたかのように。

 そして、無言のまま走り去った。


「明日香ちゃん、おまたせー」

 ちょうど入れ替わりに、園香が鍵束をジャラジャラ鳴らしながら走ってきた。


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