戦闘3-2 ~銃技&戦闘魔術vs変異体
「さっきの術、ナワリ呪術の【骸骨の兵士】よ。恐怖で敵を遠ざける効果があるわ」
「そりゃ有難い。けどな……」
舞奈は目前に迫る屍虫の群れを見やる。
「糞ったれ! 一丁前に数ばっかり揃えやがって!」
矢継ぎ早に拳銃を撃ち、屍虫の頭を吹き飛ばす。
明日香の【雷弾・弐式】が大屍虫をまとめて塵に帰す。
反撃はない。
呪術で防護された舞奈と明日香に対し、気圧された敵は接近戦を仕掛けることができないらしい。
だが倒した数だけ新たにあらわれ、行く手をふさぐ。
これではキリがない。
「3秒後に壁を立ててくれ!」
「何するつもりよ!?」
あわてる明日香を尻目に、舞奈は懐からパイナップル型手榴弾を取り出す。
安全ピンを口で引き抜き前方めがけて投げる。その直後、
「守護!」
真言を唱え終わった明日が呪句を叫ぶ。
キンという澄んだ音と白い冷気を引き連れて氷の壁が起立する。
強固な氷壁を創造する【氷壁・弐式】の魔術。
その直後に爆音。
舞奈が投げた手榴弾が爆ぜたのだ。
廊下の壁に、氷の壁。
密閉環境が爆発の威力を増加させる。
さらに散弾の如くばらまかれた無数の破片が、屍虫の群れをまとめて引き裂く。
至近距離にいた数匹は飛沫になって飛び散った。
爆風に混ざったヤニ色の飛沫が氷の壁を汚す。
「なんで破片手榴弾なんか持ち歩いてるのよ!?」
「手榴弾の持ち合わせが、これしかなかったんだよ!」
怒鳴り返して、ニヤリと笑う。
「けど、おかげで一掃できたろ?」
明日香が術を解いて氷の壁が溶け落ちた後には、床に壁に肉片混じりの飛沫がぶちまけられたヤニ色の地獄が広がっていた。
その奥には、両開きの扉が鎮座している。
表札はかかっていない。
「あの奥ね」
「……みたいだな」
舞奈は口元を歪める。
戦闘が終わったら静かになった。
執行人が首謀者と戦っているにしては、部屋の中が静かすぎる。
首尾よく首謀者を打ち取ったのなら扉を閉めておく理由はない。
廊下の隅で痙攣する屍虫に、苛立ち紛れに残った弾丸を見舞う。
素早く弾倉を交換し、明日香の弾倉交換を待つ。
さらに明日香が真言を紡ぎ終えるのを確かめ、扉を破らんばかりに蹴り開ける。
「動くな! 糞野郎ども!!」
拳銃の引き金に指を当てながら叫ぶ。
左の拳に紫電をまとわせた明日香が隣に並ぶ。
舞奈は油断なく部屋を見わたす。
会議室ほどの広さの部屋の片隅に、さらに扉。
執行人たちは見当たらない。
無論、陽介も。
代わりに、3人の男が待ち受けていた。
筋肉質な上半身を露出させた巨漢。
抜身の日本刀を携えた着流しの男。
槍を手にした中世風の甲冑。
男たちは侵入者に気づくと、手にした煙草を足元に落とす。
「臭えな、ヤニの臭いがプンプン臭う。こいつらも屍虫か?」
舞奈は顔をしかめる。
悪臭と、同じ程度に糞ったれな状況に。
探すものが見つからない苛立ちに。
だが目前の男たちは、通路にいた屍虫たちとは違って目を血走らせて襲ってきたりはしない。まだ理性が残っているようだ。
「……いや、脂虫か?」
「貴様はこの前の小娘か。予想より早く材料が手に入って儀式を前倒しできたかと思ったが、とんだ邪魔が入ったものだ。あとは父上だけだというのに」
状況を判断しかねる舞奈に対し、巨漢はカポエラの構えをとる。
舞奈は巨漢を睨む。
確かなのは、彼が以前、件の依頼人とともに舞奈たちの前に現れたということだ。
この不愉快な状況に、あの男が関わっていると考えるのが普通だろう。
そして、歯噛みする。
あのとき彼は、陽介に不自然な興味を示していなかったか?
そんな舞奈を見やり、巨漢は含みのある笑みを向ける。その側で、
「ヒーヒッヒ、儀式の邪魔さえさせなければよいでゴザル!」
着流しは日本刀を構える。
「殺しちまったほうが早ぇだろ!?」
甲冑は槍を構える。
彼らもあの男の関係者なのだろうか?
「こいつらも【機関】とやらの一味なんだろ!? 奴らが勝手に証拠を消してくれるはずだ! もし違ったって、子供が2人死ぬくらい、親父なら簡単に握りつぶせる!」
甲冑の言葉に、他の男たちは嗜虐的な笑みを浮かべる。そして、
「儀式で手に入れたこの力で、この前の借りを返させてもらう!」
巨漢は吠えつつ舞奈に襲いかかった。
脳天を狙った必殺の蹴りを、横に跳んで避ける。
なるほど以前より動きにキレがある。
力を得る儀式とやらが何なのかは知らないが、確かに筋力が増しているようだ。
だが動きが直線的すぎて、空気の流れが読める舞奈の敵ではない。
巨漢が体勢を立て直す隙に撃つ。3発。
急所に当たれば屍虫すら一撃で打ち倒す中口径弾。
たとえ進行していなくとも規定上の問題はない。
彼らが子供の死を権力で握りつぶそうとしているのと同様に、彼らの死も始末書1枚でカタがつく。【機関】は喫煙者を人間ではなく怪異だと規定している。だが、
「ちゃちな弾丸だ」
巨漢は口元に笑みを浮かべる。
脳天に胸、腹を射抜いたはずの中口径弾。
それが男の表皮すら傷つけることができず、ひしゃげて落ちる。
乾いた音を響かせ、弾丸が床を転がる。
「大屍虫と同レベルってことか」
少なくとも肉体の、それも耐久力はそれに準ずると考えるべきだ。
「――いや、それだけじゃないな」
おそらく、使用者の肉体を強化する【虎爪気功】を併用している。
大屍虫の強固な肉体と異能力の2段重ねの防護によって中口径弾を防いだのだ。
だが無論、異能力を操る大屍虫なんているはずがない。
明確な意思を持った大屍虫も。
それともこれが、儀式とやらの効果なのだろうか?
「魔弾!」
明日香の掌から紫電が放たれ、甲冑めがけて突き進む。
多数の屍虫を焼き払い、大屍虫すら屠る必殺の雷撃【雷弾・弐式】。
だが、それすら甲冑に弾かれて消える。
「【装甲硬化】……?」
身に着けた防具を無敵の装甲へと変える異能力の名をひとりごちる。
「……こいつは厄介だ」
ジャケットの裏にひとつ残された手榴弾を意識しながら、乾いた笑みを浮かべる。
その間に明日香は冷気の顕現たる大自在天の咒を唱え終えていた。
「拘束」
かざした掌から光線がほとばしる。
そして放電する日本刀を振りかざした着流しの足を床に縫い止める。
対象を凍りつかせて動きを封じる【氷棺・弐式】の魔術。
続けざまに大自在天の咒を唱え、一語で甲冑の足元を固める。
舞奈はニヤリと笑う。
たとえ倒せなくとも、全員を拘束できれば活路はある。
「もしや魔道士か? 厄介だな」
だが、3度目の真言を唱える明日香に向かって、巨漢が走る。
「待ちやがれ!」
巨漢の背中に中口径弾を全弾、見舞う。
だが異能力で強化された怪異の肉体には効果がない。
「守護」
明日香は咄嗟に床に手をつき、冷気の魔力を氷の壁へと転化させる。
少女の前にいきなり起立した氷塊の壁に、巨漢はひるむ。
「そんな壁など無力!」
巨漢は氷の壁を砕かんと拳を振り上げる。
次の瞬間、爆発と轟音が部屋を揺るがした。
背中に無数の破片を喰らった巨漢が氷壁に叩きつけられ、強固な氷の壁を砕きながら床を転がる。
巨漢の背後で破片手榴弾が爆発したのだ。
「無茶しないでよ!」
「盾になるものがたくさんあったんでな!」
もがく甲冑の背後から、舞奈が姿をあらわす。
甲冑は自身の背後に隠れた舞奈を狙って槍を振り回す。
手榴弾の爆発も【装甲硬化】に致命傷を与えるには至らないらしい。
だが無理な体勢から放たれた槍を、舞奈は苦も無く避ける。
同時に甲冑の足を縛めていた氷の枷が弾け飛ぶ。
爆発によって氷の枷が緩んだか。
同様に拘束を脱したらしい着流しが、舞奈の背後から斬りかかる。
こちらは運よく破片が届かない場所にいたようだ。
だが舞奈は振り向きざまに撃つ。
空気の流れを読める舞奈に、その程度の動きなどお見通しだ。
眉間を撃たれた着流しはヤニ色の液を散らして吹き飛ぶ。
巨漢と違って無傷とはいかない。
だがかすり傷。
異能力を併用しない純粋な身体能力だけで、中口径弾を防いだのだ。
「……くそったれ!」
口元を歪める。
相手の正体がわからない。
脂虫なのか、大屍虫なのか、もっと別の何かなのかすらわからない。
だが、この状況は、屍虫の奇襲を受けて陽介が異能力に目覚めたときに似ていた。
舞奈の銃弾は効かず、明日香が攻撃魔法を放つ隙もない。
逡巡するうちに、甲冑と着流しは舞奈を挟撃しようと距離を詰める。
巨漢は背中に無数の破片を埋めこんだまま立ち上がる。
明日香は巨漢から距離を取る。
だが巨漢は明日香に跳びかかろうと狙いを定める。その時、
「貪り喰らえ、トルコ石の蛇!」
叫びとともに、巨漢の周囲の空気が爆発した。
即ち【捕食する火】。
大気を爆発させるナワリの呪術。
開け放たれた扉から術者が踊りこむ。
エントランスで脂虫たちと戦っていた小夜子だ。
戦況が拮抗した中で新たにあらわれた増援に、男たちの顔に焦りが浮かぶ。
その時、部屋が白煙に包まれた。
「スモークか!?」
「【水行・霧陣】!? 道術よ! 敵にも魔道士がいる!」
叫ぶ明日香の前に立ち、口元をかばいながら油断なく周囲を探る。
奥の扉に気配。
舞奈は撃つ。
だが中口径弾は虚しく壁を穿つ。
「皆様方、最後の儀式が終わりました!」
「お前たち、一旦、退くのだ!」
声に従い霧にまぎれた5つの影と、敵の気配が窓に向かって動く。
「貪り喰らえ、トルコ石の蛇!」
小夜子は再び大気を爆発させる。
呪炎は最後尾の1人を包む。
人影がのけぞり、手にした何かを取り落す。
「キム……君!?」
吹き散らされた煙の切れ目から見えた人物を見やり、小夜子は驚く。
知人だろうか?
だが今はそれどころではない。
「賢者の石が!」
「放っておけ! 中身は知っておるのだろう!」
「あの野郎……!!」
キムとやらを連れて逃げた男を見やって舞奈も驚く。
それが、やはり、あの不愉快な男だったからだ。
舞奈たちに隕石の回収を依頼した横柄な依頼人。
屍虫を倒した舞奈と陽介の前にあらわれた脂虫。
当たってほしくもない予想が当たって、舞奈は思わず歯噛みする。
そして拳銃を構える。
だが、それより早く建物の結界化が解除された。
5人は窓から身を投げ出して夜の街へと消える。
舞奈は追おうと身を乗り出す。
だが、ここがビルの高層階だと気づいて悪態をつく。
窓の外は土砂降りの雨だ。
ふと自分がここに来た理由を思い出す。
先行した執行人の行方を求め、入ってきたとは別の扉があったことを思いだす。
明日香を連れて隣の部屋へと向かう。
小夜子も追いついてきた異能力者たちに指示をだし、舞奈たちに続く。
「なんだこりゃ……?」
薄暗い部屋の壁には符が貼られ、天井と床には巨大な八卦が描かれていた。
不吉な予感。
「彼らは儀式をしていたみたいね」
明日香は冷静な声色で分析する。
まるで知識という命綱に理性を繋ぎ止めるように。
「道術……それも台湾のちゃんとした術じゃなくて、怪異が使う外道の儀式よ」
その言葉に言い知れぬ不安を掻き立てられながら、舞奈は部屋をぐるりと見渡す。
八卦の中心に、仰向けに倒れている少年たちを見つけた。
舞奈の口元が安堵でゆるむ。
「あんたたち、無事か?」
「陽介君? いるの……?」
舞奈は小夜子とともに駆け寄る。
手前にいた、中学生と思しき少年の側にしゃがみこむ。
そして、明日香が掌に灯した魔法の明かりが少年たちを照らた。
「……畜生!!」
思わず悪態が口をついた。
少年たちは戦闘学ランの前をはだけていた。
ベルトも外され、ズボンは太もものあたりまで引き下げられていた。
「何てこと……」
普段は冷静な明日香も、呆然と少年たちを見下ろす。
少年たちの身体は胸から腹にかけて斬り裂かれ、魚の干物のように開かれて、
「内臓がない……」
「そんな……どうして……!? こんな……こんなのって……!!」
小夜子が悲鳴をあげて、泣き崩れていた。
なぜなら臓物を抜き取られた少年たちの中に、恐怖と絶望に顔を歪め、両目を見開いた陽介もいたからだ。
同じ頃、陽介も舞奈もいない日比野邸で。
「あれ……? マイ……?」
夜中に目を覚ましたチャビーは、隣で寝ているはずの舞奈がいないことに気づいた。
寝ぼけ眼で部屋を見わたす。
夜風にひゃっと身をすくめると、窓ガラスが開けっ放しになっていた。
「マイ、トイレに行ったの……?」
階段を降りて台所に向かう。
誰もいない。
「お兄ちゃん……?」
トイレを、居間を探す。
そして玄関に向かう。
兄が几帳面に戸締りしているはずの扉の鍵がはずれていて、靴がなかった。
兄の靴も、舞奈の靴もなかった。
自分の靴しかなかった。
チャビーの瞳が見開かれる。
動機が早くなる。
そして、不意に胸を押えて倒れた。