戦闘2 ~銃技&異能力vs屍虫
そして舞奈と陽介は検問を逆側から通って旧市街地に戻り、商店街にやってきた。
だが、
「……休みだな」
「……休みだね。ごめん、まさか改装中だなんて思わなかったよ」
お詫びの紙が貼られたケーキ屋のシャッターの前で、途方に暮れた。
無常にも閉まったシャッターには、可愛らしいマスコットが描かれている。
アニメチックな3頭身の女の子だ。
プリンアラモードの帽子をかぶって、ケーキの服を着ている。
舞奈の知らないキャラクターだ。
だが、そういえば以前にチャビーがこいつの人形か何かを欲しがっていた気がする。
よほど人気があるのだろうか?
そのついでに、ふとチャビーの本名が脳裏をよぎる。
日比野千佳だ。
「他のお店のじゃ、ここのチョコケーキの代わりにはならないしなぁ……」
一方、陽介はしょんぼりと肩を落としていた。
「そんなに美味いのか?」
「そりゃもう!」
尋ねてみたら元気になった。
「濃厚なチョコレートケーキの上にバニラアイスを乗せて食べるんだけど、コクのあるチョコと冷たいアイスが舌の上で溶けあって、それはもう素晴らしい味わいなんだ」
「お、おう……」
ケーキの美味さを元気に語る陽介に、舞奈はちょっと引き気味に答える。
「あ、そうだ。今度いっしょに食べに来ない?」
「うーん、甘いものなんて、そんなに食ったことないんだが」
「舞奈だって女の子なんだから甘いものくらい……あ、そうだ。今度おごるよ」
「お、そいつはすまない」
おごりという言葉に反応して舞奈は笑う。
「それに、どうせまた買いに来なくちゃいけないしね」
「妹さんにはあたしからも話はするよ。兄ちゃん、ちゃんと店まで来たんだし」
「ありがとう、舞奈」
そんなことを話しながら帰ろうとしたその時、
「うえっ……」
糞尿の如く悪臭にむせる。
見やると、くわえ煙草の中年男が真横を歩いていた。
「禁煙指定区域のはずなのに」
陽介はボソリとつぶやく。
そんな彼をギロリと睨み、男は我が物顔で歩き去った。
「爆発しちまえばいいのに」
その後姿に悪態をつく舞奈に、陽介も気づいたようだ。
「あの人も、その……」
「ああ、脂虫だ」
人のなれの果てである怪異の名を、舞奈は吐き捨てるように言い放つ。
「どっかのバカが手を出せば屍虫になって人を襲う。あるいは魔道士が奴をふんづかまえて生贄にするかもしれない。すると【機関】が手を回して、奴は事故死したことになる。そういうところだけはしっかりしてるんだ、あの組織」
舞奈は語る。
2人が嫌そうに睨む前で、薄汚い背中は遠ざかっていく。
その歩みが、不意に止まった。
ゆっくりと振り返る。
「今の、聞こえてたんじゃ……?」
陽介は不安げに舞奈を見やる。
だが舞奈は男から目をそらさぬまま、
「……兄ちゃん、合図したら横に跳んでくれ」
低い声色でボソリと言う。
陽介がどういう意味かと問い返そうとする前に、
「今だ、跳べ!」
「えっ!?」
返事も聞かずに突き飛ばす。
同時に男が跳びかかってきた。
常人には明らかに不可能な距離を、一瞬で詰める。
寸前まで陽介がいたアスファルトの路地を、何かが鋭く斬り裂いた。
男はアスファルトからカギ爪を引き抜き、今度は舞奈に襲いかかる。
だが舞奈はバッグを捨てつつ男の手首をつかむ。
そして柔術の要領で投げ飛ばす。
男は店の壁にぶつかる寸前、体勢を立て直して着地する。
そして舞奈と対峙する。
両手の指からのびる鋭いカギ爪が、街灯の明かりに照らされて鈍く光る。
「ええっ!? なんで!?」
「聞きたいのはこっちだ! 野郎、今そこで屍虫に進行しやがった」
「どうすれば……?」
「……叩きのめす。他に手はないだろ?」
舞奈は不敵に笑う。
次の瞬間、屍虫はカギ爪を振りかざして再び舞奈に跳びかかる。
「舞奈!?」
「おっと」
舞奈は重心を少しずらしてカギ爪をかわす。
流れるような動作で腹にハイキックを見舞う。
くの字に折れ曲がった屍虫の首筋めがけて幅広のナイフを振り下ろす。
鈍く裂く音。
血は出ない。
代わりに傷口からヤニ色の体液が滲む。彼が人ではないからだ。だから、
「……やっぱりナイフじゃだめか」
人間なら致命傷なはずの首への斬撃も、効果がない。
屍虫はささいな傷などものともせず、人間離れした脚力で飛び退る。
「舞奈、銃は!?」
「鞄の中だ! けど出してる暇はないし、減音器もついてない!」
焦った問いに背中で答える。
大屍虫にまで進行していない今なら、頭を撃ち抜けば倒せる。
だが日も落ちて人気がないとはいえ、繁華街で40口径の銃声は目立ちすぎる。
そもそも今からバッグを拾って銃を取り出す余裕はない。
「それより兄ちゃん、ひとつ聞いていいか?」
何かの構えのつもりか前かがみになった陽介に背中を向けたまま、問いかける。
答えの代わりに、首をかしげる気配。
「怪異どもの恨みを買う心当たりは?」
「え!? どういうこと?」
話す間にも2度の斬撃。
どちらも舞奈は余裕でかわす。
「前にも言ったが、屍虫ってのは怪異の魔道士が脂虫に術をかけてなるんだ」
屍虫のカギ爪を避けながら語る。
「だから滅多に見かけない。なのにあんたは、この短い期間に4回も襲われた。そのうち1回は大屍虫にまでな!」
最初は張の占術頼りに屍虫を狩ろうとした先で。
2度目は泥人間退治の直後に。
3度目は新開発区で偶然に居合わせて。
そして今、舞奈は陽介を屍虫から守るために戦っている。
「けど、俺、そんな心当たりなんて……」
「――ま、いいや」
困惑する陽介を見やり、笑みを浮かべて問答を止める。
「とりあえず目の前の奴を片づける。兄ちゃんの力を借りたい。できるか?」
「……ああ!」
執行人としての自覚のせいか、陽介は力強く答える。
「俺は何をすればいいんだ?」
「簡単さ。あたしが気を引いている隙に、【火霊武器】でこいつの背中を殴るんだ」
かつて勘の良いだけの幼子だったピクシオン・シューターは、フェザーの背に庇われながら狙撃で敵を倒した。
だから今度は舞奈が、未熟なヒーローを守る盾になろうと決めた。
「けど、大丈夫!?」
「……誰に聞いてやがる」
舞奈は不敵な笑みで答える。
そして次の瞬間、跳ぶ。
屍虫すら超える驚異的な跳躍によって一瞬で距離を詰める。
振るわれた大ぶりの斬撃をナイフで弾く。
体勢を崩した屍虫の膝を蹴り、かがんだ顔面にナイフを走らせて目を潰す。
「今だ! 兄ちゃん1]
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
苦痛と暗闇にのたうち回る怪異の無防備な背中に、陽介は雄叫びをあげながら燃える拳を叩きつける。
薄汚い背広の背中に、いつか見たような煮えたぎる大穴が開く。
そして屍虫は崩れ落ち、動かなかくなった。
「や、やった……」
「ああ、やったな」
舞奈は陽介に笑いかける。
2人とも、唐突な襲撃は自分たちの勝利で終わったのだと思った。
だが、その時、背後で場違いな拍手が鳴り響いた。
陽介は驚き見やる。
舞奈は舌打ちする。
糞尿が焦げたようなヤニの悪臭は消えていない。
「ハハハ、流石は【掃除屋】だ。見事なものだね」
あらわれたのは、仕立ての良さそうな背広を着こんだ中年男だ。
ヤニで歪んだ醜い顔に、くわえ煙草。
夕日に照らされて、ごてごてと装飾された腕時計が下品に光る。
舞奈は露骨に顔をしかめる。
張を経由して石の奪取を依頼した、あの不愉快な男だ。
後には背広を着た巨漢が控えている。
男をそのまま若く大きくしたような雰囲気だ。
親子だろうか?
だが明日香みたいに骨格から親の顔を予測できない舞奈に本当のことはわからない。
まあ、脂虫の血縁関係なんかに興味はないが。
「何の用だ?」
低い声色で問う。
「依頼のブツはきっちり張に渡したぞ。文句があるならそっちに言ってくれ」
「いやいや、依頼した隕石は確かに受け取ったよ。おかげで石にこめられていた様々な知識を得ることができた」
男は上辺だけの笑みを浮かべて答える。
知識だと?
舞奈は男を睨む。
どうせ金持ちの道楽だろうと思っていたが、バックに学者でもいるのだろうか?
「今日は別の用件で来たのだよ」
「別の用だと?」
問いを返す舞奈を無視し、男は何故か陽介を見やる。
「怪異に止めを刺したのは君かね? 見事な力だ」
陽介を見やり、その足元に転がる屍虫の死骸に目を落とす。
そして再び陽介に目を戻す。
陽介は困惑している。
それはそうだろう。いきなり怪異に襲われて、倒したと思ったらこの状況だ。
正直なところ、舞奈だってわけがわからない。
「たいした代物じゃないよ。【火霊武器】っていう、ごく普通の異能力だ」
陽介がボロを出す前に、舞奈がしかめ面で答える。
「なるほど、君たちはそう判断したのかね」
意味ありげに笑ってみせる。
相手より優位に立ちたいがためのブラフか。あるいは……。
「へぇ、じゃ、あんたは何か知ってるのかい?」
「さあ、どうだろうね」
そう言って、男は背後に目配せする。
その次の瞬間、
「……えっ?」
陽介が驚く間もなく巨漢が動いた。
先程の屍虫に匹敵する驚異的な速さで距離を詰める。
丸太のような腕を振るい、舞奈めがけてパンチを放つ。
舞奈は腕で払って軽くいなす。
「何しやがる!」
舞奈は叫ぶ。
だが巨漢は答える代りに薄笑いを浮かべ、鋭い蹴りを放つ。
カポエラの動きだ。
舞奈は難なく横に跳んで避ける。
再び繰り出された拳を逆につかみ、体勢を入れ替えながら投げ飛ばす。
巨漢は男の側にドサリと落ちた。
突然の攻防に緊張していた陽介が、舞奈の勝利で気を緩める気配。
だが舞奈は油断なく構えたまま、
「何の真似だ?」
巨漢に構わず男を睨む。
「君はたいそう腕が立つと聞いていたものでね。軽い挨拶のつもりだったのだが、気に障ったのなら謝るよ」
男は口先だけで謝罪する。
その側で、巨漢はうめきながら立ち上がる。
「……申し訳ございません、父上」
「さすがのおまえでも彼女の相手は荷が重いか」
その言葉に、巨漢は野獣のような怒りの視線を舞奈に向ける。
背後で陽介が怯む。
だが舞奈は無言のまま、ジャケットの裏に手をやる。
「その銃で、わたしを撃つのかね?」
「さあ、どうだろうな」
口元に笑みを浮かべる。
拳銃はバッグの中だ。ジャケットの裏にはない。
そのことに男は気づいているかもしれないし、いないかもしれない。
それでも舞奈なら、素手でも首をへし折って殺せる。
巨漢はともかく男の方なら余裕だ。
それに相手は疑いようもなく脂虫なのだから法的な問題も発生しない。
だが、男は身を守るべく奥の手を持っているかもしれないし、いないかもしれない。
相手が怪異や異能力についてどこまで知っているかはわからない。
だが反撃されたら対処できないような無防備のまま、一線を超えた強気な挑発するのは馬鹿か無知だ。
そして、舞奈はピクシオンとして、仕事人として戦う中で得た教訓がある。
よく知らない相手を馬鹿や無知だと決めつけるべきじゃない。
そんなことをする奴こそ無謀な馬鹿だ。
それに彼でも巨漢でもない誰かの視線を感じたような気がする。だから、
「それでは、わたしたちは失礼するよ」
「二度と来るな」
何事もなかったように背を向ける彼を、そのまま見送る。
だが、ふと、男の背中にボソリと言った。
「……そうそう。夜道には気をつけろよ」
男は無言で立ち止まる。
「そこに転がってる怪異な、さっきそこで歩き煙草が変異したんだ。奴を変異させた犯人が近くにいるかもしれない」
親切めいた口調で言って、様子をうかがう。
だが男は、
「ご忠告に感謝するよ」
変わらぬ口調でそう答え、そのまま立ち去った。
巨漢も続く。
その後姿を、陽介は呆然と、舞奈は憎々しげに見送った。
「……ねえ舞奈」
ボソリと、側の陽介が問いかける。
「今のは敵なの? それとも味方?」
その言葉に、しばらく前に新開発区で、彼に敵と味方の線引きをするよう諭したことを思いだす。
「ま、味方じゃなことだけは確かだ」
舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
陽介は物覚えのいい、優秀な生徒だ。
何より素直で、礼節をわきまえている。
だから生き延びるための知識をぐんぐん吸収するし、なにより彼のために手を貸そうと素直に思うことができる。あの臭くて無礼な男とは真逆だ。だから、
「すまんが、ちょっと付き合ってもらっていいか? 花壇の礼もしたいし」
首をかしげる彼を見やって、そう言った。