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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第9章 そこに『奴』がいた頃
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最強の秘密

「おまたせアル、デザートの杏仁豆腐アルよ」

「お、さんきゅ」

「けっこう豪勢ですね」

 何だかんだで腹がくちくなった舞奈たち、楓たちには杏仁豆腐が振舞われた。

 桃が乗っていたりして、けっこう豪華だ。


「みなさんにはアツアツの火鍋アルよ」

「おおっ! 待ってました!」

 厨房に戻った張は、鍋を諜報部のテーブルに運ぶ。

 こちらは今まさに盛り上がっている最中だ。


「唐辛子の良い匂いがするなあ」

「麻辣スープも白湯スープも美味しいアルよ」

 テーブルの中央のコンロの上に鍋が置かれる。


 太極図を模して仕切られたアツアツの鍋から、辛くて美味しそうな湯気が立ち上る。

 唐辛子をたっぷり使った赤い麻辣スープと、豚骨をコトコト煮込んだ白湯スープのセット鍋だ。

 次いで張は具材が並んだお盆を運ぶ。

 客が好きな具を選び、好きな方の鍋で煮込んで食べるのだ。


「……ったく、美味そうなもん頼みやがって」

「舞奈ちゃんたちにもお裾分けするよ、もちろん閣下たちにもね」

 羨ましそうに見やる舞奈に、少年たちはにこやかに答える。

 なんせ飲食代は経費なのだ。

 余裕もできるというものだ。


「お、そりゃすまない」

 たちまち舞奈は相好を崩す。


「杏仁といっしょに……鍋……?」

 明日香は微妙な顔をする。


「まあ、そういうちぐはぐさも食堂の醍醐味ですよ」

 楓は笑う。

 そして黒ぶち眼鏡の下の瞳を閉じて集中する。


「……彼らがよそってくれた椀を運んでください」

「普段からメジェドにそんなことやらせてるのか」

 舞奈は楓を見やって苦笑する。だが、


「……あ、そこから飛んでくる必要はないです。バーストの世話をお願いします」

「おい」

 メジェドは部屋に待機させていたらしい。

 猫が粗相をするのを防ぐためだろう。

 それに気づかずに指示を出そうとして、返事されて気づいたのだ。

 わりとへっぽこである。


 代わりに紅葉が席を立つ。


「わたしが持ってくるよ。今は半分メジェドみたいなものだしね」

「すいませんねぇ、紅葉ちゃん」

 紅葉は楓の【治癒の言葉(ル・ペケレト)】で治療中だ。

 この魔術は対象の傷をメジェドと同じ擬似器官で補完しながら徐々に正常な器官に置き換わることで完治させる。

 そんな魔術をかけた術者である楓は、


「部屋では有効に活用してるんですよ。いっしょに踏み台昇降運動をしたりとか」

「完全に自立活動する魔神を運動させることに何の意味が……?」

「ほら、コントロールの訓練にもなりますし」

「ま、まあ、楽しそうでなによりだ……」

「……。」

 少し拗ねた様子で杏仁豆腐に取り掛かる。

 明日香と舞奈は顔を見合わせて苦笑する。

 野暮ったい黒ぶち眼鏡の楓が、ただの残念な人に見えた。しかも、


「あ、あれ……?」

 スプーンで桃を切ろうとして難儀していた。

 つるつるして切れないのだ。

 桃には切れやすいように切りこみが入っているのだが、どうやら楓は切りこみじゃないところを切ろうとしているらしい。


 知的な雰囲気のせいで気づきにくいが、楓はたまに奈良坂と似た感じにどんくさい。

 自分の中の奥深い何かを見つめることに比べ、周囲の予期せぬ出来事と折り合いをつけるのが苦手なのだ。

 そんな所は、同じ魔術師(ウィザード)の明日香に少し似ている。

 舞奈とは正反対だ。


「もうちょっと深く切りこみを入れたほうが良かったアルかね……」

 厨房に戻ってきた張が、すまなさそうにひとりごちた。

 その途端、


「ああっ」

 妙な方向に力が入ったか、杏仁豆腐の上を滑って桃が飛んだ。


 桃は綺麗な放物線を描いて宙を舞う。


「……あ」

「「あああ~」」

 紅葉も、諜報部の少年たちも成す術もなく桃を見守る。


 次の瞬間、舞奈の椅子が弾かれるように後ろに跳んだ。


 カウンターを蹴って椅子ごと後ろに跳び出したのだ。

 まるで功夫映画のように、椅子ごと後ろ向きに床を滑る。


 立ち尽くす紅葉の前を、椅子に座った舞奈が駆ける。


 そして椅子の軌道が桃の軌跡と重なり合う。

 舞奈は落ちて来た桃を口でキャッチする。


 ついでに少年から椀を受け取り、テーブルを押して元の席に戻る。

 その間、わずか数秒。


 その後、幸せそうに桃を咀嚼する。


「へへっ、間接キスだ」

「……口つけてませんけどね」

 楓は桃だけ無くなった杏仁豆腐の茶碗を、悲しそうに見つめていた。

 金持ちなんだから桃くらい農園ごと買えそうなものだが、食べようとした桃がいきなり飛んでいったのが気に入らないのだ。


「アイヤー、切りこみが甘かったアルね。失礼したアル」

 張はカウンターから身を乗り出し、包丁を器用に使ってまな板の上の桃を楓の杏仁に載せてくれた。今度は小さくカット済みだ。


「それにしても、舞奈ちゃんはすごいなあ」

 紅葉が素直に感心する。


「うんうん、すごいよなあ」

「流石は我が支部が誇るSランクでゴザルよ」

 少年たちも口々に舞奈をほめる。


「よせやい」

 舞奈は口元に笑みを浮かべる。

 別に彼らに認められたからといって嬉しい訳ではないが、手放しに褒められれば悪い気がしないのも事実だ。


「舞奈ちゃん、それやると床が傷むアルよ……」

 張は眉をハの字に曲げて非難する。

 明日香もやれやれと苦笑する。


 舞奈は口をへの字に曲げる。


「ま、新開発区で暮らしてればこのくらいはできるさ」

 2人への当てつけ代わりに、少年たちを見やってニヤリと笑う。


 そして遠い目をした。


 舞奈がこういうことができるようになったのには理由がある。

 それは意外にも、ごくありきたりな初等部の授業であった。


 舞奈と明日香で泥人間を倒し、陽介が異能力に目覚めて3人で屍虫を倒した後。

 舞奈たちは陽介を旧市街地まで送ってから石を張に届けた。

 その場にあの胸糞悪い依頼主がいなかったのは幸運だった。


 そして翌日は、3人とも普段通りに登校して普段通りに授業を受けていた。


 初等部の舞奈たちのクラスは、今は理科の授業中だ。


「それじゃ、膨らんだ袋を押してみろ」

 サングラスをかけた小太りな担任が指示を出す。

 小4にしては真面目で賢い部類に入る生徒たちは、指示に従って袋を押す。


「ふにふにするな」

「うん、面白いね」

 舞奈と園香も指で袋をつつく。


「抵抗があるだろう? 袋の中に空気が入っているからだ」

「……口を縛っただけで何も入ってないはずだがなあ」

 担任の説明に、舞奈は首をかしげて袋を見やる。

 横で明日香が肩をすくめる。


「だから、空気が入ってるのよ」

「いや、だから何も入れてないって。そもそも空気ってなんだよ? 指さしてみろよ」

 言われて明日香は虚空を指さす。


「……壁か?」

「空気よ、空気。目に見えなくて、触れなくて、でも個体や液体が占めていないあらゆる場所にあるの」

 明日香が得意満々に説明する。

 舞奈は腕組みして考えこむ。


 そしてしばらく考えた後、明日香の耳元に口を寄せ、


呪術師(ウォーロック)が使うっていう、天地に満ちる魔力みたいなものか?」

 自分が知ってる言葉を使って理解しようと尋ねてみる。

 舞奈は明日香と違って学力は年相応でしかない。

 だが仕事人(トラブルシューター)などしているせいで、普通では知りようのない知識がある。


「まあ、そんな感じと言えないこともないけど……」

 対して明日香も眉にしわを寄せて考える。

 年不相応に博識だがやや思考の柔軟さに欠ける彼女は、正確な発言をして正確な理解を促したいのだ。


「だいたい、その呪術師(ウォーロック)の風の呪術は、何を操ってると思ってたのよ?」

「そりゃお前……」

 舞奈は考える。


 明日香のように魔力を生み出し稲妻や炎を創る魔術師(ウィザード)とは違い、魔力を操る呪術師(ウォーロック)攻撃魔法(エヴォケーション)も周囲のものを操って行使する。

 大地を拳に変え、水源を刃と化し、雷も天空から呼びだす。

 それと同じように、風の名を持つ見えざる刃の術がどこにでもある空気を操っているというのなら、なるほど納得できる。


 そうやって舞奈は、普通の小学生とは違う手順で空気の存在を認識した。

 その次の瞬間、


「うわっ、なんだよ」

 明日香が舞奈の首筋に息を吹きかけた。


「ふふ、それも空気よ」

「んなこたぁ、言われなくてもわかるよ」

 首筋をさすりながら明日香を睨んで愚痴る。

 その次の瞬間、


「わたしもマイに空気ー! ふー!」

「あっ、チャビーちゃん」

「おいやめろよチャビー」

 チャビーまで面白がって息を吹きかけてきた。


「ふー! ふー! ふー!」

 何がそんなに楽しいのか、チャビーは舞奈に息を吹きまくる。


「ふー! ふー! ふー! ……あっ」

 舞奈は避けた。


「あー! マイ! 逃げちゃダメー!」

「いや、そんなことを言われてもなあ」

「ふー! もーマイのイジワル!」

 チャビーは子供みたいに頬を膨らませ、


「……でも、なんで後ろ向いてるのに逃げれるの?」

 首をかしげる。

 舞奈は笑う。


 自分の周囲の空間は空気で満ちている。

 それは人やものが動くと押されて動く。


 そのルールさえわかってしまえば、この程度は容易い。

 元ピクシオン随一の優れた感覚を駆使して空気の流れを読み取り、それによって周囲の人やものの動きを読み取ろうとしたら、上手くいった。

 今や、個体や液体が占めていないあらゆる場所が舞奈の目だ。


「隙あり! ふー! ……あっ、もー!」

 意地になったのか再び吹きかけてくる息を、難なくかわす。

 チャビーの動きを空気の流れで完全に把握し、避ける。

 もはや一種のチートだ。


 チャビーは舞奈を追いかけながら何度も息を吹きかける。

 だが何度やっても同じだ。

 非チートはチートに勝てない。


 ふと、チャビーが元気に暴れすぎているのが心配になった。


 すると空気は舞奈にチャビーの心臓の鼓動を伝える。

 それは激しい運動でやや弾んではいたけれど、安定している。

 舞奈は安心して笑う。だが、


「おおい、そこ、真面目に実験をしなさい」

 担任に叱られた。


「はーい。……あ、先生」

「なんだ?」

 舞奈は思いついたことを言ってみた。


「あたし後ろ向くんで、そこから何か投げてもらっていいすか? 黒板消しとか」

「……何を言ってるんだ? おまえは」

 担任は怪訝そうに舞奈を見やる。

 明日香も見やる。

 チャビーは舞奈が何をするのかワクワクしながら見やっている。


「じゃーもうちょっと大きな……椅子とかでもいいっすよ!」

「教師が生徒に椅子なんか投げたら辞めさせられるんだが」

 担任は苦笑する。


「……だいたい、おまえは何をしたいんだ?」

「空気がどんなものか実験するっすよ。飛んで来たら空気の流れでわかるだろ?」

 自信満々の口調で舞奈は答える。


 わからねぇよ。


 クラス中の視線が舞奈に向かう。

 だが担任は、ふむとうなずいた。


「いいだろう。だがものを投げるわけにはいかんから、後ろから肩を叩いてみる。目隠しして避けてみろ」

「それはチャビーとさっきやったけど……じゃ、素早く叩いてください」

 舞奈も担任を見やって笑う。


 そして担任と舞奈は教卓をずらしてその前に立つ。

 舞奈はハンカチで目隠しする。

 そして『実験』が始まった。


「これから目隠しをした志門の肩を後ろから叩く。すると手の動きで空気が動いて、それが合図になって志門が避ける……らしい」

 そう言って、固唾をのんで見守る生徒たちの前で、担任はゆっくり舞奈に近づく。

 その動きがすでに、舞奈にはお見通しだ。


 担任の大きな身体が舞奈の背後に動く。

 小太りな担任は見た目より筋肉質で、思ったより体幹が安定していた。


 そんな彼の手が周囲の空気を押しのけながら、舞奈に向かってのばされる。

 その様子を、舞奈は見ているように認識していた。


 余裕をもって避けても面白くないので、触れる直前で避ける。

 生徒たちがどよめいた。

 触ろうとした担任までもが驚くのが気配でわかる。


「そんなの偶然だろー?」

 男子が言った。


 だが何度手をのばしても、そのすべてを舞奈は避けた。


「わたしのときと同じだ! どうやってるのー?」

 チャビーが驚く。


 担任は肩じゃないところを触ろうと試みた。

 こっそり舞奈の横や前に回って手をのばした。


 それでも舞奈は避けてみせた。

 担任の動きに合わせて後ろを向いて、ギャラリーを笑わせたりもしてみた。


「端から見えてるんじゃねーの?」

「こっそり打ち合わせてるんじゃねーの?」

 意地になったのか男子が口々に言い始める。


 だから、空気を読んでるんだってば。

 逆に打ち合わせだけでここまで動くほうが無理だよ。明日香じゃないんだ。


 いろいろツッコみたかった舞奈だが、口を開いたのは担任だった。


「いいだろう。では、見えていたり知っていても避けられない速さで触ってみよう」

 生徒が嘘つき呼ばわりされるのが気に入らないのだ。

 他者の名誉のために動けるその様は、舞奈が出会ったあの少年を彷彿させる。


「それは見えていない証明にはならないんじゃ……」

 明日香の小声のツッコミは無視し、担任は上着を脱いで教卓に乗せた。

 ゆっくりと構え、呼吸を整える。


 意図のこもった、規則正しい呼吸。

 武道の呼吸だ。

 何人かの執行人(エージェント)が使うのを見たことがある。


 呼吸に合わせて、小太りな身体の温度が上がる。

 空気は人やものの動きだけではなく、熱をも伝えてくれる。


 その次の瞬間、掌打。

 一撃目は勘だけで避ける。

 だが素早い攻撃を空気がどうやって伝えるのかがわかった。


 だから次はぎりぎりで避けてみた。

 女子の何人かが息を飲む。


 右に、左に、担任は次々と掌を繰り出す。

 舞奈はそのすべてを避ける。


 空気の流れによって、ふと舞奈は気づいた。

 担任の頭髪は、なんと頭皮とは独立していた!

 教師としては若手の部類に入る彼はヅラだったのだ。


 だからヅラをずらさないために、頭部をまっすぐに保とうとしていた。


 舞奈は彼の動作を真似てみた。

 すると、なかなか良い感じだった。

 頭が揺れないから、走りながら狙って撃つこともできそうだ。

 それに、激しく動きながら周囲の状況を的確に把握できるようになった。


 だから空気の流れで筋肉の動きすら読み取れた。

 それによって、担任が寸止めしていることがわかった。


「先生、本気でやっていいっすよ」

「……そうか」

 下手をすると問題になりかねない舞奈の要求に、担任が素直に応じたのは何をしても舞奈なら避けると信頼することができたからだ。

 裏の世界で最強の実力を認めさせるように、舞奈は教室でも信頼を得た。


 だから次の刹那、担任の攻めは鋭さを増す。


 無音の気合いとともに放たれる手刀、拳。

 それらすべてを舞奈はかわす。


 フェイントに次いで放たれた足払いを跳んで避ける。


 殺陣のようなやりとりに、教室は静まり返る。


 その最中、背後から突き出された拳をふり返りながら腕で受けた。

 担任は驚く。


「先生! 服着てくれ!」

 そして教室を見渡しながら、


「おまえらも教科書開くんだ、早く!」

 次いで舞奈もチョークを手に取った直後、ドアが乱暴に開かれた。


「授業中に、何の騒ぎザマスか!」

 年配の女教師が、怒り狂った様子で立っていた。

 そして教室を見渡す。


 だが担任は普段と同じ様子で板書し、生徒たちは普通に教科書を開き、舞奈もチョークを持って黒板の問題を解こうと立っていた。


「声が大きかったですか? 気をつけます」

 担任は何事もなかったように慇懃に答える。


 女教師は毒気を抜かれて去って行った。


 そしてハイヒールの足音がすっかり聞こえなくなった後、


「今のも空気の流れを読んだの? マイってば、すごい!」

「いや、今のは足音がこっちに向かってきたから」

 チャビーの問いに苦笑しつつ答える。


「ついでに教えておくと、音というのは空気が振動することで伝わるんだ」

 担任が言ったので、クラスがどっと笑いに包まれた。


 それは、それまではAランク相当の普通の猛者だった舞奈が、Sランクの実力を身に着けた瞬間であった。


 余談だが、その後しばらく、クラスで友人を後ろから小突く遊びが流行った。


 無論、舞奈以外にそれを避けられる生徒なんていなかった。


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