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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第9章 そこに『奴』がいた頃
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追憶

「――ネコポチちゃんは何故あんなに警戒するのかしら。ちょっと撫でるだけなのに」

「いや、何故ってお前……」

 夕日に照らされた讃原さんばら町の小道を、舞奈と明日香が並んで歩く。


「じゃあおまえは、マンティコアやミノタウロスと接近戦したいって思うか?」

「何でそこで魔獣が出てくるのよ?」

「先方からはそう見えるんだよ」

「貴女に言われなくても、ネコポチちゃんが子猫なのはわかってるわよ」

 舞奈に言われ、普段はクールな明日香が珍しく凹む。


 最近の明日香は、算数を教える名目でチャビーの家に遊びに行くことが多い。

 目当ては子猫のネコポチだ。

 でもって、たびたび園香も手作りのおやつを持って遊びに来るから、それを目当てに舞奈もつき合う。


 チャビーは算数の公式は覚えないくせに、ネコポチを引き合いに出せば勉強をせずに済むことは覚えてしまった。

 なので結局みんなで子猫と遊ぶことになる。

 明日香の目下の悩みは、ネコポチがあんまり懐かないことだ。


 まあ、実のところ、子猫は別に明日香を嫌っている様子ではない。

 むしろ、なでなでを避けられ露骨に凹む様を見て楽しんでいる。

 それが証拠に、チャビーの視界外で明日香にだけ見えるように異能力を使って浮遊したりありえない場所に登ったりして、はらはらする様子を見ていたりする。

 まるで人間の幼児みたいだ。


「……別のアプローチを考えた方がいいのかしら。重力綱引きとか」

「……構わんが、チャビーにバレないようにしろよ」

 明日香が明後日の方向に考え始めたのでツッコむ。

 だが生真面目で四角い性格の明日香がそんなことを考えるようになるのだから、猫というのは侮れない生き物だと思う。


 そんなことを考えていた舞奈は、不意に顔をしかめた。


 何処からか異臭がする。

 糞尿が焦げるような悪臭は、近くの路地から漂って来るようだ。


 舞奈は嫌そうに臭いの源を睨む。

 路地からは複数の気配。

 かすかに聞こえる物騒な物音。


「やれやれ、ここんところ平和だと思ってたら」

 路地裏で何が起きているのか知らないが、それが荒事ならば舞奈の出番だ。

 そう思ってポキポキと指を鳴らした途端……


「お、舞奈ちゃんに明日香ちゃんじゃないか。こんにちは」

「これは奇遇ですな」

 路地から野暮ったい少年たちが出てきた。

 太かったり細すぎたりと特徴的な体型なのに、何故か注視に値しないと感じさせる。

 諜報部の執行人(エージェント)たちだ。


 その中の大柄なひとりが背負っているのは、市指定のゴミ袋。

 半透明の袋の中で蠢いているのは、くわえ煙草の脂虫。


 路地で悪臭を放っていた脂虫は、舞奈より一足早く彼らが脂袋にしていたらしい。

 彼らもずいぶん要領が良くなった。

 舞奈は口元に笑みを浮かべる。


「これから支部か?」

「そうだよ。これで今週のノルマが終わりなんだ」

「おつかれさん。気をつけ持ってけよ」

「「はーい」」

 無駄に元気よく去って行く少年たちを、手を振って見送る。


 そして学ランの背中が見えなくなった後、舞奈は路地を覗きこんだ。


「何やってるのよ?」

「……別に。あいつらが落し物してないか見てやってるんだ」

 言いつつ口元に乾いた笑みを浮かべる。

 そのまま、しばらく路地を見ていた。


 それを見やって、明日香はやれやれと肩をすくめる。


「落し物をしてるのは誰なんだか」

 苦笑する。

「そういえば、もう1年前になるのね……」

 ひとりごちる。


 2人が小学4年生だった頃。


 明日香の手数が今よりずっと少なかった頃。


 舞奈がまだAランクだった頃。


 この路地で、2人は『奴』に出会った。


 あの時も、2人はこうして夕方の路地を歩いていた。


「張が占いで『見た』ってのは、このあたりなんだろうな?」

「らしいわね」

 舞奈の問いに、明日香は面白くもなさそうに答える。


 当時も今と変わらず、2人は怪異を狩りながら日々を暮らしていた。

 今回の依頼人は張。

 相手は人里に出現するという風変わりな怪異だ。


「この付近で、1匹の脂虫が屍虫に『変わる』。屍虫がどういうものか、張さんの説明をちゃんと聞いてた?」

「……聞いてたよ。脂虫が変化する化け物だろ?」

 人ではないが人に似た怪異を狩る予定を、平然と語る。

 脂虫が殺されるための存在だということを熟知しているからだ。

 まだ最強でこそないものの、この頃から2人は腕利きの仕事人(トラブルシューター)だった。


「でもって、見境なく人間を襲う危険な相手っつってたっけな」

「ええ。加えて身体能力も大幅に上昇するわ」

「あたしほどじゃないけどな」

「だと良いわね。……あ」

 明日香の様子に前を見やる。


 反対側からひとりの少年が歩いてきた。

 とりたてて特徴のない少年だ。

 舞奈と同じ蔵乃巣(くらのす)学園の、だが中等部指定の学ランを着ている。先輩だ。

 両手には学生鞄とスーパーのビニール袋。

 このあたりには民家しかないせいか、通りを歩いているのは舞奈たちと彼だけだ。


 明日香が会釈すると、先方も釣られてどうもと頭を下げる。

 わりと気の良い少年だ。

 なので舞奈もぺこりと頭を下げて、両者は特に何をするでもなくすれ違った。

 彼の視線が気づかわしげに見えたのは気のせいだろうか?


 そして少年の足音が聞こえなくなってから、


「見られてたわよ」

 明日香がぼそりと言った。

 気のせいではなかったようだ。


 明日香は舞奈の胸の名札を指さす。

 防犯のため登下校時には外すよう指導されているのだが、すっかり忘れていた。


「時間も遅いし、小4が街中をうろうろしてると怪しまれるのよ」

「へいへい」

 というより心配されていたのだろうと思う。

 小学生が不審者に狙われるかもしれないと危惧されていたのだろう。

 実際は逆なのだが。


 まあ、どちらにせよ面倒なことはあるよりないほうがいい。

 なので名札を外してジャケットのポケットにねじこむ。


「大人の女性に見えるかな?」

「はいはい」

「ちぇっ」

 生返事を返す明日香にむくれてみせる。


「で、その屍虫とやらは何処に出るんだよ?」

「聞いてないじゃないの。占術の結果からは、この通りとしかわからなかったわ」

「役にたたねぇ占いだな」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。


「屍虫は脂虫が変化するんだから、脂虫を探して見張ればいいはずよ」

「脂虫もいなかったがなあ。さっきの兄ちゃんは顔つきからして普通の人間だし」

 人間がヤニを摂取し続けて変化した脂虫は、顔つきが歪むので見ただけでわかる。

 何より凄まじい悪臭を放つ。


「ま、実際に脂虫なんかいればわかるさ。あたしは鼻の良さには自信があるんだ」

「はいはい。突き当りまで行ったら戻ってみましょう」

「……行ったり来たりうろうろする羽目にならなきゃいいけどな」

 軽口をたたき合いつつ、2人は脂虫を探して通りを歩く。


 ……突き当りに来てしまったので、めんどくさそうにしながら来た道を戻る。


 そして2人してだらだらと歩く。

 その途中、舞奈は不意に顔をしかめた。


「……この近くにいるな」

 何処からか異臭がする。

 糞尿が焦げるような悪臭は、どうやら近くの路地から漂って来るようだ。

 目星をつけて耳を澄ます。

 微かに聞こえる物騒な物音、獣のような叫び。


「こっちだ」

 普段ならば避けて通る悪臭の源めがけて走る。


 そして細い路地のひとつで、2人は目標を見つけた。


「いたいた脂虫……いや屍虫か。相変わらず臭いな。まるで焦げた糞だ」

「とか言いながら通り過ぎてたじゃないの。誰の鼻がいいんですって?」

「でも、ちゃんと気がついて引き返したろ?」

 軽口を叩き合いつつ、獲物を見やる。


 薄汚いドブネズミ色の背広を着た脂虫だ。


 そいつは学ランの少年に馬乗りになっていた。

 先ほどすれ違った少年だ。

 舞奈たちが見逃しかけた屍虫に、運悪く襲われてしまったようだ。


 目撃者に気を取られたか、少年に覆いかぶさる男の手がゆるむ。

 その隙をついて、


「に……逃げろ、君たち!」

 少年は叫んだ。


 舞奈と明日香は一瞬、面喰う。

 そして笑った。


 かたやAランクの仕事人(トラブルシューター)が2人。

 かたや怪異に襲われて絶体絶命な少年。


 危険なのは、逃げなければいけないのはどちらなのかは明白だ。

 お人よしにもほどがある。

 ひょっとしたら馬鹿なのかとすら思える。だが、


「――そういう痩せ我慢、キライじゃないよ」

 舞奈は口元に笑みを浮かべながら、数メートルの距離を一瞬で詰める。


 次の瞬間、怪異はブロック塀に叩きつけられていた。


 少年の目が驚愕に見開かれる。

 高校生の力でもビクともしなかった男を、小学生が蹴り飛ばしたのに驚いたか?

 その隙に明日香は少年を見やり、


「そこの貴方、今のうちに安全なところへ――」

「――逃げる必要なんてないよ」

 明日香の言葉を遮る。


「ここはすぐに安全になる。それに、晩飯をばら撒きっぱなしってのも気の毒だろ?」

 不敵な笑みを浮かべたまま、言い放つ。


 路地の端で、少年が提げていたと思しきスーパーの袋が中身をぶちまけていた。

 そのうちひとつは子供に人気な甘口カレーだ。

 男子高生が好んで食べる物じゃない。

 お人よしの彼が、幼い弟か妹のために買ったのだろうと思った。


 だから、兄妹想いの兄の為に、少しばかり格好をつけてみたくなった。

 舞奈が幼い頃に慕っていた、そして失ったヒーローのように。


 そんな舞奈の背後に、ヤニで歪んだ顔を怒りでさらに歪めた屍虫が迫る。

 その指の先には、いつの間にかナイフほどの長さのカギ爪が生えていた。


「何だ……あれ……!?」

 少年は驚愕する。

 無理もない。

 少年が見ている人間に似たそれは、明確に人間であることを逸脱していた。


 屍虫は鋭いカギ爪を、舞奈の背中めがけて振り上げる。

 異形の凶刃が、星明かりを浴びてギラリと光る。


「き、君、後ろ!」

「わかってるって」

 だが背後から迫る凶刃を、舞奈は重心をずらして難なく避ける。

 気配でわかる。


 渾身の斬撃を避けられた屍虫はたたらを踏む。

 その背後に回りこみ、尻に鋭い蹴りを見舞う。


 その様子を、少年は驚愕の表情を浮かべて見やる。


 だが明日香は退屈でしびれを切らしたように、


「屍虫まで進行したら、もう人間じゃないって聞いたでしょ? なに遊んでるのよ」

「もうもなにも、脂虫の時点で人間じゃないだろ」

 明日香の文句と、屍虫の殺意と、矢継ぎ早に繰り出される斬撃をのらりくらりと避けながら、それでも舞奈は笑う。


「そうじゃなくて、金欠だから雑魚を相手に弾薬タマ使いたくないんだ。今回は頼む」

「別に蜂の巣にしなくても死ぬわよ」

「1発だって大出費だ。40口径って結構、高いんだぞ」

「はいはい」

 明日香はやれやれと肩をすくめる。


 この頃から舞奈の銃は拳銃(ジェリコ941)だった。

 だが銃身(バレル)を交換して使っているのは40口径の中口径弾(40S&W)だ。

 それよりひとまわり強力な大口径弾(45ACP)の反動は当時の舞奈には重すぎたし、そこまでの威力が必要だとも思わなかった。

 当時の舞奈の役目は足止めで、敵を倒すのは攻撃魔法(エヴォケーション)を使える明日香の役目だった。


 そんな明日香は帝釈天(インドラ)の咒を唱えて印を組む。

 屍虫に向かって掌をかざし、「魔弾(ウルズ)」と叫ぶ。


 途端、掌から放電する光の奔流が放たれた。

 まばゆい閃光。

 とどろく雷鳴。

 オゾンの匂いがヤニの異臭を駆逐する。


 即ち【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。

 明日香が修めた戦闘魔術(カンプフ・マギー)の、最も初歩的な攻撃魔法(エヴォケーション)


 稲妻の束は屍虫の胴を飲みこんで裏路地を駆け、小道の向かいの垣根までのびる。

 屍虫は四肢を残して消し炭になって路面に散らばる。


 少年は恐れおののく。

 先ほどまで怪異がいた場所には、半ば炭化した手足が散らばっていた。

 だが舞奈はそんなことより、稲妻に焼かれたレンガの垣根を見やる。


「あーあ、壁がススだらけじゃないか。おまえのそれ、加減とかできないのか?」

「やれって言ったのはそっちじゃない」

「やり過ぎだっつてんだよ」

 軽口を叩きあう。


「お……終わったのか……?」

 少年は常識を逸した攻防におののきながら、それでもほっとした様子で問いかける。


「あんたにとってはな」

 舞奈は少年を見やり、こんなの普通だと言わんばかりに笑う。


「あたしたちは後始末をして金を受け取るまでが仕事さ」

「ちょっと、喋りすぎ!」

 明日香は睨む。


「それに終わってないわよ。一般人に怪異を見られたんだから諜報部に報告しなきゃ」

「ああ、兄ちゃんの記憶を消すのか」

 言いつつ、へたりこんだままの少年を見やる。


「……っと、こっちもヒドイな。グチャグチャだ」

 腰を抜かした彼に代わって裏路地に散らばった食材を拾い集めつつ、顔をしかめる。


「ま、この時間なら、急いで戻ればスーパーが閉まる前に買いなおせるはずだ」

 薄汚れた財布から札束を雑につかんで差し出す。

 少年は思わず受け取る。


「このお金、君の……?」

 少年の問いを聞かなかったことにして、舞奈は財布を捨てて明日香を見やる。

 例え最強ではなくとも、あの程度の相手から戦闘中に財布を掏るくらいは簡単だ。

 それにこれは、怪異と化して逝った男にはもう必要ないものだ。


「このまま帰すつもり!? そんなこと、あなたが勝手に決めていいわけ――」

 ないでしょ! という明日香の台詞を遮って、


「――もちろんあたしひとりで決めたりしないさ。……内緒にできるよな?」

「あ、ああ……」

 不意に問われて少年はうなずく。


「でも、どうして……?」

「諜報部のアレ、時間がかかるんだよ。スーパーが閉まっちまう」

 舞奈は笑う。


「あんた、妹か弟がいるだろう? その甘口カレー、昔はあたしも好きだったんだ」

 その台詞で、少年は何となく納得したらしい。

 明日香も観念してくれたようで、やれやれと肩をすくめる。


「じゃ、後も魔法でパパッと頼むよ。さっきみたいさ」

「まったく、自分の弾薬タマはケチるクセに、他人の魔法はタダみたいに」

「え? 魔法って……魔法!?」

「実際タダだろ? それに、ほら、使わないと腕だって鈍るぞ」

 再び少年の問いを聞き流しながら舞奈は笑う。

「タダでできるようになるために、お金と時間を費やしたのよ」

 明日香は愚痴る。


 そして今度は不動明王(アチャラ・ナータ)の咒を唱えて「対人(マンナズ)」と締める。

 すると屍虫の破片がゆっくりと燃え上がり、やがて完全に焼き尽くされて消滅する。

 脂虫を爆破させる【火葬(アインエッシュルング)】の魔術は、このように慎重に使えば脂虫の死骸を始末するのにも使える。屍虫にも有効なようだ。


 その様子を、少年は呆けたように見やっていた。


 そんな彼に、舞奈は何事もなかったかのように笑いかける。


「それじゃ、あんたも気をつけて帰りなよ」

「申しわけないですけど、この事は他言無用でお願いします」

 言い残して、2人は少年に背を向ける。


「ま、待ってくれ……!!」

 制止の言葉に振り返る。


「あ、ありがとう! その、君たちはいったい……?」

 その問いに、2人は顔を見合わせる。

 そして舞奈は少年を見やり、口元に笑みを浮かべて、言った。


「ヒーローだよ」


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