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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第8章 魔獣襲来
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ネコポチ

「……もうちょっとマシな名前はなかったのか?」

 頑張って考えたという子猫の名前を聞いて、舞奈は思わず苦笑する。だが、


「うん! ずっと考えて、この名前が一番良いって思ったんだ!」

 無邪気なチャビーはニッコリ笑う。

「みゃー」

 腕の中の子猫も嬉しそうに鳴いた。

「……まあ、おまえが気に入ってるんなら文句はないがな」

 言いつつ微笑む舞奈の前で、子猫はチャビーの腕に頬ずりする。


 新開発区でマンティコアを倒してすぐ、舞奈は後始末を仲間に任せ、明日香の式神で旧市街地に戻ってきた。


 そしてチャビーの家に向かっていたところ、ばったり本人に出くわした。

 学校で寝ていたら子猫が戻ってくる夢を見たので、急いで帰ってきたらしい。

 なんとも幼い彼女らしい話だ。


「そいつさ、母ちゃんを探してたんだ」

 ぽつり、とこぼす。


「ママを……?」

「ああ。いなくなった母ちゃんを探して、でも母ちゃんはバイクに轢かれてて、それでもそいつは母ちゃんを探してたんだ」

「そうだったんだ……」

 嘘ではないが正直でもなく顛末を伝える。

 対してチャビーは子猫が辿ってきた運命を、子猫の気持ちを、自分なりに理解しようとしたのかもしれない。子猫の頭をやさしくなでて、


「それじゃ、わたしがおまえのママになるね」

 微笑みながら、言った。

 そんな彼女を見て、舞奈も笑う。


 チャビーはかつて、守ってくれていた兄を失った。

 そんな彼女が、今は小さな子猫の母親代わりになろうとしている。

 まるで美佳と一樹を失った舞奈が、仲間たちを守る盾となっているように。


「それにね、ネコポチ。おまえはうちの子になるんだよ」

「そっか。親御さん、家で猫飼うの許してくれたんだな」

「うん!」

 答えるはなから、当の両親もやって来た。

 2人はチャビーと話し、舞奈に礼を言い、深々と頭を下げた。


 そしてチャビーをまん中にして、3人は舞奈に背を向けて去って行った。


 1年前、あの家族が4人だったことを舞奈は知っている。

 チャビーの兄という喪失を乗り越えた家族は、今、3人と1匹になった。


 両親はしっかり前を向いて歩いている。

 小さなチャビーが母親を見上げて何やら話しかける。

 舞奈はそれを、眩しそうに見送る。


 だが次の瞬間、チャビーの頭の上に子猫が跳び乗った。

 両サイドのツインドリルも不自然に揺れた。


「……!?」

 舞奈は目を丸くした。

 子猫の背に、小さいが見まちがえようのない黒い何かが見えた。


「おい、まさか……」

 魔獣になっていた子猫は、どうやら重力の扱い方を覚えてしまったらしい。

 賢い猫だとは思っていたが、これは舞奈も予想外だ。

 そんな動揺などお構いなしに、子猫は舞奈を無邪気に見やる。


 しゅ、ひ、ぎ、む。


 大事なことを口の形で伝える舞奈に、猫は無邪気に「みゃー」と鳴く。


「あれ? ネコポチ、いつのまにのぼったの?」

 チャビーが頭の上から猫を抱き下ろす。


(おいおい、大丈夫なのか……?)

 舞奈はやれやれと肩をすくめた。


 同じ頃、【機関】支部の執務室。


「ふふ、早速、契約の履行に取り掛かっているようだな」

「は、はい……」

 執務机から顔を上げて声をかけたフィクサーの側、来客用のソファに、黒ぶち眼鏡のちっちゃな女子高生が腰かけて猫を撫でていた。

 応接机の上には皿に盛られた生イワシ。割と磯臭い。


「君も少し疲れたのではないかね? しばらくなら交代する時間がとれるが」

「い、いえ、大丈夫です……」

「そうか」

 おずおずと答えた眼鏡に笑いかけ、フィクサーは事務作業を続ける。


「それより作戦への協力に感謝する。君は展開中の結界に、使い魔を媒介して協力者の映像を投影してマンティコアの説得に協力してくれた。並の術者には不可能な芸当だ」

「い、いえ、『表向きには』わたしは何も……」

「ああ、そうだったな」

 個人で核攻撃が可能な大魔道士(アークメイジ)による施術は、上層部を過度に警戒させる。

 だが報告に値しないとされる些細な術を組み合わせることによって、作戦を穏便に支援することはできる。


「それに、この子たちは使い魔じゃ……」

「ああ、協力者だったな。君が交わしたという契約通り、ウサギの方は1ヶ月間、サービスと餌の質を上げてもらえるよう学園に要請しておいた」

「は、はい。ありがとうございます……」

「なに、礼は無用だ。猫の方はイワシの供給と術者本人によるグルーミングだったか」

 猫は眼鏡の膝の上で尻尾を揺らし、喉を鳴らしてくつろいでいる。

 度々この執務室を訪れるサバトラのマンチカンだ。


「君さえ構わなければ、少しの間なら交代ができるが……?」

「いえ、その、化粧品の……化学薬品の匂いを嫌がるので……」

「そうか……」

 すまなさそうに言った眼鏡に答え、フィクサーは仕事に戻った。

 覇気を削がれた表情は、少し明日香に似ていた。


 それからしばらくは平和な日々が続いた。


 今回も何だかんだで脂虫がたくさん死んだので、諜報部は後始末で大忙しだ。

 舞奈がたまに支部を訪れても、サチと話す時間はとれない。


 だが忙しいとは言うものの魔道士(メイジ)が事務で残業することはないらしい。

 それにサチの屋敷は園香やチャビーの家の目と鼻の先だ。


 なので舞奈はたびたび茶菓子を食いに九杖邸を訪れ、平穏な日常を謳歌した。


「――で、ここを押すと排除日時の順番に並べ変わるわ」

「テックちゃんすごい! 魔法みたいだわ!」

「だからサチさんがそれを言ったら……。っていうか、そのデータは他所に持ち出して大丈夫な代物なのか?」

 サチは最近、テックにパソコンの使い方を教わっている。

 小夜子が事務処理を手伝っているのを見て、自分もやりたくなったらしい。

 小夜子をビックリさせるんだと息巻いている。


「みゃー子ちゃーん! 池の鯉を捕ったらダメよー!」

「ニャー!」

 みゃー子は相変わらず普段通りだ。

 今日なんか気づくと舞奈たちと一緒にサチの家に来ていた。


 最近は猫の真似をすると構ってもらえることに気づいたらしい。

 主に明日香のせいで。


「対処済み、対処済み、対処済み……っと」

「一度にぜんぶ書き替える方法もあるわ」

「えっ!? ほんと!?」

 テックのパソコン教室は意外にも順調に行っているようだ。


「ええ、変えたいセルを選択して置換するの」

「えっ!? その、テックちゃんがどうしてもって言うんなら……」

 言いつつサチは手をわきわきと動かして、テックの尻のあたりに持っていく。


「……こりゃ、小夜子さんもビックリだ」

 前言撤回。

 舞奈はやれやれと肩をすくめた。


 あるいはホームルーム前の教室で、


「――でね、フリスビーはミケの餌入れに入っちゃったのー」

「猫の食事になんてことを……」

「そもそも猫にフリスビーを捕らせようとするな」

 明日香と舞奈が桜の妄言に辟易していると、


「ねぇ、ねぇ、猫ちゃんのお話をしているの?」

 チャビーが元気いっぱいにやって来た。


「ネコポチも毎日ご飯をいっぱい食べてるよ。チーかまだけだと栄養がかたよるからって、ママが猫のご飯を買って来てくれたの」

 そう言って携帯を見せる。

 画面に映っているのは茶トラの子猫の写真だ。


「あら、ネコポチちゃんは相変わらず可愛いわね」

「桜も携帯ほしいなー。そしたら写真をいっぱい撮って桜の可愛さを自慢できるのに」

「いえ、郷田さん本人ではなく猫の可愛さを……」

 明日香が疲れた声で言って、舞奈は苦笑する。


 チャビーは猫を飼い始めた人間の例に漏れず、携帯のメモリーいっぱいにネコポチの写真を撮って、ことあるごとに見せてくる。

 正直なところ、若干ウザい。


 だが楽しげなチャビーの表情には、もはや一片の憂いもなかった。

 明日香は猫の写真に大喜びしていた。


 あるいは高級マンションの上層階で、


「おまえはすっかり治ったようだね。けど今度はわたしが治療中だ」

 紅葉はバーストを抱き上げる。

 若い灰色の猫は飼い主を見やって「ナァー」と鳴く。


 紅葉はミノタウロスとの戦闘で重傷を負い、楓の【治癒の言葉(ル・ペケレト)】で治療された。

 この魔術は損傷した肉体を式神で代用するという豪快なものだ。

 なので代用部位が代謝により正常な肉体に置き換わるまでは魔法消去の対象になる。

 別に日常生活で魔法消去されることはないのだが、念には念をということで休日は部屋に缶詰だ。これも自分の失態が招いたことだと甘んじてはいるのだが。


 紅葉は部屋の一角を見やる。

 先日までそこを占めていたキャンパスは、コンテストに出展されたのでもうない。

 楓の言葉ではないが、あの美しい少女の絵がなくなってしまうと、心なしか部屋の空気すら精彩を欠いたような気がする。

 まあ、実際はバーストを飼うにあたってアロマを焚くのを止めたからだろう。


 その代わりに……


「姉さん、気持ちは嬉しいんだけど……」

 キャンバスのあった場所には、踏み台昇降運動に使うステップ台が佇んでいた。

 部屋の中でもスポーツができるようにと楓が購入したものだ。


 だが紅葉のしたいスポーツはそういうのじゃない。

 そもそも踏み台昇降運動はスポーツなのだろうか?


 やれやれと苦笑した紅葉の手からバーストが抜け出る。

 そしてステップ台に跳び乗って「ナァー」と鳴く。


「おまえには嬉しいアイテムかもね」

 ふふっと笑い、だが紅葉は不意に顔をしかめた。


 式神による代替臓器は代謝を利用して排出されるので、治療が終わるまではお通じがなくなる。厳密には出た瞬間に消える。

 別に無ければ無いで問題もないのだが、無いと調子が悪いのも事実だ。

 これが治療が終わるまで続くのだと思うと、少しばかり気が滅入る。


 そんなことを考えていると、バーストは台から跳び下りて部屋の隅に走っていった。


「バースト? 何か見つけたのかな?」

 言ってから、紅葉は気づいた。


 この部屋に猫の砂場はない。

 この部屋に来たとき、バーストは【治癒の言葉(ル・ペケレト)】による治療中だったからだ。

 だが、魔術による治療は既に完了している。


 嫌な予感に苛まれながらバーストを追う。

 そしてタンスの陰でバーストを見つけ、


 絶叫。


 所変わって安倍邸の地下にある一室。


 天井から鎖で鎖で吊られた脂虫が叫ぶ。

 その全身はミンチ状に細かく切り裂かれ、オレンジ色の火の色に輝いていた。


 夜壁が準備していた『作品』が、遂に完成したのだ。

 なので皆を呼んで火を入れて鑑賞していた。


「こうして見てると楽しいわね」

 常日頃から不機嫌そうな小夜子は、焼ける脂虫を見て笑う。

 この脂虫は、もともと小夜子が夜壁に贈ったものだ。

 その末路をこのような形で鑑賞するのに彼女なりの感慨があるのだろう。


「なんて素晴らしい光景でしょう! 芸術的です、執事さん、明日香さん」

 アーティストの楓も、感極まった声で感想を述べた。

 この脂虫は、楓たち姉妹が弟の仇かと思って狙っていた相手でもある。


 明日香が慎重に行使した【火葬(アインエッシュルング)】が、邪悪な脂虫を内側から燃やす。

 数週間に及ぶ『加工』によって苦痛を与えられ続け理性も感情も枯れ果てたと思われていた脂虫が、内側から身体を焼く激痛と恐怖に叫ぶ。


 無論、これが人間であるならば、許されざる行為である。

 だが相手は脂虫だ。殺されるための存在だ。

 そのために彼らは悪臭を振りまき、横柄に振る舞い、相手が自分を殺す心理的ハードルを下げている。


 夜壁は作品への惜しみない賛辞に、満足げにうなずく。


「そうですか。それはよかったですね……」

 明日香は無表情に答えた。

「離すのじゃ小娘! 離してくれ頼む……」

 道連れとばかりに明日香にがっちりホールドされた少女が、半泣きで言った。


 そんな風に、少女たちは平和な日常を謳歌していた。


 そんなある日、園香の元に一通の手紙が届いた。


 差出人の名前は書かれていなかった。

 だがスタイリッシュで気取った感じの装飾と筆跡で、すぐに楓からだとわかった。


 中身は市内の美術館の入場券だった。

 そこでコンクールの入賞作品が展示されるらしい。


 家族で来館できるようにかチケットは3枚。

 合せて近くの高級レストランの食事券。


 思わず微笑む。


 園香は以前に楓の絵のモデルをして、モデル料をくれるというのを断った。

 だから、その代わりという訳だろう。

 麗しい高等部の先輩は、礼をするのもスタイリッシュだ。


 両親に話したら、父親がレストランの予約を取ってくれた。


 そして週末に、家族そろって美術館にやって来た。


 入賞作品の展示は、すぐに見つかった。


 金賞のタイトルは『かわいそうな犬』。

 フリスビーに餌を御釈迦にされた犬が、大胆な構図で描かれている。


 餌入れに豪快に突き刺さったフリスビー。

 無残にぶちまけられたカリカリ。

 鮮やかに写実的に描かれたそれらが、犬が失ったものの重要さを訴えかける。


 あ、すまん手が滑ったくらいの感じで笑う飼い主は淡いタッチで描かれていて、犬にとって餌を失った事実に比べればどうでもいい感じがひしひしと感じられる。


 妙に人間じみた犬の表情もまた、見る者の哀れみを誘う。

 犬の造形が資料だけ見て描いたようにどことなく不自然で、仕草もどことなく猫っぽく見える気もするが、そんなことは気にならないくらい犬の気持ちが伝わってくる。

 悲哀を通り越して諦観すら滲ませて餌の残骸を見やる表情から、餌を心待ちにしていた気持ち、それを一瞬で失った喪失感、この犬の飼い主はいつもこんななんだなあという額縁の向う側の現実が胸に突き刺さる。

 ただの絵なのに、すごい! と素直に思った。


 そして、ふと、その表情をどこかで見たことがあると思った。


 作者の名前を見て納得した。


 奈良坂である。


 自分を何度も救ってくれた善良だが迂闊な彼女は、チャビーや舞奈のように大事なものを失った訳ではないのだろう。

 だが、いつも些細なミスで小さな幸せを逃していた気がする。

 この前も暴徒を止めようとしてぶん殴られ、眼鏡を壊されてた。

 そんな彼女の魂の叫びが、この作品にこめられているように思えた。


 金賞なのに微妙にスルーされ気味なのもかわいそうな犬の絵であった。

 その理由は隣の作品だ。


 園香は、人だかりのできたその絵を見やる。


 銀賞に選ばれたという絵のタイトルは『素顔のイシス』。

 豪華なソファに腰かけて微笑む少女の絵だ。


 絵の中の少女は薄布をまとい、猫を抱いて微笑んでいる。


 少女は古代エジプト風の装飾品を身に着けている。

 周囲にも黄金色に輝く調度品や財宝が配されている。

 だが丹念に描かれ、贅を尽くされた目もくらむばかりの装飾や財宝は、少女の美しさを引き立たせる対比物でしかなかった。


 黄金色の首飾りより、宝石をちりばめられたティアラより、一枚の白い薄布をまとった少女の曲線が美しい。


 淑やかに、なのにどこか誘うように艶めかしい少女の微笑みに、はっとする。

 愛情をこめて猫を抱く白い手に見惚れる。

 心地よさげにまどろむ猫の表情が、少女に目を奪われ惹かれる鑑賞者の気持ちを代弁しているようだ。


 作者は匿名とされている。

 けど、すぐに、それは楓の絵だと気づいた。


 園香の両親も、絵のモデルが園香だと気づいたようだ。

 顔立ちや髪型は変えてあるので一見しただけではわからない。

 だが園香の仕草や表情を知っている者から見れば、それは一目瞭然だ。


「わたし、こんな風に見えてたんだ……」

 小さくひとりごち、園香はじっとその絵を見つめていた。


 園香は与り知らぬ話だが、そんな芸術が銀賞に甘んじたのは審査員のひとりが女性だったからである。


 それはさておき、作品をひととおり見て回った真神親子はレストランに向かった。


 レストランは美術館の裏手にあった。

 山の手住まいの真神家からしても、少し緊張するような高級レストランだ。

 そんなところの食事券をモデル料代わりに渡せる楓は何者なのだろう。

 園香は少し驚いた。


 そんな園香は友人を見かけたと言って美術館に戻った。

 両親も一緒に行こうと申し出たが、レストランは予約制だ。

 なので両親は席で園香を待っていた。


「園香が、いつのまにあんな絵のモデルに……」

 厳格だが娘想いな父親が、落ち着かなげにひとりごちる。

 そんな父親に、母親は園香に似た微笑みを向ける。


「もう園香だって高学年ですよ。いつまでも子供じゃないんですから」

「それはそうなんだが……」

 納得のいかない様子の父親を見やり、母親はふふっと笑った。


 一方、園香は美術館の裏手に来ていた。


 夕方も近いせいか、賑わっている館内と比べて人気がない。

 幾何学的な立体アートだけが静かに並んでいる。


 だから園香は、目当ての人物をすぐに見つけた。


「やっぱりマイちゃんだ」

「よっ、園香」

 舞奈は園香を見やって笑う。


「絵、見たよ」

 勝気な舞奈にしては珍しく言葉少なく、そう言った。


「顔とかいろいろ変えてあったけど、園香だってすぐ気づいた。すっごく綺麗だった」

「ありがとう、マイちゃん。ちょっと照れちゃうな」

 園香はいつもと同じように微笑む。

 いつもと少し違う舞奈を、やさしく包みこむように。


 楓は園香を観察し、その美の真髄を読み取ってドレスの魔法に織りこんだ。

 魔術師(ウィザード)が得意とする音と形によって、園香の微笑を、真心すら再現してみせた。

 それは楓が芸術家としても、魔術師(ウィザード)としても非凡である証拠だった。


 舞奈と園香の絆が最も強く輝くのは、他の誰かを救うために力を合わせるときだ。

 だから数々の奇跡を借りて顕現したドレスは、舞奈に最高の力を与えた。


 だが無頼漢の舞奈は、芸術なんてよくわからない。


 舞奈にとって、美とは匂いと感触を伴うものだった。

 誰かを愛するということは温度と重さを伴うものだった。だから、


「マイちゃん……」

 舞奈は何も言わないまま、園香の身体を手繰り寄せる。

 園香は舞奈に身を任せる。


 そして舞奈は初めて、他の誰かの代わりではなく、他の誰かのためでもなく――


 ――ひとりの少女として、園香を抱いた。


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