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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第8章 魔獣襲来
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戦闘4-2 ~魔法少女vs魔獣

 遠くで装甲車(60式)が魔獣と戦う音が聞こえる。

 目前では、楓の指揮の元で【大いなる生命の衣ヘペス・アンク・ウセル】の儀が執り行われている。

 舞奈を魔法少女変身させる魔術のために、強大な魔力が渦を巻いて集う。


 そんな魔力の渦が、不意に揺らいだ。


 集まりかけた魔力が不協和音を奏で、再び拡散してゆく。

 魔道士(メイジ)たちの間に困惑と動揺が広がる。


 楓の表情にも焦りが浮かぶ。

 必死で呪文を唱えるが、不協和音は止まらない。

 やはり足りないメジェド、参加できなくなった協力者の不在が響いているのだろう。


 明日香の顔にも焦りが浮かぶ。

 楓や鷹乃と同じ魔術師(ウィザード)である明日香だが、彼女は魔術を使う兵士であり、技術者ではない。他者の魔力を制御するのには向いてない。

 ニュットがいればなんとかできるのかもしれないが、今はいない。

 舞奈は口元を歪める。その時、


「儀式の進行が思わしくないのですか?」

「その様子っすね」

 舞奈以上に魔力に疎いが雰囲気で察したクレアに、ベティが答える。


魔道具(アーティファクト)を仕入れている魔術師(ウィザード)から、儀式が難航したら使うよう預かってたんです」

 そう言って、懐からケルト十字を象った護符を取り出す。


「はやく使うっすよ!」

「わかってます。【魔力の護符タリスマン・オブ・マジカルパワー】よ、かの者の魔法に力を与えよ!」

 唱えるとともに、護符は崩れて魔力となる。

 護符に焼きつけられた【魔力の増強アンプリファイ・マジカルパワー】の魔術だ。

 新たな魔力は散らばりかけた魔力を包みこむ。そして、


「……!?」

 護符の魔術に呼応するかのように、楓の頭上に天使が出現した。

 予備などないはずのメジェドが追加で4柱、あらわれる。

 もっとわけのわからないものもあらわれる。


 それらは一斉に自壊して魔力と化し、魔力の渦に混ざりこむ。

 新たな魔力に導かれ、渦が奏でる不協和音が調律される。

 そして、穏やかで規則正しいそれへと変化してゆく。


「まさか【組合(C∴S∴C∴)】が……!?」

 サチと小夜子が驚愕の表情を浮かべる。


 今回の作戦の成立せしめるために【機関】に働きかけた【組合(C∴S∴C∴)】。

 対して【機関】は最小限の人員による作戦を実行した。

 だが【組合(C∴S∴C∴)】は、魔獣を倒し子猫を救う作戦を、本格的に支援するつもりらしい。

 たとえ魔道士(メイジ)の前とは言え、【組合(C∴S∴C∴)】がそれとわかる形で動くことは稀だ。


 そんな意外な支援の下で、楓は呪文を完成させる。


 ついに【大いなる生命の衣ヘペス・アンク・ウセル】の魔術は完成した。

 雑多な魔力が集まった渦は、今や統制された魔力の塊となって放たれる。

 そのあまりに強大さに、その場にいた誰もが驚愕する。


 そんな魔力の塊が光り輝くベールとなって、舞奈の身体を包みこむ。


 身に着けている衣服が一瞬だけ消え去り、新たな何かに生まれ変わる感触。

 それは悟との決戦の前にこっそり変身して以来だ。

 その感触を過去を清算した今になって再び味わえるのが、少しこそばゆかった。

 そして嬉しかった。


 だから笑った。


 次の瞬間、ベールは光の欠片になって飛び散る。

 そこには魔法のドレスを身に纏った舞奈がいた。


 脳裏に自身の姿が投影される。

 3年前に着ていたようなドレスを着こみ、ライフルを手にしている。


 同時に、与えられた力の全てを一瞬で知る。

 探知魔法(ディビネーション)を利用した高度な情報伝達手段だ。


 手にしているのは、2本に別れた銃身を持つプラズマライフル(クラウ・ソラス)

 下側の銃身には小銃サイズのビームガン(グラム)がマウントされている。

 セレクターで拡散(ショットガン)収束(スナイパーライフル)連射(アサルトライフル)を切り替えられる代物らしい。

 ピクシオンの魔法の2丁拳銃ハーモニウム・ショットと同じ技術で作られたそれは、反動なしで射出されて風も重力も無視して直進する。


 腰にはホルスターに収まった予備のビームガン(グラム)


 ドレスは舞奈がよく知っている魔道衣(メイジ・ドレス)

 式神と同じく魔力で因果律を歪ませ『そこに存在する』ことにされた衣装だ。

 だから魔力が続く限り現実を改変し、都合よく着用者を守る。

 決して傷つかず、動きを妨げないどころか英霊の技量すら貸し与え、身体能力を強化し、人外の跳躍や飛行能力すら付与する。


 3年前と同じようにピンク色で、フリルとリボンでこれでもかと飾られている。

 だが細部も、着心地も全く違う。

 女王フェアリの清廉な意思を体現したようなピクシオンのドレスと、多種多様な魔力を力技でまとめ上げた衣装との違いだ。

 楓や魔道士(メイジ)たちが創ってくれたドレスは、ピクシオンのドレスとは別物だ。


 だが、この衣装から感じる何かは、それだけではない。

 舞奈はそれが、園香に似ていると思った。

 かつて舞奈の全てを受け入れ、抱きしめてくれた園香の愛が、今は魔道士(メイジ)たちの、そして【組合(C∴S∴C∴)】の術者たちの想いを包みこみ、魔法のドレスを構成している。


 舞奈は楓が園香の美を魔術に組みこんだことなど知らない。

 だがドレスにこめられた園香の愛は、舞奈にも感じ取れた。

 園香を思わせる優しげな声が、ドレスの魔法を操る術を舞奈に囁く。


 知り得た力を使い、舞奈は飛翔する。

 やりかたはピクシオンだった頃と同じだ。

 ただ念じるだけで、音もなく舞奈の身体は宙を舞う。


 舞奈を囲んでいた仲間たちが息を飲む。


 空気や重力を操っているのではない。

 因果律を操作し、現実に対して『飛んでいる』という結果を強制している。

 それ故に、重力や慣性すら無視して思うままに飛べる。


 魔法少女のドレスには、それを創造した術者すら知らない魔法がこめられている。

 明日香の【機兵召喚フォアーラードゥング・ゾルダート】や奈良坂の【梵天創杖法(ブラフマナ・ダンダ)】が、別にネジの一本まで把握していなくても火器や兵器を召喚できるように。

 あるいはニュットが【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】で出現した彼らの半生を知らぬように。


 今や舞奈は、眼下の魔道士(メイジ)たちすら凌駕する魔法の力を持っている。


 舞奈はドレスの探知魔法(ディビネーション)でマンティコアのいる方向を確認する。

 そして仲間たちを背にして高度を上げ、一直線に飛ぶ。


 少女が魔法少女でいられる僅かな時間に、ためらう暇などない。


 現実を改変し続ける衣装の維持には大量の魔力が必要だ。

 無敵の衣装を活用して速やかに勝利しなければ、魔法は消える。


 もちろん若い女の、中でも幼い少女の身体は魔法のドレスを始めとする付与魔法(エンチャントメント)と高い親和性を持つ。だが、それにも限りがある。


 効果時間は長くて数分と言ったところか。

 ドレスにこめられた魔法を使いすぎればさらに減る。


 その短所に、グッドマイトは狂気の魔力を無限供給することで対処していた。

 フェザーは己の技量と身体能力を活用してドレスの負担を最小限に抑えていた。


 だが今の舞奈に魔力を生み出す技術などない。

 与えられた魔力をやりくりして勝利へ辿り着くしかない。

 限られた弾丸を駆使して数々の強敵を屠ってきた今までのように。


「待たせたな! 猫野郎!!」

 舞奈はすぐに魔獣に追いついた。

 猛スピードで飛びながら叫ぶ。


 マンティコアは半壊した装甲車(60式)の真上に静止し、今まさに止めを刺そうとしていた。

 魔獣相手に奮戦したであろう装甲車(60式)は注連縄をすべて千切られ、片側の無限軌道(キャタピラ)が引き裂かれて車体が斜めになっていた。

 その上部にあるハッチから、ネイビーブルーの制服を着た運転手が転がり出る。


 逃げる人間をどうするか迷うように、魔獣は運転手をじっと見やっていた。

 だが舞奈に気づき。漆黒の翼を操って向き直る。


 迫りくる少女のドレスにこめられた魔力の強大さがわかるのだろう。

 宣戦布告のように、雄叫びをあげる。


 同時に魔獣の側に、陽光に微かにきらめく巨大な刃が出現する。

 斥力の刃を放つ【力場の斬刃(フォース・クリーバー)】。

 それが回転しながら飛来する。


 舞奈は飛翔の魔法を操り、高速飛行のスピードはそのままで難なく避ける。

 スカートのフリルのすそを、斥力の刃がかすめる。

 舞奈は笑う。


 次いで重力場で形成された尾の先が舞奈を向く。

 そして無数の弾丸が放たれた。

 先ほど舞奈を振り払うのにも使った【尖弾の雨(ザッパー・レイン)】。

 だが本気を出したのか尖弾の数は桁違いだ。


 対して舞奈は、きりもみ状に回転してすべて避ける。


 巨大な斥力の刃は舞奈にとって剣と同じ、無数の尖弾は槍ぶすまのようなものだ。

 そのどちらも、空気の流れを読む舞奈に対して無力。


 舞奈はプラズマライフル(クラウ・ソラス)を両手で構える。

 同軸のビームガン(グラム)を連射モードでぶっ放し、光の弾丸をばら撒きながら距離を詰める。


 初戦で自分がそうしたように瞬時に接敵された魔獣は、雄叫びをあげる。

 その周囲に魔力が満ちる。


 巨大な魔獣の身体から放たれた魔力は数多の巨刃と化す。

 それらが一斉に舞奈めがけて襲いかかる。

 それはミノタウロスとの戦闘で陰陽師が用いた術と同格の、【尖弾の雨(ザッパー・レイン)】並に連続投射される【力場の斬刃(フォース・クリーバー)】。


 巨大な斥力の刃が、縦に、横に、回転しながら襲いかかる。

 力場同士が干渉しながら隙間なく重なり合う刃と刃。


 だが舞奈はそれすら全て避ける。

 僅かな隙間を縫うように(かわ)す。

 慣性すら無視して思考のままに飛行するドレスの魔法と、空気の流れを読める舞奈の感覚が合わさって初めて可能となった神技だ。


 ライフル(クラウ・ソラス)を腰だめに構え、脳内に展開されるマニュアル頼りにチャージする。

 2つの砲身の間から、高温プラズマの砲弾が放たれる。

 流石に反動を消しきれず軽くよろめく。


 その目前で、雷弾は魔獣に達する直前、弾けて消えた。

 斥力場障壁だ。


「なに無駄弾を撃ってるのよ」

 魔法が届けてくれた声に、ふと眼下を見やる。

 明日香たちが追いついたようだ。


 新たに召喚した半装軌装甲車(デマーグ)の荷台で、明日香はスナイパーライフル(Kar98K)を構える。

 咒とともに側面に刻まれたルーンが輝き、斥力場をまとった強力な一撃が放たれる。

 舞奈に気を取られたマンティコアは避けられない。


 そして凄まじい衝撃とともに、力場は魔獣を覆う不可視の障壁と干渉し、破壊する。


 荷台の上でよろめく明日香を、奈良坂が支える。

 もとより今回の作戦で奈良坂が明日香と組んでいたのは、術者を過度に疲労させる斥力場の弾丸を放った後の隙をフォローするためだ。


「紅葉! 説得を始めてくれ!」

「了解した!」

 叫ぶ舞奈の言葉を、ドレスの魔法が地上に届ける。

 それに応じて紅葉は呪文を唱え始める。


 以前は呪文なしで猫と話していたような?

 訝しんだ直後に魔獣が叫ぶ。


『どうして邪魔をするんだ!? ボクは母さんに会いたいだけなのに!!』

 叫びと同時に、獣の声が脳裏に響く。


「わたしが説得するより、君の言葉の方が届く」

 呪文を唱えていたのは、呪術を舞奈にかけるためだったらしい。

「……ったく、何でも人まかせにしやがって」

 思わず愚痴る。

 だが、口元には笑みが浮かぶ。


 舞奈としては、こちらのほうが好都合だ。

 奴には言い足りないことが山ほどある。だから、


「聞きゃがれ猫野郎! ミカとカズキのいない世界で、あたしには仲間ができた!」

 矢継ぎ早に繰り出される力場の刃を避けながら叫ぶ。


「おまえにだっているだろう!?」

 叫びながらビームガン(グラム)を乱射し、光弾をばら撒く。

 脳裏に幼女みたいなクラスメートの面影が浮かぶ。


「あいつは消えたおまえを必死で探してた! まるで母親が子供を探すみたいに!」

『けど、彼女は母さんじゃない!』

 魔獣は吠える。

 同時に尾の先を舞奈に向ける。

 素早く避けた舞奈の残像を、斥力場の散弾が穿つ。


『彼女はボクを甘えさせてくれた! ごはんをくれた! 遊んでくれた! それでも彼女は人間なんだ! ボクの母さんじゃない!!』

「そんな何もかもが理想通りな相手が、都合よくいるわけないだろう!」

 激情を抑えきれず、舞奈も叫ぶ。


「配られた手札をやりくりして今を守るしかないんだよ! あたしも! おまえも!」

 失った美佳の代わりに舞奈が得たぬくもりを、思い出す。

 園香、サチ、シスター、たくさんの少女たち。

 チャビーもその中のひとりだ。


「そいつができなきゃ、何もかも失って消えるしかない!」

 叫びつつ、脳裏に浮かぶのは動かなくなった犬のこと。

 そして塵になって消えた悟のこと。


『消えたって構わない! 母さんのいないこんな世界にいるくらいなら!』

 叫びながら魔獣は翼を大きく広げる。

 今までにしたことのない体勢だ。


「舞奈ちゃん! 黒い矢に気をつけて!」

「あの、舞奈さん、弁才天(サラスヴァティー)が不動の弾丸について警告を!」

「避けて! 【小崩弾の雨ディスラプター・レイン】よ!」

 仲間たちから警告。


「わかる言葉で言ってくれ!」

 問いを返した次の瞬間、翼から黒い雨が降り注いだ。


 舞奈はとっさに避けようとする。だが、


「なに!?」

 身体の反応が遅れる。

 黒い弾丸のひとつひとつが重力場でできていて、舞奈を吸い寄せているのだ。

 そんなものの直撃を受けた人間の身体がどうなるかなんて考えたくもない。


――マイちゃん、バリアを!


「わかってる! 電磁バリア(エクスカリバー)、展開!」

 ドレスの声に導かれるまま、脳内のマニュアル頼りに腰のホルスターを操作する。


 途端、舞奈の前面に放電するドームが出現した。

 明日香の【雷盾ブリッツ・シュルツェン】に似ている。

 だがサイズは舞奈の全身をカバーできるほど大きい。

 ホルスターに収められたビームガン(グラム)の余剰魔力を利用した防御魔法(アブジュレーション)だ。


 そんな魔法技術のバリアが、雹雨の如く降り注ぐ重力弾を受け止めて揺れる。


「野郎! 味な真似しやがって」

 舞奈は空気の流れを読んで斥力場による物理的な攻撃を避ける。

 だが吸い寄せる重力場なら通用すると考えたか。


 不敵に笑う舞奈の前で、マンティコアは高度を上げる。

 舞奈の頭上で翼を広げる。

 再び【小崩弾の雨ディスラプター・レイン】を放つ算段か。


 望むところだ。

 重力弾が引き寄せる範囲は有限らしい。

 余裕をもって避ければ防御の必要すらない。


 舞奈の読み通り、黒い翼の周囲に先ほどと同じ数多の黒球が生成される。

 その量は先の数倍。


 だが、ふと舞奈は気づく。

 この位置からでは重力弾が文字通り雨あられとなって地上に降り注ぐ。


 無論、地上にいる皆は仮にも魔道士(メイジ)だ。

 だが重力弾の雨を全員が防ぐか避けるかできる保証はない。


 そして再び重力弾の雨が降り注ぐ。


――マイちゃん逃げて! 今度は防げない!


「もう一回、電磁バリア(エクスカリバー)だ!」

 脳内に提示される警告を無視し、広域バリアを展開する。

 魔法の電磁バリアは火花を散らしながら、降り注ぐ重力弾を受け止める。


 だが無理やりな連続行使と広がった範囲が仇となった。

 バリアは弾けて放電となって消える。

 残る重力弾が、防御魔法(アブジュレーション)を破られてよろめく舞奈に降り注ぐ。


「しまっ……!?」

 全身を無数の衝撃が打ち据える。

 だがドレスは式神の耐久力にものを言わせて無理矢理に舞奈を守る。


 一方、地上の仲間たちは巨大な氷塊でできた屋根の下に隠れていた。

 明日香が【氷壁・弐式アイゼスヴァント・ツヴァイ】を横向きに創ったのだろう。

 柱になっているのは楓たちの【地の刃の氾濫(ヌィ・デムト・ター)】か【石の壁(イネブ・アネル)】か。

 魔道士(メイジ)たちも力を合わせ、的確に身を守っている。


 大量の重力弾は巨大な氷の壁すら砕く。

 だが勢いを減じたそれは、サチの【護身神法(ごしんしんぽう)】によって完全に防がれた。


 舞奈も体勢を整えながら、胸をなでおろす。


 マンティコアは動きの止まった舞奈に止めを刺そうと、翼を広げる。


 舞奈は身体を無理やりに動かして、構える。


 先ほどのダメージのせいか、ドレスの残り時間は残りわずか。

 舞奈は舌打ちする。


 その時、空の色が変わった。

 思わず見上げる。


『ネコちゃんなの!? そこにいるの!?』

 そこに見えたものは、舞奈たちを見下ろすように浮かんだチャビーの姿。

 空一面に投影されたそれは、マンティコアすら子猫に見えるほどに大きい。


 舞奈はふと、空中に幻を投影する術があるのを思い出す。

 3年前に、エンペラーが示威行為によく使っていた。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 映し出されたチャビーの瞳には、涙が浮かんでいた。


『どうして大きくなってるの!? お家に帰ろう!』

 チャビーは叫ぶ。


『チーかまもいっぱいあるよ! いっぱい抱っこして、いい子いい子してあげる! だから戻ってきて! お話ししたいこともいっぱいあるんだよ!』

 幼い少女の声が、想いが、廃墟の街を空から覆う。


 舞奈は苦笑いして、泣きそうになって、そして笑う。


 とんだ茶番だ。

 誰の仕業か知らないが、こんなことが可能なら舞奈が何か言う必要などなかった。

 目の前の巨大な子猫を心から愛している少女の想いと、願いと、慟哭に勝る説得など存在しない。


『けどボクは……。ボクは……!!』

 目の前の大きな幼女への想いと、亡き母猫への想いの狭間でマンティコアは迷う。

 意思が揺らぎ、魔獣を構成する魔力が揺らぐ。


 その隙を舞奈は逃さない。


「クラウ・ソラス、スーパーチャージだ!」

 プラズマライフル(クラウ・ソラス)の2つの砲身の隙間にいくつもの紫電が走る。

 やがてそれは、隙間を埋め尽くす紫電の嵐と化す。


 そして引き金を引くと、高温プラズマの塊となって放たれる。

 先ほどより数倍大きな高温プラズマの塊が、マンティコアの胸を射貫く。

 子猫を衰弱させるほど強くはない、だがマンティコアの式神の身体を破壊する程度には強力な一撃。


 穿たれた孔はたちまちふさがる。

 魔力によって『そこにあることにされた』式神の身体は、傷ついてもすぐに癒える。


 だが代わりに巨大な魔獣の姿が揺らぐ。

 空を飛ぶより、力場の弾丸を放つより、式神の身体の修復は大量の魔力を消費する。

 だから今の致命的な損傷を消すことで身体を維持する魔力を使い切ったのだ。


 魔獣の姿がゆっくりと薄れ、塵へと変わる。

 腰のあたりに位置する子宮の中でうずくまる、子猫を残して。


「……やったか?」

 舞奈の口元に、安堵の笑みが浮かんだ。


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