戦闘2 ~銃技&戦闘魔術vs異能力
「なんだよ、あれは?」
「わたしが知るわけないでしょ」
泥人間を殲滅した舞奈たちの前に、鎧武者が姿をあらわした。
「ま、舞奈さん、前!」
奈良坂が指さす先で、武者は太刀を振り下ろす。
舞奈は避ける。
その残像を、重い刃が縦に断つ。
続けざまに武者は太刀を横に薙ぐ。
舞奈は跳んで避ける。
力まかせの薙ぎを外した武者はバランスを崩して動きを止める。
その隙を逃さず拳銃が火を吹く。3発。
大口径弾が武者の兜に、胴に、右腕に風穴を開ける。
「舞奈さん! やりました!」
奈良坂は笑う。
だが次の瞬間、武者の身体から孔が消え去った。
癒えたのではない。
まるで描かれた孔の絵をぬぐい去るように、すっと消えた。
「畜生、式神だ!」
舌打ちする。
それは魔力で空間と因果律を歪めることによって生み出される、仮初の命。
その本質が現世に属さぬ故、斬っても撃ってもたちどころに修復される。
蜃気楼を切ることができないのと同じだ。
「明日香、まかせた!」
「言われなくても!」
黒髪の魔術師は真言を唱え、魔術語を唱える。
指先から青白い光線が放たれる。
避けた舞奈の残像越しに、光線が武者の足元を穿つ。
そして甲高い破裂音とともに、氷の枷と化して式神を縛めた。
拘束の魔術【氷棺・弐式】。
次いで唱えた呪文によって、明日香の掌がパチパチと音をたてて放電する。
そして放たれた【雷弾・弐式】の紫電が、式神を飲みこむ。
式神は木っ端微塵に砕ける。
砕けた式神の欠片は塵となり、風に吹かれて消えた。
魔力によって生み出された実体ある虚像を、通常の手段で害するのは困難だ。
だが逆に、同じ魔力をもってすれば容易に破壊することができる。
だが、鏡は次なる輝きを放つ。
10本ほどの光線が地面に突き刺さり、同じ数の武者と化す。
「ま、舞奈さん、式神があんなに……!?」
「ああ、見えてるよ。……畜生、冗談じゃないぞ」
式神の群れは一斉に刀を抜く。
「数が多いわ。ちょっと手伝って!」
「いや、効かないだろ」
「特殊弾はどうしたのよ?」
「スマン、切らしてる」
「何やってるのよ!!」
「金がないんだから仕方ないだろ!」
キレる明日香に怒鳴り返しつつ、群れに向かって発砲する。
だが、通常弾で与えたダメージはたちどころに消える。
「……仕方がないわね」
明日香は魔力と斥力を司る荼枳尼天の真言を唱える。
ケープに取り付けられた骸骨が魔法の輝きを放つ。
次いで帝釈天の咒を紡ぐ。
ケープの内側から、ベルトで繋がれたドッグタグを取り出す。
束ごと頭上めがけて放り投げる。
タグに刻まれたルーン文字が一斉に輝く。
そして、魔術語の一句。
数十個のタグが光り輝く紫電と化し、武者の群れめがけて一直線に放たれた。
耳をつんざく轟音と、目もくらむ閃光。
弧を引く幾筋もの電光が雨のように降りそそいで地面を焼く。
即ち【雷嵐】。無数の雷弾を浴びせる必殺の魔術だ。
武者たちは成す術もなく全身を射抜かれ、焼かれ、塵と化して霧散する。
「やったか?」
しかし、鏡はさらに強く、はげしく輝きはじめた。
「これって、まさか……」
「明日香、退くぞ!」
2人は奈良坂を連れてその場を離れようとするが、時すでに遅し。
鏡はまるで機関銃のように、四方八方に光を放つ。
無数の光は崩れたホールの壁に、床に当たって武者と化す。
そして光が止んだ後には、何十もの武者の群れが舞奈たちを取り囲んでいた。
舞奈と明日香は奈良坂を庇うように、背中合わせに拳銃を構える。
「明日香、今のをもう1回できるか?」
「残念ながら、タネ切れよ」
「そういや、おまえも式神を使えたろ?」
「準備する時間があればね!」
「……強行突破しかないか」
奈良坂を抱えて走るべく、位置を目算する。
だがその時、2人を幾重にも取り囲んだ武者の輪の外側が一斉に動いた。
「糞ったれ!! 弓矢だ!」
数十体の武者が大弓に矢をつがえる。
明日香は真言と魔術語を唱える。
3人の周囲に、放電するドーム状の力場が形成される。
電磁バリアで身を守る【雷壁】の魔術。
だが気休めだ。
魔法の電磁バリアは、無数の太矢をすべてはじき返すほど強力ではない。
そんな3人を、浮かぶ鏡があざ笑うように見やっていた。
――汝は鏡の中に己自身を見出し、汝は汝に銃を向けるであろう。
不意に、昨晩聞いた老婆の預言が耳をよぎる。
――そして運命にに見放されたなら、汝は死ぬ。
「――そういうことか」
ひとりごちる。
同時に折り重なる風切り音ともに、武者たちが一斉に矢を放った。
「明日香! バリアを消してくれ!」
「舞奈さん、そんな!?」
「何するつもりよ!?」
言いつつも、明日香はすばやく魔術を解除する。
かすかなオゾン臭を残し、3人を多少なりとも守るはずの力場が消え去った。
その頭上に、槍ぶすまのような矢の雨が迫る。
明日香は怯む。
奈良坂は悲鳴をあげる。
舞奈は宙に浮かんだ神鏡に向き直る。
磨き上げられた鏡の中で、映った小さなツインテールの童顔がニヤリと笑う。
そして左手に構えた拳銃をこちらに向け、引き金を引く。
銃声。
ガラスが砕ける甲高い音とともに鏡はひび割れ、その光が消える。
次の瞬間、3人を取り囲む武者は残らず塵と化した。
頭上に迫った矢の雨は残像と化して舞奈と明日香の身体を通り抜け、うずくまって震える奈良坂をすり抜け、地に落ちることもなく消えた。
割れた鏡は光を失い、ゴトリと地に落ちた。
「……なんまんだぶ……なんまんだぶ……あれ、痛くない?」
奈良坂が顔を上げ、やがて状況を把握する。
「舞奈さん、すごいです!」
「へへっ、ピンチの時は舞奈におまかせ! ってな」
笑いつつ、割れた鏡を拾い上げる。
そして、遠くにそびえ立つ廃ビルを見上げた。
だがそこに、3人のピクシオンがあらわれることはない。
それでも舞奈は笑う。
何故なら、そのうちひとりは、地に足をつけて今を生きているから。
廃墟の街で一目を置かれる仕事人として。
そして舞奈と明日香は奈良坂と別れ、【太賢飯店】へと凱旋した。だが、
「舞奈ちゃん達にまかせるんじゃなかったアルよ」
衝立の奥の特等席。
テーブルの上に置かれた割れた神鏡を見つめながら、鏡の奪還を依頼した張は恨みがましい声色でつぶやいた。
「慎重に……慎重に扱って欲しいって言ったアルね……」
「しょうがないだろ! ああでもしなきゃ、今頃ハチの巣だったんだ」
向かいに座った舞奈が食い下がる。
「だいたい、鏡が式神を呼ぶなんて聞いてなかったぞ」
言いつつ蒸籠に乗った肉まんに手をのばす。
だが肉まんは蒸籠ごと舞奈の手から逃げ去った。張が持ち上げたのだ。
「そういう事態に的確に対処するのが、舞奈ちゃんたちの仕事アルよ」
張は蒸籠を持ったまま衝立の向こうに去ってしまった。
「報酬はないアル」
肉まんをつかもうとした手の形のまま固まる舞奈に、張の一言が追い討ちをかける。
「ま、当然ね」
隣の明日香も舞奈をフォローしてはくれなかった。
民間警備会社の社長を親に持つ彼女にとって【掃除屋】の報酬は小遣い銭だ。
無報酬だからといって飢えるわけではない。
孤立無援になってしまった舞奈は、張が去っていった衝立を見つめる。
「そりゃないよ……」
衝立には、カボチャをかぶった童女が泣かされている絵が描かれていた。