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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第8章 魔獣襲来

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討伐作戦前夜

「――でさ、あたしは言ってやったわけよ。『そこの出店で売ってるフランクフルトの半分くらいの大きさだな』って。その時の奴の顔ときたら」

「何よそれ? むしろフランクフルトに失礼よ」

「ハハハ、まったくだ」

 舞奈と明日香はどうでもいい話をしながら教室のドアをくぐる。

 魔獣討伐のためのミーティングの翌日も、2人は普通に登校していた。


「トマトまとまと♪ とまトマトー♪」

 みゃー子は朝から楽しそうだ。

 早朝で人の少ない教室の机の合間を器用に転がりながら、ノミみたいにぴょんぴょん飛び跳ねている。


「いちおう物理学的/生物学的に不可能ではない挙動だけど……」

「みゃー子の奴、いつにも増して元気だな。なんかあったのか……?」

 舞奈が視線を巡らす先にはチャビーと園香がいた。


「わぁー! トマトマンだ!」

「うん、みゃー子ちゃんはスゴイね」

 ごろごろ転がるみゃー子を見やって2人は笑う。


「あーあれがトマトマンだったのか」

 舞奈はどうでもよさそうにひとりごちながら、横目でちらりと2人を見やる。

 笑うチャビーの目は、いつもより少しだけ腫れぼったい。

 いなくなった子猫のことが気にならない訳じゃないのだ。


 1年前に兄を失ったチャビーは、意外にも本当に悲しい時には笑う。

 みゃー子には、そんなチャビーの心中がわかるのだろうか。


「……マンティコア討伐に成功したら、実行部隊の魔道士(メイジ)たちは暇になるはずよ」

 ぼそりと、明日香が言った。

 そうなれば舞奈がフィクサーに頼んだ子猫探しにも本腰を入れてくれるだろう。

「そうだな。そしたら張の占いの結果も聞いて、みんなで探すか」

 そう言って、口元を笑みの形に歪めた。


 そして放課後、舞奈はスミスの店にやって来た。


「おーいスミス、いいかげんに看板を――」

 不意に周囲が暗くなる。


 上に気配。


 落ちてきた巨大な何かを受け止める。

 歪で大きくてずっしり重いそれを、鍛え抜かれた腕で受け止める。

 衝撃を全身で支える。


 それはハゲマッチョの店主だった。

 縦横ともに自身の倍以上の巨漢が、舞奈の腕の中でお姫様抱っこされていた。


「……空から親方が降ってきたって、女の子は喜ばないぞ」

「あら志門ちゃん。おかげで命拾いしたわ、ウフフ」

 顎の割れたハゲマッチョがしなを作る姿に総毛立ち、思わず巨体を放り出す。


「イタタ、志門ちゃんったらヒドイわ」

「うるせぇ。だいたい、あんなところで何やってたんだ?」

「いや実はね――」

「スミス! コネコはぶじだったか!?」

 奥からリコがやってきた。


「子猫だと?」

 思いがけず探しものが見つかったかと聞き返す。

 讃原(さんばら)町の外れにある倉庫ビルからここまでは、それなりに距離がある。

 だが現に、子猫は新開発区のカメラに映っていた。


「そうなのよ。リコが、看板の陰に子猫がいるっていうもんだから」

「うん。きっと、やねにのぼっておりられなくなったんだ! だからスミスがたすけにいったんだ」

「……こいつをか?」

 舞奈はスミスの手の中のそれを、無造作につまみ上げる。

 コンビニのロゴが入ったビニール袋だ。

 とんだぬか喜びである。


「コネコがふくろになった……」

「いや、見間違えだろ」

 残念そうなリコに言って、やれやれと肩をすくめる。

 リコはちっちゃな女の子だ。

 小さな猫は大好きだろうし、屋根の上の不審物が子猫に見えることもあるだろう。


「でもなーしもん」

 リコは不意に話しはじめる。


「まえにも、みせのまえをコネコがあるいてたんだ」

「そいつは袋じゃなかったのか?」

「ううん、そいつはまちがえなくコネコだった。ちゃいろくて、しましまで、ちっちゃくてすごくかわいいコネコだった」

 舞奈は思わず目を細める。

 茶色い縞模様の小さな子猫。

 いくらリコでも、歩いている子猫を見まちがえることはないだろう。


「そいつはどっちに行った?」

「しんかいはつくのほう。リコはそっちはあぶないっていったんだけど、コネコはしらんぷりしていっちゃったんだ」

 どうせなら捕まえておいてくれればよかったのにと一瞬、思った。

 だが事情を知らない幼い子供にそれを期待するのは酷だろう。

 むしろ子猫を追って新開発区に入ったりしなかっただけ御の字だ。


 それより気になるのは、子猫の挙動だ。

 元気な幼女のリコは、動物に話しかけるときも全力だ。

 それを子猫が、気にするそぶりも見せずに新開発区に向かっていたという。


 だが舞奈はそこで思考をやめた。

 ここで子猫の気持ちを考えていても仕方がない。

 見つけ出して確保すれば済むことだ。

 それより今は、やらなければならないことがある。


「じゃーリコはあそびにいってくる。コネコがどこかにいるかもしれないからな」

「おう! 新開発区には近づくなよ!」

 リコを見送り、舞奈はスミスに向き直る。

 その表情は、先ほどまでの飄々(ひょうひょう)としたそれではなかった。

 口元に不敵な笑みを浮かべた、仕事人(トラブルシューター)のそれだ。


「スミス、長物を用立てて欲しい」

「あら、また大物とやりあうのね」

「まあな。今度は魔獣とやりあわなきゃならん」

 その言葉に、流石のスミスも息を飲む。

 だが舞奈は口元の笑みを崩さない。


「しかも奴は空を飛ぶ。ガラッツと、念のために特殊炸裂弾マギ・エクスプローダーを頼む」

「魔獣が相手なら、【機関】から対物ライフルを借りた方がいいんじゃないの?」

 スミスの疑問はもっともだ。


 ガラッツの愛称で知られガリル・スナイパーは、以前に地蔵の殲滅や悟との決戦に用いたアサルトライフル(ガリルARM)の狙撃銃バージョンである。

 放つ弾丸もひとまわり大きく強力な大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)だ。


 だがピクシオンだった頃にケルベロスとの戦闘で使った対物ライフル(AR50)は、さらに大型で超強力な超大口径ライフル弾(12.7ミリ弾)を使用する。

 強大な魔獣を相手にするなら、どちらが適任かは明白に思える。だが、


「いくら鍛えてるったって、もうドレスの身体能力強化はないんだ。12ミリのライフルを抱えて跳びまわるのは無理だよ」

 舞奈の口元が、あいまいな笑みの形に歪む。


 銃を撃つことしかできないから狙撃に専念できた当時とは状況が違う。

 今の舞奈は魔道士(メイジ)たちを守る盾でもある。

 一樹が小さな和杖で強敵と渡り合ったように、舞奈も機動性を殺さない範囲での重武装で妥協しなければならない。


「わかったわ」

 そんな舞奈に、スミスは笑みを浮かべて答える。

「最高にチューンナップしたガラッツと、特製の弾丸を用意しておくわ」

「ああ、頼むよ」

 そう言って、舞奈も笑った。


 そして翌日、舞奈は【機関】支部の射撃場を訪れていた。

 いくら舞奈が場馴れていても、定期的に銃を撃たないと腕は鈍る。

 なので空いてるレーンを探してのろのろと歩いていると、


 銃声とともに、人型のターゲットの頭部が撃ち抜かれる。


「お、上手いじゃないかサチさん」

 声をかけると、サチは小型のリボルバー拳銃(M360J サクラ)を手にして振り返った。

 着こんでいるのは防刃/防弾性能を持つ戦闘(タクティカル)セーラー服。


「舞奈ちゃんに褒められるなんて、わたしの腕もちょっとしたものね」

 頭にはまったクマの形のイヤーマフをはずす。

 そして、いたずらっぽく微笑みながら銃口に息を吹きかける。


「……なんてね。本当は銃に焼きつけられた魔法なのよ」

 サチは拳銃(サクラ)の側面を見せる。

 短い銃身の左側にはメーカー名、右側には北斗七星が刻印されている。


「術者に戦闘技術をもたらす【護身剣法(ごしんけんのほう)】よ。安倍の陰陽師にしつらえてもらったの」

「この前、明日香が持ってきたのはこれか」

「ええ。だから今日は射撃の訓練っていうより、焼きつけられた魔法との連携の練習に来たって感じかしら」

「なるほどな」

 ひとりごち、舞奈は真新しい拳銃(サクラ)をじっと見やる。


 もとよりサチは術者だ。

 しかも機械全般に弱く、おそらく銃を持ったのも今回が初めてだろう。

 それに銃を持つ理由も、単に護身でしかない。

 そんな彼女が銃を使うのなら、術で技術を補佐するのが最も合理的だ。


 ふと隣のレーンを見やると、黒ぶち眼鏡の桂木楓が撃っていた。

 野暮ったい眼鏡に合せたつもりか、ウェーブのかかった長髪をゆるく編んでいる。

 フォームも教本通りだがどこかおぼつかない。

 だが、それより、手にした銃を見やって仰天する。


「おいおい、何考えてM500なんか……」

 それはサチの拳銃(サクラ)とは真逆に長い銃身(8.375インチ)を持つ大型のリボルバー拳銃(S&W M500)だ。


 楓は怪物めいた拳銃のグリップを両手で握り、引き金を引く。

 爆音のような銃声とともに、銃の隙間という隙間が火を吹く。

 衝撃で銃口が跳ね上がる。

 弾丸が何処に飛んでいくかと焦る舞奈。


 その目前で、レーンを外れた虚空で見えざる何かが穿たれた。


「!?」

 舞奈が驚き見やる先に、異形の何かが出現する。


 釣鐘状の身体に2本の足が生え、身体には1対の目と眉毛だけが描かれている。

 そんな妙ちくりんな物体が、ジャンプして顔面(?)で銃弾を受け止めていた。


「ふふふ、ご安心くださいな。不慣れな銃が余人を傷つけぬよう、メジェド神を配置してあります」

「こいつがメジェドって奴か……」

 舞奈はまじまじと物体を見やる。

 生真面目な明日香があまり容姿を言いたがらなかった理由がわかった気がした。

 そして、もうひとつ。


「……あんた、銃もこいつに持ってもらってたろ?」

「ふふ、投影と認識阻害を組み合わせた隠形術も、舞奈さんには効果なしですね」

 言葉とともに、楓の前にも2柱のメジェドがあらわれる。

 それぞれが片足を上げて足の裏で銃をはさみ、二脚代わりに銃を固定していた。

 これほどふざけた銃の保持手段を、舞奈は今まで見たことがない。


「まったく、何にでもそいつを使いやがって」

 やれやれと肩をすくめる。


「そいつを――」

 使いだす前はどうやって生活してたんだ?

 口元まで出かかった言葉を飲みこむ。

 復讐のためにウアブ魔術を修めてメジェド神を創造できるようなる以前、楓たち姉妹は今は無き弟と何不自由なく暮らしていた。


「――そうまでして、何でそいつ(M500)を撃とうとした? 護身用に銃を持つにしたって他にマシなのがいくらでもあるだろうに」

 誤魔化すように問う。

 そしてふと気づく。


「っていうか、あんた銃器携帯/発砲許可証シューティング・ライセンスを持てるのか?」

「はい、射撃場の中でなら」

 楓は笑顔で答える。

 そんなものは持ってないらしい。

 彼女ら姉妹の実力は文句なくAランクだが、1年の実戦経験を満たしていない。


技術担当官マイスターから、銃器による攻撃のイメージによって攻撃魔法(エヴォケーション)の威力を増すことができるとご指導いただきまして」

「それでこいつ(M500)か……」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


「たしか、この銃には短い銃身のモデルもあるとか」

「ああ、4インチがある」

「そちらなら多少は反動(リコイル)も弱いのではないでしょうか」

「……うちの学校の高等部って、物理の授業ちゃんとあるよな?」

「ふふふ」

 冗談めかして笑う。

 捉えどころのない雰囲気のせいで、誤魔化してるのか冗談なのか本気でわからない。


「ま、怪我しないようにな」

「はい、ご親切にどうも」

 にこやかな楓の笑顔を背にし、空いているレーンを探す。


 すると隣には奈良坂がいた。

 楓のそれに輪をかけて不安を誘うフォームで拳銃(トカレフ TT33)を撃つ。


「うひゃっ!」

 反動(リコイル)に驚いたか変な叫びと銃声とともに、斜めに弾丸が放たれる。

 まるで泥人間が密造した紛い物(五四式手槍)を撃ったかのようだ。


「ったく。誰が撃ち方を教えたのか知らんが、せめて普通に撃てるようになるまでついててやれよ……」

 舞奈はやれやれと苦笑する。


 奈良坂は(トカレフ)を振ったり叩いたりし始めた。

 酷いガク引きのせいで弾でも詰まったのだろう。


「おいおい、いちおう精密機械だぞ」

 流石に止めた方が良いだろうと思った矢先に奈良坂は拳銃(トカレフ)を持ち替え――


「――なにをするんだ、やめろ!」

 舞奈は瞬時に距離を詰める。

「ひぎいっ!」

 奈良坂は拳銃(トカレフ)を放り出して跳び上がった。

 放り出された(トカレフ)を、舞奈は片手で受け止める。


「ううっ、舞奈さん……?」

 奈良坂は泣く。

「酷いですよぉ、今、指がお尻の穴にめりこんじゃってましたよぉ……」

「目玉に弾丸がめりこむよりマシだろ。銃口を覗いたらダメだ」

 気弱な奈良坂を、舞奈は珍しく真面目な表情で諭す。


「すいません……。でも、弾が詰まっちゃって……」

「そういう時は慣れた人間に頼ってくれ。いちおう拳銃(こいつ)は、攻撃用の魔道具(アーティファクト)と同じくらい危険な代物なんだ」

「はい……」

 奈良坂はしょんぼりうなだれる。

 舞奈は慰めるように尻を撫でる。


「あの、でも、慣れてる人がいない場合はどうするんですか……? 作戦中とか」

奈良坂さん(Cランク)は作戦中に銃持てないだろ……」

 舞奈は苦笑しつつ、スライドを引いて薬莢を排出する。

 慣れた手つきで銃の動作を確認してから奈良坂に手渡す。そして、


「……そういう時は、銃を捨てて逃げろ」

「えっ?」

「あんたを守るための銃だ。その役にたたないんなら持ってたって意味ないよ」

 愛銃(ジェリコ941)とともに幾つもの死線を潜り抜けてきた舞奈は、言った。

 銃を捨ててでも自身を守れと。


 数多いる舞奈の女友達は、誰もが代替のない無二の存在だ。

 誰か1人欠けることすら今の舞奈には耐えられない。


「ふふ、優しいんですね」

 後で楓がニコニコと笑っていた。


「あんたたちが危なっかしいから、心配して言ってるんだ」

 照れ隠しに口をへの字に曲げる。


 結局、その日は日が暮れるまで年上のルーキーに銃の撃ち方を教えていた。

 おかげでチャビーの子猫のことをあれこれ考えずに済んだ。


 そうやって日々を過ごすうちに、討伐作戦の日がやってきた。


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