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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第7章 メメント・モリ
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襲撃 ~銃技vs異能力?

――水素水~♪ 水素水~♪ メメント~モリ~の水素水~♪


「……この歌もだんだん飽きてきたな」

 屋台の端に頬杖をつきながら、舞奈はげんなりした声で言った。

 側に積まれたペットボトルは2本がテープで巻かれ、セットで1本分のお値段とたいへんお買い得になっている。

 だが、山のように積まれたペットボトルが減る様子はない。

「屋台が繁盛しても、襲撃された時に困るだけだしね」

 小夜子の後ろ向きな物言いが、今は何故かポジティブに聞こえる。


 あれから1週間ちょっと。

 舞奈たち3人は夕方にはこうして屋台を開いていた。

 だが、メメント・モリが襲撃を仕掛けてくる気配はない。

 それどころか、通行人すら飽きたのか屋台の前を通り過ぎるばかりだ。


 ちなみに先週の水曜日に襲撃はなかった。

 今日も水曜日だが、なんというか期待できそうにない。


「だいたい、こんなのでメメント・モリが出てくるわけなかったのよ」

「今になって言うかよ……」

 明日香の冷たい視線に、やれやれと愚痴る。

 だが次の瞬間、


「……お、ちょっと待て」

 舞奈は直感に促されるまま公園の入り口を見やる。


 同時に轟音。

 通行人があわてて逃げ出す中、入り口から車が突っこんできた。

 白い軽四輪だ。

 通行人が少なかったのは幸いか。


「来やがった! 行くぞ!」

「言われなくても!」

 舞奈は待ちかねたように屋台から飛び出す。

 明日香と小夜子も続く。

 どちらかがぶつかったか、売り物の水素水が屋台の外に吹き飛ばされる。

 だが舞奈は気にせず、手にした水素水を投げる。


「水素水!」

 わざとらしく叫ぶと同時に、ペットボトルは狙い違わず車体の下に潜りこむ。

「(災厄(ハガラズ))」

 明日香が小声で唱える。

 ペットボトルが手榴弾のように爆発する。

 ルーンを爆発させる【火嵐・弐式フォイヤーシュトルム・ツヴァイ】の魔術。

 またもや力加減を間違えたか、鉄とは思えぬ軽やかさで軽四輪が宙を舞う。


「見て! 水素水が爆発して車が空を飛んだわ!」

 観光途中の金髪美女が驚き叫ぶ。

「映画の撮影か?」

「水素水の宣伝だろ? ハリボテでも飛ばしたんじゃねーの?」

「言われてみれば飛び方が軽いし、吊り線も……」

 野次馬と化した通行人が、勝手なことを言い始める。


 売り物に水素水を選んだ数少ない利点のひとつだ。

 水素水は胡散臭いという共通認識は、逆に利用できる。

 この状況ならば少しばかり派手なことをしても魔法を疑われることはない。

 宣伝の一環だと思いこんで種や仕掛けを考えて、ありもしない吊り線を見つけて勝手に納得してくれる。


 そんなやじ馬たちの側で、小夜子がペットボトルの水を飲み干す。


「(我が身に宿れ、山の心臓(テペヨロトル))」

 小さく呼びかけた次の瞬間、小夜子はつむじ風のようなスピードで地を駆ける。


 ナワリ呪術師が使う術は3種。

 周囲の魔力を媒介して魔力の源である火水風地を操る【エレメントの変成】。

 因果をずらす霊媒術を応用した【供犠による事象の改変】。

 そして、トーテムとして自身に取りこむ【心身の強化】。


 そのうちのひとつ【ジャガーの戦士(オセロメー)】は術者の身体を強化する。

 ベティの【豹の術(クー・コポー)】や祓魔師(エクソシスト)の【サムソンの怪力フォルス・デュ・サムソン】と同様に筋力を大幅に上昇させ、強さと素早さを付着する付与魔法(エンチャントメント)だ。


 だから袋をかぶったセーラー服の女子高生は、軽四輪を軽々と受け止める。

 さらに逆の手で、溢れる魔力が転化した光のカギ爪を一閃する。

 即ち【霊の鉤爪(パパロイツティトル)】。

 鋼でできているはずのドアが、バターのように引き裂かれる。

 そして内側から弾けるように吹き飛ぶ。


「見て! 女の子が水素水を飲んで車をふっとばしたわ!」

「派手なパフォーマンスだなあ」

 はた目にはただ車が破壊されただけに見える。だが、

「出て来た!」

 空気の動きを読む舞奈の鋭敏な感覚は、車の中から転がり出てきた見えない何かを捉えていた。


 人だ。

 背丈は大人にしては小柄で、細身だが鍛えられている。

 おそらく学生服のシャツを着こんで、穿いているのは制服のズボン。

 予想の範疇だ。

 異能力者は若い男にのみ発現するものだからだ。


「ようメメント・モリ! ちょっと遊んでけよ!」

 舞奈は見えざる襲撃者に蹴りを見舞う。


 敵は一瞬、虚を突かれる。

 透明化を見破られたのは初めてなのだろう。

 だが金的を狙った舞奈の蹴りは宙を斬る。

 避けられたのもあるが、狙った場所に狙ったものがなかった。


(女……!? 異能力者じゃなかったのか?)

 女は異能力者になれないはず。

 だが感覚を研ぎ澄ませると、相手は鍛えられているものの線は細い。

 それに空気に混じる汗の匂いも、少年というより少女のもののように思える。


 困惑する舞奈のツインテールを風が薙ぐ。

 無意識に身をかがめ、見えざる蹴りを避けていた。

 間髪入れずに足払いで軸足を捉える。

 だが敵は飛び退って避ける。


(今のを避けた? けっこう素早い!)

 舞奈は舌打ちする。

 見えない敵を牽制しつつ、にらみ合う。そのとき、


「うわっ」

 少年にしては高く、少女にしてはハスキーな悲鳴。

 透明な頭に、不自然な動きで飛んできたペットボトルが当たって弾けたのだ。

 小夜子の援護だ。

 空気を操る【蠢く風(エエカトルオリニ)】で水素水を当てたのだ。


 舞奈が売ってた水素水はただの水だが、水には水の使い道がある。

 見えざる敵は水がかかって水浸しだ。

 水分をもやのようにまとわせたお化けのようにも見える。

 舞奈は小夜子に目をやりニヤリと笑う。


 だが次の瞬間、顔面に砂混じりの突風が吹きつけた。

 思わず顔を庇った隙をついて、メメント・モリは舞奈に背を向けて走る。


「待ちやがれ!」

 舞奈も追う。


 メメント・モリは公園を飛び出した。

 人がまばらに行き交う歩道を走る。

 道行く人々が見えない何かにぶつかられて困惑する。

 もやのように水分をまとわせたそれを、幽霊と間違えて悲鳴をあげる者もいる。


 舞奈は人の間を縫ってメメント・モリを追う。

 早くも乾きかけているのか、メメント・モリのもやが薄くなっている。

 それに鋭敏な舞奈の感覚でも、人ごみに紛れた相手を見つけ出すのは困難だ。


 幸いにもこの先しばらくは通行人がいない。

 なんとしても、ここで捕まえたい。


 そう思った次の瞬間、舞奈は素早く横に跳んだ。

 背後からロードバイクが猛スピードで走ってきたからだ。

 暴走自転車に乗っているのは薄汚い背広の男。

 煙草を手にした片手運転のせいかハンドルさばきがおぼつかない。

 他に通行人がいないのが幸いか。


「あっぶねぇな!」

 思わず叫ぶ。

 後に残った悪臭に顔をしかめる。

「……っと、それどころじゃない」

 見失いかけたメメント・モリの、薄まったもやを見つけて走り出す。

 その次の瞬間、


「うぉ!?」

 ロードバイクが舞奈めがけて飛んできた。

 避けた舞奈の横に薄汚い煙草の背広が激突する。

 その上から、同じくらい薄汚れたロードバイクが降ってきて当たる。

 メメント・モリが舞奈への牽制代わりに投げ飛ばしたのだろう。

「信じられんことしやがる」

 うめく脂虫を放置して走りだし――


 ――直感のままに地を転がる。


 その背後で脂虫が爆ぜた。

 飛んできた悪臭を転がって避ける。

 臭い頭が真横をかすめ、街路樹に当たって落ちた。


「【断罪発破(ボンバーマン)】だと!?」

 舞奈は驚く。

 それは【火葬(アインエッシュルング)】や【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】と同様に、脂虫を爆発させる異能力だ。

 ニコチンを蓄えた肺が爆ぜ、四肢や頭が派手に飛び散って悪臭の二次被害を引き起こすのも舞奈の知る異能力と同じだ。

 だが追っている相手は【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】のはずだ。

 そして、ひとりの少年に与えられる異能力はひとつのはずだ。


 それでも舞奈は一挙動で飛び起き、メメント・モリを追って走る。

 爆破した脂虫の破片は警官なり執行人(エージェント)なりが片づければいい。

 異能力も後でじっくり調べればいい。

 だが奴を早急に捕えなければ別の犠牲者がでる。

 そいつは脂虫じゃない普通の人間かもしれない。


 舞奈が走るうちに、交差点が見えてきた。

 目をこらすと、もやは青信号を走りぬけたところだ。


 舌打ちする。

 タイミング悪く信号に捕まったらたまらないと、小夜子のようなことを考える。

 だが幸いにも信号は、舞奈が渡りかけても青のままだ。


 だが違和感。


 ふと横を見やる。

 トラックが迫っていた。


 地響きをたてる巨大な鋼の怪物が、猛スピードで突っこんでくる。

 信号で止まるつもりなどないスピードだ。

 運転席をちらりと見やると、予想通りのくわえ煙草だ。


「糞ったれ!」

 とっさに周囲の気配を探る。

 舞奈の他に、横断歩道を渡っていたのはOL風の女性がひとり。

 襲い来るトラックに硬直している。

 考えるより先に勢いをつけて彼女に飛びつき、今来た歩道に押し倒す。


 その背後でけたたましいブレーキ音。

 居眠りでもしていて、あわててブレーキを引いたのだろう。

 トラックは横滑りしながら向かいの歩道めがけて突っこんでいく。


「……!?」

 ガードレールの向うには幼い子供。

 舞奈が走って間に合う距離ではない。


 極度の緊張のあまりゆっくりと流れる視界の向うで、止まる術を持たない鋼の凶器が子供めがけて突き進む。


 幼子の無垢な瞳が迫る鋼を見やる。

 その表情が対処不能な現象を前にして固まる。


 舞奈の胸中を、守れなかった悔恨が駆ける。


 轟音。


 だがそれは、トラックがガードレールを突き破った音ではない。

 舞奈の目の前で、トラックは逆の方向に横転した。

 それは見えざる巨拳で殴られたような、あまりに不自然な挙動だった。


 驚く舞奈の目の前で、子供がふわふわと浮かびながら近くの歩道に着地した。

 否、見えざる何者かが子供をかかえて守っていた。

 舞奈がそうしたように。


 子供の周囲でもやがゆらぐ。

 舞奈にはそれが、優しく頭を撫でているように思えた。

 子供の母親らしき女性が走ってきて、奇跡に救われた我が子を抱きしめる。

 舞奈の口元に、思わず笑みが浮かぶ。


 もやは子供の近くを漂っている。

 体力が限界を超えたか、あるいは何らかの異能を使いすぎたようにも見える。

 今なら走って行って捕まえられるかもしれない。だが、


 舞奈は携帯を取り出して、明日香の番号にコールする。


『舞奈!? そっちはどう?』

「スマン、まかれた」

『あなたが!??』

「しょうがないだろ、タイミングよくトラックが突っこんできたんだ」

 軽薄な口調でそう言うと、ちらりと歩道を盗み見る。


 見やった先に、もやはもはやなかった。

 舞奈が追っていたはずのサイコパスの凶悪犯は、そこにはいなかった。


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