第二話「ヒーロー」
「そういえば村雨さん。ツヨイレンジャーって知ってます?」
ほどよく暗い照明がいい感じの喫茶店で、俺はそんなことを彼女に聞いた。
「ん? ああ、知っているよ。ワンパンで相手をぶっ飛ばすっていうあの――」
「いや違います。人違いです。……えっとですね村雨さん。ツヨイレンジャーっていうのは、通称『最強戦隊ツヨイレンジャー』って言いましてですね、この町に現れる怪人と戦ってくださっているすごい人たちでですね、メンバーは何とたったの三人! いやーすごいですよねー、それでですね他にも」
「長い三行」
無慈悲に中断。ひどいです村雨さん。だがそこがいい!
「……では、こほん。――ヒーロー
三人組
町の平和を守ってる」
「最初からそれで頼む。神崎、お前の話は一々長い。あと、ツヨイレンジャーぐらい私も知っている。給料も碌に貰えないというのにごくろうなこった」
「はい……」
それだけ言うと、村雨さんはホットコーヒーを飲みだした。うむ、なんというか可憐だ。それでいて優雅だ。非常に可愛い。いやぁすばらしい。「付き合ってほしい是非とも」
「ぶっ!」
……? 突然村雨さんがコーヒーを噴き出した。一体どうしたのだというのだろうか。
「どうしたんですか? むせました?」
「いや、ちがうちがう。……あのなあ神崎。お前はさ、今自分が口走ったこと理解しているのか?」
「……え? 俺、今何か言ってましたか?」
いや、そんなはずはない。俺は脳内で村雨さんのことを考えていただけだ。ちょっとあられもない姿を想像しただけだ。それがいったいどうして「村雨さんをむせさせたというんだ」
「まただ……」
「え?」
「神崎。アンタ多分ここに来るまでに怪人の攻撃を受けているぞ」
「そ、そんなスタ○ド攻撃みたいな……」
「そんなことがありえるというのだろうか。これでも俺は、結構鍛えている。そんな怪人の攻撃を受けることはないはずだ。ていうか今日は別に怪人になど遭遇していない。故にマジでありえないのだが、それでも万が一ということもあるかもしれない。では一体どこで……」
「駄々漏れだぞ神崎ィ! いい加減に気付けよもう! お前、さっきから心の声が駄々漏れなの! おーけー!? どぅーゆーあんだすたん!?」
「い、いえすあいどぅー」
「よし」
「ど、どどどどどっどうなっているんだこれは!? 俺はどうなってしまったんだ!? さっきから心の声が駄々漏れ!!? ……む、待てよ。ということはこの声も筒抜けということなのでは…………?」
「ご名答。その通りだ神崎。お前は今、その思考すべてが口から出てきている。やばいぞ。怪人が倒されない限り、解決策は解脱しかない。あらゆる煩悩を消すしかないんだ」
「マジすか村雨さん! じゃあ煩悩まみれの俺は大ピンチじゃないですかーーー! どうしたらいいんでしょうか! この、秘めたる心象世界をどう隠せばいいのでしょうか!!?」
「俺は必死で村雨さんに質問する。だってやばいものこのままじゃ。このままじゃ俺の村雨さんへの気持ちが何かばれそうでヤバイというか」
「安心しろ。それは元々ばれてる」
「そっかー。なら安心……ってうそおおおおおおおおお!!?」
「ばれてたの? あればれてたの? まじで? うそでしょ!?」
「神崎、ちょっと一回黙ってくれ。もはやどれが心の声かわからない」
「え、でもどうしたら……」
「――いいのだろう。俺はわからな」
「ハナクソのことばっか考えてみろ。それでなんとかなるはずだ」
「な、なるほど! やってみます!」
「ハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソ」
「ほらな。自分の心象が筒抜けになるよりはマシだろ?」
「ハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソ」
「うむ。今度は会話が成立しなくなったけど、まあ仕方がないな」
「ハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソさん」
「……ん?」
「ハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソさめさんハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソ」
「!?」
「ハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソ村雨さんハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソ」
「おい、ハナクソの海に私を投げ込むな。お前が私のことを好きなのは分かった。分かったから一旦サルベージしてくれないかなお願いだから」
「ハナクソハナクソハナクソハナクソハナクソ村雨さんハナクソ村雨さんハナクソハナクソハナクソ村雨さんハナクソハナクソハナクソハナクソハ村雨さんナクソハナクソハナク村雨さんソハナクソ村雨さん村雨さん村雨さん」
「おい、だからやめろって! あと私はアメーバじゃない! そんなに増やすなよもう!」
「村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さんおっぱい村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん村雨さん」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!! ごちそうさまでしたーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
……このままでは状況が分かりづらいので、今回は僭越ながら私、イリュージョン向井が語り部を担当いたします。
とはいえ、説明すると一瞬なんですよね。それって面白みに欠けると思いません? ……え? 思わない? そうですか。では簡潔に述べましょう。
「村雨さんは恥ずかしさのあまりお金を置いて先に帰りました。……まあこんなもんです」
……残念ながら向井のおっさんもやられたみてえだな。なら仕方がない。ここはこの俺、影の破壊者がナビゲートを担当しよう。
よろしく…………「な!!!!!」
「だめだった。みんな駄目だった。この町で攻撃を受けていないヤツはもう一握りしかいないだろう。それは例えば村雨さんであり、ツヨイレンジャーのレッドとグリーンぐらいであろうさ」
「俺はただ走る。どこへかは決まっている。……怪人のいる場所だ。そいつは人々を苦しめた。大変許せんやつだ。————故に倒す。この俺が倒す」
「ここは路地裏。俺や俺の声を感知するヤツはいない。ニャンコすらいない。だから、ここでやる。……行くぞ」
「変身……!」
「瞬間。俺の体は光に包まれる。その光は黄金の輝きを以って俺の体を変化させる。ナノマシンによる超密着型パワードスーツ。それこそがツヨイレンジャーの秘密! なおかつ俺の秘密!」 ……そう、我が名は——————
「ツヨイイエロー!!!!! カレーを所望するッ!」
でぶーん……なんて、くそうざい効果音が流れる。……そう、一体どうしてそうなるのかは知らないが、町のみんなからモデル体型だの喋らなければイケメンだの言われているこの俺、神崎ツヨシは、変身すると何故かでぶくなるのだ。倍加の術とか別にかけていないのにおかしな話である。あーお菓子食べたい。……は! まただ。このように、俺の思考までもそっち寄りに偏ってしま……む?
「あれ? モノローグがちゃんとある」
なんと。変身したらなんかツヨイエナジーのあれこれによって状態異常が治った! スゴイ!
「よーし、そうと決まったら善は急げだ! 待っててねーレッド、グリーン!」
声がギルからダル並みに変化しつつ、意外と俊敏に走る俺ことツヨイイエローであった。
……で。現場——町の名物キクチタワー前——に着いたのですが。
「ぐはははは! 我が名はゲロ種怪人、ゲ・ロゲロ・ゲ! 人間どもよ、このままあんな秘密やこんな秘密も全部ゲロっちまえよヒャハハハハハーーーーーッッ!」
「とりあえずグ□ンギに謝るべきだと思うの」
「気が合いますねイエロー。私も今、そう思っていました。ですが、ちゃんと人間の言葉で話されているのできっと属性は秩序・悪ですよ」
ホソーン……なんてゴボウみたいな音を出すグリーン。ちなみに男です。中の人はなんとなくインテリのイメージ。
「全く、遅いぞイエロー。いくら私たちのスタンスが現地集合だからといって、いや、だからこそ時間にルーズなのはよくないぞ!」
ジャーン……なんて、一番それっぽい音を鳴らしながら、一番それっぽいことを言うレッド。もしかしなくてもリーダーです。
「ごめんよレッド〜。僕さっきまであいつの攻撃を受けててさぁ〜」
「博士の分析によると、どうやらヤツは広範囲に自白剤っぽいノリの毒ガスを放出しているっぽいです!」
ぽいぽいうるさいグリーン。パーティーが始まるっぽい?
「そうか。ならば手早くぶっ倒そうか」
言うや否や、レッドの右腕が赤く輝く。
————まあ、なんというか。
「お? 来たなツヨイレッド! お前など俺の前では羽虫同然よ——————」
「うるさいくらえ」
ダウナーな言い方とは裏腹に、鋭く唸る灼熱の鉄拳。——其は烈火の流星……だなんてかっこつけて言ったわけだが、これが筒抜けだったらヤバかったなウン。ツヨイスーツ様様だネ。
「デュフォーーーーーーッッ」
そして、よくわからない叫び声をあげて爆発する怪人。よし、今日も町の平和は守られた。
「はい、お疲れ様でした〜」
一同、アジトにて博士に労われる。ちなみに変身は解かない。別にプライベートを隠しているわけではない。なんかこっちの方がミステリアスでいいよね……と三人がみんな同じことを思ったからだ。
「今月はビルとか壊してないからね。15日頃にはしっかり給料が振り込まれるはずだよ〜」
「それはいいが博士。先月分がまだだぞ。そちらはどうなっている」
レッドが問い詰める。それを博士は笑い、そしてとんでもねーことを言い出した。
「いやほら、先月はビルぶっ壊しちゃったじゃん。普通のビルなら上層部がなんとかしてくれるんだけどさ。先月のはその上層部のいるビルだったわけじゃん……ぶっちゃけ、あっちも大変で今月分すら危うかったんだよ?」
マジかよ。木を隠すなら森の中とは言うが、よもやそんなところに本部があったなんて。つーかアホじゃね?
「というわけで、今月分はちゃんと振り込まれるから勘弁ね?」
「「「うげー」」」
なんともゲロい声を上げる我らツヨイレンジャーであった。
「ふぅー、疲れた疲れた」
私ことツヨイレッドは帰路につく。戦いの傷はなかなか癒えない。なんというか温泉に入らないと治らない。
「お、そういや銭湯あったなぁ」
そういう気分だったので銭湯に向かう。
「でもそれなら変身は解かないとな」
なんというか、偏見とかあるからな。このままじゃ浴場に入れないかもしれないし。というより、どこの世界に変身したまま風呂入るヒーローがいるのか。……いないよね? いたらごめんなさいだ。
「ふぅー」
路地裏で変身を解く。ここから銭湯までは割と近い。軽いジョギングをしながら向かえばいい感じにさっぱりできるだろう。
入店する。
「いらっしゃいませー。お一人様ですね」
「ああ」
「では靴はこの先のロッカーにお入れください。……あと、当店はバスタオルを更衣室に置いてありますのでご自由に————」
……というわけで、受付は済ませた。
いやぁ、やはり浴場とはいいものだ。うむ。なんか聞くだけでワクワクしてくる。
「——さあ、さっぱりしよう」
そして私、ツヨイレッドこと村雨アカネは当たり前だが女湯ののれんをくぐった。