魔王様は副官Bとともに爆笑される
魔王、エリエラ。
魔界において極上の美と最高の頭脳、絶大なる手腕を以て君臨する偉大な王。微笑むお姿は妖艶、立ち振る舞いは優雅、時に厳しい瞳でこの世界を支配する。
その魔王様にお仕えして400年。魔王様をただひたすらに愛してきた。
魔王様こそ自分の主であり、絶対的な存在だと信じてきた。いや、それは今でも変わらない。
確かに、とユイシールはぼんやりした頭で考える。
魔王様は189センチほどの長身でいらっしゃる。女性にしては高いとは常々思っていた。
魔王様は低くよく通るお声をしていらっしゃる。それも威厳があって素敵だと思ってきた。
魔王様は剣術なども男どもに負けないほどでいらっしゃる。さすが魔王様だと思ってきた。
魔王様の胸はまったいらでいらっしゃる。慎ましやかでそれはそれでと思ってきた。
つまるところ、ユイシールはそれが魔王様であれば、ありさえすれば、魔王様を構成する要素はすべて肯定してきた。恋は盲目とはよく言ったもので、今までかのお方の性別など考えもしなかった。
女性的で美しいお顔立ちと、なめらかなその口調に、すっかり400年間思い込んでいたのだった。
魔王様は、女王様であると。
その常識がいま誰あろう魔王様のお言葉によって覆された魔王様の筆頭副官ユイシールは、一言も言葉を発さず、ただ目の前の魔王様を見つめていた。たったいまその性別が180度違うものであると自らの口で発言なさった魔王様もまた、かれこれ400年一緒にいた部下をまじまじと見つめた。
そして。
「やああだ、ユイちゃん!うそ、アタシのこと女だと思ってたの!?うわ、なんかもーびっくりよー!」
魔王様は大笑いなされた。その後ろでは、ユイシールの暴力にもめげないセルロンがまた腹を抱えて笑っている。ただひとり、ユイシールだけはいまだ働かない頭をなんとか起動させようと様々な思いを巡らせていた。
そして数分後、魔王様とセルロンの笑いはようやく終息をみせ、ユイシールはいつもの聡明さを取り戻しつつあった。そうして彼女がいの一番にしたことは、魔王様の前に高速でひざまずくことであった。
「エリエラ様。このたびは私の失態、まことに申し訳ありません!魔王様にはなんたる不敬を……いかなる処罰でも覚悟しております!」
武士か、とセルロンはふと思いついた謎のツッコミをいれたくなった。そして魔王様は「武士か」とそのツッコミを口にした。悲しきかな腐れ縁、どうも思考が似通っているようだ。ユイシールには魔王様のツッコミは聞こえていなかったようで、彼女は顔を伏せたままだった。
魔王様は困ったように眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。ひざまずくユイシールと同じ目線になるように膝をつく。
「ユイちゃん……ユイシール」
「申し訳ありません、魔王様」
「いいのよ、アタシも別に男だっておおっぴらに言ったこともなかったし。確かに紛らわしい口調してるし」
確かに魔王様が男だと公言されたことはなかったが、それは周囲のだれがどう見ても、魔王様が女言葉を話す男性だとわかっていたからだ。むしろびっくりしたのはユイシールがそんな魔王様を女であると誤認していたことの方だ。しかし優しい魔王様やセルロンは、そんなことを口には出さなかった。先ほど気が済むまで爆笑したことは彼らの記憶からすっぽ抜けている。
「そうね、今回知ってもらえればいいわ。アタシは性別でいうなら男だし、恋愛対象は女よ。あくまで女言葉を話しているだけ。わかってもらえた?」
「はい……」
すっかりしょげた様子のユイシールの頭を、魔王様は優しく撫でた。ぴく、とユイシールの肩が小さく揺れる。
「まずは、あの人間たちを元の場所に帰してらっしゃい。それが終わったら、一緒にお茶でもしましょ」
その言葉に、ユイシールはばっ、と顔を上げた。悲痛な顔をしている。優しく微笑む魔王様を見て、彼女はさらにその眉根を苦しげに寄せた。
「そんな……私を罰してください、魔王様。私は大変な間違いを……」
「いいってば」
「しかし、気がすみません。なんでもいたします」
なおも言い募る部下に、魔王様はふうん、とつぶやくと、たちの悪い笑みを浮かべた。魔王様がこれまで2000年間君臨なさってきたのは、お優しい性格と、そして、この悪いたくらみのおかげである。
「なんでも、っていったかしら」
「え?はい、魔王様のおっしゃることでしたら、どのようなことでも受け入れる覚悟はございます。死でも、拷問でも、なんなりと」
物騒な彼女の物言いに、魔王様はいやね、と妖艶に微笑んだ。
そしてうつむく彼女の顎をつい、と持ち上げると、赤いそのくちびるを彼女のそれに重ねたのだった。
おそらく10話前後で完結するはずです。
もう少しお付き合いいただければと思います。