副官Aがお披露目する
条件のメモが完成するや否や、ユイシールは配下の魔族たちとともに人間界へ出向いた。そして条件にあう人間たちを片っ端から攫ってきた。
催眠をかけ、魔界へと連れ去る。それを人間たちは拉致監禁というようだが、ユイシールはやはり真面目な魔族であった。その方法になんら疑問を抱かず、3日かけて目についた人間たちを連れてきたところで、こんなものだろう、と額の汗をぬぐった。
その数ざっと300人。偉大なる魔界の王の結婚相手としては少ない人数だが、初婚で大量の結婚相手がいるのも不便だろう。気に入らなければ記憶を消して元の世界に戻せばいいし、気に入ったのなら催眠をより強くかけて魔王様と結婚させる。もしそれで気をよくすれば、魔王様はいつでも捨てられる側室用の人間ではなく、正式な結婚相手として魔族との結婚をお考えになるかもしれない。
結婚。ユイシールはその言葉に胸を躍らせた。愛する魔王様の婚礼衣装はそれはお美しいに違いない。想像するだけで胸が張り裂けそうだ。動悸が激しくなる。想像するのが自分の結婚式ではないところが残念極まりない。2200歳で魔王様の配下として働き始めてから400年、ユイシールは魔王様第一の仕事一辺倒だった。
「ユイちゃん?なあに、アタシを呼び出したりして?」
一通り人間たちの催眠作業が終わり、落ち着いたところでユイシールは魔王様を呼び出した。魔王様は今日も艶やかでいらっしゃった。身に着けているものは黒のワイシャツに黒のパンツと、いたってシンプルなのに、にじみ出る妖艶さが隠しきれていない。その魔王様に喜んでもらえると思うと、ユイシールの胸は高鳴った。自信をもってお披露目する、最上級の人間たちだ。きっと魔王様は喜んでくださる。
「ええ、魔王様。大変お待たせして申し訳ありません。とうとう魔王様のご結婚相手を連れ帰ってまいりましたので、ぜひともご覧いただきたく」
「ああ、とうとう準備できたんだ」
漆黒に身を固めた魔王様にユイシールが礼をすると、魔王様の後ろからセルロンの声がした。魔王様しか視界に入っていなかったので気づかなかったが、どうやら彼もいたらしい。しかしセルロンには一切目をくれず、ユイシールは「こちらへ」と扉を開けた。
広い部屋に人間が300人ほど。しかも見目麗しい人間ばかりだ。なかなかその光景は圧巻であった。
「いかがでしょう、魔王様。お気に召す者はおりましたか。時間はありますから、ゆっくりと時間をかけてお選びいただいてもかまいませんよ」
自信たっぷりにユイシールがいうと、なぜか後ろの方でぶほ、と何かを噴く音がした。どうせまた笑い上戸のセルロンだ、なにがおかしいのやら、あいつは頭がおかしい、とユイシールは気にしなかったが、おかしいのはセルロンの頭ではなく、敬愛すべき魔王様の様子であることに一瞬後に気づいた。
魔王様は、部屋の様子を見て、ぽかんとされている。
「……?魔王様、エリエラ様。どうかなさいましたか」
ユイシールが問うと、正気に戻った様子の魔王様はゆっくり彼女を振り向いて、そして人間たちを指さしながら言った。
「なんで男?」
「はい?」
きっとその返答は、いつものユイシールの基準で言ったら不敬にあたるものだった。
しかし、魔王様のおっしゃった言葉の意味がよくわからず、思わずユイシールは聞き返してしまう。
「すみません、おっしゃる意味がわかりかねます」
「いやいや、だから。なんで、結婚相手が男なの?」
ますますもって不可解な魔王様の言葉。ユイシールは自分のこれまでの常識を疑うことをしなくてはならなくなった。
「エリエラ様。失礼を承知でお尋ねします。まったく不勉強で申し訳ありませんが、結婚とは、男女、異性間で行われるものではなかったでしょうか」
「まあ、もしかしたら違うひともいるかもしれないわね。でもアタシはその他大勢がそうであるように、異性としたいと思ってるわ」
当然とばかりに大きくうなずく魔王様。どうやらユイシールの常識は間違っていなかったようだった。それならばなぜ、魔王様はあんなことをおっしゃったのか。
目の前にいるのは人間の男たちだ。見目麗しく、真面目で、力も強く、そして周囲の人間からの評判も上々の偉丈夫たち。魔王様もきっと気に入ると思ったのだが。
ユイシールは悲しげに目をふせた。その様子はひどく儚げで美しく、魔王様もセルロンも、そして人間の男たちでさえも彼女に目を奪われる。
「なにがお気に召さないのでしょうか。言っていただければもう一度準備を」
そこでユイシールを見つめていた魔王様ははっと気が付かれ、そして声を上げた。
「なにがって、そりゃそうでしょ。アタシ、男よ?」
ひ、ひーっ、と甲高い引き笑いがその瞬間、魔王様の後ろから聞こえてきたので、魔王様のお言葉の意味を理解するより早く、ユイシールは脊髄反射で同僚の男を殴って不快なその笑い声を黙らせた。
※17日23時23分、一部修正しました




