副官Aはがんばる
さて、敬愛すべき魔王様のご結婚宣言から3日。
筆頭副官であるユイシール女史は、自身の執務室にこもり、メモとにらめっこしていた。
「ユイちゃんみたいな人間」
それが、愛する魔王様のお望みの条件である。その条件は、真面目な彼女にとって一種の謎かけであった。
(私のような……とは、いったいどんなだろう)
自分を客観視することは難しい。真面目なユイシールは3日間悩んでいた。とりあえず今のところメモに書き記したのは
・金髪、碧眼
・身長165センチほど(もう少し高いほうが魔王様にはふさわしいのでは?)
・平均体重
・秘書のような仕事ができる?
の4点である。これを踏まえた人間……ゴマンといそうだ。ユイシールは悩んだ。
そこへ現れたのは、同僚であり同じく副官であるセルロンだった。いつも飄々とした態度の彼は「なになにー」と本日も軽い調子でユイシールに声をかけた。彼女がしかめ面で直面するメモを見て、合点したように口笛を吹く。
「ああ、エリエラの結婚相手探しか」
「そうだ」
頷き、そしてユイシールは目の前の同僚の男をにらんだ。魔王様を呼び捨てにするとはなんと不敬か。いくら幼馴染だとはいえ……そこでふと気づく。
「セルロン、そういえばお前、エリエラ様の幼馴染だったな」
「そうだけど」
非常に忌々しいことだが、愛する魔王様とこのちゃらちゃらした同僚は幼少のころより同じ学び舎で席を並べた仲なのだという。「腐れ縁」だの「悪友」だのその関係にいろいろ名付けはしているが、確かにこの男と魔王様は仲がいい。そのことを思い出し、ユイシールは自身の許可も取らず部屋に入った挙句、備え付けの棚から勝手に茶器を取り出してお茶を淹れていることには目をつぶることにした。メモを彼に突き付ける。
「何かほかにないか」
「は?」
お茶をすすりながら怪訝そうな顔をするセルロン。ユイシールはぐぐっと詰め寄った。お綺麗な顔が間近に迫り、セルロンは珍しく焦る。目の前の女史はまったく気づいていないようだったが。
「だから、エリエラ様のご結婚相手の条件だ。エリエラ様は、その、私のような、とおっしゃったが、いかんせん私にはこれといった特徴がない。たとえば手足が3本ずつあるとか、小悪魔のような羽が生えているとかだったらよかったのだが」
彼女は非常に真面目だ。聞けば初等教育当初から成績1番以外をとったことがないという。そして真面目すぎるがゆえにどうもこの女は面白い。鼻先数センチにいる真面目な顔した同僚のせいで、セルロンは笑いをかみ殺すのに努力するはめになった。
しかし、特徴がないとはよく言う、ともセルロンは思う。
魔界で至高の美はエリエラだ、と讃えるユイシールであるが、その自分の顔もかの魔王にひけをとらないくらい整っていることを彼女は知らない。というか興味がない。いつも険しい顔つきの彼女だが、ひとたび微笑めば、人間の男は数百人数千人と陥落し、彼女にありとあらゆる金銀財宝を差し出すに違いない。命を投げうつものもあるだろう。そういう意味で、彼女はとても魔族であった。非常に真面目だが。
「だからこの際私のような、というのは置いておこうと思う。いや、ここにあげたいくつかの条件を満たしたうえで、さらに絞り込む条件を出してくれないか。幼馴染のお前なら、多少なりともエリエラ様のお好みがわかるだろう」
切羽詰まった感のあるユイシールの切なげな表情に、セルロンはんー、と曖昧に返事をした。そして目の前の彼女の鼻をつん、とつついてやる。すると彼女は同僚との近さにようやく思い立ったのか、ずざあああ!と勢いよく後ろへ飛びのいた。魔界のアスリートもかくや、という素晴らしいスピードと飛距離だった。
「ちょっと、そこまで退かれるとおにーさん悲しい」
「うるさい。バカは休み休み言え。むしろバカは二度というな。すまなかったな、魔王様のことで頭がいっぱいだった」
ちょっと顔が赤いユイシール。これが人間界ではやりのツンデレというやつだろうか。萌えの意味を理解しつつあるセルロンは、しかし真剣な彼女をこれ以上からかうのも不憫だったので、メモを彼女の手から取り上げ、再びんー、とつぶやいた。
「まあ、見た目はアレにふさわしいくらい整っている方がいいんじゃねえの。あとちゃらんぽらんそうに見えてエリエラも結構仕事熱心だから、結婚相手も真面目なヤツのほうがいいだろうな。それから、人間でいうなら26歳くらい」
ふむふむ、とペンを走らせるユイシール。きちんと彼の言葉を聞いているようだが、きっとその意味などは理解していない。面白いなあ、とセルロンは思う。
「あと、そうだなあ……ユイちゃんって一人暮らしだよな?自炊するの?」
「?なんだ、いきなり。一人暮らしだし、もちろん自炊する。外食ばかりしていたら栄養が偏るし、自炊は節約にもなるからな。それに料理をするのは楽しい。幸いにしてそんなに下手でもないようで、同僚や部下たちも私の料理をおいしいと言ってくれる。うれしいものだな」
「ふーん……っていうか俺、ユイちゃんの手料理食ったことないんだけど」
「そうか。その機会は永遠にないだろうから、気にしても仕方ないと思うぞ。ところで魔王様のお好みはどうした」
「ひどいなあ、ユイちゃん。エリエラも料理のうまいヤツが好きだと思うぜ」
なるほど、と再びユイシールはメモをとった。
そのほかいくつかの条件をセルロンが提示し、ユイシールはその都度メモをとった。数分後にはある程度絞り込めそうなくらいの条件が箇条書きされ、満足そうにユイシールはメモを見返した。
「これくらいでいいだろう。手間をかけたな、ありがとう」
「いいってことよ。お返しはユイちゃんの熱いキッスで」
「さて、これで完成だ」
セルロンの軽い冗談を華麗にスルーしたユイシールは、メモの最後に一つ条件を付けくわえた。ん?とセルロンが覗き込むと、そこには
・魔王様のことを愛している
とあった。
「やはり結婚、だからな」
顔を赤くし、はにかむ彼女の姿は通常のクールビューティさがなりを潜め、あまりにかわいらしかったので、セルロンは「そもそも人間って魔王のこと知らねえから愛してるもクソもねえだろ」というツッコミを返すのを思わず忘れてしまった。