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魔王様のご成婚  作者: john.
本編
12/14

副官Aは気づく


 光陰矢のごとしという言葉が、人間界にはあるという。しかし人間より寿命が何千年も長い魔界の住民にとって、時がたつのは矢が飛ぶ速さよりもさらにあっという間であった。


 あの日から、1か月が経っていた。


 魔王様に求婚され、そしてなぜか承諾してしまったあの日。官能的なくちづけに酔わされた、あの日。

 その翌日の朝、ユイシールは魔王様の執務室へ入るのに多大な緊張を強いられた。前日に「アンナコト」があったのだから、緊張するなという方が無理だ、と自分の心臓が尋常ではない鼓動を打っていることに言い訳しながら、彼女は執務室をノックした。

 果たしてそんな副官ユイシールを迎えたのは、いつもと変わらない魔王様の麗しい笑顔だけだった。


 その笑顔はあまりにも美しかった。そしてあまりにも「変わらなさすぎた」。ユイシールは不審に思い身構える。その様子に魔王様は苦笑しながら「どうしたの、ユイちゃん?」とお尋ねになった。前日、彼らの間にはまるで何事もなかったかのように、魔王様はいつも通りユイシールに、そしてそのほかの魔王様の配下に接せられた。


 拍子抜けしたのはユイシールである。

 いや、当初彼女は安堵のため息をついた。異性との交際の経験がまるでないユイシール女史にとって、経験豊富で妖艶で愛してやまない魔王様との「婚約」は喜ぶべきことであるよりも前に悩みの種でもあったのだ。あのようなくちづけにはいつまでたっても慣れるような気がしなくて、いつも通りの魔王様にユイシールはすっかり安心していた。


 ところが、それから1週間、10日、3週間、1か月とたっても魔王様はありとあらゆる意味でいつも通りだった。いつも通り妖艶、いつも通り有能、いつも通り傍若無人。ユイシールにもいつも通り笑顔を向けられ、そしていつも通りからかいなさり、いつも通りたわいもない話をなさった。


「あれは、夢だったのだろうか」


 本日の執務を終え、自らの居室へ向かう途中、ぼんやり考え事をしていたユイシールはついにそう無意識で呟いた。

 あの日。魔王様との結婚を承諾した。くちづけをかわした。好きだと、言われた。

「あれは、私の夢だったのだろうか」

 求婚に困惑したのは事実だ。それを悩んでいたのも。はじめは魔王様を拒否しまくっていたし。しかし、何事もなかったかのように魔王様が振る舞われている今、ユイシールは自分でも説明のつかない感情が沸き起こることに戸惑っていた。


 胸がもやもやする。時折わしづかみされたように心臓が痛い。魔王様の笑顔を見るとつらくなる。あのすべらかだが骨ばった手が、自分に触れないのが寂しい。魔王様のぬくもりが恋しい。魔王様の声が自分以外を呼ぶのが怖い。魔王様が自分を見つめてくれないのが、あの日のように近づいてくれないのが、悲しい。


 魔王様と初めて出会ったのはもうずっと前だ。まだ自分が幼かった頃。初めて見た自分の王はとても美しく、魅力的だった。周囲のものを魅了してやまない笑顔。真剣に国のことを考え、身を粉にして働き続ける姿。

 魔王様のそばで役に立ちたいとずっと思っていた。念願かなって職を得て、補佐をするようになってからもその思いは変わらなかった。仕事にかける熱意と魅力的な人柄に、どんどん惹かれていった。


「まおうさま」


 ユイシールは小さく呼んだ。胸の奥があったかくなった気がした。


「まおうさま。まおうさま。エリエラさま」


 その時、ユイシールは唐突に気づいた。その名を持つ人が、自分にとってかけがえのない人であると。それは副官ユイシールにとって魔王様という敬愛すべき存在であるということではなくて、ユイシールというひとりの女にとって何よりも大事な男であるのだと、その時彼女はふと気づいたのだ。


「」

 もう一度その名を呼ぼうとしたとき、ユイシールの体は後ろから何者かに拘束された。通常であれば素早い動きで不審者に反撃し捕縛することもできるユイシールは、しかしその時ばかりは拘束に甘んじた。自分を抱きしめるその腕が誰のものであるか、彼女にはすぐわかったのだ。


「魔王様」

「なあに、ユイちゃん」

「私、魔王様が好きです。きっとずっとずっと前から、あなたのことが好きでした」

「まあ、ユイちゃん。遅いわよ。アンタがちゃんと自分の恋心に気づくまで、待ちくたびれちゃったわ」


 ふふ、と魔王様はユイシールの首筋に鼻先をうずめながら笑われた。彼女が本当は自分のことが好きで好きでたまらないことなど知っていた。だてに二千年も魔王をやっていない。あとは、彼女が、自分の気持ちがきちんと恋であることに気づいてくれさえすればいい。


「ユイちゃん、ユイシール。愛してるわ。これから、ずっとアタシの隣にいてくれる?」

「魔王様。エリエラ様。私はあなただけの配下。あなただけに忠誠を誓い、あなただけを守り、あなただけを愛します」


 彼らは、くちづけを交わした。その時、二人は正式に婚約を結んだのであった。


***


「来週結婚式をするから、アンタたちちゃんと出席してちょーだいな」

 

 その日の午後のティータイム、ふわふわした口調で魔王様がそうおっしゃったとき、その場に控えていた配下たちはうっかりそのお言葉を聞き逃しそうになり、その後慌てた表情で魔王様を二度見した。中でも筆頭の副官でもあるユイシールはほかのものより一回多く、三度見した。


「ななな、いいい、今なんとおおおお」

「ちょっと、ユイちゃん、近いわよ。そんなに近いとアタシうっかりくちづけしちゃいそう」

 うふ、とにっこり笑う魔王様。怖い顔で魔王様に詰め寄っていた筆頭副官ユイシールは慌てて飛びのいた。

「あら、残念」


 彼女が麗しき魔王様の婚約者であることは、周知の事実だった。魔王様に負けず劣らず美しい、クールビューティの呼び声高い彼女を陰ながら狙う者が多い現状を、独占欲の強い魔王様が放っておくはずなかったのである。婚約を交わしたその日に緊急召集がかけられ、魔王様は自らの婚約を宣言なさった。


「しかし、ずいぶん急な話だな」

 副官Bであるところのセルロンは楽しそうににやにや笑いを浮かべて言った。この間の緊急招集の際の話では、正式なご成婚はまだ先になるとのことだったのに。


「そうです、魔王様。あと1年ほど交際期間を設けましょうと申し上げたじゃありませんか。私はまだこういうことは不勉強で、魔王様にご迷惑をかけてしまう恐れがあります。もう少し私が経験を積んでからということで決定したはずです」

 慌てた態度はどこへやら、冷静さを取り戻したユイシールが言う。真面目な彼女らしい言い分だったが、「えーだって我慢できないんだもんー」と魔王様に抱き着かれると、顔を真っ赤にしてその拘束から抜け出そうともがき始めた。


 その恥ずかしがる様子はあまりにかわいらしく、セルロンはかの幼馴染が我慢できないのもわかるなあ、と笑いをかみ殺した。(了)


 いったんここでお話は完結します。お付き合いいただきありがとうございました。

 今後、数話程度後日談を投稿する予定です。

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