魔王様が宣言なさる
「アタシ、結婚することにしたから、だれか適当に見繕ってきてちょーだいな」
その日の午後のティータイム、ふわふわした口調で魔王様がそうおっしゃったとき、その場に控えていた配下たちはうっかりそのお言葉を聞き逃しそうになり、その後慌てた表情で魔王様を二度見した。中でも筆頭の副官でもあるユイシールはほかのものより一回多く、三度見した。
「今、なんとおっしゃいました、魔王様」
「やだあ、なにその怖いカオ。せっかくの美人が台無しよ、ユイちゃん」
うふ、とにっこり笑う魔王様。その美貌で人間の国を13個ほど滅ぼしてきたという逸話に恥じない、妖艶で淫靡で華やかな笑みだったが、筆頭副官である彼女は動じなかった。ぐぐ、と魔王様に詰め寄る。
「ご結婚されると、そうおっしゃいましたね」
「言ったわよん」
魔王様は、なんでもないことのように軽くそういって、毒々しい色の紅茶をすする。短めの黒髪によく似合う深いワインレッドの瞳は面白そうに輝いて、真面目な顔をした目の前の配下を見つめていた。
魔界を統べる魔王、エリエラ様。類まれなる美貌とずば抜けた才能を持ち、歴代最長となる在位2000年を数える魔王様である。もちろん、そんな魔王様なので結婚を申し出る若者は数多くいたが、エリエラ様はすべてこれまでお断りし続けた。魔王様ともなれば結婚相手の一人や二人や400人くらいいてもおかしくないのだが、おかげで齢3000歳にして未婚。魔界における平均初婚年齢が2400歳である昨今、ユイシールは自分が敬愛する魔王様が「行き遅れ」になってしまったことをかねてより悩んでいた。そういう自分自身も今年で2600歳の未婚女性であって、若干危ういのだが、自分のことなどどうでもよい。仕事とエリエラ様命のユイシールである。
そんな魔王様がとうとうご結婚を決意なされた。
これはユイシールのみならず、配下たちにとっても衝撃的ニュースであった。
そんななか、ひとり冷静に声をあげたのは副官B、セルロンであった。にやりといつも通りのニヒルな笑みを浮かべ、立ったまま本日のおやつであるレモンタルトをひとつ頂戴し、ほおばっていた彼は、「でもさ」と言った。通常であれば「行儀が悪い!というか魔王様のおやつになんてことを!」と叱責し、同時に鉄拳をとばしてくるユイシールは、今日は何も言わなかった。見た目にはわからないが、よっぽど動揺しているらしい。面白いなあ、とますますセルロンは笑みを深める。
「魔王様のご結婚相手となれば、適当に、ってわけにもいかないんじゃねえの?」
はっ、とユイシールは顔をあげた。その通りだ。美しく賢くちょっぴり傍若無人で自分勝手でわがまま放題の愛する魔王様に、そこらのクソみたいなヤツはご結婚相手としてふさわしくない。これは選びに選び抜かなければ。
ユイシールは使命感に燃えた。
「そうです、魔王様。適当に見繕うなんてことはできません。このユイシールが、三日三晩徹夜しましても、エリエラ様にふさわしい最高のご結婚相手を見つけてまいります」
ぐっ、とこぶしを握るユイシール。その様子には、普段クールビューティだと評判の彼女の姿はない。むろん、彼女自身はそんな評判を知る由もないのだが。
しかし、燃えるユイシールとは対照的に、魔王様はつまらなそうに「えー」と不満げな声を出した。
「別にいいわよ。うまくいかなかったらうまくいかなかっただし、適当に何人か連れてきてよ」
「だめです!エリエラ様、私が必ずお気に召す者を連れてまいりますから!」
いいのに、だめです、の攻防が続き、傍観していたセルロンはどうにも笑いが止まらなくなりそうになる。笑い上戸なのだ。腹筋がやばい、と彼は一生懸命真顔を作ろうと踏ん張る。
ユイシールは魔王様の不満げなお声に耳も貸さず、懐からメモとペンを取り出すと、
「さあ、魔王様。お好みのタイプをおっしゃってください。その条件に合う方を厳選しますから」
と言った。それに対し、魔王様はなぜか黙り込まれた。ぶふ、と後ろで笑いを抑えるのに失敗したような変な声が響いたが、ユイシールは目の前の愛する魔王様のことで精いっぱいで、よく聞こえなかった。
魔王様は眉根を寄せて、美しい顔を少しの間しかめていらっしゃったが、ややあってから小さく「そうね」とつぶやいた。
「ユイちゃん」
そして彼女の名を呼ぶ。ユイシールはペンをにぎるこぶしに力を入れた。
「はい」
「じゃなくて。アンタみたいなヒトがいいわ、ユイシール」
「は、はい?」
いぶかしげに眉根を寄せたユイシールに魔王様は一切構うことがない。楽しそうなお顔をしていらっしゃった。
「それに、あとくされなさそうだから、人間がいいわね。うん、そうだわ。ユイちゃんみたいな人間、連れてきてちょーだい」
にっこり笑う魔王様に、はあ、とユイシールは気の抜けた返事をし、セルロンはお茶をむせた。