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鍛錬中の彼等の日常

 それは騎士訓練場にて起こった。


「あのぅ……魔術師団長?」


「あぁ、こんな可愛らしい手に傷が! なんてことでしょう、早く手当てをしなければ」


 国で1、2を争ういい男(一般論)のセラフィムが、アルルの手を取り心配そうに傷を確かめている。といっても騎士となる者にとってはかすり傷程度なのだが、この男にはそれでも大怪我に見えるらしい。それはアルルの可愛さ故か。いや、それとも目の錯覚か。


「魔術師団長!」


 苛立ったアルルが強く呼ぶものの、アルルをやさしい瞳で見つめたセラフィムは、まるで睦言をささやくかのように答える。


「アルル、セラ、と呼んでくれていいのですよ?」


「――セラフィム様……」


「うーん、様は余計ですが仕方ありませんね。ま、呼び方はおいおい何とかなるでしょう。それで、なんでしょうか」


「もう、いい加減にしてください!この手を離してよっ。これじゃぜんぜん俺が訓練できませんっ」


 そう。今はアルルが仮入団した騎士団では、現在鍛錬の時間だった。まだまだ正規の騎士に比べて未熟なアルルは、毎日傷だらけになるまで模擬試合や素振りなどを頑張っているのだが……。毎日毎日押しかけてきてはアルルの世話をしようとするセラフィムに邪魔をされてしまうのだ。

 そもそも合同訓練時以外、魔術師がこの場にいることがおかしい。且つ、彼の言動自体が場違いなのだが、この場にそれを指摘する度胸のある者はいなかった為、ここ最近、こんな光景が繰り広げられている。


「セラフィム~いい加減にしろよ~」

 そこに、団長のガリッグが困ったアルルを見かねて助け舟を出す。


「僕は折れてあげたんですよ? 本当は僕の下に欲しかったのに。このくらいいいじゃないですか」


それを聞いたガリックは少々呆れ顔だ。そもそもアルルは騎士団に入ったのであって、魔術師団に入ったのではない。


「はぁ……。ところでお前仕事は?」


「休憩中です」


「あのなぁ……。お前は休憩中かもしれんが、今ウチは鍛錬中んだよ。後にしろよ」


「おや、奇遇ですね。僕もこれから鍛錬しようかと思っていたんですよ」


「……」


何を言っても暖簾に腕押し、馬の耳に念仏である。


「さぁ、アルル。手当てをしましょうね? こちらへいらっしゃい」


 そういってセラフィムはぐいっとアルルの腕をつかみ歩き出す。


「セラフィム様っ、も、あのっ、放して!」


 いくら言っても止まらないセラフィムに、ガリッグががっくしと脱力してしまった。


 が、その時アルルとガリッグの救い主が現れた。


「セラフィム様」


 セラフィムの名を呼んだのは、黒いローブを纏った魔術師。


「あぁ、ルヴァド。どうしたのですか」


 ルヴァドと呼ばれた男は、セラフィムの片腕、魔術師団の副団長である。

普段はもうすこし優しい顔をした男なのだが、今は真冬の吹雪並に冷たい表情をしてセラフィムを真っ向から見据えている。


「仕事はまだ終わっていませんし、今日は休憩する余裕もございません。早急にお戻り下さい」


「えぇー? 僕はアルルの手当てをしなければいけませんし」


「いいえ! 俺、手当て要らないです!」


 あわててアルルが抵抗する。


それを不満に思うセラフィムは「アルル?」と疑問の声を上げたが、その声に被せてルヴァドがセラフィムに畳み掛ける。


「彼も手当てはいらないといっていますが? 親切の押し売りは迷惑ということを覚えておいたほうがよろしいですよ。それになんです? 騎士団の方々は鍛錬中、つまり仕事中です。あなたはその邪魔をしていることを自覚してください。それに騎士訓練場までくる余裕がおありとは知りませんでした。まだまだ書類を回しても平気そうですね」


「あ、ルヴァド。流石にこれ以上仕事を増やされるのはちょっと嫌ですね」


 平然と返事をしたのはセラフィム。だが、周りの騎士達は――もちろんアルルも――。

 ルヴァドの放つブリザードにぶるぶると震えていた。……彼は雰囲気と言葉だけではなく、実際に魔法でブリザードをセラフィムに放っていたのだ。まぁセラフィム自身は結界で阻んで被害はなさそうだが、周りにはいい迷惑である。というか、こんな場所で攻撃魔法をなんとなく雰囲気で放つ彼が非常識すぎる。さすがはセラフィムの副官といったところか。


「なら、いますぐお戻りを。塔から使いがきております」


「あ。それを早くいってくださいよ」


 そういうと、セラフィムは突然アルルを抱きしめて、頭の天辺にキスを落とした。

うっとアルルは固まった。固まったアルルを他所に、さらにきゅっと抱きしめながら名残惜しそうに言い、


「すみません。大変名残惜しいのですが、戻らなければならなくなりました。手はきちんと手当てしてくださいね。夜に様子を見に来ます」

「チュッ」


 と、言いたいことだけ言い、やりたいことだけをやって、アルルに止めを刺しセラフィムは踵を返した。


「皆さん……特にアルル君……ご迷惑をおかけしました。ガリッグ様、キーウィ副団長に何卒よろしくお伝え下さい。では失礼します」


 ルヴァドはそういうと、軽く頭をさげてセラフィムの後に続き、魔術師団長の個室の方へと戻っていった。


 後にのこったのは……。


 雪と氷だらけになったべちょべちょの騎士訓練場と、ルヴァドのブリザードでかちんこちんに固まった騎士団の面々だった。


「おいおい。これ戻して行けよ。っていうか全員解凍してから帰れよ……」


 呆れたようにいうガリッグ。


 そしてアルルはというと。セラフィムの帰り際、彼に唇をすばやく奪われてしまい、凍っている騎士団員以上にカチンコチンに固まっていた。しかもキスされた際にセラフィムに腰を引き寄せられ、尻まで触られたというおまけ付きだ。


「俺、俺、もうお婿にいけない……?」




 その後、用事を終えて様子を見にきた騎士団副団長のキーウィが、この惨状をみて頭を抱えて何かを叫んだとか。

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