受難(?)の日々の幕開け
続きは忘れ去られた頃になるかもしれません。よろしければ、どうぞよろしくお願いします。
「アルル=シャルル君。では、騎士団の仮入団をやめて魔術師団に入ってください」
「無理っ!」
無茶なことを、うっとりする様なバリトンの美声でささやくのは、少し癖のある金色の髪と瞳をした背の高い色男。黒いローブを適当に羽織っているので、魔術師であることはわかるが、一般の人々がイメージするヒョロい体ではなく、痩身ではあるがしっかりとバランスの取れた体躯であることが見て取れる。ちなみに手足も長く、優しげで、しかし精悍な顔もムカつく程整っていて、アルルにとっては腹の立つ要素満載だった。
アルルは騎士――仮ではあるが――なのに体格に恵まれなかった。つまり華奢で背が低いのだ。しかも女顔、ついでに童顔。なので、男前な奴を見るとコンプレックスを刺激され、ついつい怒りっぽくなってしまう。
この金髪金瞳の男に無茶なことを今言われているのも、その短気を起こしたせいだった。
「おや? 僕が剣でシャルル君に勝てば、何でも言うことを聞くという約束では?」
「う…そりゃ言ったけど! でもっ最初に変な事いって絡んできたのはあなたでしょ! それに、騎士より剣が使える魔術師なんて常識から外れてるっ!」
騎士といっても入団試験に受かったばかりの騎士見習いではあったが、厳しい入団試験に合格しただけあり、腕にはそこそこ自信があった。なのに開始1分で剣を飛ばされてしまい、アルルは負けた。
完敗だった。もうプライドも何もズダズダである。
そもそも何故剣で勝負したかというと、金髪男が初対面でいきなり、
「君にうっかり、惚れてしまったんですけどね。僕のところに来る気はないですか?」
などとほざいたからだった。
「この辺りでは珍しいさらさらの黒髪に、その気の強そうな深緑色の大きな瞳。僕の理想が、服を着て歩いていたから驚きました」
と、そこまで言われてしまったのだ。
……略式の騎士服――見習い用の物だったが――を着用していたのに女に間違われたのか!? いやまさかっ!
そう思い、男として馬鹿にされたと、アルルは自分の名を名乗り決闘を申し込んだ。小さい頃から「女みたいな顔」と周囲から言われ、嫌な思いをして来た為、女扱いされることが大嫌いだった。女と間違えられたり、女扱いをされるとつい、暴走してしまうのだ。
金髪男が「僕は魔術師ですが、試合方法は剣でかまいませんよ」といった。さらに馬鹿にされたと腹がたったものの、ぐっと我慢した。そうして「負けた方が相手の言うことを一つ聞く」という条件の下で剣の勝負をし、今に至る。
「何事にも、例外というものがあるのですよ。でも、それをいうなら、魔術師よりも多い魔力を持つ騎士も常識外れですよね」
魔術師として、アルル=シャルルから時折強い魔力を感じていた男は言った。不安定ではあるが、並みの魔術師よりも強い魔力が彼には有ると。
「へ?」
それに対し、アルルは間抜けな顔をした。
「……なる程、無自覚ですか」
これはタチが悪いかもしれない。そんなことを考えつつも本来の目的を思い出す。
「とにかく、勝負にかったのは僕です。潔く諦めて魔術師団に来てください。それが嫌なら、僕のお嫁に来るというのも有りですけど」
「どっちも嫌! っていうか、お嫁って何!? 俺、男だし、あり得ないっ!」
「あり得ないとは酷いですねぇ。僕は結構本気です。それに君が男だっていうのも最初から承知してますよ?」
そんな、ちょっと馬鹿げた言い合いをしている時、少し遠くに通りかかったのは、見るからに筋肉質の体格の良い騎士。熊男とまでは言わないが、日焼けした浅黒い肌に灰褐色の短髪の、まるで無頼漢のような男が、言い争っている二人に気づいた。
「おーい、何やってるんだ?」
なんとなく男に似合わない、のほほんとした声が響いた。
「あーーーーっ!! ガリッグ団長っ!!」
声をした方を見た途端、アルルはうれしそうに熊男――ガリッグの方へ走りだした。
それを見た金髪男は、少し不機嫌になり、鋭い視線をガリッグへ向ける。少し身の危険を感じたガリッグだったが、なにやら面白いことにぶち当たったかも、などと心の中で密かに笑ってしまった。最近、どうも平和すぎて少し退屈していたところだったのだ。
「ん? おぉ、今日仮入団式を受けたひよっこか。名前はアルルだったな。で、一体どうしたんだ?」
「あの、あの人がっ」
アルルは天の助けとばかりに助けを求めようとしたが、結局金髪男に邪魔をされた。
「ガリッグ、僕の邪魔をしないでくださいね。今、彼に騎士団をやめて魔術師団にきてもらう所だったのですから」
「ち、ち、ちーがーうっ!」
「まてまて、落ち着け。それで何があったのか詳しく説明しろ」
内心では野次馬根性丸出しで、ワクワクしているガリッグに、アルルは気づく様子もなくそのまま言葉を続ける。
「あの、実は……」
アルルはガリッグに詳しく今までの経緯を話した。そうしたら、なぜか爆笑されてしまった。
「だっはっはっはっ!! お前、無謀な奴だな! いや、しかし気に入った」
そういいながら、アルルの頭を大きなごつい手でクシャクシャっと撫でた。
「勝負を挑んだ相手が悪かったなぁ。コイツ相手じゃ、団長クラスじゃないと勝てんよ。しかも魔術師団長を相手に喧嘩売るかぁ?普通」
「え!? 魔術師団長?」
その言葉を聞いて、アルルが真っ青になる。魔術師団長なんていうのは、国の魔術師の中で顧問の次に偉い、魔術師のNo2の地位で、アルルにとって手の届かない人のこと。
ガリックも王都を守護するラヴィネ中央騎士団の団長なんてしていて偉い人なのだが、気さくな――野蛮ともいう――人柄でそれを感じさせない。今年の入団試験を仕切っていたのもガリックなので、アルルにとっては何処となく身近な存在である。
「お前……叙任式で魔術師団長の挨拶もあっただろ?」
「お、覚えてません……」
「寝てたな?」
「いえ、あの、皆さん挨拶が長くて……天気もよくて……そのぅ……」
そんなやり取りをしていたら、ふいに笑い声が聞こえた。
話に夢中になり、すっかり金髪男の存在を忘れていた。男は、先ほどからのアルルとガリッグのやり取りがおかしかったのか、クスクスと笑っていた。
「笑ってしまってすみません。余りにも可愛らしかったものですから……。改めて自己紹介をさせてください。僕は魔術師団長のセラフィム=ファイアスです。これからどうぞ宜しくお願いしますね」
「あ……う……」
金髪男――もとい、魔術師団長はにっこりと微笑むと、本当に優しげな男だった。立場を気にすることもなく、こうしてアルルにも声をかけてくれる。性格も(多分?)良く、見た目も文句なしにカッコ良いのだから、きっと人気者なのだろう。アルルにはちょっと納得できなかったけれど。
「ほら、お前もきちんと挨拶しとけ」
「……本日付けで騎士団へ仮入団したアルル=シャルルですって、あのっ」
アルルが自己紹介している時に片手を取られて手の甲にキスをされてしまったのだ。
「う、うぎゃぁっ!!!!」
今までの人生を家の手伝いに捧げてきた為せいか、アルルは極端に色事に疎い。手に軽くキスされただけでも真っ赤になってしまう。
「かわいいシャルル君。これからは、アルルって呼んでもいいですか?」
そう言ったセラフィムからは、なぜか男の色気がただよっている。
――は、はははは、一体どうして? 俺、何かシマシタカ?
どういう訳か、魔術師団長という、仮入団の見習い騎士でしかない身分のアルルにとって雲の上の存在ともいえる人に見初め(!?)られてしまったらしい。
そもそも彼……セラフィムは、最初からアルルに対しての言動がどこかおかしかった。「惚れた」だの「お嫁に」だの、一体なんのつもりなのか。やはりからかわれているのか?
そのキスされた手をそのまま両手で包まれ、優しげな瞳で見つめられてしまったアルルは、真っ赤だった顔を真っ青に変えて、その場に固まってしまった。
……手の甲にキスというのは、都会風の挨拶かなにかなのか? それとも魔術師としての挨拶?
本当は社交場で行われる、紳士から淑女への挨拶だったりするのだが、生憎アルルにはそういった知識はなかった。
その行為について、ただの普通の挨拶かなにかであるのだと、無理やり自分を納得させた。そうして、アルルがぐるぐると考えている間に、なぜか手を引っ張られて体ごと引き寄せられ、さらにセラフィムの両手が腰に添えられた。
まるで交際中の男女が仲むつまじく向かい合い、抱き合っている、そんな状態になっていた。
端からみていたガリッグの目からみても、身長差20センチ強の、美男美女(?)に見える。アルルとセラフィムは、見た目だけならまさにベストカップルのようだった。
「アルル。あらためて、あなたに交際を申し込みます。僕と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
「は?」
アルルは再び凝固した。
――!? 今、なんて言った? 俺には何も聞こえなかった。そう、何にも聞いていない!! しかも、何? この顔の距離。近すぎだって!!
そして、彼に腰を抱き寄せられているのは、ただのスキンシップであることを――身の危険を感じるのは、自分の気のせいであることを――アルルは必死に祈っていた。
「時間はこれからたっぷりありますし。ゆっくりお互いを知り合って、二人の仲を深めていきましょうね」
アルルがパニックを起こしている時に、セラフィムはうっとりと囁いた。言われた本人は、どこか遠くへ行ってしまって、話を聞いてはいなかったが。
ちなみに、このときのガリッグはというと。
あぁあー、こりゃちょっと大変かもなぁとは思いながらも。
「でも面白そうだし、俺に火の粉が降りかからなければ、まぁいっかぁ」
……ちょっと、いや、かなり無責任だった。
実は後から彼に、たっぷり火の粉は降り注いでくるのだが、知らぬが仏というものだろう。
兎にも角にも。
こうして、アルル=シャルルの受難(?)の日々が、華々しく幕開けしたのだった。
――――合掌。