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涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -  作者: 月森冬夜
第2章 魔女の家
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魔女の家(2)

 サディの住む国、シンラの言う「コーネリア」には、『エンサイクロペディア・コーネリアン(コーネリア百科事典)』というものがあります。事典とはいっても一冊(または数冊)の書物ではなく、建物の一室に大陸中の知識を詰め込んである、いわば図書館です。大陸一発達した印刷技術を利用して、こういった知的財産を保存しておくための施設を充実させていることは、コーネリア王国が「文化的」といわれる理由のひとつでしょう。

 そのなかの「大陸史」を開いても、大陸暦百三十年のこの時点では、まだサディの名前は載っていません。彼女が歴史の表舞台に現れるのは、三年後の「天空城事件」からです。しかし、多くの歴史家たちは、三年さかのぼったこの日からサディのことを語りはじめます。「魔女フレイヤに弟子入りしたこの日に、涙目のサディの運命は決まったのだ」と。

 もちろんほかの意見もあります。「屋敷を追い出されたからだ」「親戚の家に預けられたからだ」「父親が死んだから」「母親が死んだから」「おかしな名前をつけられたから」など、後世では、人それぞれ、いろんな切り口でこの謎多き魔女のことを語ります。

 では、「この日に、サディの運命は決まった」と言うのなら、彼女の人生には筋書きがあって、これからなにをしようとも変わることはないのでしょうか?

 語り部たちのなかには「サディに限らず、生まれたときから、いや、生まれる前から運命は決まっているのだ」という人もいます。

 運命が決まっているものだとしたら、人生は完成された絵をなぞるだけの作業でしかないのでしょうか?

 大樹の枝葉のように張りめぐらされた無数の分かれ道と、偶然の積み重ねによる予期せぬ出来事に、人は時として運命の存在を感じずにはいられません。しかし、大きな岐路に立たされたとき、それがたとえ偶然の産物であったとしても、誰もがこれまで蓄えてきた知識と経験を生かし、最善の道を探ろうとするでしょう。ただ流されるだけでなく、より良くありたいと願い行動すること。結果がどうなるにせよ、そこにある確かな意思の力は、決められた道筋をたどることを拒み、きっと運命を切り開いていくでしょう。

 サディはいま一枚の扉の前にいます。

 ここにいるのは流されてきた結果かもしれません。彼女はまだ、強い意思を育むための土壌となるべき、たくさんの知識や経験を持っていないのですから。

 語り部たちが勝手に決めた「運命の日」などという自覚は、当然のごとくまったくないまま、体力を限界まで使い果たし、暗い森の闇をぬけて、彼女は新しい運命の扉を開いたのでした。




 サディがドアを開けると、ひとりの女が腕組みをして立っていました。年齢はお屋敷のおばさんと同じくらいでしょうか、五、六十代に見えます。背格好は中肉中背で、白髪混じりの髪を後ろでお団子に結んで、濃灰色のワンピースを着ていました。眉間には深いしわが刻まれ、口は「へ」の字に曲げられいかにも頑固そうです。この人がフレイヤ様なのでしょうか?

 サディはちょっとだけ視線を動かして部屋の中をすばやく見渡しました。しかし、この女性と狼の他には猫とカラスがいるだけで人の気配はありません。

 サディが上目使いにおどおどとなにか言おうとすると、その女が先に口を開きました。


「あたしがフレイヤだよ。弟子になりたいんだって?」


 大きくはありませんが、強くはっきりとした口調でした。


「は、はい、どうかよろしくお願いします」


 サディはしどろもどろで答えました。


「名前はなんてんだい?」


「あ、サディ……です」


「サディ(悲哀)? 変わった名前だね。ここまでは歩いてきたのかい?」


「はい」


「ふーん、よくまあ、頑張ったもんだね」


 感心しているというよりは、あきれているといった言い方でした。


「あいにく弟子はとってないんだがね。まあ、今日のところは疲れてるだろうし、雨にも濡れただろう。一晩休んでいくがいいさ。シンラ、風呂に火をつけておいたから裏にまわってまきをくべな」


 後半は狼に対しての言葉でした。

 狼はすぐに玄関から出ていきましたが、サディの横を通るとき、ちらりと心配そうに彼女を見ていきました。

 フレイヤはサディに背を向けると「こっちへ来な」と言って奥の部屋に入っていきました。

 サディは玄関口にほうきを立てかけると、フレイヤの後に続きました。

 猫とカラスが興味深げにそれを眺めていました。

 奥の部屋は前の部屋より狭くて、その上ベッドと机が置いてあるので、なお窮屈になっていました。ここが寝室で、前の部屋は居間といったところでしょうか。


「そっちが浴室だよ。タオルと着替えはそこにあるものを使いな。少し大きいだろうけどね」


 フレイヤが指さした方向にもう一枚扉があったので、サディは「ありがとうございます」とおじぎをして、椅子に掛けてあったタオルと着替えを持って入りました。奥は狭い脱衣所になっていて、隣に浴室の扉があります。脱衣所の壁にはランプが灯してあって、小さなガラス越しに浴室の中まで照らせるようになっていました。正面にも扉があったのでサディがちょっと覗いてみると、そこはもう外になっていて、シンラが器用に薪をくわえて浴室の下へ放り投げていました。


「ありがとう」


 サディが声をかけると、シンラは「なあに」と一声だけ応えて、また薪を投げ入れました。

 サディはそっと扉を閉めながら、不思議と胸が熱くなるのを感じました。それは、これまでどんな些細なことでも、誰かが彼女のためになにかやってくれたという記憶が無かったからでした。

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