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涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -  作者: 月森冬夜
第2章 魔女の家
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魔女の家(1)

 目覚めるとベッドの上でした。

 寝心地の良さで自分がいつも眠っている——板に少量の藁を敷いただけの——ベッドでないことはすぐにわかりました。

 うっすらと目を開けると、見たことのない天井がぐるぐると回っていました。頭は重いのに、なぜか身体はふわふわと浮いているような奇妙な感覚でした。

 いったいどれくらい眠っていたのか。明るいけれど、いまが午前なのか午後なのかの見当もつきません。いつもの目覚め以上にすっきりしない頭で、サディは自分がどこにいるのか思い出そうとしました。


「やあ、目を覚ましたな」


 かたわらで声がしたので首をひねって下に視線をやると一匹の狼と目が合いました。

 サディは見なれない動物を見て一瞬驚きましたが、それが昨夜の狼だとわかると少し安心し、それからあらためて跳び起きました。


「たいへん、食事のしたくをしないと! ああ、まだ洗濯もやってないわ」


 あわててベッドから降りようとしましたが、なぜか身体に力が入りませんでした。


「今日はいいって言ってたぜ」


 狼がのんびりと応えました。


「でも、奥さまに…」


(しかられる……)


 そう言いかけて、自分がいままでとは違った日常の中にいることにようやく気がつきました。ここは魔女の家で、おばさんも使用人もいないのです。

 しかし、なぜか頭がぼうっとして考えがまとまりません。サディはベッドに半身を起こしたまま、頭の中を整理するため、昨夜、狼に出会ってからの記憶をゆっくりとたどりはじめました。




「もう少しだ、頑張りな」


 サディは「シンラ」と名乗った狼に何度も励まされながら森の中を歩きつづけました。

 シンラもまた、サディが見失わない程度の距離をあけて闇の中を進みました。

 「もう少し」という距離が実際には何メートルなのか、あるいは何キロなのか、はっきり決めておく必要があるとサディは思いました。そうでないと「もう少し、もう少し」と言われながら永遠に歩き続けなくてはならないような気がするのです。


「しかし、あんたもなかなか度胸があるな」


 狼が歩きながら首をひねってサディのほうを見ました。


「……どきょう?」


「そうさ、森の入り口に書いてあっただろう。『魔女に食われる』って」


 サディは驚いて思わず立ち止まりました。ここでやっと、ガラが嘘を言ったのだとわかりました。


「わたしは、字が読めないの」


「そうか……『王教委』ができたおかげで、最近はずいぶん教育制度が良くなったって聞いてたんだがな」


 この狼はサディよりもずっと世の中のことを知っているようです。

 サディが立ち止まったまま動かないので、シンラもしかたなく足を止めて向きなおりました。


「大丈夫だよ。あれは人間が近づかないようにフレイヤ様が書かせた物なんだ。なにしろ、うちのご主人ときたら、大の人間嫌いなんでな。本当に食ったりはしないさ」


 それでもサディは動きません。じっとシンラを見ていました。

 シンラは軽く首を振りました。人間なら肩をすくめていたところでしょう。


「もちろん、俺も食わねえよ。これでも菜食主義なんだ」


 菜食主義の狼なんて聞いたことがありません。出会ったときから持っていた不安は、狼の友好的な会話で薄れつつあっても、簡単にぬぐい去ることはできませんでした。


「行こうぜ、もう少しだ」


 シンラは何度目かのそのセリフを口にすると歩きだしました。

 どちらにせよ、こんなところにたたずんでいるわけにはいかないのです。サディも覚悟を決めて踏み出そうとしました。しかし、一度立ち止まると、あっというまに足に疲労の根がはえてしまったようで、再び歩き出すのはとても困難でした。


「……フレイヤさまはわたしを弟子にしてくださるかしら?」


 なんとか、足を地面から引きはがし、狼のあとをついていきながら、サディは濃灰色の背中にたずねました。


「わたしは魔女になれるのかしら……」


 疲れきっていて、言葉を口にするのすら大変でしたが、どうしても気になっていたのです。考えたくないことですが、門前払いをくらったら自分はどうなるのか? お屋敷に戻る勇気はありません。でも、それならば、この森の中でひとりで生きていけるのかと。


「さあねえ、さっきも言ったようにフレイヤ様は人間嫌いだからなぁ」


 シンラは前を向いたまま答えました。


「だが、見た目は頑固そうだが、悪い人ではないよ。身寄りの無い子どもなら、いきなり外に放り出したりはしないと思うがね。それから、あとの質問だが、素質はあると思うよ」


「そしつ……?」


「ああ。ふつうの人間の子どもは狼と話したりなんかしない」


 シンラは一瞬だけサディに視線をやって笑いました。少なくともサディには笑っているように見えました。


「あなたが人間の言葉を話しているのではないの?」


「使い魔と話せるのは魔女だけさ。そういう意味ではあんたはもう魔女だともいえる」


「わたしが、魔女?」


 サディは、自分がすでに魔女であると言われてとても驚きました。魔女とはふつうの人間とは違ってもっと特別な存在だと思っていたからです。どう特別なのか具体的には言えませんが、自分がなるとしたらきっと大変な修行が必要だろうと考えていました。なにもせずいつのまにか魔女になっているなんてことがあるのでしょうか。


「そうさ、あとはほうきに乗って飛ぶことさえできれば立派な魔女さ」


 狼は簡単に言いましたが、サディは「それはちょっと無理だろう」と思いました。


「そら、見えたぜ。あそこだ」


 サディが視線を狼の背中から前方へ向けると、少し先に人家の明かりらしきものが見えました。

 いまは雨もあがり、薄い雲ごしに月の光がとどくので、近づくとなんとか家のかたちがわかりました。家といっても、サディが住んでいたお屋敷とはくらべものにならないほど小さくて、小屋と呼んだほうがいいくらいの大きさでした。家のまわりは木が切り払われ、庭のようになっていました。

 シンラはその手前で立ち止まりました。


「どういういきさつがあったか知らないが、あんたがここを選んだのは悪くない選択だ。フレイヤ様はコーネリアの、いや、大陸一の魔女だからな」


「コーネリア……?」


「あんたは自分が住んでいる国の名前も知らないのかい?」


 サディの青ざめた頬が、さっと赤くなりました。彼女は日々家事に追われていたので、勉強するどころか一般的な知識さえも身についていませんでした。よくそのことで使用人たちにばかにされ、笑われていたのです。

 しかし、シンラは笑いませんでした。


「コーネリアは大陸三国のなかでもっとも文化的な国だといわれている。この国でまともな教育を受けていないというなら、責任はあんたにではなく、あんたの保護者にある」


 狼の話が少し難しくなったので、サディはどう答えていいかわからず黙っていました。


「フレイヤ様はもう百歳を越えた老体だが、長生きしてるだけあって博識だ。弟子になれれば、いろいろと教えてもらえるだろう。なれればだがな」


「百歳!」


「ああ、だが元気だぜ」


 シンラはそこまで話すと「ちょっと待っててくれ」と言って、サディを残して家のほうへ向かい、ドアを押し開けて中へ入っていきました。

 サディは、百歳を越えた魔女とはどんな感じなのだろうとか、最初になんと挨拶すればよいだろうとか考えていましたが、まもなく狼がドアから顔を出して、鼻づらを振って「来い」と合図したので、なんの考えもまとまらないまま、魔女の家に向かって歩いていきました。

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