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涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -  作者: 月森冬夜
第1章 暗闇の森
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暗闇の森(2)

 この時期は日が沈むとすぐに気温が下がってきて急に肌寒くなります。見上げた木々の間からわずかに見える空はすっかり暗くなっていました。

 サディは肩を抱いて、地面に張りめぐらされた木の根につまづかないように気をつけて歩きました。ところどころ、大きな木や茂みをよけて行かなくてはならないので、まっすぐに歩いている自信がありません。もうどこに向かっているのかもわからなくなっていました。

 サディはこれまでの人生のほとんどを建物の中で暮らしてきたので、森の暗闇がこれほど恐ろしいものだとは知りませんでした。聞こえるものといえば、木の葉が風でこすれ合うざわめきと、自分が草や枝をかき分けて歩く音。ときおりしわがれた悲鳴のような鳥の鳴き声が響いて彼女を驚かせました。そして「あれは本当に鳥の鳴き声だったかしら?」などと考えだすとますます怖くなりました。

 お屋敷の中であれば、なにかあったとしても誰かいます。それにくらべ、森の中はどこまでも暗く、どこまでも孤独で、誰かに頼ることはできません。ひとりでいるということがこんなに心細いものなのかとサディは身にしみて思いました。

 ほうきを持つ手に冷たい粒があたりました。あちこちでパタパタと木の葉を打つ小さな音が聞こえてきたかと思うと、すぐにそれは大雨となり、ぼさぼさの髪とぼろぼろの服、しがみつくように持っているほうきを容赦なく濡らしました。サディは小さい身体をさらに小さくして、震えながら森の中を進んでいきました。




 ガラがお屋敷に戻ってくると、おばさんが大声で叫んでいました。


「サディ! サディ! どこにいるんだい? 夕食のしたくはどうなってるんだい!」


 ガラはすぐにおばさんのところへ行き、サディが屋敷を出たことを知らせました。サディはふだんから仕事がつらいとこぼしていて、私たちが止めるのも聞かずに「ひとりで」森のほうへいった、と言いました。


「まったくなんて子だい。恩知らずにもほどがある」


 おばさんは最初はとても怒っていました。また使用人をやとって給料を払うのが嫌だったからです。だからサディがいなくなった最初の一週間は彼女の悪口ばかり言っていました。でも、そのうち忘れてしまったようになにも言わなくなり、やがてサディが来る以前の生活に戻っていきました。




 雨はしばらくしてやみましたが、サディの体温と体力を一気に奪っていきました。濡れた服は重く、雨水の入った靴は中で足がすべってとても歩きづらく、何度も転んで泥だらけになりました。


(洗濯物はちゃんと取り込んでもらえたかしら?)


 サディは自分のありさまを見て思いました。お屋敷の仕事はつらいけど、少なくとも雨に濡れるようなことはありません。でも食事のしたくをすっぽかしてしまって、おばさんはどんなに怒っていることでしょう。考えると恐ろしくなって、とてもお屋敷に引き返す気にはなれませんでした。

 サディはお屋敷でこき使われながらも、おばさんを憎んではいませんでした。「サディちゃん、可愛いわねぇ」「この子はきっと美人になるよ」そんな言葉が彼女の遠い記憶の中にかすかに残っていました。昔はやさしかったおばさん。いつか、もっと仕事ができるようになって、おばさんがまたわたしを好きになってくれたら、もしかしたらこの家の本当の娘にしてくれるかも——どこかにそういう思いがあったのかも知れません。だからサディはおばさんを憎んではいませんでした。でも、結局その願いはかなわず、お屋敷を出てこんなところまで来てしまったのです。サディはあまりに残念な気持ちと心細さのために泣き出しそうでした。

 しかし、そんなときでも彼女の瞳を涙が潤すことはありませんでした。




 どのくらい歩いたでしょうか。

 木の根につまづいたり、枝にぶつかったりしてサディは全身傷だらけになっていました。足はまるで木の枝にでもなってしまったように感覚がなく、一歩踏み出すたびに倒れそうになりました。しかし、ここで立ち止まることもできません。帰ることができないなら前に進むしかないのです。彼女はほうきを支えにして歩き続けました。ほうきは掃くための毛先があるので杖には不向きですが、サディが持っているものは——おばさんが新しく買ってくれないので——とても使い込まれていて、毛先がつぶれてしまっていたので少しは杖の代わりになりました。

 本人は気づいていなかったようですが、このほうきはお屋敷のものであり、これを捨ててしまえばお屋敷と縁が切れてしまうような感じがして、捨てられずにいたのかもしれません。

 森には木の根や枝、疲れや寒さのほかに、もっと気をつけるべきものがありました。奥に入ればたくさんの動物がいます。中には人を襲って食べてしまうものもいるのです。

 サディは狼の話を思い出していました。使用人たちの中にも近くで襲われたものがいるということを耳にしたことがあります。実際に見たことはありませんでしたが、聞いた話によれば犬のような姿で、それより大きく獰猛どうもうなのです。こんなところでそんなものに出くわしては大変です。たとえこの先にあるのが恐ろしい魔女の家でも、ガラが言った「善い魔女」であることを信じて——もちろんガラはサディが森の入り口にある立て札を読めないことを知っていてでたらめを言ったのですが——そこへたどり着くしかありません。彼女は気力を振り絞って、果てしなく暗い森の中をさらに奥へと進もうとしました。

 そのとき前方になにかあらわれました。よくは見えませんが生き物のような気配がします。サディは疲れきった身体をほうきで支えて立ち止まりました。目をこらすと、五メートルほど先の少し低い位置に小さな光が二つ見えました。そしてその光も炎のように赤く燃えながら彼女を見つめていました。どうやら運の悪いことに、いちばん出会いたくないと思っていたものに出会ってしまったようです。

 犬のような姿で、それより大きく獰猛な生き物——狼でした。

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