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涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -  作者: 月森冬夜
第7章 月光の森
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月光の森(2)

 クラウスは川を渡ると、川下に向かって走りました。

 幸いにも追っ手はまだ川までたどり着いていませんでしたが、犬の吠える声はすぐそこまで近づいてきていました。

 彼は駆けながら腰に提げた剣を鞘から抜きました。そして、背後に迫っていた犬を振り向きざまに薙ぎはらいました。

 斬られた犬は短い悲鳴をあげると、そのまま煙のようにいなくなりました。


「!」


 それは、輪郭こそ犬のかたちをしていましたが、影が浮き出したように全身が真っ黒でした。そして斬っても砂のように手応えがなく、その場でかき消えてしまいました。


(なんだ?)


 考える間もなく、さらに飛びかかってくる犬のようなものを、足を止めずに、二匹、三匹と切り伏せました。


「いたぞ!」


 離れたところで追っ手の声があがりました。馬のいななきも聞こえます。川沿いは木々が少ないので走りやすく、また、馬は夜目も利くので間もなく追いつかれてしまうでしょう。

 クラウスは四匹目の犬のような影を斬り、もうほかにいないことを確認すると、馬蹄の音のするほうに向きなおりました。三騎の騎馬の影が見えます。きびすを返すことなく、クラウスは突出した先頭の兵に向かって走り出しました。逃げたところですぐに追いつかれるのは目に見えているので、囲まれる前にまず一対一の戦いを挑んだのです。

 最初の騎馬は脇に抱えた槍で突いてきました。馬を操りながらも狙いは正確で、やはりただの山賊ではなかったのだと確信が持てました。

 クラウスは剣で払いたかったのですが、この騎馬をやり過ごすと背後にまわられ、後続する兵士と挟み撃ちにされてしまいます。

 やむを得ず、自分から身体ごとそれに向かって行きました。ぎりぎりのところで槍をかわすと、両手でしっかりと握った剣の先を騎兵の脇腹に突き刺しました。すれ違いざまの突きは、相手に刺さったまま剣を持って行かれることがあるので強く握っていなければなりません。

 甲冑の隙間に一撃を受けて、先頭の騎兵は一声叫びながら通り過ぎ、そのまま落馬しました。

 剣を構える間もなく、二騎の騎馬が迫っていました。正面からクラウスの両脇を駆け抜けるように近づいてきます。これではどちらか片方を倒したとしても、もう片方にやられてしまいます。左右に避けても馬に当りそうです。

 しかし、彼はかまわず右手に転がりました。障害物となったその身体の上を馬が跳び越えていきました。

 すぐにクラウスは立ち上がりました。そして、そのときに拾い上げていたこぶし大の石を、馬首を巡らしている一頭の耳もとに投げつけました。馬に恨みはありませんが、残念ながら騎兵の甲冑の上からでは大きなダメージは期待できません。

 一頭がよろめいている隙に、こちらを向き直った騎馬に走りました。そして前のときと同じように脇腹に剣を突き立てました。

 思いもよらぬ抵抗にあって、残った騎兵はひるみました。

 クラウスはその槍を跳ね上げ、斬りつけました。


「待て!」


 そのとき、後方から声がしました。振り向くと中央に黒い甲冑姿の騎兵、そしてその後ろにも数名の兵士がいました。どうやら、本隊が到着したようでした。


臨機応変りんきおうへんな戦いぶり、見事だった」


 黒い騎士が馬から降りました。ほかの者たちとおなじように、兜をかぶっているので顔はわかりません。「待て」と声をあげた人物のようで、クラウスのそばの兵士も命令を守って手出しをしてこないところをみると、おそらく隊長格なのでしょう。


「親衛隊は?」


 クラウスは呼吸を整えながら対峙してたずねました。


「斬った。死体の人数からして、生き残っているのはお前だけだろう」


「隊長もか?」


「何度も言わせるな。手強かったので俺が斬った。こちらにも相当の被害が出たのでな」


「そうか、残ったのは俺ひとりか……」


 クラウスは剣を握りしめてつぶやきました。


「いや……」


 黒騎士は兜を左右に振りました。


「もうひとり、肝心な人物を残している」


 クラウスは顔を上げ黒騎士を睨みました。


「あのお方をどうする気だ!」


「さてな、俺の仕事は邪魔するやつを斬ること。つまりおぬしを斬って終わりだ」


 黒騎士の後ろから一騎が前に出ました。やはり顔は見えませんが、ほかの騎兵に比べて格段に豪華な甲冑は、身分の高いものであると一目でわかりました。


「どこへ逃した?」


 多少、神経質そうな声でした。

 もちろん、クラウスは答えません。


「もしや、川を渡ったかな?」


 木々の間から透き通った声が聞こえ、細い影があらわれました。月光にきらめく長い銀髪が表情の半分を隠しています。


(エル?)


 その涼やかなたたずまいと銀髪を見て、クラウスは旧知の友かと思いました。

 しかし、ちらりとこちらを向いたときに見せた狡猾こうかつそうな切れ長の目は、友人とは似つかぬものでした。なによりもその人物は女でした。そして、ローブを羽織った格好は魔女と思われました。


(銀髪の魔女……)


 世間を騒がせている魔女の盗賊団。その首領がそう呼ばれていたことを思い出しました。


「念のために向こう岸にも#影犬__イヌ__#を放しておいたよ」


 豪華な装飾をほどこした馬の横に並びながら、魔女が細い目をさらに細くしました。

 イヌというのは先ほどクラウスが斬った不思議な生き物のことかもしれません。


「ユイカーナ様……」


 クラウスは小さくつぶやき、剣を握りなおしました。

 黒騎士が剣を抜きつつ、ゆっくりと近づいてきます。

 その後方で、神経質な声の男が「半数は向こう岸へ渡れ」と指示を出していました。

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