見習い魔女(2)
それからしばらくは、現在の世界状勢や、魔女が置かれている状況などを語り合っていましたが、サディにはわからない言葉が多くて、あまり理解できませんでした。
帰るときになって、玄関口でイーディスがサディを見てフレイヤに言いました。
「月例会には是非この子も。フレイヤ様のお弟子にはみな興味津々です」
「それまでに飛べるようになってたら連れて行くよ」
フレイヤはそっけなく返しました。
「イーディスに聞いたけど、サディちゃんはさっき、空を飛ぶ練習をしていたの?」
エレンがたずねました。
「はい、でも、まだまったく浮くこともできないんです……あの、エレンさんは?」
「わたし? そうね、わたしも飛べないけど……」
エレンはそっとイーディスが持っているほうきに手を伸ばしました。すると、ゆっくりと身体が宙に浮きました。
「目が見えないので飛んでまわることはできないけど、浮くことはできるのよ」
「……そうですか」
「あ、あら?」
サディが思いのほか沈んだ声で答えたので、エレンは地に足を着けると首をかしげました。
「では、フレイヤ様、つぎの月例会に。お弟子さんも」
「サディちゃん、おいしいお茶をありがとう」
「……い、いいえ」
「つぎの月例会までになんとかなるといいんだがね」
サディがフレイヤを見上げました。
「げつれいかいはいつですか?」
「満月の夜だよ。魔女の力は満月に一番強くなるんだ。まあ、強くなると言ってもそんなに変わらないけどね。つぎは二十九日だよ」
あと一週間もありませんでした。いまの状態では、一週間後に空を飛んでいる自分の姿はとても想像できません。たくさんの人たちと会って、見られたり話したりするのは、あまり気が進みませんが、フレイヤの期待に応えられないのはつらいことでした。もしかすると、フレイヤの評判まで悪くするかもしれません。
うなだれるサディの肩に、エレンがそっと手をのせました。
「頑張ってね。きっと飛べるようになるわ。魔女の背中には見えない羽がはえてるのよ」
ふたりを見送ったあと、サディは再びほうきを持って庭へ出ました。こうなったらもう特訓しかありません。特訓といっても、やはりどうすればいいのかはわかっていませんでしたが、やる気だけは数倍になっていました。
とりあえず、ほうきにまたがりぴょんぴょんとジャンプしてみます。見た目の悪さはしかたありません。恥ずかしいのをこらえて、なるべく空に近くなるように、一生懸命、地面を蹴りました。しかし、残念ながら良い結果は出ません。すぐに、サディは息が切れてきました。
使い魔たちも複雑な顔をして見ています。
「サディ……」
見かねたヨルが代表して意見を言いました。
「格好悪いからもうやめろよ」
サディは疲労と恥ずかしさで顔を赤くして、うつむいたまま黙ってうなずきました。
翌日、サディが庭でほうきにまたがっていると、森の中から人があらわれました。ほうきに乗っていない客は初めて見ます。しかも、長い髪と、女と見間違うようなやわらかな顔立ちをしていますが、魔女ではなく男のようです。
「やれやれ、本当にあったな」
二十代半ばほどの年齢で、すらりと背が高く、優しい眼差しと長い銀髪がとても印象的です。きちんとした身なりはなにかの職業の正装のようで、とても、山歩きをするとは思えない格好でした。
「もっとも、見つからなかったらこんな山奥で野宿ということになっていたからな……やあ、お嬢さんこんにちは」
男はなにやらぶつぶつ言っていましたが、ほうきを抱きしめたまま固まっているサディに気づくと声をかけました。
「私は、王立教育委員会のエルリッツォ・ヴァルディと申します。ここは、高名な魔女フレイヤ殿のお宅と存じますが、フレイヤ殿はいらっしゃいますか?」
その顔立ちと同様、涼やかで優しい声でしたが、サディの緊張を解きほぐすまでは至りませんでした。
「い、いらっしゃいます……しょ、しょうしょうおまちを!」
そう言うとサディはパタパタと家の中へ入っていきました。
「あの……おーりつ、きょう……きょう……いく」
「王教委だって……?」
サディの中途半端な報告から来訪者を察して、フレイヤはあからさまに嫌な顔をしました。
王立教育委員会が魔女の撲滅を図っているという噂があることを、サディはまだ知りませんでした。しかし、フレイヤの表情で、招かれざる客が訪れたことは感じとれました。
「これは美味しいお茶ですね。こんなお茶は王都でもなかなか飲めませんよ」
サディが煎れたお茶を一口飲むと、エルリッツォは絶賛しました。
「で、王教委の委員様がこんなところになんの用だい?」
フレイヤはいかにも面倒くさそうに、テーブルの反対側でじろりと睨みました。
「いえ、用というほどではないのですが、私は現在、勉学の為に諸国を旅しておりまして、このあたりに高名な魔女であられるフレイヤ殿のお住まいがあると聞いて、是非ご挨拶をと思った次第です」
「そりゃ、ご丁寧にどうも」
フレイヤとエルリッツォはしばらくの間話しをしていましたが、イーディスとエレンが来たときもそうだったように、サディには難しいことばかりでよくわかりませんでした。
「王立教育委員会」とは先代の王が設立した機関で、貧しい人々でもちゃんと教育が受けられるようにするのが主な役割です。しかし、実際にはべつの思惑があったとも言われています。
コーネリア王国を動かすのは、国王ともうひとつ、大臣たちの集まりである「元老院」と呼ばれる議会です。
「王立教育委員会」が設立された当時、元老院の力が非常に強くなり、逆に国王の発言力は弱まりつつありました。それどころか、「元老院長は現国王を廃し、遠い王族の血を引く自分の息子を即位させ国を乗っ取ろうとしている」という噂さえ囁かれていました。
王立教育委員会は、法律により人民を統制する元老院とは別に、道徳によって導くためのもので、元老院に比べれば非常に規模は小さいものの、国王直属の超法規的機関として組織されました。つまり、元老院を牽制するためのものでしたが、国王亡き今、その力は全国の学校を運営していくだけで精一杯といったところでした。