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涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -  作者: 月森冬夜
第5章 見習い魔女
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見習い魔女(1)

 今日もまた、昼食の片付けが終わると、サディは外へ出て空を飛ぶ練習をしていました。先日、ルーシアにコツを聞いていたので、なんとかならないものかと思って、じっとほうきにまたがっているのですが、そのきざしはまったく見えてきませんでした。


「そもそも、こんな細いものの上でバランスを取るなんて無理なのよ」


 サディはルーシアの言葉を思い返しました。


「だいたい、空飛ぶほうきになんて乗ってたら、お尻が痛くてしょうがないでしょ?」


 まったくその通りです。サディは黙って何度もうなずきました。では、どうやって飛んでいるのでしょうか?

 ルーシアが言うには、魔女はもともとほうきが無くても飛べるらしいのです。


「ただ『ほうきが無いと飛べない』と思っているから飛べないだけ、逆に言うと『ほうきがあれば飛べる』と信じているから飛べるのよ」


「はあ……」


 サディは気の抜けた返事をしました。それだけで飛べるとはとても思えません。

 しかし、ルーシアの言葉には、魔法を長く研究しているフレイヤも肯定的でした。もともと持っている能力を、信じることで引き出すのだそうです。


「それだけですか……?」


「それだけよ」


 サディとしてはもっと具体的なコツを聞きたかったのですが、ルーシアが「これしかない」というようにきっぱりと言い切ったので、それ以上たずねることはできませんでした。

 では、もともと能力を持っていなかったらどうするのでしょう。


「あなたの場合は使い魔たちと話すこともできるし、魔女の素質があることははっきりしているのよ」


 ルーシアは励ますように肩を叩きました。


「まあ、それに、飛ばない魔女だっていないわけじゃないのよ」


 そう言って、眉を寄せました。

 あまりなぐさめになっていないことは、言った本人もわかっているようでした。


(よくよく、考えてみたら、コツと言うほどのものではなかったかも)


 中腰でいることに疲れて、サディは背筋を伸ばして空をあおぎました。ふと、その青と白の視界のなかに、小さな人影が見えました。


「客のようだな」


 狼のシンラも空を見上げていました。


「ルーシアじゃないの?」


「いや、なんと言うか……もうちょっとでかい」


 猫のツキの問いに、カラスのヨルが答えました。


「でかい?」


 そう言っているうちに、人影はだんだんと高度を下げてきました。こちらへ向かっているのは間違いないようです。


「ああ……ふたりか」


 「でかい」と聞いて、シンラが納得しました。一本のほうきにふたりの魔女が乗っているので大きく見えたのです。


「ふたり乗りと言えば……」


「炎と沈黙だな」


 シンラのあとをヨルが続けました。

 魔女のなかでもとくに強い能力や特殊な能力の持ち主には「疾風の」ルーシアのように「通り名」のようなものが付けられることがあります。それは、魔女たちのほとんどが家名を捨てていて名前しかないので、他者と判別しやすくするためでもありました。

 使い魔たちには、降りてくるふたりが誰だか、もうわかっているようです。

 ふたり乗り用に作られた長めのほうきが、サディの隣にゆっくりと着地しました。


「こんにちは」


 前に乗っていた黒髪の魔女が、ほうきから降りて挨拶しました。歳は二十歳を過ぎたくらいで、とても落ち着きのある声です。肩の上でばっさりと切った真ん中分けのまっすぐな髪のあいだから、黒い瞳がサディを見ていました。

 

「こ、こんにちわ」


 初対面の相手だと、サディはとくに緊張してうまく言葉が出ませんでした。


「あなたがサディね。ルーシアから噂は聞いているわ」


「は、はい」


 ほうきに目をやりながら、自分のふがいなさを思えば、あまり良い噂ではないかもしれないと思いました。


「あたしはイーディス、こっちは妹のエレンよ」

 

 ふたりとも聞いたことのある名前でした。とくにエレンのほうは——。


「はじめまして」


 エレンの声は直接頭の中に響いてきました。どちらかと言えば、人と話すより使い魔たちと話している感覚に似ています。


「聞きづらかったらごめんなさいね」


「いいえ」


 エレンは、イーディスの意志の強そうな瞳とは反対に、おだやかな表情でまぶたを閉じていました。細い杖の上に片手を乗せ、姉に寄りそうように立っている姿は、とても静かなたたずまいを感じさせます。ゆるくカールした長い金髪と白いドレスは、魔女と言うより天使を想像させました。サディの聞いていた話では目が見えず、耳も聞こえないということでした。ほうきの後ろに乗ってきたのも、自分ひとりでは危なくて飛べないからでしょう。持っている杖も、「魔法の杖」という雰囲気ではなく、歩くために必要なもののようです。

 サディは、ルーシアが言っていた「飛ばない魔女」のことを思い出していました。


「フレイヤ様はいらっしゃるかしら?」


「は、はい」


 サディはふたりを家に入れながら、部屋にいるフレイヤを呼びにいきました。


「おやおや、ひさしぶりだねぇ、イーディス。エレンも来たのかい」


「おひさしぶりです、フレイヤ様」


「ご無沙汰しています」


 部屋から出てきたフレイヤに、ふたりの魔女は膝を折り深々と頭を下げました。ルーシアといるときにはあまり感じなかったけど、フレイヤさまって偉いんだ、とサディはお茶を注ぎながらあらためて思いました。


「すでにご存知とは思いますが、ロリーナ様が引退なされて私が後任となりました。未熟者ですがよろしくお願いします」


 先日のルーシアの話ではイーディスは二十二歳、エレンは二十歳とのことでした。


「こないだ——もうだいぶ前になるけど——ロリーナに会ったとき、あんたたちのことを褒めていたよ。後継者のことは早くから胸の内にあったんだろうさ。ロリーナが決めたことなら誰も文句はないだろう。若い盟主だけど頑張りな」


「はい、ありがとうございます。それともうひとつ……」


 イーディスが言いにくそうにしていたので、フレイヤが助け船を出しました。


「ミレディのことだろ?」


「……やはり、ご存知でしたか」


 いまここにいる全員の頭の中にルーシアの顔が思い浮かんだに違いありません。


「ルーシアを叱らないでおくれ、あたしが無理矢理聞き出したんだよ」


「はい、そのことで、ロリーナ様が一度会ってお話ししたいと……」


「あたしが出向くのかい?」


「なにぶん、ロリーナ様のお加減がよろしくありませんので……できれば」


 イーディスは本当に申し訳なさそうに頭を下げました。


「しょうがないねえ、まあ、ひさしぶりに顔を見に行ってやるとするかね」


 フレイヤはおっくうそうに言いました。


「ありがとうございます。『つぎの月例会に是非』とのことでした」


「私たちはあまりミレディのことを知らないものですから」


「あたしもよく知ってるわけじゃないけどね」


 フレイヤは肩をすくめました。

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