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涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -  作者: 月森冬夜
第3章 新しい生活
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新しい生活(3)

 体調が回復したので、サディはいつフレイヤに「元気になったのなら出て行け」と言われるかと気が気ではありませんでした。しかし、「ぶり返すといけないから、もうしばらくようすを見てから」そうフレイヤに言われて一週間が経ちました。 

 朝は朝食のしたくと洗濯、そのあと部屋と庭の掃除をしながら昼食のしたくをすませると、洗濯物を取り込んで夕食を作りました。これまでのお屋敷の仕事にくらべると楽なもので、空いた時間は、庭にある小さな菜園の手入れのしかたを習ってやってみたり、フレイヤについて薬草や山菜を取りに行ったりしました。

 フレイヤはふだん、部屋で書き物をしていることが多く、家事のためにその時間を割く必要が無くなったので、サディがいて大変重宝しているようでした。実際に、サディが家事をやるようになってからのほうが家の内外もきれいに片付いていたし、食事も使い魔たちにとても評判が良かったのです。




 サディの今後については使い魔たちも気になっているようでした。それで、フレイヤが机に向かっているときに、一番古株のツキが来てたずねました。


「フレイヤ、あの子のことどうするの?」


 フレイヤに「様」を付けないで呼んでいるのは、使い魔たちのなかではツキだけです。彼女はフレイヤがまだ若いころからのつき合いで、長い間に築き上げた信頼関係は、すでに主従の立場をこえていました。

 フレイヤが向きなおり、ちょっと眉をひそめたので、ツキには、「まだ決めかねている」らしいのがすぐにわかりました。


「駄目なら駄目で、あまり気を持たせるのはよくないわよ」


「駄目ではないさ。あたしはよくやっていると思うよ。ただ、魔女としてはどうかね。そして、魔女として生きることには」


 魔女として生きることが、けっして楽ではないことを、フレイヤはよく知っているからこそ迷っているのでした。


「魔女の素質がどうかはわからないけど、だからと言って、もとの場所に帰すのも可哀想だし、ほかに引き取ってくれるようなもの好きはなかなかいないわよ。あなたを除いては」


「ほかはなんて言ってるんだい?」


「シンラはけっこう気に入っているみたい。自分が連れてきたって責任もあるんだろうけど、よく働くって感心してるわ。ヨルはああ見えてあなたのことを崇拝すうはいしているから。あなたの後継ぎという考え方をするなら、誰が弟子になっても気に入らないんじゃないかしら」


「崇拝ねえ……」


 ツキは、フレイヤが本当は弟子を必要としていると思っていました。自分がこれまでに得た知識や研究したことを本に残してはいるけど、直接誰かに伝えたいとも望んでいるに違いないと。


「フレイヤ、わかっているでしょう。待っている時間はもうあまり無いのよ」


 魔女といえども永遠に生きられるわけでありません。賢者と呼ばれるフレイヤですら例外ではないのです。お互い口には出さないけれど、残された時間はそう多くないと思っていました。


「つぎにまた誰かがここを訪れてくるかもしれないし、こないかもしれない。それはあの子より有能かもしれないし、無能かもしれない。でも、あたしはこの時期にあの子があなたの前に現れたことに意味があると思うわ」


 フレイヤは目を閉じて小さくうなずいたあと立ち上がりました。


「でもね、人をひとり預かるというのは、猫が考えているより大変なんだよ」


「どうやら、決まったようね」


 ツキは目を細めました。


「きっと、猫が考えているよりたくさん楽しみが増えると思うわ」


 そう言って、歩き出したフレイヤのあとについて部屋を出ました。




 ときどきサディはほうきで飛ぶ練習をしました。練習といっても、どうすればいいのかわからないので、とりあえず庭に出て、自分が持ってきたほうきにまたがり、なにごとか念じながらじっとしているのです。


「はたから見るとけっこうまぬけだな」


 ヨルが木の枝の上から素直な感想を述べました。


「しーっ!」


 シンラが頭上をにらんでいると、書き物をしていたフレイヤがツキを連れて外へ出てきました。フレイヤは腰に手をあて、身体を曲げて全身のこりをほぐしたあと、サディにたずねました。


「本当に魔女になりたいのかい?」


 サディはうなずきました。そうでないなら、ここに置いてもらえないと思ったからです。最初はただ、ひとりでは生活ができないという理由からでした。しかし、いまではフレイヤからもっといろんなことを教わりたいと思う気持ちのほうが強くなっていました。


「魔女になると苦労も多くなるよ。まあ、あんたはこれまでも十分苦労してきたようだけどね」


 そして少し間をおいて「それでいいなら好きなだけ居たらいいさ」と言いました。


「はい、ありがとうございます!」


 使い魔たちは、めずらしく——おそらく初めて——サディの明るい声を聞いた、と思いました。


「今度ルーシアに新しいほうきを持ってこさせないとね」


 そう言ってフレイヤは家の中に戻っていきました。


「よかったわね」


 サディの足もとで、ツキが目を細くして見上げていました。






 第3章


 新しい生活


 終

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