仮面ゴリラーG:黄色の秘宝は誰の手に
本作は清坂 正吾氏主催の「ゴリラパーティー」企画参加作品です。
夜の帳が下りた都会の繁華街。綺羅びやかな照明が辺りを照らし、道を行き交う人々は昼間の仕事の憂さを一時忘れるために、その灯りに吸い込まれていく。
そんな街の片隅に建つ古いビルの老舗バーの厨房で、黙々とグラスを磨く影があった。
彼は極めて無口だったが、身長も胸囲も肩幅も規格外の超巨大な体躯を持っていた。常に黒のタートルネックを着用し、いかなる時も手袋と長袖を着用していた。何より人目をひくのは、あまりにもリアルなゴリラのマスクを常に着用していたことだ。
彼は時々「ウホ」と咳き込む以外は、言葉を一切発しなかった。カウンターでの会話は全て筆談(達筆)という徹底ぶり。その強面な見た目とは裏腹にウィットに富んだクレバーな話振りから、いつしか「店の演出」として認知され、静かで風変わりな用心棒兼バーテンダーとして常連に愛されていた。
都会の毎日は騒々しくも、それは慣れれば日常というべきなのだろう。だが、平穏は得てして突然破られるものだ。
ある日の深夜の1時頃、馴染みのベテラン刑事・鬼塚が、疲れ切った顔でバーのドアをくぐった。
「マスター、ウイスキーのロックをくれ……よぅゴーディ、今夜も男前だな?」
彼、ゴーディはフッと鼻で笑い、アイスピックで完璧な球体に削り出した氷をグラスに入れ、マスターの前に置いた。
「で、どうなさいましたか?」
マスターはカラン、と音をたててウイスキーを注いだグラスを置きながら疲れ切った様子の鬼塚に聞いた。
「サンキュー。はぁ……それにしても参ったよ。例の『大泥棒・怪盗スウィーティオ』の予告状が出たんだ」
「怪盗スウィーティオ」──ここ最近、都内の富豪ばかりを狙う連続宝石盗難事件の犯人だ。犯行現場には必ず黄色いカードを残し、防犯カメラには人影すら映らないという不気味な存在である。
鬼塚はカウンターに被害者のリストと、今回の予告状のコピーを広げた。
「次のターゲットは、明日催される『大手製菓メーカー・バナナ製菓』の創業100周年パーティ。展示されるのは、世界最大の黄色のダイヤモンド『太陽の涙』だ」
ゴーディの手がとあるキーワードにピクッと反応する。
「バナナ製菓」……それはゴーディが日常的に愛食している「高級完熟バナナゼリー」のメーカーだった。
「それで?今までどれくらい被害が出てるんです?」
「本当は外部に出せないんだけどさ、マスターは『情報屋』だからなぁ。これ特別だぜ?」
1件目:IT長者の大邸宅。盗まれたのは「エメラルドの指輪」。
2件目:石油王の別荘。盗まれたのは「ルビーのネックレス」。
3件目:世界的画家の画廊。盗まれたのは「サファイアの額縁」。
一見、ランダムな高級宝飾品に見える。だが、マスターの鋭い眼光は現場の写真とレポートから「ある共通点」を見逃さなかった。
「現場の報告書に、どれにも『同じ種類の微小な繊維』と『甘い匂い』についての記述がありますね。さらに、被害者全員の共通点は……おっと、貴方も気になりますか?」
マスターが報告書の分析をする傍らでは、いつの間にかゴーディが太い眉に指を当て、深く頷いていた。それは完全にどこかで見た事のある名探偵のポーズだ。
「どうしたゴーディ、お前も推理してくれてんのか?」
鬼塚は笑いながらウイスキーを煽った。
「まあ無理だろ、お前は無口な力持ち担当だしな!しっかしこんな時にあの先輩が居てくれたらなぁ……」
「彼……ですか」
「ええ。タフで、少し斜に構えているけど、推理力はピカイチでしたよ………そうそう。ゴーディが書いてるそのセリフ、よく聞いたな………って、その手は何?」
ゴーディは『タフじゃなければ生きられない』というフリップを見せた後、無言で鬼塚の背中を叩いた。
ゴパァン!
「ぐわはぁ⁉」
鬼塚はカウンターに顔面を痛打し、5分ほど気絶した。
翌晩。いつもより早目に店の扉には「CLOSED」の札が架かる。
ゴーディはカウンターでバナナの皮を剥きながら、チェス盤の上で駒を動かしていたが、やがて立ち上がった。
「行くかね?………気をつけてな、タケシ……いや、ゴーディ」
グラスを磨きながら声をかけるマスターに、ゴーディはただ黙って頷き、扉を開けて夜の街へと消えていった。チェス盤の上に、捜査サンプルとしてマスターに渡された糸くずを残して。
バナナ製菓の創業パーティ会場である高級ホテルの大ホールは、政財界の重鎮たちで埋め尽くされていた。その中心には次期社長と目される副社長の姿があった。
「おめでとうございます副社長。あなたの御尽力と手腕の結果ですな」
「いえいえそんな。これも社長のリーダーシップあってこそです」
「またまた御謙遜を。ひとえにその御人柄でしょうなあ」
「どうもこれは参りましたな。ささ、こちらを御覧下さい」
副社長が満面の笑みを浮かべて案内した中央のガラスケースには、燦然と輝く「太陽の涙」が展示されている。
「ほう………これが!」
「これほどの発色あってこその希少種ですなあ。これは見事だ」
通常、カラーダイヤモンドは不純物が混ざっているために価値は下がるものだが、この『太陽の涙』は、その発色の鮮やかさから逆にその価値を上げていた。
「……ったく。だったらこんなとこに飾るんじゃないっての」
周りを厳重に警備していた鬼塚刑事は、聞こえないように愚痴を吐いていた。予告状が届いた事は極秘事項として来賓達には知らせていない。それは予告状を出せば必ず来る、という怪盗スウィーティオの行動を逆手に取ろうとする作戦だった。
しかし、そんな警備陣を嘲笑うかのように、会場の吹き抜けの天井の暗がりにあるキャットウォークに、黒いタキシードにシルクハット、黄色い仮面をつけた男が現れる。
(ふむ……警備は完璧に見えるが、隙だらけだな。まぁあってもなくても関係ないがな。では仕事に取り掛かろうか)
怪盗スウィーティオが一般人には音の聞こえない笛を吹いたその時、会場の照明が突如として全て消えた。
「暗転だと!? 警備員、下手に動くな! ダイヤをそのまま囲んどけ!」
鬼塚の怒号が響く。しかし暗闇の中、怪しい紫色の煙が立ち込め、続いてガラスケースの割れる鋭い音が響く。
「フハハハハ!『太陽の涙』はいただいた!」
「しまっ……! 追え!」
警官隊が飛び出そうとしたその瞬間!
ドゴォォォォン!!!
天井から、何十トンもの鉄塊が落ちてきたかのような重低音が会場全体を揺らした。
煙の中から立ち現れたのは、筋骨隆々とした黒いぴっちりスーツに身を固めた男。太い首に赤いマフラーをバサリと翻し、ポーズを決める。
カキィィィィン!
『我が名は仮面ゴリラーG!世界の平和とバナナは私が守る!』
なんだかとっても聞き覚えのある渋くてパワフルで隊長っぽい電子音声だった。
「な、なんだあの凄まじい体格の奴は!?」
ざわつく会場。しかし怪盗スウィーティオは鼻で笑った。
「フン、仮面ゴリラーだと?余興のつもりか? お前なぞ私の科学の結晶である『光学迷彩スーツ』の前には……」
スウィーティオが煙幕を焚き、姿を消そうとしたその瞬間!
『ゴリラァァァ、パァァァンチ!』
仮面ゴリラーは凄まじい脚力で跳躍すると、怪盗スウィーティオに豪快な右ストレートを叩き込んだ。
ガコォォォンッ!
「ぶふぇっ!?」
ボウリングピンのようにふっ飛ばされるスウィーティオ。さらに仮面ゴリラーは空高く跳躍し、今度は出口の扉めがけて飛び蹴りを放った。
『ゴリラァァァ、キィィィィック!』
ドッゴーン!
「うわぁぁ!」
何もない空間から悲鳴が上がり、見えない何かが吹っ飛んで壁に激突した。
放電現象が起き、空中に「透明になっていた人物」の姿が現れる。
それは……怪盗スウィーティオではなく、バナナ製菓の副社長であった。
「な、なぜだ!? なぜ私がここにいると分かった……!?」
副社長は鼻血を流しながら絶叫した。
「ふ、副社長がなぜ!? 怪盗スウィーティオはあっちに……」
鬼塚が指さした「シルクハットの男」を見ると、仮面ゴリラーはあらかじめ用意していた「手書きのスケッチブック」をパラパラと捲り、警官たちに見せた。
そこには、驚くほど達筆な字で詳細な解説が書かれていた。
『1.本物の怪盗スウィーティオは、ただの売れない舞台俳優で、雇われの囮である』
『2.一連の事件の真犯人は、すべて被害者企業の次期社長を狙う「副社長友の会(仮)」によるインサイダー及び保険金詐欺だ。証拠はこちらにまとめてある』
『3.現場に残された繊維は、怪盗スウィーティオのタキシードのものではなく、海外製の超高級スーツの裏地のもの。甘い匂いは、副社長が愛用している電子タバコのフレーバーと一致している』
『4.今回の「太陽の涙」は偽物。本物は最初から副社長が懐に隠している』
スケッチブックをめくるヒーローの姿に、会場の誰もが息をのんだ。
「なんだあの鉄仮面ゴリラは?」
「いやしかしこの資料、インサイダー取引の証拠じゃないか!」
「あ!この展示品、ガラス製のニセモノだ!」
会場がどよめく中、数々の悪行を晒された副社長は青ざめながら叫んだ。
「な……なんだこの男は……!くっ私の完璧な計画が見破れるはずが……! おい、やれ!」
副社長の合図とともに、会場の黒服のSPたちが一斉に拳銃を抜く。
「死ねぇっ、このクソゴリラ!」
バババババンッ! と銃声が響き渡る。
しかし、仮面ゴリラーは焦らない。彼は知性だけのヒーローではない。言うまでもなく筋肉もまた、規格外であった。
「フンッ!」
カカンッ!
カキンッ!
ガツン!
彼は胸筋を限界まで隆起させ、飛んでくる9ミリ弾をすべて胸筋で跳ね返した。
「なっ……弾丸を弾くだと!? なんという胸筋……!」
「嘘だろ?」
『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだぜ、ベイビー?』
仮面ゴリラーは両手を大きく広げ、胸を豪快に叩き始めた。
ドドドドドドドドド……………!
凄まじい速度のドラミングで空気が激しく振動し、衝撃波となって黒服達に襲いかかる。
「ぐっ!振動で動けねえ!」
「落ち着け!この振動が収まれば動……け?」
「なんでアイツいきなりフロント・バイセップスのポーズなんかしてるんだ?」
「お前もなんでボディビルのポーズ名に詳しいんだよ?」
『むぅん!ゴリラァァァァァ!ビィィィィッム!』
「ぎゃあああああ!」
犯罪組織の男たちは渾身のマッスル・ポーズをとった仮面ゴリラーのヘソ辺りから照射された高出力ビームによって次々と吹き飛び、行動不能となった。
「な……なんてヤツだ……!」
残されたのは、腰を抜かした副社長一人。仮面ゴリラーは手を広げてゆっくりと副社長に歩み寄った。
『さぁ、どちらか選べ』
「どちら……かだと?」
仮面ゴリラーの手には2個のクルミが。もう片方の手にはテーブルに飾られでいたリンゴが握られていた。
ゴリゴリ、グシャア!
『上か、下か、だ』
「ひぃっ……!」
デモンストレーションとして握りつぶされる2個のクルミとリンゴ。ゴリラの握力は一般的に500kg以上と言われている。その手に頭を、いや◯玉を握り潰されたらタダでは済まないだろう。
「あ、あ……たまは、……たまだけは……!」
「いやどっちの心配?」
鬼塚のツッコミを無視して副社長に巨大な手が伸びる。
「ううっ、なぜか股間がキュッとする……!」
「どっちだ?どっちなんだ?」
ハラハラしながら固唾を飲んで見守る周囲の人間たち。気のせいか、男性陣は股間をガードしている割合が多い気がする。
「………オレが悪かったー!」
副社長のその言葉に、仮面ゴリラーの手は社長の胸ポケットから本物の『太陽の涙』を取り出す。さらに新開発である「完熟バナナクリームソーダ」の試供品を奪い、持っていたエコバッグに入れた。
『罪を憎んでバナナを憎まず。だが次は……』
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ。
新たに手にした2個のクルミが一瞬で粉々になる。
『すり潰す』
「「「ヒィィィ!」」」
思わず会場中の男性陣が股間をおさえた。
「お前は……お前は一体何なんだ?」
副社長の問いに、仮面ゴリラーは赤いマフラーをバサリと翻す。
『……通り過ぎのタダのゴリラだ。よく覚えとけ』
そして、懐から取り出した「バナナの皮」を床にサッと投げ捨てたかと思うと、バナナの皮を踏みつけ、絶妙な摩擦ゼロの滑走を利用して、凄まじいスピードで窓ガラスに向かって滑っていった。
「あ、あいつ……バナナの皮で滑って窓から飛び降りたぞ!?」
「……なんかエコバッグに超高級完熟バナナとゼリーが大量に入っていたような?」
「絶対ただのゴリラじゃねぇだろ」
窓ガラスを打ち破り、夜空へと飛び出す仮面ゴリラー。事件の真相と新たな謎を残し、その姿は闇へと消えていった。
「終わったか、タケシ」
『ああ………しかし鬼塚はまだ甘いな』
向かいのビルの屋上では、マスターが一人立っていた。仮面ゴリラーは月光を浴びながら、静かに身に着けていた漆黒の仮面とスーツのジッパーに手をかけると、あまりの筋肉の膨張に、スーツが弾け飛んだ。
月明かりの下に晒されたのは………
漆黒の被毛、樹齢数百年を思わせる樹木のような立派なシルバーバック、そして圧倒的な生命力を放つ威厳ある顔つき。
仮面ゴリラーの正体は、正真正銘のニシローランドゴリラだった…………のだが、そうではなかった。
「タケシ、身体の具合はどうだ?」
『……パワー調整がまだ難しいな』
「そうか。ゴリラ・サイボーグ体に慣れるのは手間取りそうだな」
『仕方ないさ。マスター……いや博士が手術してくれてなかったら、俺はとっくに死んでいたからな』
なんとゴーディはゴリラに脳を移植された鬼塚の先輩刑事、タケシその人だった。
彼は手に入れた完熟バナナクリームソーダを満足そうに眺め、月に向かって胸を力強く叩く。今の彼は暗闇に密かに立ち上がり、街の平和と美味しいバナナを守護する者だった。そして彼が人知れず街の平和を守る影のヒーローであることを知る者は、バーのマスターただ一人であった。
「すまんな。悪の組織に誘拐された私を助けに来たのに、瀕死の重傷を負ってしまったお前を助けるには、それしか手がなかった」
『気にするな。案外気に入ってるよ』
「ところで口に咥えたバナナに火はつかんぞ」
『おっと、またタバコと間違えたか』
翌朝。
「いやー、昨日のヒーローは凄かったぜ! バナナの皮で滑って逃げたのは意味不明だったが、あんな凄腕の探偵みたいなヒーローがいたとはなぁ!」
鬼塚刑事が興奮気味にスポーツ新聞を広げている。紙面には『謎のヒーロー、大手メーカーの不正を暴く!』とデカデカと見出しが躍っていた。
カウンターの奥では、ゴリラマスクを被った──実は素顔なのだが誰もマスクと信じて疑わない──大柄な男・ゴーディがいつものように静かにグラスを磨いていた。
「おいゴーディ、お前もあのヒーローを見習ったらどうだ?こんなとこで引っ込んでないでさ」
鬼塚が笑いながらウイスキーを飲む。ゴーディはフッと鼻で笑うと、言葉の代わりに、完璧に丸く削られた氷を鬼塚のグラスにポンと追加してやった。
そして、マスターから「報酬」として手渡された最高級完熟バナナを、器用に皮を剥いてエレガントに口へ運ぶのだった。
かなりのパロディネタを突っ込みましたが、元ネタ全部分かる人がどれだけいらっしゃるやら。




