2-5 逆のアプローチ:聖樹の記述と、幼き相棒(リーフ)
どれほど己の内側に潜り、魂の形を定義し直そうとしても、世界樹が下した固定という絶対命令は揺るがなかった。
三年に及ぶ試行錯誤の果て、俺は暗い地下室の隅で、ふと思いついた。
――自分という末端が書き換えられないのなら、命令を下している大本……世界樹ユグドラシルの理そのものを、直接調査してはどうだろうか。
一度そう思い至ると、俺の行動は早かった。
俺は隠れ家の奥に安置された世界樹の枝――本体へと繋がる端末に、寝食を忘れて没頭した。
最初、世界樹の意識は、侵入者である俺を激しく拒絶した。
脳を焼くような高純度の魔力が、幾度となく俺の精神を弾き飛ばす。
だが、俺の体は半分が世界樹の端末だ。
執拗に接触を繰り返すうち、巨大な情報の奔流の中に、わずかな隙間を見つけ出した。
それは、膨大な術式の連なりが生んだ、予期せぬ不具合のような場所だった。
そこには、意志を持たぬはずの術式の集積から、偶然にも個としての形を成し始めた、小さな光の塊が揺らめいていた。
自律型術式。
世界の理からこぼれ落ちた、名もなき知性。
「……お前、名前はないのか?」
俺が意識の中で問いかけると、光の塊は戸惑うように明滅した。
俺は、その頼りなくも愛らしい存在に、一つの識別名を授けることにした。
「『リーフ』はどうかな? 世界樹の葉から生まれた、俺の相棒だ」
それが、俺とリーフの、数年の孤独を埋める最初の邂逅だった。
リーフと一緒に世界樹の内部――記述の海を探索するのは、これまでのどんな修行よりも楽しかった。
俺たちは寝食を忘れ、複雑怪奇に絡まり合った魔術式の迷宮を、時には解き、時には調律しながら進んでいった。
偶然にも、そこは兄弟子シグルドが王都で担当している管理領域の裏側に位置していた。
行き詰まっていた彼が、俺たちが密かに調律した不具合を自分の手柄として報告し、それが彼の立身出世を加速させることになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
やがて、スパゲッティのように無秩序に絡み合う魔術式を解析し続けた俺たちは、ついにその場所に辿り着いた。
俺の肉体を五歳に縛り付けている、根源的な固定術式だ。
「……見つけたぞ。 これが、俺の時間を止めている記述だ」
俺とリーフは、手を取り合うようにして解析を開始した。
しかし、読み進めるほどに絶望的な事実にぶち当たる。
この術式は、世界中の国民の生命活動と複雑にリンクしており、安易に改変すれば、国中の人間が急死しかねないほどの難解な呪縛だった。
だが、リーフが小さな綻びを見つけ出した。
「……ルシ、ここ。 完全な解除は無理だけど、『許容範囲』を広げることなら……」
解析の結果、現在の三倍の年齢までなら、世界の均衡を崩さずに引き上げることが可能だと判明した。
三倍――すなわち、十五歳。
それ以上は再び絶対的な固定が発動するが、十五歳はこの王国では成人として扱われる年齢だ。
子供の姿で一生を終える絶望に比べれば、それはあまりに眩しい希望だった。
俺は震える手で術式のパラメータを書き換え、固定の閾値を十五へと再定義した。
この成果を師父メギストスに伝えると、老魔導師は言葉を失って驚愕し、やがて子供のように大粒の涙を流して喜んでくれた。
「……よかった、本当によかったな、ルシ。 主の時計が、ようやく動き出すのじゃな」
師父は我がことのように喜び、俺の成長を促すために、滋養強壮に優れた特製の食事を山のように用意してくれた。
俺もまた、失われた三年を、そしてこれから来るはずの七年を一刻も早く取り戻そうと、必死に食事を摂った。
だが、それが、急激な再構築の苦しみを生むことになった。
「う、あ、ああああああッ!!」
数日後、俺を襲ったのは、全身の骨が砕け、肉が引き裂かれるような凄まじい激痛だった。
体の中からギシギシという不気味な軋み音が絶えず響く。
無理もない。
数年、数十年かけて行われるはずの成長を、術式の変更によってわずか数日で強制的に執行しているのだ。
骨端線が悲鳴を上げ、筋肉が急激な伸長に追いつかず断裂と再生を繰り返す。
視界が歪み、高熱に浮かされながら、俺は自分の体が作り変えられていく音を聞き続けた。
そして一週間後。
激痛が引き、ようやく鏡の前に立った俺の姿は、五歳の幼児ではなかった。
少しだけ背が伸び、頬の幼さが削げ落ち、少年の面影を宿した八歳の体。
止まっていた時計の針が、凄まじい速度で、けれど確実に、未来へと刻み始めた瞬間だった。
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