灰の街の英雄
適当に考えた短編です
街は、まだ温かかった。
石畳は砕け、家々は崩れ、空は灰に覆われている。
だが、瓦礫の隙間から立ちのぼる煙は、ついさっきまでここに暮らしがあった証だった。
魔王軍の襲撃は唐突だった。
王都は三日で落ちた。
勇者は間に合わなかった。
――いや、違う。
間に合わなかったのではない。
間に合わせられなかったのだ。
剣を握る男は、瓦礫を踏みしめながら歩く。
鎧は焦げ、肩口から血が滲んでいる。
彼は英雄と呼ばれていた。
世界を救う者。選ばれし剣。神の加護を受けし存在。
だが。
「……遅かったか」
崩れた家の前で、男は膝をついた。
微かな音がする。
泣き声だ。
瓦礫を素手で退かす。石が爪を割り、血が流れる。それでも止まらない。
やがて、小さな腕が見えた。
「――大丈夫だ」
抱き上げると、子供は息をしていた。煤だらけの顔で、怯えた目をしている。
「おかあ、さん……」
その問いに、男は答えられなかった。
視線の先に、動かない影がある。
剣を振るうよりも、胸が痛んだ。
「……俺がいる」
それしか言えなかった。
遠くで魔物の咆哮が響く。
まだ終わっていない。街の外縁で、仲間たちが戦っているはずだ。
本当なら、そこへ向かうべきだ。
英雄は前線に立つものだ。
だが男は、子供を抱きしめたまま立ち上がる。
世界を救う?
そんな大それたことは、今はどうでもいい。
この小さな命を、守る。
それだけでいい。
炎の中を歩く。
背後で、塔が崩れ落ちる。
王都は滅んだ。
国は崩れた。
多くの命は戻らない。
それでも。
子供の震えが、少しだけ収まった。
男は気づく。
世界は救えなかった。
だが、この子は救えた。
それでいい。
灰が舞う空の下、英雄は歩き続ける。
世界を救えなかった英雄の名は、やがて歴史に残らないだろう。
敗戦の記録は、美談にならない。
それでも。
あの日、灰の街で――
確かにひとつの命が、救われた。
それを知る者は、ふたりだけでいい。
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