『プレスマンの神とプレスマンの芯の神』
あるところに、意見の合わない嫁姑がいた。あるとき、嫁が、おっかさま、山のほこらに祭られている神様は、プレスマンの神様ですよね、と尋ねると、姑は、それは違う、あのほこらはプレスマンの芯の神様だと言った。二人とも、根拠があって言っているわけではないので、らちがあかず、しばしば乱闘になったので、近所の者が奉行所に訴え出て、お奉行様に決めてもらうことになった。このときのお奉行様は、大岡様であったが、御嫡男もお役人でいらっしゃったので、大大岡様、小大岡様と呼ばれていた。もちろん、大大岡様のお父上は、既に他界していらっしゃったので、故大岡様と呼ばれていた。
大大岡様は、嫁姑を召し出し、両者の言い分を聞くことにしたが、どうしても相手を言い負かしたい嫁姑の双方から、つけ届けを受け取っていた。もちろん、嫁のつけ届けはプレスマン、姑のつけ届けはプレスマンの芯である。
お白洲でのお裁きが始まった。お裁きの様子を書きとめる速記者が使っているのが、嫁姑から受け取ったつけ届けのプレスマンとプレスマンの芯であるというのが皮肉である。大大岡様としては、裏で個人的につけ届けを受け取ったのではなく、奉行所への寄付であることを示したものと言える。
そのほうたちの言い条は、ここに書かれておる。申し分があれば申せ。
嫁が答えます。お奉行様、プレスマンの芯は、プレスマンがあってこそのプレスマンの芯でございます。ほこらの神様は、プレスマンの神様に違いありません。
待て待て。そのほう、長幼の序というものを知らぬのか。老母より申すがよい。
姑が勇んで答えます。お奉行様、プレスマンだけあっても、プレスマンの芯がなければ、速記をすることはできません。文字を書いているのはプレスマンの芯でございます。ほこらの神様は、プレスマンの芯の神様に相違ありません。
そのほうたちの言い分はわかった。プレスマンはプレスマンの芯がなければ速記はできぬ。またプレスマンの芯はプレスマンがなければ速記できぬ。ほこらの神は、二柱が祭られていて、プレスマンの神とプレスマンの芯の神であると奉行は考えるがどうじゃ。
お役人たちを初め、その場にいた嫁と姑以外は、大きくうなずきましたが、嫁と姑は、納得しませんでした。せっかくつけ届けまでしたのに。
嫁と姑は、珍しく意見が合い、二人同時に速記者に飛びかかると、速記者のプレスマンを取り上げ、プレスマンも、プレスマンの芯も、ぼきぼきに折ってしまいました。嫁と姑は、与力に棒で打たれ、すぐにおとなしくなりました。
大大岡様は、嫁と姑をあわれに思し召して、この狼藉を見逃してやりました。そうして、
一本のプレスマンは折れるが、三本のプレスマンは折れぬ、まして六色プレスマンを一度に折ることはできぬ、と、とってつけたようにおっしゃって、お役人たちを初め、その場にいた全員が首をかしげ、不思議な雰囲気になりましたとさ。
教訓:お奉行様のおっしゃっていることに間違いはない。それを受け入れるかどうかは、お奉行様以外の問題。




