触りたいけど触れない
街は、二つに割れた。
物理的にではない。
思想的にだ。
片方は――
「触れようともしない過激派」。
もう片方は――
「触れたい過激派」。
名前は自然発生した。
◆ 触れようともしない過激派(通称:不接触派)
彼らは、近づかない。
近づかないどころではない。
ルミエルが通ると――
五歩下がる。
彼女がくしゃみをすると――
一斉に跪く。
「……今のは、聖なる飛沫では?」
「いや、神の接触が上書きした清浄が――」
「黙れ、考えるな」
ルミエルは困っていた。
「私、荷物……取ってもらえませんか……?」
信者は、全力で拒否した。
「恐れ多い!!」
「影を踏むことすら罪深い!」
「視線も危険です!」
(じゃあ誰が取るんだ)
結局、私が取った。
「はい」
瞬間。
「神が代行した……!」
「正しい……!」
「これが正解……!」
(正解じゃねえ)
◆ 触れたい過激派(通称:接触原理派)
こっちは逆だ。
理屈をこねる。
「神が触れてよいなら」
「神に近い存在も、僅かに許されるのでは?」
「例えば――」
「息がかかる距離、とか」
「例えば――」
「床を共有するとか」
「例えば――」
「同じ建物にいる、とか」
(範囲が広がりすぎ)
彼らは、
“接触”の定義を細分化し始めた。
・直接接触
・間接接触
・視線接触
・概念接触(←最悪)
「“概念的に触れている”場合、許可は――」
「誰が決めた」
アレンが頭を抱える。
「なんで俺たち、こんな宗教戦争の中心にいるんだ……」
セリオは静かだった。
……少し、考え込んでいる。
「でもさ」
「“触れたい”って感情自体は、
否定されてないんだよね」
「やめろセリオ」
「神が“唯一”触れる存在だからこそ、
他者は“触れたいと願う”だけで留まる……」
「言うな」
完全に火に油だった。
不接触派が怒鳴る。
「願うだけでも不敬だ!!」
接触派が応じる。
「欲求を否定する方が冒涜だ!!」
「沈黙こそ敬意!!」
「渇望こそ信仰!!」
(うるせえ)
ルミエルは、私の袖を掴んだ。
小さく。
誰にも見えないように。
「……ナギ様」
「なに」
「私、
どっちも、こわいです……」
私は一瞬考えて――
肩をすくめた。
「じゃあ、
公式に言うか」
「……え?」
私は、街の中央で言った。
「触れたいなら、勝手に悩め」
ざわ。
「触れたくないなら、勝手に避けろ」
ざわざわ。
「でも」
一拍。
「私が触るのは、普通のことだから」
沈黙。
「特別扱いもしない」
「神聖化もしない」
「毎日一緒に寝てるし」
(言うな)
世界が、固まった。
「――日常……」
「日常接触……?」
「神聖でない……?」
混乱が走る。
私は続けた。
「だから」
「ルミエルに近づくなとか、
触れたいとかで揉めるな」
「面倒くさい」
完全に、煽った。
結果。
◆ 不接触派
「日常を乱してはならぬ……!」
→ さらに距離を取る
◆ 接触派
「日常に近づけば……!」
→ 怪しい理論を加速
◆ ルミエル
「……私、普通でいいんです……よね?」
私は即答した。
「普通」
そして、
手を離さなかった。
街はまた一段階、
おかしくなった。
でも。
少なくとも今は。
彼女は、
ちゃんと隣にいる。




