酒場でちょっとつよくなる
店は冒険者で満席だった。
赤竜亭の昼は、戦場だ。
皿が割れる音。
酒樽を叩く音。
怒鳴り声と笑い声が混ざり合う。
私はひたすら皿を洗っていた。
洗っても洗っても、次の皿が積まれる。
きりがない。
(……これ、無限湧きじゃない?)
腕は痛いし、指先はふやけている。
それでも手は止められない。
――その時だった。
《Dexが1上がりました》
突然、頭の中に声が響いた。
聞き覚えのある、やけに腹立つ声。
(……来たな)
私は反射的に顔を上げた。
「店長。いま、Dexが1上がりましたって聞こえたんだけど」
カウンターの向こうで、バルドがジョッキを拭きながら答える。
「ああ。それは女神様の祝福だな」
軽い。
重要イベントの扱いが軽い。
「祝福……?」
「この世界じゃ、働いたり戦ったりすると、
たまにそういうのが起きる」
なるほど。
経験値制じゃなくて、行動成長型か。
「でもさ。皿洗いでDex上がるって、おかしくない?」
私がそう言うと、バルドは手を止めて、ちらりとこちらを見た。
「……逆に聞くが」
嫌な予感。
「お前、今までどんな生活してたんだ?」
ぐさっと来た。
「……座りっぱなし?」
「だろうな」
即答だった。
「手先使って、立って動いて、周り見て。
それができるようになったってだけだ」
正論が痛い。
私は黙って、また皿を洗う。
水の中で、手が少しだけ軽く動く気がした。
(……Dex1、侮れないかも)
こうして私は、
異世界で初めての成長を、
皿洗いで迎えたのだった。




