超理論
それは、誰かが最初に言い出した。
名前も残らない、
ただの信徒の、震えた声だった。
「……待て」 「矛盾していないか?」
広場の端。
誰もが黙り込む中、
その男は、真剣な顔で続けた。
「聖女は“触れてはならない存在”だ」 「だが、神は“触れてよい存在”だ」
「なら――」
ごくり、と喉が鳴る。
「神が触れた後の聖女は」 「その時点で、再び清浄になるのでは?」
沈黙。
一拍。
そして。
「……あっ」
誰かが、
“理解してしまった”声を出した。
「そうか……」 「神の接触は……」 「“汚れない”どころか……」
「上書き……?」
「神の清浄が」 「聖女に、塗り直される……?」
ざわ、ざわ、ざわ。
空気が、勝手に組み上がっていく。
サクラが、目を見開く。
「なるほど……」 「これは……」 「論理的です」
(やめろ)
教会関係者が、慌てて反論する。
「ま、待て!」 「そんな都合のいい解釈があるか!」
だが、もう遅い。
「つまり」 「神が触れた後の聖女は――」
「“最も清浄な状態”になる」
「触れる前より」 「さらに高位に……?」
誰かが、メモを取り始める。
「記録しろ」 「“神性再付与理論”だ」
(名前つけるな)
私は、頭を抱えた。
(最悪だ) (触れた回数=清浄度とか) (数え始めるぞ、これ)
案の定。
「では……」 「神は……」
「どの頻度で触れるべきなのですか?」
空気が、凍る。
私は即答した。
「――非公開です」
強めに。
「神のスケジュールは」 「宗教的機密です」
(マジで)
だが、信徒たちは頷いた。
「なるほど……」 「神秘とは、秘されるもの……」
「毎日とは限らぬ」 「いや、毎日かもしれぬ……」
(勝手に想像するな)
ルミエルは。
完全に状況を理解できていないまま、 小さく私の袖を引いた。
「……ナギ様」 「私……」
「私、今……」 「清浄、ですか?」
その問いが、
一番やばかった。
私は、しゃがんで目線を合わせる。
「うん」
即答。
「ルミエルは」 「今も、前も」 「ずっと清浄だよ」
宗教用語じゃない。 私の言葉で。
その瞬間。
周囲が、ざわついた。
「今も……?」 「前も……?」
「“常時清浄”……?」
(聞くな)
サクラが、静かに呟く。
「……聖女」 「もはや概念ですらありますね」
(概念にするな)
こうして世界は、
聖女は汚れない
神は上書きできる
触れた後は“より清浄”
という、
誰も止められない理論を完成させた。
そして翌日――
「神が触れた直後の聖女の近くにいると」 「病が治るらしい」
という噂が、
街を一周する。
(やめろ)




