聖女降臨
街の中央広場は、
本来なら噴水と鳩しかいない場所だった。
その日は違った。
祈りと罵声と沈黙が、
空気を三層に裂いていた。
黙示派は黒。 サクラ教は白。
色で分かれているのに、
誰も自分が何者かは説明できない。
「聖女を返せ」 「奪ったのはそっちだ」 「沈黙を汚した」 「守れと命じられた」
――誰の言葉だ。 いつの言葉だ。 どこに、本人がいる。
「……やめてください」
その声は、 本当に小さかった。
けれど。
世界は、
“待っていた”。
ルミエルが、 人垣を割って前に出た。
白いローブ。 寝起きのまま結んだ髪。 震えている手。
ただの、少女。
「私……」 「私のことで、争わないでください」
一歩。
その瞬間。
ざわ、と空気が変わる。
誰かが、息を呑む。 誰かが、膝をつく。 誰かが、泣き出す。
「……聖女が」 「聖女が、語った」
「沈黙を破った……?」 「いや、啓示だ」 「違う、これは“顕現”だ」
言葉が、 勝手に意味を生み始める。
サクラ教の信徒が叫ぶ。
「聞け!
聖女は“争うな”と仰った!」
黙示派が応じる。
「違う!
“前に出た”こと自体が審判だ!」
「沈黙の終わりだ!」
「今こそ選別の時だ!」
ルミエルは、 何が起きているのか分からない。
「ち、違います……」 「そんな意味じゃ……」
その否定は、 もう届かない。
私は、遠くからそれを見ていた。
(……まずい)
(象徴が、歩いた)
(喋った)
(“意思”を持った瞬間――)
誰かが、 ルミエルの足元に額を打ちつけた。
「聖女よ」 「あなたが立った場所は、聖域です」
次々と、 人が膝をつく。
「触れてはいけない」 「影を踏んではいけない」 「息を向けてはいけない」
――人間扱いが、消えていく。
ルミエルの周囲、 半径三歩が“空白”になる。
誰も近づけない。 誰も触れない。
ただ、 見ることだけが許される。
「……ナギ様」
彼女が、 こちらを見た。
助けを求める目だった。
私は、思わず一歩踏み出し――
アレンに腕を掴まれた。
「行くな」
「でも!」
「今近づいたら」 「“神が聖女に触れた”になる」
「……」




