聖女
朝。
赤竜亭の二階。
「……ん」
ルミエルが目を覚ました。
階下が、やけに静かだった。
いつもなら、 皿の音、笑い声、アレンの怒鳴り声。
なのに今日は――
「……しんとしてる?」
寝間着のまま、そっと階段を下りる。
一階。
人が、多い。
しかも全員、立っている。 整列している。 正面を向いている。
「……?」
視線の先。
――ルミエル。
正確には、 ルミエルが今立っている階段の一段下。
「……あの……?」 「おはようございます……?」
誰も答えない。
代わりに、 一人が小声で言った。
「……起きられた」 「今日も……」
別の声。 「寝起き、尊い……」
ルミエル、固まる。
「なにこれ」
私が横から言った。
「え?」 「ナギ様……?」
「おはよう」 「象徴化、おめでとう」
「しょ、しょうちょう……?」
後ろからアレン。 「見んな」 「喋んな」 「動くな」
「え、ええ!?」
セリオが目を逸らす。 「……もう遅い」
司祭っぽい人が前に出てきた。
「聖女ルミエル様」 「本日の“沈黙の降臨”」 「誠にありがとうございます」
「ちがいます!」 「ただ寝坊しただけです!」
ざわ……。
「寝坊……」 「人としての弱さ……」 「完全性の否定……」
「新しい……」
ルミエルが私を見る。 「ナギ様、助けて……」
私は頷いた。
「今のはいい」 「“弱さも聖性”って方向でいこう」
「やめてください!!」
誰かが言った。
「見てください」 「服が昨日と同じだ」
別の声。 「装いを変えない……」 「俗世への拒絶……」
ルミエル、涙目。 「洗ってないだけです……」
「清貧……」
アレンが机を蹴った。 「もう帰れ!!」
「怒りの試練……」
「くそ!!」
「聖人を怒らせた……!」
ルミエルが小さく祈る。 「……神様……」
ざわっ。
「今、祈った……」 「いや、祈ってない……?」 「“祈ろうとした”……」
「中間的祈り……!」
私はメモを取った。 「あとで公式解釈に使えるな」
「ナギ様!!!」
最終的に。
ルミエルは、 椅子に座らされた。
何もしない。 喋らない。 ただ、困っている。
信者たちが頷く。
「“何もしない姿勢”……」 「現代における導き……」
セリオが呟いた。 「……否定しないほうが、広がる」
「そう」 私は言った。 「止めたら負け」
ルミエルは震え声で言った。 「……私、なにもしてません……」
私は微笑んだ。
「それが一番まずい」
赤竜亭は今日も、 一人の少女を、勝手に意味に変えていく。
本人だけが、 何一つ分かっていないまま。




