下らない魔法習得
その夜、異変は静かに起きた。
「……なんか、私くさくない?」
宿の部屋で、私は自分の腕を嗅いだ。
――くさい。
疑いようもなく、グール。
「まだ言うか」
アレンが布団から顔だけ出して言う。
「三回洗っただろ」
「洗った! 石鹸も使った!」
私は即反論する。
セリオが魔力感知をして、少しだけ眉を寄せた。
「匂いというより……魔法反応だね」
「は?」
その瞬間。
ぽわっ。
私の指先から、薄い灰色の霧が立ちのぼった。
三秒で消える。
「……今の何?」
アレンが聞く。
セリオは一拍おいて、淡々と言った。
「新規魔法だ」
「名前は?」
セリオは空中に魔力文字を描く。
《腐臭付与》
「だっさ」
「効果説明するよ」
・発動条件:無意識
・効果範囲:半径一メートル
・効果内容:対象に“微腐臭”を付与
・解除:不可(自然消失のみ)
「戦闘向き?」
私が聞く。
「敵が嫌な顔はする」
「それだけ?」
私はベッドに倒れ込んだ。
「なんで私だけこんな魔法覚えるの」
アレンが即答する。
「内臓食ったからだろ」
その時、
きい……とドアが開いた。
「皆さん」
ルミエルだった。
寝間着姿、なのに目が完全に覚めている。
「今夜の奇跡を整理しました」
嫌な予感しかしない。
「グールの内臓を食す」
「魔法が発現する」
「臭いという明確な徴」
ルミエルは胸の前で手を組む。
「これは――
《腐臭付与》の聖儀式です」
「やめて」
「内臓儀式と呼びます」
「命名権を返せ」
セリオが小声で言った。
「……正典化する気だ」
ルミエルは即答した。
「第一章:腐臭は祝福」
「第二章:洗っても消えぬ理由」
「第三章:夜に強まるのは魂が静まるから」
「全部違う!」
私は立ち上がった。
「それ、私が臭いだけだから!」
「ナギ様」
ルミエルは真顔だった。
「奇跡に理由を求めてはいけません」
「じゃあこの魔法いらない」
アレンが頭を抱える。
「……これ広まったらどうなる」
ルミエルは少し考えてから、微笑んだ。
「“匂いなき者は未熟”となります」
「宗教終わったな」
その夜。
私は窓を開け、風に当たりながら思った。
――《腐臭付与》。
世界で一番どうでもないようで、
一番どうでもいい魔法を、
私は確かに習得してしまった。




