法王切れる
法王庁。
かつて世界宗教の中心だった、白い大聖堂。
――の、会議室。
「……売れている、だと?」
法王ザビエルは、震える手で報告書を握りしめていた。
「はい」 側近の枢機卿が淡々と答える。 「サクラ教の“聖書”――
『二一〇号室の二人』です」
「聖書と呼ぶな!!」
机を叩く。
「同性愛は罪だぞ」 ザビエルは吐き捨てるように言った。 「それが宗教の常識だ」
一瞬、部屋が静まる。
「……はい」 枢機卿は困ったように視線を落とした。 「その“常識”が、今―― 売れておりません」
「意味が分からん!!」
「我々もです」
別の枢機卿が報告を続ける。 「内容は、男女の交わりを否定し、 同室で眠る男同士の関係性を “魂の共鳴”として描いています」
「罪を神格化するな!!」
「ですが」 淡々と。 「民は“救われた”と感じているようです」
「どこがだ!!」
紙をめくる音。
「加えて―― 『聖女ルミエル 起床録』初版完売」 「第二版、増刷」 「第三版、“沈黙解釈付き特装版”」
ザビエルは頭を抱えた。
「なぜ……なぜ信者が流れる……」
「教義が分かりやすいかと」 「分かりやすい?」 「“何もしないことが尊い”と」
沈黙。
ザビエルは、ゆっくり顔を上げる。
「……我々は」 「禁欲と苦行を説いてきたのだぞ」
「はい」 「向こうは」 別の側近が言った。 「“同じ部屋で寝るだけ”です」
「……安すぎる」
さらに追い打ち。
「法王猊下」 「まだあるのか」 「はい」
「ナギという作者が、 “著作権”を主張しています」
「……神の言葉に、権利?」
「王権が認めました」 「……王が?」
ザビエルは椅子に沈み込む。
「我々の宗教的権限は?」 「形式上は、残っています」 「形式上……」
そこへ、若い修道士が駆け込んでくる。
「ほ、法王猊下……」 「今度は何だ」
「修道院で……」 「嫌な予感しかしない」
「“二一〇号室”の朗読会が……」
「追い出せ!!!」
「それが……」 「まだあるのか!!」
「“原典尊重だからセーフ”だと……」
沈黙。
ザビエルは天を仰いだ。
「……神よ」 「同性愛は罪だと」 「我々は、ずっとそう教えてきたではないか……」
その頃。
城下町。
ナギは、印税の報告書を見ていた。
「……うん」 「常識が売れないのは」 「市場のせいだよね」
そして、何気なく一言。
「次は」 「“法王の沈黙”についても、 公式解釈、出そうかな」
世界のどこかで、 法王ザビエルが胃を押さえてうずくまった。
――神は、
今日も一切、発言していない




