女王
「女王陛下、大変でございます」
玉座の間に、焦った声が響いた。
「……なんじゃ、騒がしい」
女王は書類から目を上げる。
「我が国の国教であるキリスト教が、
陛下に不満を持つ軍部の一部隊を取り込みつつあります」
「ほう?」
女王の眉が、わずかに動いた。
「理由は――
恐らく、この本かと」
側近が差し出したのは、一冊の本だった。
「サクラ教は、元々キリスト教と教義が近く、
友好的な関係を保っておりました」
「じゃが?」
「最近、突如として――
自らの聖書をすべて焼却し、
教えを根本から変えたとのことです」
女王は本を受け取る。
表紙を一瞥し、低く呟いた。
「……なんじゃ、これは」
「現在、街で“聖書”として流通しております」
側近は言葉を選ぶように続ける。
「内容は……
正直に申し上げれば、
穢れております」
「まさに邪教徒の書。
陛下が目を通されるようなものでは――」
「黙れ」
女王は静かに言った。
その声だけで、空気が凍る。
「幸い、登場人物――
ならびに、これを書いた者の居場所は特定済みです」
側近は跪いたまま、続ける。
「同じ宿に滞在しているとの情報がございます」
「今すぐ首を持ち帰れば、
事態は収束するかと」
「もし、軍部とも結託した
第一級冒険者サクラ、
およびその信者たちと戦になれば――」
「この国は、持ちません」
沈黙。
女王は、しばらく本を見つめていた。
そして、ぽつりと言う。
「……まあ、良い」
側近が顔を上げる。
「その“聖書”――
見せてみよ」
「陛下!?」
「邪教かどうかは、
読んでから決める」
女王はゆっくりとページを開いた。
玉座の間に、紙の擦れる音だけが響く。
(この瞬間、
誰もまだ知らない)
この一冊が、
国の運命だけでなく――
“書いた本人たち”の人生を、
完全に別の段階へ押し上げること




