セリオの気持
「……僕はさ」
通りを抜けて、少し静かな路地に入ったところで、
セリオがぽつりと言った。
「別に、特別なことなんてしてないんだ」
私とアレンは、何も言わずに歩調を落とす。
「アレンと一緒にいたのは……楽だっただけで。
気を張らなくてよくて、
黙ってても変じゃなくて」
彼は、胸の前で写本を抱えている。
さっき本屋で手に取ってしまった一冊だ。
「それなのに」
ページを開く。
「“迷いなき献身”とか
“沈黙の誓い”とか……」
セリオは苦笑した。
「……僕、そんなに立派じゃないよ」
アレンが言う。
「当たり前だろ。
俺もだ」
「でもね」
セリオは、視線を落としたまま続ける。
「読んでると……
一瞬だけ、思っちゃうんだ」
私の胸が、嫌な音を立てた。
「“こう見えてたなら、それでよかったのかも”って」
「セリオ」
「だってさ」
彼は、指で紙の端をなぞる。
「この本の中の僕は、
迷わないし、弱音も吐かない。
誰かの期待を裏切らない」
……やめてくれ。
「現実の僕はさ」
声が少し、震える。
「アレンの隣にいる資格があるのか、とか
この先どうするのか、とか
毎日、考えてばっかりなのに」
アレンが立ち止まった。
「それの何が悪い」
「悪くないよ。
でも――」
セリオは顔を上げる。
「“聖人セリオ”なら、
そういう迷いは最初から存在しないんだ」
沈黙。
街の遠くで、誰かが祈る声が聞こえた。
二人の名前を呼んでいる。
「……僕が全部否定したらさ」
セリオは、静かに言った。
「この人たちの“救い”まで
否定することになるのかなって」
それは、
否定しきれない揺れだった。
優しさから来る、最悪の罠。
アレンは、しばらく黙ってから言った。
「セリオ。
俺は“聖人”じゃなくていい」
「……」
「お前が迷って、考えて、
それでも隣にいるなら」
肩をすくめる。
「それで十分だろ」
セリオは、しばらく何も言えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……ずるいな、アレンは」
「今さらだろ」
二人のやり取りを見ながら、
私は思う。
――これは、恋愛の話ですらない。
“物語にされた自分”と、
“生きてる自分”のズレだ。
そして一番残酷なのは、
セリオが、
その物語を
完全には嫌いになれないことだった




