聖人のじごく
聖人認定は、静かに――しかし確実に広がっていった。
最初に来たのは、夕方だった。
赤竜亭の一階。
食器を下げていると、入口がやけに騒がしい。
「失礼いたします!」
「聖人様はいらっしゃいますか!」
声が複数。
しかも全員、妙に切実だ。
嫌な予感しかしない。
「……誰のことだよ」 小声で呟いた瞬間、
「210号室の!」 「お二人の聖人様です!」
終わった。
振り返ると、
粗末だが清潔な服を着た男女が三人。
胸元には、例の宗教の紋章。
目が、完全に“信者の目”だ。
「教祖様より、正式なお達しがありました」 「聖書に記された御二人は実在し――」 「この度、聖人として認定されたのです」
なぎは頭を抱えた。
(早い、早すぎる) (まだ半日も経ってない)
「それで?」 絞り出すように言う。
「ぜひ一度、お話を」 「聖なる日常について伺いたく」 「お二人の“関係性”についても……」
やめろ。
言葉を選べ。
奥から、ちょうど本人たちが出てきた。
アレンとセリオ。
疲れた顔で、飯を食いに来ただけの男二人。
「……?」 「なんか視線すごくないか?」
信者たちは、一斉に跪いた。
「聖人様……!」
「え?」 「は?」
完全にフリーズする二人。
「日々を共に生き」 「言葉を交わし」 「同じ部屋で眠る尊き関係……」
「ちょ、ちょっと待て」 「説明してくれ、なぎ!」
(するな) (私を見るな)
「……呼び出し、らしいよ」 なぎは目を逸らした。
「教団本部へ」 「教祖様がお会いしたいと」
沈黙。
アレンが、乾いた声で言った。 「なあ……俺たち、なにした?」
「なにも」 なぎは即答した。
「なにもしてないから、こうなってる」
信者たちは、恍惚とした表情で続ける。
「どうか、そのままで」 「何も変えず」 「ありのままの御姿を……!」
(最悪だ) (世界が、勝手に意味を作ってる)
なぎは確信した。
これはもう、 “説明すれば済む話”じゃない。
聖人にされた時点で、逃げ場は消える




